「フジワラノリ化」論 第11回 小林聡美 「何気ない日常」の創造主 其の四 もっともエッセイの上手い女優は誰か 〜女優エッセイベスト10〜

其の四 もっともエッセイの上手い女優は誰か 〜女優エッセイベスト10〜

「磨いているのは心の内面なんです」という積極性に甘くなるのは、その対象がキレイな人である場合だ。これは大いなる矛盾である。女性誌が必死に事務所のお偉いさん達とお付き合いをしながら勝ち取った誰それの表紙、それがあればひとまずホッと出来るわけだけれども、一応インタヴューも載っけておこうと簡素なやりとりをしてみる。映画やドラマのプロモが骨子になっていくのだが、これまた一応という気持ちで、最近はどうっすかねという類いの設問を投げかける。そうすると、内面を磨くため、落ち着くため、見つめ直すため、そのための横文字何ちゃらセラピーにはまっていらっしゃるようで、超キレイな見た目を内部で補填する感性を引っ張り出して来る。今という時代は、インタヴューの機会でなくとも自分の意見を直接発する場所をいくらでも用意出来るようになった。だからこそ、こういったオフィシャル感の漂う機会に漏らす情報を上手に仕上げていくことが出来なくなっているのではないか。オフィシャルとプライベートの発信を区分することは出来ても、オフィシャルにプライベートを忍ばせたり、プライベートにオフィシャルを引っ張り込んだりする作法に欠けている。必ずどちらかに寄り過ぎてしまって、中和出来ないのである。

女優が書くエッセイ、というのは、その中和を試みる上で最適なアプローチである。つまり、ブログとプロモーションインタヴューの間に佇む立ち位置として、しっかりとその当人の内面とやらを体感できる素材となる。酷いものは酷い。どこかで聞いた良さげなメッセージを土鍋で煮込んで冷めぬうちに食え食えと強要してくるエッセイも少なくない。イイ感じ、という体感は、イイ感じにしようと意図的に練られたところで与えられるわけではない。古傷を広げると、モーニング娘。にいた安倍なつみがaikoらの歌詞を盗用してエッセイ内の詩に用いていたというような、「良さげ」へ急ぐ目論見の浅はかさが露呈するケースもある。結局の所、その公共性と私生活を横断する、そして狭間に漂う、その管理能力は文才に依るのかもしれない。だからこそ、それが出来る女優には依頼が殺到する、或いは執筆が継続する。小林聡美、石田ゆり子、本上まなみなど、自己主張を度重なる引き算で薄めて良きテンションにおさめていく文体は、「作品」と「普段」しかない現在の女優陣の中にあって、いつの間にか親しみやすさというボーナスポイントを取得しているように思える。BOOK OFFのヘヴィーユーザーである自分は、そのタレントコーナーで芸能人本を常に漁ってきた。女優のエッセイも乱読してきた。その中から選りすぐり、エッセイのうまい女優ベスト10というのをやってみたい。結果から言うと小林聡美は4位とした。しかし、この周辺に散らつく名前とその文章は、小林聡美的、つまり、今回のサブタイトルである「『何気ない』日常の創造主」という好評価を受ける1つのラインを指し示すことにもなるだろう。さあ、第10位から発表していこう。

第10位は意外な所で、竹内結子としておこう。この人は私生活の見せ方を熟知している。しかし、それは決して算段じみていない。ボケた後でテヘヘと可愛がるのではなくボケたままにしておく独特の放り方が、化粧品のCMとやらで見せる「バッチリ」と上手い具合に対比されていく。大した文章では無いのだが表のバッチリに答えていく「ニオイふぇちぃ」シリーズ2冊は、トップ女優の「外し方」という点で読むに値する。

第9位は市川実日子。実は、姉の市川実和子でも良いのだが(失礼な話である)、とにかく言葉の拾い方が上手い。起承転結を計算して成り立たせるのではなく、落ちている言葉をふと手にとる、そして編む。そこにあざとさが浮上してこないのがいかにもで役得なのだが、期待を裏切らない文章を書く人(たち)だ。市川実日子「午前、午後。」は、問われた瑞々しさにズバリ回答する1冊である。

第8位は中谷美紀。小林聡美のエッセイを探りに幻冬舎文庫コーナーへ行くと中谷美紀のエッセイ群を気にせずにはいられない。芝居がかった芝居をこれが芝居なのと言わんばかりに崩さない女優さんでいまいち好きになれないのだけれども、エッセイまで引き続き降り注がれている、女優であることに対する聡明さは、そのエピソードが少しばかり微笑ましくとも、損なわれない。この強気は、女優エッセイの中でキラリと光っている。この人はマッチョだ。

第7位は田中麗奈にしよう。この人はどうやら読書家のようだ。2005年に出したエッセイ集「ユメオンナ」には読書日誌もあって、角田光代、江國香織、川上弘美と、これまた恐ろしく捻りが無いのだが、捻ることが個性に繋がると目論んで洋書の写真集を買い漁るとどうにもチグハグしちゃうじゃんか、ということをこの人は知っている。最近はそうでもないが、基本的には映画だけをやってテレビドラマには降りてこない女優だからこそ、この突飛を排したエッセイが許容されるのだろう。

「フジワラノリ化」論 第11回 小林聡美

第6位を石田ゆり子、そして、第5位を本上まなみとする。この2人は、女優のエッセイの平均値に設定されるべきかもしれない。いわば、教科書である。派手さは無い。ただし地味でもない。女優が、たまのオフに夕方まで寝てしまう、というような話が、そこらじゅうに溢れている。んで、なんなんだよ、それは。平民と距離を近づけるために体たらくを吐露するという方法に、みんな飽き飽きしているのだ。この2人は、お高くとまらない。かといって下にいるわけでもない。同じでもない。少し上にいる。飾らないが、少しだけ飾られている。読者には、周りの人たちから飾ってもらっているように写る。具体的に書かれているわけでもない彼女達を包み込む人々を込みで、その佇む様に羨望の眼差しを向ける。

ということで、第4位は小林聡美だ。女優ではなさそうなので外したが、清水ミチコや光浦靖子のような、そこにあるものの洞察だけでご飯三杯食べていくような追究型コラムと同様に、この小林のコラムの筆力は秀でている。本を何冊書き重ねても、ネタは枯渇してこない。エッセイを書くためにどこかへ行っているような気のする林真理子的な暑苦しさは皆無で、10冊近くも出しているのにまだまだ片手間でやっていると思わせる辺りが、彼女の強みである。

室井滋を第3位として出しておく必要があるだろう。小林聡美を「何気ない日常」とするならば、この人の日常は「ド日常」だ。「エッセイ界の宮本常一」とでも呼びたいほどに、そこらへんの人やモノや生き物に、細やかに接して突っ込んでいく。度々引っ張って恐縮だが、林真理子がデパートだとすれば、小林聡美はスーパーで、室井滋は商店街だ。

第2位に推す片桐はいりは、その続きで言えば、駄菓子屋なのだ。この人のエッセイ「わたしのマトカ」がようやく文庫化されたので手に取ったのだが、エラの張ったお顔立ちと反比例する肩肘張らない文章に、失笑と微笑と爆笑が散りばめられている。しかし、顔は笑っていない(たぶん)。旅の話をする時、人はすぐに現地民との出会いが素敵だったと平淡な感想文をしたためる。片桐も、それを書いている。しかし、視点がナチュラルではない。うまい棒の袋についた粉をベロで舐めるような徹底された不自然さが、結局の所、書き記された人々の人となりを優しく浮き上がらせてくれる。

さて、第1位だ。エッセイの一番うまい女優は、小西真奈美である。この人が唯一出しているエッセイ集/メッセージ集「手紙」は、埋もれてはならない傑作である。繊細さと色気と、自らの嗜好への耽溺と、青春期を抜け出してからかれこれ年月を経るのにこびりついている青臭い葛藤のいくつかが、言葉を厳選して、慎重に繋げられている。良さそうな感じに落とし込まないとする決意が節々に透ける。かといって、感覚的に頁をこなしていくだけではない。血の通った格調とぬくもりが注がれた名著である。

とまあ、今回は、小林聡美論と小休止するつもりでエッセイの上手い女優を選んでみた。しかし実は、小休止ではない。頭にも書いたが、このランキングの中で浮上してきた、彼女のポジショニング、林真理子がデパート、室井滋は商店街、片桐はいりは駄菓子屋、その中での「小林聡美はスーパー」という立脚点、ここを問いつめることは小林聡美を論じる大きなヒントとなる。スーパーには駄菓子もあれば高級菓子もある。「こういう所(人)だ、と断定されがちだが、実はそこには全てが揃っている」ということになる。小林聡美がどんな媒体でさらされても立往生しないのは、その前後左右上下を縦横断する品揃えにありそうだ。次回は最終回、「生まれ変わったら小林聡美になりたいと言われる理由」と題して、小林聡美は何を創造しているのか、小林聡美論を結びへと向かわせる。



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