
7/10
昼、ベランダの扉を少し開けると、暖かい風が少しだけ部屋に侵入してきた。空が黄色に染まっていた。誰かが大気に酒を流し込んで、二日酔いを起こさせたみたいだ。ここずっと降り続いてしかしいつの間にか上がった雨を思い出す。梅雨明けというにはあまりに翳りのある太陽。降り続いた雨はいつしか地面に吸い込まれ、醸造され、夜のあいだに立ち上っていく。そして今日、街はブランデーに浸かり、そのなかを鳥が3羽、読点のように浮かんでいる。
、、、
忘れ去られた設計図のようなものを追いかけているのだろうか。そもそもその設計図は最後まで書かれたのだろうか。走るペンシル。書くそばから消されていく線。
レコードを1枚とってプレイヤーに載せた。溝を滑る針の音を聴くためにぐんぐんレベルを落としていくと遂には音楽は聴こえなくなった。
『思考は実存しない建築物である』という言葉を思い出す。どれほどの建築物が忘れ去られたのだろうかと考えてみても、忘れ去られたもののスケールを計ることはどうしてもできなかった。ベランダの外から隣家のテレビの音が聴こえてくる。テレビのなかの人の声はあまりに大きい。肉体の動きが無限に増幅され、声帯の中心に、真昼の月が昇る。
おそらく、原型を留めぬまでに破壊されてしまえばよかったのだ。ハンマーによって粉々に粉砕され、念入りに叩き潰され、目には見えない埃のようになってしまえばよかったのだ。だが、もしかするとその粉々にされた無数の塵はどこかでまた集結し、想像の及ばない形で存在を成したのかもしれず、それは手つかずで置き去りにされたものの成れの果てとして目の前に今姿を現そうとしているのではないかという思念もまた沸き上がる。
無限に増幅されるものばかりの世界。しかしそれは投影されたスクリーンによって客席に座ったものに向けて見せつけられているだけのものである。椅子に着席した人々は既にスクリーンから目をそらすことはできない。観客は笑ったり、怒ったり、泣いたり、悲しんだりする。一定の間隔でコーラとポップコーンが投入され、惑星はギシギシと不器用に歯車を巻いて動きを続けるのである。
投影される光源を追って映写室を見上げると、そこにはひとりの男が立っている。看守服を身にまとってこちらを見下ろしている。波打つ光りを放つ映写機の横に立っている。観客のだれも彼に気付いてはいない。逆光で顔は見えないが、その一点から眼が離せなくなってじっと見つめているうちに、増幅されるものの影に、収縮していくものの存在を感じた。
それは塵ほどに微細で、隠れてすらいない。子供の頃に目を痛めて行った眼科のことを思い出す。角膜に小さな金属片が刺さっていたと医者に説明された。
サイズとはなんだろうか。角膜に刺さった金属片はいまどこにあるのだろうか?
走る溝をなくしたレコード針が絶叫しはじめた。
汗が背中をつたい、椅子を濡らしはじめている。ボールペンの床に落ちた音が爆撃のように耳をつんざき、背後では扉が獅子舞の口のように開いたり閉まったりする。こちらを嘲っているのか、苛立っているのか。その両方かもしれない。
7/12
封筒のなかには、パスポートと航空券が1枚だけ入っていた。スーツケースに着替えを詰めて空港に向かった。部屋の鍵をかけたあと、鍵をどこへしまえばいいかわからなかったので郵便受けに入れた。携帯電話は一応持って出たものの、空港のトイレの洗面台に置いてきた。ロビーで受付を済ませ、待合室の椅子に腰掛けた。
ふと仰いだ、巨大でゆるやかなドーム状になった透明の屋根の向こうには昨日までとはうって変わって青空がべっとりと貼り付いている。高く青い天井と白く輝く床のあいだを、無数の足音が渾然一体となって乱反射する。
あるとき知り合いの女が言っていたことを思い出す。
「天国っていうものがあるとしたら、それは空港のロビーみたいな場所じゃないかって。そう、天国はね、天井がとっても高いの。高過ぎて空と間違ってしまうくらい。ううん。それは決して空ではないの。天国に空は無いのよ。だって、空があったとしたら、現世となんの違いがあるの?それって悲しいと思わない?」
搭乗し、シートにもたれかかるとすぐに睡魔に襲われた。人は少なく、空席がやけに目立った。永遠かと思われるほど長い離陸準備からやっとのことで激しいジェット音が轟き、飛行機は地上を離れた。と同時に落とし穴にはまったように唐突に体が眠りに沈んでいった。
波多野裕文(People In The Box)
波多野裕文(vocals/guitars),福井健太(bass),山口大吾(drums)による独自の世界観を持つスリーピースバンド。透明感のある純粋な歌声と歌詞の独自な世界観を持つ楽曲センス、うねる様な力強さを持ったベースとしなやかでかつ躍動感のあるドラムが一つの物語を作り上げているかのようなサウンドは唯一無二。スリーピースにもかかわらず、まるで抗うかのような変則的かつ難解な曲構成を持ち、中毒性と没入感を持つ極上のポップミュージックを形成する。また独特な彼らの世界観が吐き出されるかのようなライブパフォーマンスは、数々の大型フェスやワンマンライブでクチコミを中心に話題となり、着実に動員を伸ばし続ける。2009年10月に3rd mini album「Ghost Apple」をリリース、2010年2月17日、1st single「SkyMouth」をリリースし、全国ツアーを行いファイナルSHIBUYA-AXを含む、他会場でチケット完売させた、新世代実力派。






















