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信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎の「にほんのお話」
1月27日に最新作である第四集がリリースされたばかりの『にほんのうた』プロジェクト。「誰もが知っている童謡や唱歌に新たな息吹を吹き込み、後世に受け継いでいく」というコンセプト・アルバムをつくるなかで制作者たちは、アート・ディレクター/ミュージシャン/プロデューサーという、それぞれの立場で何を考え何を見出したのか。少しばかり大げさかもしれないけれど、そこには新しい時代を生き抜くヒントや多くの示唆が見え隠れする。このインタビューは、先人に想いを馳せながら常に新しいものをつくることを意識する第一線のクリエイター、信藤三雄×ASA-CHANG×岡一郎による鼎談である。ゆとりある暮らしのなかで生まれ育った若い世代にとっては良い薬となるであろう世の中に対する彼らのスタンス(怒り)と、過ぎるほどユーモアたっぷりのお話。その言葉は、ふとした拍子で人生の哲学にまで飛び火していく。
(インタビュー・テキスト:ヨコタマサル 写真:柏井万作)
信藤三雄
アートディレクター/フォトグラファー/書道家/空間プロデューサー/映像ディレクター。85年、コンテムポラリー・プロダクション設立。松任谷由実、ピチカート・ファイヴ、Mr.Children、MISIA、元ちとせなど、これまで手掛けたレコード&CDジャケット数は1000枚にせまる。08年以降、自身の新境地である書を表現手法として多くの作品を作り続けており、個展の開催等活動を広げている。
C.T.P.P.
ASA-CHANG
ヘア・メイキャップアーティストとしてアイドル、タレントの仕事を数多く手掛けるかたわら、89年に東京スカパラダイスオーケストラのパーカッション兼バンド・マスターとしてデビュー。自ら創始したそのスカパラは、ブレイクを果たすが、93年に脱退。その後フリーのドラマー、パーカッショニストに転身。ポップとアバンギャルドを軽々と行き来する様々な活動は、多くの注目を集めている一方、作曲・アレンジもこなすプロデューサーとしても活躍している。99年からはASA-CHANG&巡礼を始動、最新アルバムは『影の無いヒト』。
ASA-CHANG Official Website
岡一郎
1954年生まれ。スリー・ディー・コーポレーション代表取締役。フリッパーズ・ギター、エルアール等のディレクターを経て、現在はコーネリアス、カヒミ・カリィ、ショコラ等のマネージメントの傍ら、「にほんのうた」のプロデュースを手掛ける。
つまり今の日本が嫌いなんですよね(笑)。
―まず『にほんのうた』プロジェクトについて、コンセプトや想いなどそれぞれにお聞きできればと思います。

岡一郎
岡:もともと企画を思いついたのはずいぶん前なんです。自分の息子が小さいころ、僕らが子どものころ歌ってたり習ってたりしてたような、いわゆる日本の歌をまったく知らなかったんですね。それで、どうにかしなきゃいかんと思ったのがきっかけです。幸いなことにたまたま自分の周りには優れたアーティストがたくさんいたので、彼らといっしょに日本の歌を後世に残したい……って言うと、ちょっと大げさですけど。それから、そういう歌を知っているほとんどCDを買わなくなった世代には、歌から入ってもらってアーティストを知ってもらえたらいいな、と。それを坂本(龍一)さんにお話ししたら「僕も前から考えていた」ということで合致して、企画がスタートしました。それでジャケットはもう、最初から信藤さんにって。
信藤:ありがとうございます。ここ数年、僕のマイ・ブームは「Back to Japan」。つまり今の日本が嫌いなんですよね(笑)。街も汚いし、古くていいものはどんどん壊されちゃうし、若い人たちはみんな茶髪になってるし。どこの国なの?? って(笑)。
岡:わかる、具体的にゴミがあるとかそういうことじゃなくて。たとえば今のかわいいと言われているギャルモデルとか、なんか汚いと思うんだよね(笑)。
ASA-CHANG:世代的にかもしれないけど僕はそうでもなくて。でも、そういう気持ち自体はなんとなくわかるような曖昧な年ごろというか、ポジションですけどね(笑)。




















