80歳の爺さんが一番良い声を出してる世界を知ってごらんよ!
死ぬに死ねないから。
─理想としていた大人にはなれなかった?
會田:まあそれは虚像というか、居なかったというか。ただ、未だにテレビで甲子園を見てると「甲子園に出てる“お兄さん”たち」みたいな感覚になるんですよ。だから「大人」って何なのか、イマイチわからないです。
いとう:唯一言えるのは、今ぼくらが20代だったとしたらこの作品は作れなかった、ということじゃないかな。もし20代だったらこんなかすれた声で歌わないだろうし、歌ったとしても背伸びしてるように思われるでしょ。「まだガキのくせに、大人の風格出そうとしちゃって」って言われるよね、きっと。でも今のぼくたちはそれが出来た。それが消去法でさ、大人ってことなんだと思うよ。
─せいこうさんにも「大人の男」に何かイメージはあったんですか?

いとう:あったあった。だけど、自分がその歳を超えたら忘れちゃったな。子どもの頃に大人だと思っていたのは35〜6歳の人だったから、自分がその歳になるまではイメージを覚えていたんだけどね。だから今は、ただひたすら自分にとって年上の人のことを思ってる。60歳を超えるとこんな面白いこと言えるんだ、とか。だってぼくが追いかけてる浄瑠璃義太夫節の人間国宝なんて80歳を超えてるからね。あと40年くらいしないとあんな風になれない、修行が大変だなって。でも憧れてるよやっぱり。
─年輪を重ねていくにしたがって、どんどん面白くなっていく?
いとう:ぼく、テーマが経年変化だからさ。たとえばお味噌汁のおわんとかさ、買ったときは赤いのにだんだん黒ずんできたりしてね。ぼくはそっちの方がめっきりよくなっちゃった。それで自分のことを考えるとさ、この先おそらく持病を持つようになったりしてさ、胃も半分くらい切ったりしてるかもしれない。その状態で歌うとどうなるんだろう? 今よりいいんじゃないだろうか? とかさ。そんなことに興味があるんだよね、結局。
─そういう風に考えられたら、この先の人生が凄く楽しそうですね。
いとう:そうなんだよ。若い人が自殺しちゃったりしますけど、ちょっと待ってくれと。それはもう、20代が人生の最盛期だっていうのが常識になってしまった社会の問題だよ。「この後何も無い」とか、とんでもない話でさ。80歳の爺さんが一番良い声を出してる世界を知ってごらんよ! 死ぬに死ねないから。自分がどうなるかわかんないんだもん。年寄りを面白がらない文化になっちゃったのが良くないんですよ。JARはそこにも切り込んでいくから。
會田:チェット・ベイカーっていうトランペット奏者がいたんですけど、とにかくクスリがやりたくてレコードを作ってた人で、7・80枚レコードを出してるんですよ。だけどそういう人なんで、女関係でトラブった末に前歯を折られてトランペットが吹けなくなっちゃって。で、その後はしょうがないからトランペットを吹かないで、その旋律を歌ってるんですよ。ファファ〜って。もうそれがプァフプァフしてるんですよ、入れ歯なんで(笑)。
いとう:最高だよね。
會田:プァフプァフしてる音楽。でも、聴くとなんともいえない。
いとう:たまらんよね。

─自分もそうですけど、若い世代はなかなかそういう魅力を楽しめなくなってるんですかね…。
いとう:そうだなあ。それがいいってことを皆が言わなくなっちゃったからね。もったいないよね、面白いのにね。それ最高じゃない。狙って出来ることじゃないもんな。





















