韓国映画のヒットの変遷。『シュリ』から『パラサイト』まで

昨年ポン・ジュノ監督の『パラサイト』が『カンヌ国際映画祭』のパルムドールを受賞し、続いて今年2月に発表された『アカデミー賞』で作品賞を含む4部門を受賞した。そのことで、韓国映画が言語の壁を超えて世界で認められるに至った背景に注目が集まった。

そんなとき、よく見かけたのは「韓国は国内市場が小さいから、海外に観客を求めているのだ」という主張である。果たしてそれは本当なのだろうか。本稿では、1997年のIMF危機(韓国通貨危機)以降の映画の中で、韓国国内で500万人以上(韓国の人口の約10分の1にあたる)の動員を記録した作品を中心に、韓国における国産ヒット映画の変遷を見ていきたい(以降、動員数は1万人以下切り捨て表示とする)。

(メイン画像:『パラサイト』 ©2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED)

『シュリ』のヒット。『猟奇的な彼女』や『友へ チング』などが生まれた2000年前後

多額の製作費がかけられたブロックバスター級の韓国映画でまず思い出すのは、韓国の情報部員と北朝鮮の工作員の男女の悲恋を描いた1999年の作品『シュリ』だろう。韓国で600万人を動員し、日本でも18億円の興行収入を記録した。その後も、サスペンススリラー『カル』(1999年)やソン・ガンホ出演、パク・チャヌク監督の『JSA』(2001年)などが次々と制作され、多くの観客数を動員。このときのスター俳優と言えば、ハン・ソッキュやイ・ヨンエ、キム・ユンジン、イ・ビョンホンなどであった。

現在、韓国では総人口の5分の1にあたる1000万人を動員する映画が年に数本生まれているが、2000年前後は状況が違った。さきほどの『シュリ』は600万人。これは当時としては異例の大ヒットで、その後、『猟奇的な彼女』(2001年)、『友へ チング』(2001年)、『シルミド』(2003年)、そして『パラサイト』のポン・ジュノ監督作『殺人の追憶』(2003年)など1000万人には届かずとも500万人クラスのヒット作が出てくるようになった。

クァク・ジェヨン監督『猟奇的な彼女』(2001年)

ポン・ジュノ監督『殺人の追憶』(2003年)

2004年前後、韓流ブームとの関わり。『私の頭の中の消しゴム』は日本で大ヒット

2004年前後から中国や日本では韓流ブームが盛り上がるが、意外なことに、韓国国内の映画の人気と韓流ブームは直結していたとは言いがたい。韓国映画にもブームとリンクした韓流スターの人気を見込んだ作品も多くはなるが、韓国国内での大ヒット作品はなかなか生まれにくかった。この頃は500万人以上のヒット作も、『家門の危機』(2005年)や『マイ・ボス マイ・ヒーロー2 リターンズ』(2005年)などのシリーズもの、『カンナさん大成功です!』(2006年)などの日本の原作ものが数本という状態であった。2006年に公開されたポン・ジュノ監督の『グエムル-漢江の怪物-』は1000万人以上の動員を記録しているものの、こうした映画が多かったわけではない。当時の韓国映画には、大きなヒットには至らない良作がある一方で、流行りの韓流ドラマの世界観で作られた映画も多く、それが必ずしも国内でヒットに結びつくわけではなかった。

また、当時「韓流スター」として国外で人気を博した俳優が出演したもので、チャン・ドンゴンやウォンビンの出演した『ブラザーフッド』(2004年)、イ・ジュンギ主演の『王の男』(2005年)など1000万人を超える大ヒット作もあるにはあったが、その他の韓流スターが国内でヒット作を生み出せるかというとなかなか難しかった。例えば、当時大人気のペ・ヨンジュンが主演を務めた『スキャンダル』(2003年)は韓国国内ではまずまずのヒットとなったが、『四月の雪』(2005年)はホ・ジノ監督らしいラブストーリーながら韓国国内では苦戦した。もっとも、『四月の雪』は日本では韓国以上の動員を記録したため、日本の観客に向けて作った企画と見れば成功と言えるだろう。

ペ・ヨンジュン主演『スキャンダル』、2018年に日本公開されたデジタルリマスター版ビジュアル ©2003 BOM FILM PRODUCTION CO,. LTD. ALL RIGHTS RESEVED.

この『四月の雪』は、『私の頭の中の消しゴム』(2004年)に抜かれるまで、日本における韓国映画の歴代興行収入ランキング1位を誇っていた(これがさらに今年『パラサイト』に抜かれることになる)。『私の頭の中の消しゴム』は、韓国国内では当時としては年間上位のヒット作ではあるが、200万人台の動員にとどまっていた。『四月の雪』や『私の頭の中の消しゴム』のように、韓国よりも日本市場に受ける作品が存在していたのは、韓流ブームの当時ならではの現象だろう。

実は韓国では恋愛映画のヒット作は少ない。K-POPを中心とした第二次韓流ブームの2010年前後には、アイドルの人気を見込んだ作品やラブコメなども作られていたが、大ヒットするというところまではいかず、「韓流」の人気に依存した映画は次第に少なくなっていく。もっとも、K-POPスターは現在、人気を当て込んでキャスティングされるのではなく、その役にふさわしいからという理由で韓国映画には欠かせない存在となっている実情もあることを加えておきたい。

『私の頭の中の消しゴム』。日本で公開された韓国映画としては、『パラサイト』に抜かれるまで長らく歴代興行収入1位だった

日本でもリメイクされた『サニー 永遠の仲間たち』『怪しい彼女』などがヒットした2010年代前半。ノワール作品も

韓国映画が日本の原作を使ったり、韓流スターやK-POPスター人気にあやかったりしなくなったのは2010年前後のことだ。独自性の高いエンターテイメント作品が増え、500万人超えクラスのヒットが年に何本も出るようになった。

そのころ、日本では公開規模が大きくなかったが、『D-WARS ディー・ウォーズ』(2007年)、『過速スキャンダル』(2008年)、『国家代表』(2009年)、『TSUNAMI -ツナミ-』(2009年)などのエンターテイメント作品が韓国国内で800万人から1000万人規模のヒットとなる。

2010年代には、『サニー 永遠の仲間たち』(2011年)や『怪しい彼女』(2014年)など、エンタメ要素もあるウェルメイドな人間ドラマ、ラブコメディーがその物語性でヒットし、これらの作品は日本でも話題となった。

カン・ヒョンチョル監督『サニー 永遠の仲間たち』(2011)。日本では大根仁監督によって『SUNNY 強い気持ち・強い愛』のタイトルでリメイクされた

それ以上に韓国映画が韓国国内でも盛り上がり始めたのは、『悪いやつら』(2012年)や『新しき世界』(2013年)といったノワール作品が500万人近くのヒットを記録し始めたことが大きいのではないかと思う。韓国にはそれ以前にも『チェイサー』(2008年)や『アジョシ』(2010年)などのノワール作品が作られ、衝撃をもたらしたが、現在のようにジャンルとして「韓国ノワール」が形成され始めたのはこの頃からではないだろうか。

このような流れの中で、韓国では2013年に年間の映画館来場者数が2億人を突破。また、韓国映画界を新たに象徴する映画スターも生まれ、ファン・ジョンミン、イ・ジョンジェ、ハ・ジョンウらがヒット作の常連となっていく。

パク・フンジョン監督『新しき世界』(2013)。「韓国ノワール」を代表する作品のひとつ

「ナッツ・リターン」事件ともリンクした『ベテラン』、軍事政権下の冤罪事件をもとにした『弁護人』

韓国映画の現在のイメージとしては、政治的な題材を扱っているものが多いというものもあるかもしれない。

『シュリ』のヒット以降、南北問題を扱ったエンタメ作品は多数存在してきた。また、光州事件を描いた『光州5・18』(2007年に700万人のヒット)や、軍事政権下の時代を舞台にした作品などもあるにはあったが、それがジャンルとして大きいわけではなかった。しかし、2010年以降は、『テロ、ライブ』(2013年)、『インサイダーズ 内部者たち』(2015年)や『ベテラン』(2015年)など、国内の政治や権力の闇を描いた社会派エンタメ作が続々と登場。特に『ベテラン』は、当時話題となっていた、「ナッツ・リターン」事件など財閥批判と偶然にもリンクしていて話題となり、韓国国内で1300万人の大ヒットとなった。

正義感溢れるベテラン刑事が韓国財閥の闇に切り込む『ベテラン』(2015)

ただ、これらの作品は、現実社会や権力構造への疑問をフィクションと重ねて描く範囲に留められており、政権を直接批判したり、歴史的事実と重ね合わせて描かれたりする性質のものではなかった。あくまでも、ノワールやアクション作品を面白く描くのに、暴力だけでなく「権力」の構造を用いているという感覚だったのではないだろうか。

実際の政治や権力構造を直接的に盛り込んだヒット作のさきがけとなった作品というと、2013年の『弁護人』が大きいだろう。この映画は、軍事政権下の1981年に起こった冤罪事件をモチーフにしている。主演のソン・ガンホは後に時の政権が作ったブラックリストに入れられたとされているが、その要因には本作への出演があったとも言われている。

韓国国内で1100万人以上を動員した『弁護人』(2013)。軍事政権下を舞台に、国家保安法違反容疑で逮捕された学生の弁護を引き受ける弁護士の姿を描いている

翌年の2014年はセウォル号沈没事故があり、政権への不信が高まっていた時期であった。同年10月には、セウォル号の沈没事故を題材にしたドキュメンタリー映画『ダイビング・ベル セウォル号の真実』が『第19回釜山国際映画祭』に出品されるも、当時の釜山市長が上映禁止を要請。これを発端に2016年には多くの映画人が同映画祭をボイコットした。

日本軍による朝鮮侵攻を描いた『バトル・オーシャン』は1700万人動員の大ヒット

一方で、この頃の韓国では、いわゆる保守的な映画も大ヒットを記録している。豊臣秀吉の朝鮮侵攻による海洋戦を描いた『バトル・オーシャン 海上決戦』(2014年)は、人口5000万人の韓国において、なんと1700万人を動員。

また、朝鮮戦争やベトナム戦争を背景にした『国際市場で逢いましょう』(2014年)は、主人公である「父親」が家族のために戦争に行き、その後も苦労して働き続ける姿を描いた。この作品はノスタルジーを感じさせるとともに、家父長制に親和的でもあり、また戦争を美化する面もあるのではないかとリベラルな韓国の論客から指摘されることもあった。

そんな中、当時の空気を変化させた要因の一つには、やはりセウォル号沈没事故や朴槿恵大統領の「空白の7時間」(沈没事故当日、大統領が対策本部に姿を現すまでの、動静が明らかになっていなかった空白の時間)があったのではないか。しかし、その後は「ブラックリスト」の存在などもあり、政治的な映画が自由に作られている状態ではなかった。2014年は『バトル・オーシャン 海上決戦』以外のヒット作も、『パイレーツ』などの時代劇が多い一年だった。

『バトル・オーシャン 海上決戦』予告編。日本では劇場未公開

朴槿恵政権が倒れた2017年。『ザ・キング』や『タクシー運転手』『1987、ある闘いの真実』が公開

2017年には朴槿恵政権が交代するが、その年には、実際の韓国の政権交代と、ある一人の検事がそれに翻弄される様子を描いたフィクション『ザ・キング』が動員数500万人超えのヒット。さらに光州事件を忖度なく描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)、そして1987年の学生運動家・朴鍾哲拷問致死事件に始まる韓国の民主化闘争を描いた『1987、ある闘いの真実』(2017年)へと続く。韓国映画は政治的で、実際の社会問題とリンクしている作品が多いというイメージは、この頃の作品群によるものかもしれない。

韓国映画の発展については「韓国政府が映画に助成金を与えたからこそ、世界に認められる豊かな映画作りに成功した」という説も見かけられる。韓流ドラマもK-POPも韓国映画も、同じように国を挙げて自国文化を外に伝えようと力を入れきたというのは事実だろう。ただ映画に関しては、外の市場に向けてアピールすることに意識的だったのは韓流ブームの頃までで、2010年代中盤以降は、むしろ国内でヒット作が続々と生まれる状況が続いており、国外でヒットする作品を作ろうという空気よりも、自分たちが求める映画を作っているという意識の方が大きいのではないか。

チョン・ウソンとチョ・インソンが共演した『ザ・キング』(2017)

ソン・ガンホ主演『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017)

もっとも、2013年だけは違う動きがあった。パク・チャヌク監督の『イノセント・ガーデン』、キム・ジウン監督の『ラストスタンド』、そしてポン・ジュノ監督の『スノー・ピアサー』と、韓国人監督のハリウッド進出が続いたのだった。しかし、当時は海外進出に関して積極的というわけではなく慎重であった。

それは、筆者がポン・ジュノに2014年に「オリコン・ニュース」でインタビューした際、「昨年はたまたま韓国の監督がハリウッドに進出することがありましたが、韓国の映画界が計画していたわけではないと思います」「ギレルモ・デル・トロ監督やアン・リー監督のように、持続的にハリウッドで撮れる監督というのは、なかなかいるものじゃありません」と語っていることからもわかる。

『アカデミー賞』で言及された「韓国の観客の目」

近年、『カンヌ国際映画祭』にしろ、『アカデミー賞』にしろ、貧困や格差社会、多民族国家の現状など普遍性のある社会情勢を反映した映画が世界で共通して注目を浴びている。韓国では、特にセウォル号沈没事故と、朴槿恵政権で社会の在り方に危機感を持ち、それについてとことん考え抜き、抵抗したことで生まれた世間の空気が、前述したような社会問題を反映した作品のヒットにつながったのだろう。

ポン・ジュノ監督は、前出のインタビューで「私は小心者なので、怒りというよりも、恐怖を感じています。恐怖を感じると隠れることになります。隠れるとのぞき見ることになり、そうすると細かいものが見えてくるんです」と言っている。ポン・ジュノに限らず、韓国の映画人たちは社会の出来事に注視して、その問題点から目をそらさずに映画作りをしてきた。『パラサイト』を製作したCJグループの副会長が『アカデミー賞』のスピーチでも語っていたように、それを韓国の国内の観客が厳しい批評の目で見てきたからこそ、世界の観客に響く強度と普遍性が生まれたのではないか。

ポン・ジュノ監督『パラサイト 半地下の家族』(2019)予告編



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