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『ヨコハマ カルチャーガイド』 -街から生まれるクリエイティブ-

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『消えた男の日記』 第四回

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7/1
 出掛けようと家を出ると、一階の通路に郵便物が散乱していた。郵便受けを見ると、自分の部屋番号のついた扉が開きっぱなしになっている。溜まった郵便物の重さに耐えかねたのだろう。切り絵の薔薇のように床に散らばっているそれらを、郵便受けが設置してあるほうの壁に足で押しやった。
 まだ容積の半分ほど残っている自室の郵便受けの扉をバタと閉じ、灰色にのしかかる昼の陽のほうへ出た。
 白濁した液のなかを、たくさんの顔が浮遊しているかのような通りを歩いた。とても蒸し暑かった。人の汗が流れ出て街の水位を上げる。見上げると遥か上方に白い水面が広がっている。
 そこには息を絶やした魚(さかのぼること太古に絶滅した古代魚の姿も)やら、朽ちたボールペンやら、シャンプーの泡と髪の毛、ブラウン管がわずかな速度でそれぞれ移動していくのが見える。
 国道はとても渋滞していた。中華料理店が立ち並ぶ歩道を歩いた。爬虫類のうろこのように軋んでいる車の列は眼で追う限り果てなく続いている。ほとんどの窓は開け放たれ、人々の上半身は力をなくしたように投げ出されている。さながら岩肌から生えて揺らめく海藻のようだ。
 杏仁豆腐によく似た固形物(もしくはそれそのもの)が行く手を埋め尽くしている。浮遊したり、投げ込まれたり、歩道に吹き溜まったりと、視界のほとんど、それと吸い込む息をもはや妨害している。
 バスの停留所には10人前後の会社員やOLが並んでいた。頭の高さに雨雲が立ちこめていて、首から上は見えない。どこかで小さく赤子の泣き声がしている。それは遠くから聴こえるというより、近くで小さく鳴っているように聴こえる。まだ産まれていない赤子の泣き声なのかもしれない。
 服にまとわりついた固形物を払いつつ、ビルに入っていった。許可証を見せるそぶりをしつつ、エレベーターの前に立った。警備員室の窓から、警備員の顔が見える。眼球が縞模様になっていて、口が開いている。細いが、しぶとい根のように固そうな腕には錨の刺青が入っている。子供の落書きのような錨だ。安全ピンで彫ったのだろう、装飾というよりは体に記号を課しただけ、という簡素なものである。彼が意地悪く笑うのを見たことがある。開いた口がそのままさらに開いて円形になり、上下左右が不明確になる。彼が言葉を発したのを見たことがない。口がきけないらしい、という話を耳にしたことがあるが、真相は定かではない。
 エレベーターに乗っている間、広場でのレーニンと群衆のことが頭のなかに浮かんでいた。一日にして相当なエネルギーを稼ぐことの可能性を考えたが、それは効率とはあまり関係がないように思われた。国家の脇腹はパックリ開いたままで、そこから流失するものの量ははかり知れない。
 廊下に出て、据え付けてある容器からアルコールを両手に噴霧して消毒し、許可証をかざし、中に入る。さらに通路を抜けていったところに部屋はあった。ドアノブに手をかけ、そのパチンコ玉のような滑らかさに寒気を感じながら部屋に入った。


 そこには何も無かった。ただ広さだけが集まり、覆い尽くし、さらには溢れ出していた。窓にはブラインドがかかっていた。四隅の上下、計8つの角がボウガンの矢のように一斉にこちらに照準を絞りきっている。キリキリと弓がしなる。両耳をざわめきが、10秒おきに、1秒おきに、0.1秒おきに立ちのぼっては消えた。世界中の空港を行き交う何千、何万の足音、銀行で紙幣が数えられ、印刷物が投函される。水泳選手が同時にプールに飛び込み、勝鬨の声を上げる。シャワーが浴槽に熱湯を叩き付ける。栓はされておらずほとんとが流出し、外海に合流する。森林を昆虫が羽ばたいている。大きな墓を通過していくだろう。


 キリキリキリキリキリキリ


 目を開けたまま夢を観た。誰かがひもを引っ張って換気扇を消すと、あたりはすっかり夜になった。紫外線が地表を焦がすチリチリという音は止み、あたりはさらに静寂に沈んだ。少年は胸を地球に押し付けて、宇宙に背中を向けた。

「ねえ、感じる?
 視線を感じる?
 たくさんの瞳が君を見つめているのを感じる?」


 キリキリキリキリキリキリ


 男の叫び声が、部屋の外からドアを突き破るほど激しく襲った。浮ついた足取りで部屋を出て、階段で駆け下りた。そのあいだ絶叫は絶え間なく鳴り響き、ときおり左右上下をわからなくさせた。部屋を出た瞬間、矢は放たれ部屋は消失したことを後頭部で感じた。動く身体、その中を駆ける血液、自分が点ではなく線であることをとても残念に思った。
 一階ロビーに降り立った瞬間、絶叫が止んだ。警備員が口を顔よりも大きく開いたまま、セミの抜け殻のように直立して朽ちていた。
 通りへ出ると、相変わらず街は分泌物を垂れ流していた。地面が傾いて、無数の車が路肩に吹き溜まっていた。
 郵便受けの中身を通路に散らばった分も拾い集め、持ち帰った。選り分けると、ほとんどは広告と請求書である。請求書にはほとんど覚えがなかった。
 ふと手が止まる。封筒、海外の消印。


波多野裕文(People In The Box)

波多野裕文(vocals/guitars),福井健太(bass),山口大吾(drums)による独自の世界観を持つスリーピースバンド。透明感のある純粋な歌声と歌詞の独自な世界観を持つ楽曲センス、うねる様な力強さを持ったベースとしなやかでかつ躍動感のあるドラムが一つの物語を作り上げているかのようなサウンドは唯一無二。スリーピースにもかかわらず、まるで抗うかのような変則的かつ難解な曲構成を持ち、中毒性と没入感を持つ極上のポップミュージックを形成する。また独特な彼らの世界観が吐き出されるかのようなライブパフォーマンスは、数々の大型フェスやワンマンライブでクチコミを中心に話題となり、着実に動員を伸ばし続ける。2009年10月に3rd mini album「Ghost Apple」をリリース、2010年2月17日、1st single「SkyMouth」をリリースし、全国ツアーを行いファイナルSHIBUYA-AXを含む、他会場でチケット完売させた、新世代実力派。

People In The Box オフィシャルサイト

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