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「ワルい」だけがHIP HOPじゃない! 環ROYインタビュー
不良・麻薬・喧嘩、なにかと「ワルい」イメージがつきまとうHIP HOP。今回紹介する環ROYは、そんなHIP HOPを誰よりも愛し、それ故にHIP HOP界隈からは不当な評価を受けてしまっているラッパーかもしれない。そもそも、道なき道を行こうとする偉人ほど、評価してもらえる居所がないのだろう。フィッシュマンズの歌詞を全て暗記し、テクノ界の大御所「石野卓球」とクラブで共演し、曽我部恵一に認められ、フジロックにも出演する。こんなにも幅の広い「ラッパー」が、未だかつていただろうか。ラップという唯一の武器をとことんまで研ぎすませ、HIP HOPの可能性を開拓しようとする環ROYの軌跡を追った。
(インタビュー・テキスト:柏井万作)
環ROY(タマキロイ)/音楽家/ラッパー/MC。2006年、1stアルバム「少年モンスター」でソロデビュー後、鎮座DOPENESSやOLIVE OIL、□□□、fragment、Eccy、NEWDEAL、DJ YUIなどのアーティストとコラボレートした作品を発表。Fuji Rock Festival'09をはじめ、様々な大型音楽フェスティバルに出演するほか、曽我部恵一が主宰するRose Recordsのコンピレーションアルバム「Perfect!」に参加するなど、ジャンルを限定しないユニークな活動が大きな注目を集めている。ポップな声質や日本人離れしたタイム感、型に捉われない自由な感性で国産ヒップホップのあり方を提示している。
環ROY オフィシャルサイト
環ROY Myspace
ラッパー「環ROY」の存在を知らしめたMCバトル
―ROYくんがHIP HOPに出会ったのはいつ頃のことなんですか?
環ROY:高校の時ですね。でも、その頃は聴いてるだけで、ただのファンっていう感じ。最初は国内のHIP HOPがメインで、BUDDHA BRANDとかですね。で、どんどん海外のものを聴くようになっていって。
―BUDDHA BRANDの『人間発電所』(1996年)は本当に衝撃的でしたね。
環ROY:そうそう、まさにその頃の話し。受験勉強中に石田純一のラジオを聞いてたら流れてきて。あの頃の国産HIP HOPって何か力があったし、その影響を受けてHIP HOPを始めた人は多かったでしょうね。あの頃は最先端だったんだろうなって思いますよ。

―その当時、HIP HOP以外にはどんな音楽を聴いていたんですか?
環ROY:他には何にも聴いてないです。若い頃は「好きになったジャンル以外だせぇ」って思ったりするじゃないですか。だから「HIP HOP以外は全部だせぇ」って。それくらいのめり込んで聴いてました。
―ラップをはじめたきっかけは?
環ROY:22歳頃からなんですけど、友達にトラックを作る人がいて、「やってみて」って言われて。そこからですね。でも、そいつはすぐにやめちゃって。
―ラップを始めたのにいきなりパートナーが…。その後はどんな活動をしていたんですか?
環ROY:ほんとたまーにライブしたりして、始めて1年目くらいでDMRっていうクルーに参加することになったんですね。もうメジャーデビューしちゃったけど、同期ではKEN THE 390やTARO SOUL、COMA-CHIがいて。
―おお、いきなり飛躍したんですね。
環ROY:いや本当にラッキーなだけです。ライブなんてまともにやったことないのにCDに参加させてもらって。それで、DMRに参加したりしながら地道に活動して、2006年にソロアルバムの『少年モンスター』をリリースして。そこから本格的にソロ活動をするようになりましたね。
―「地道な活動」って、たとえばどんなことをしていたんでしょうか?
環ROY:その頃って、HIP HOP界隈ではMCバトル(即興でラップを行い、その優劣を競うバトル)がムーヴメントになってたんですよ。勝ち続ければすぐ有名になれるから、「ラップが巧くなれば有名になれる」っていう発想で頑張っちゃって。
―YoutubeにもMCバトルの動画がアップされていますけど、「これ本当に即興なの!?」って思うくらいカッコ良くてビックリしました。ああいうのって、自然に言葉が出てくるんですか?
環ROY:完全に即興なんですけど、何かに取り憑かれているような、ものすごい集中力だったと思います。異常な状態っていうか。今はもうあんなテンションではないですけどね。
―最近はやらなくなっちゃったんですか?
環ROY:現実的な話をすると、フリースタイル(即興ラップ)がどんなに上手くても食べていけないんですよ。音楽家として、即興は神聖な行為だと思うけど。資本主義のシステムの中で成立させながら、自分のやりたいことをキープしつつ、社会と関わっていくとか家庭を作っていくっていう普遍的なことをするには、優れた音源を作らないとなぁ、と…思うようになりしました。



































