世界三大映画祭を制覇したエミール・クストリッツァとは何者か?

世界三大映画祭で栄冠に輝いた映画監督エミール・クストリッツァとは?

冒頭からハヤブサ、ガチョウの群れ、羊、蛇、ロバ……、そして静寂を切り裂くヘリコプターの音と銃撃戦。エミール・クストリッツァ監督による実に9年ぶりの新作映画『オン・ザ・ミルキー・ロード』が、いよいよ日本公開される。ちょうど1年前の9月、『ヴェネチア国際映画祭』に出品され、上映後は10分以上もスタンディングオベーションが続くほど、熱烈な歓迎を受けたという本作。そう、世界はクストリッツァの新作映画を待ち望んでいたのだ。

『オン・ザ・ミルキー・ロード』ポスタービジュアル
『オン・ザ・ミルキー・ロード』ポスタービジュアル

監督・脚本はもちろん、今作ではクストリッツァ自身が主役を演じ、ヒロイン役には『007 スペクター』(2015年)でボンドガールに抜擢されたことも記憶に新しい「イタリアの宝石」モニカ・ベルッチを起用するなど、驚きのキャスティングとなった。登場人物たちが打ち放つ活き活きとしたエネルギー、現実とファンタジーが交錯する先行き不明なストーリー、大量に登場する芸達者な動物たち、そしてバルカンミュージックの狂騒と祝祭のダンス。作品を経るごとに寓話性を高めながら、スラップスティックなラブロマンスを描くことに焦点を絞りはじめたクストリッツァの集大成とも言える大作だ。

『オン・ザ・ミルキー・ロード』場面写真 ©2016 LOVE AND WAR LLC
『オン・ザ・ミルキー・ロード』場面写真 ©2016 LOVE AND WAR LLC

カンヌ、ヴェネチア、ベルリン――世界三大映画祭すべてにおいて栄冠に輝いた、数少ない映画監督のひとりであるクストリッツァ。彼が国際舞台ではじめて大きな注目を集めたのは、長編2作目にして見事『カンヌ国際映画祭』の最高賞=パルムドールに輝いた『パパは出張中!』(1985年)に遡る。

第二次世界大戦後、政情不安に陥ったサラエボを舞台に、政治に翻弄される家族の物語を描いたこの映画で注目を集めた彼は、その後アメリカに渡り、ジョニー・デップ主演の『アリゾナ・ドリーム』(1993年)を監督、『ベルリン国際映画祭』で銀熊賞(監督賞)に輝いている。

祖国ユーゴスラビアを描いた自身の代表作『アンダーグラウンド』で2度目のパルムドールに輝く

名実ともに世界的な監督となったクストリッツァだが、その心中は穏やかではなかった。彼がアメリカで『アリゾナ・ドリーム』の撮影をしていた頃、祖国ユーゴスラビアでは内戦が本格化。スロベニアの独立を皮切りに、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴヴィナが次々と戦争状態に突入してしまう。その惨状に心を痛めた彼は、再び祖国に戻り、現在もクストリッツァの代表作として挙げられる巨編『アンダーグラウンド』(1995年)を撮り上げる。

ユーゴスラビアの首都ベオグラードを舞台に、第二次大戦から終わりの見えない内戦に至るまで、約50年にわたるユーゴスラビア激動の歴史を、悲劇と喜劇が混在する壮大な祝祭的悲喜劇として描き出した『アンダーグラウンド』。この映画で、クストリッツァは2度目のパルムドールに輝くのだが、祖国ユーゴスラビアの戦況はさらに悪化。クストリッツァ自身も政治闘争に巻き込まれ、監督引退宣言をする。

クストリッツァは大所帯バンドの一員となり、世界各国をツアーでまわる

しかし、その後ほどなくして、『黒猫・白猫』(1998年)で復活。この映画が『ヴェネチア国際映画祭』で銀熊賞(監督賞)に輝いたことで、見事三大映画祭を制覇する。政治的混乱と内戦の記憶は、引き続き彼が描き出す作品世界のベースとなっているものの、ドナウ川の河畔に住むロマ族(中東欧に居住する移動型民族)の人々を、スラップスティックなタッチで描いたこの映画以降、彼の映画はある種の寓話性を強めていくのだった。

その頃より、彼は自身の音楽活動も本格化。バルカン半島の伝統音楽をベースに、ロックやジャズ、スカの要素が入り混じった大所帯バンド、Emir Kusturica & The No Smoking Orchestraの一員として世界各国をまわり、それをドキュメンタリー映画『SUPER 8』(2001年)として発表するなど、ミュージシャンとしても旺盛な活動を展開するようになる。

Emir Kusturica & The No Smoking Orchestra
Emir Kusturica & The No Smoking Orchestra

戦火で自身の故郷を失ったクストリッツァは、自らの力で「新たな村」を作りあげる

その後、『ロミオとジュリエット』をベースに、1990年代、ユーゴ紛争中のセルビア人男性とムスリムの女性の恋愛を描いた映画『ライフ・イズ・ミラクル』(2004年)で再び劇映画の世界に戻ってきた彼は、その撮影場所となったセルビアの小さな村をまるごと買い取り、「クステンドルフ(クストリッツァの村)」と称する映画村を設立する。戦火で自身の故郷を失った彼は、自らの力で「新たな村」を作ることを決めたのだ。

さらに、『ウェディング・ベルを鳴らせ!』(2007年)を撮り上げた2008年からは、この地で映画と音楽の祭典を毎年開催するなど、新たな活動をスタートさせる。そして、2010年には自伝を執筆・出版、2013年には初の小説集(『夫婦の中のよそもの』として今年邦訳が出版された)を上梓するなど、著述家としての活動もスタートさせる。

クストリッツァが著した自伝『夫婦の中のよそもの』
クストリッツァが著した自伝『夫婦の中のよそもの』(Amazonで見る

音楽家、作家、プロデューサー……、還暦を過ぎた今もなお、多彩な活動を精力的に繰り広げるクストリッツァだが、その中心となるのは、やはり映画である。「3つの実話に基づき、多くの寓話を織り込んだ物語」というテロップからはじまる今回の『オン・ザ・ミルキー・ロード』は、『ライフ・イズ・ミラクル』以降、より前面に押し出されるようになった寓話的な要素をさらに押し進めた、クストリッツァ流のラブロマンス冒険活劇へと仕上げられている。

 
『オン・ザ・ミルキー・ロード』場面写真 ©2016 LOVE AND WAR LLC

先述の通り、いわゆる「クストリッツァ的な要素」がふんだんに盛り込まれた、集大成的な作品とも言える一本となった本作。それに関するインタビューのなかで、彼はこんなふうに語っている。

クストリッツァ:私の映画はいつも、自分がどのように人生をとらえているかを示しているのです。今後は、自分を愛のために捧げたいと思います。そう、愛のためにこそ行動を起こしたい、残りの人生は、そう思い続けるでしょう。

崩壊した祖国、廃墟と化した故郷。そこから毅然と立ち上がりながら、現実とファンタジーの狭間で、清濁併せ飲んだ人間賛歌をユーモアとともに描き出してきたクストリッツァ。そんな彼が最終的に見定めたテーマは「愛」だった。そこで言う「愛」とは、必ずしも男女の愛のみを意味するのではなく……、本作の終盤に用意された衝撃のラストは、果たして何を意味するのだろうか。

映画公開直前にはエミール・クストリッツァのインタビュー記事の掲載も予定している。世界が待ち望んでいたクストリッツァの新作を、そして決して一筋縄ではいかないクストリッツァの「現在」を、どうかその目で確認してみてほしい。

作品情報
『オン・ザ・ミルキー・ロード』

2017年9月15日(金)からTOHOシネマズ シャンテほか全国公開
監督・脚本:エミール・クストリッツァ
音楽:ストリボール・クストリッツァ
出演:
モニカ・ベルッチ
エミール・クストリッツァ
プレドラグ・“ミキ”・マノイロヴィッチ
スロボダ・ミチャロヴィッチ
ほか
上映時間:125分
配給:ファントム・フィルム

プロフィール
エミール・クストリッツァ

1954年生まれ、ユーゴスラビア・サラエヴォ出身。1981年に『Do You Remember Dolly Bell?(Sjecas li se Dolly Bell?)』で長編映画デビュー。2作目の長編映画『パパは出張中!』は、1985年のカンヌ国際映画祭のパルムドール賞とFIPRESCI賞(国際批評家連盟賞)に輝き、アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされた。はじめての英語作品でジョニー・デップ主演の『アリゾナ・ドリーム』は、1993年ベルリン国際映画祭の銀熊賞に輝き、バルカン半島の情勢を描いた辛口でシュールなコメディ作品の『アンダーグラウンド』では、1995年のカンヌ国際映画祭で2度目のパルムドール賞に輝いた。1998年には『黒猫・白猫』でヴェネチア国際映画祭の最優秀監督賞の銀熊賞を受賞。2004年に90年代のユーゴスラビアの紛争中のセルビア人男性とムスリムの女性との恋愛を描いた『ライフ・イズ・ミラクル』は同じ年のカンヌ国際映画祭でプレミア上映され、セザール賞の外国映画賞を受賞した。2005年のカンヌ国際映画祭の審査員長に選ばれ、自身の『ウエディング・ベルを鳴らせ!』は2007年カンヌ国際映画祭でプレミア上映され、続く08年、アルゼンチンのスター・サッカー選手のディエゴ・マラドーナを追ったドキュメンタリー映画『マラドーナ』は、2008年のカンヌ国際映画祭の公式出品作品としてプレミア上映された。



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