くるりが描き出した「見落とされがちなもの」

5月に発表された2枚組のカップリング・ベスト『僕の住んでいた街』で、キャリア初のオリコン・チャート1位を獲得したくるりのニューアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』は、ポップ・ミュージックのあり方をもう一度見つめ直すための作品である。シンプルな3ピース編成で、地元・京都で録音された本作は、岸田繁いわく「スペックの低い電車」であり、特別なトピックがあるわけでもなければ、ジャンル間の横断・融合といったお題目があるわけでもない(くるりの場合、それは前提として内包されているのだが)。しかし、ふとチャートに目を落としてみると、そんなスペックの低い、低性能な音楽こそが、実は今もっとも世の中に欠けている音楽であり、本作のようにある意味では気楽に、自由に楽しめる音楽こそが必要なのではないかと気づかされる。ゆったりとしたアルバムのテンションとは真逆のその反骨心が、実にくるりらしいアルバムなのだ。

(インタビュー・テキスト:金子厚武 撮影:柏井万作)

僕らもアーティストで、目立ちたがりですから、自分のためにやりがちなんですけど、「世の為、人の為」って考え方にならないとあかんなって。

―『僕の住んでいた街』のオリコン1位獲得おめでとうございます。2枚組のカップリング・ベストで1位というのは珍しいケースだと思うのですが、率直な感想はいかがですか?

岸田:普通にうれしかったです。1位とかって一生取れへんと思ってたんで(笑)。長いことやってきたご褒美じゃないですけど、そういう感じかなあ。

―佐藤さんはどう思いました?

くるりが描き出した「見落とされがちなもの」
佐藤征史

佐藤:ホント運が良かった(笑)。昔はリリースする時に、「同時期には他にこんなのが出る」とか周りの人が言うから、そういう話を聞いてた時代もあったんです。でも今は、誰が出るとか気にすることもなくなりましたね。(1位になった)その週がちょうどツアーの時期やって、その1本目やる前に「ウィークリー1位やで」って話を聞いたから、気持ちよくツアーに臨むことができました。

岸田:テストの点数がクラスで何位になりましたとか、徒競走で1位になりましたとか、そういうのとあんまり変わんないです。僕らよりスタッフの方が嬉しいんじゃないかと思う。

―「売れる」ということに関する話しだと、たとえばバンドとスタッフで方向性が食い違うこともあるかと思うのですが、スタッフとの関係性で意識していることはありますか?

くるりが描き出した「見落とされがちなもの」
岸田繁

岸田:こうありたいなってことが一つあって、養老孟司さんの本を読んでて思ったことなんですけど、松下幸之助さんがね、「世の為、人の為」ってことを言ってらして。それって今のご時世、今の若い人にはあんまり通用しないっていうか、みんな自分のために働いてるし、自分の評価とか給料のために働くじゃないですか? 僕らもアーティストで、目立ちたがりですから、自分のためにやりがちなんですけど、内にこもらないように、「世の為、人の為」って考え方にならないとあかんなって。そういう曲を書いたりとか、そういう風にスタッフと目的意識を共有したりとか。

―なるほど。

岸田:あとは、どうしても組織やったら適材適所って言い方がありますけど、例えばゴレンジャーみたいに、何かが得意な人がいるわけじゃないですか? その中にはバリバリ仕事できる人と、何かもう一つできひん人っていうのがおって…ゴレンジャーやったらそれぞれ超人なんで、あれですけど。

―(笑)。

岸田:仕事がすごいできる人はいいと思うんですけど、仕事のできない人のポジションがないっていう。仕事のできない人がやる仕事ってあるじゃないですか? 誰でもできる仕事。そういうところを見落とすと、組織として成り立たなくなるというか。

時代の空気とかそういうものに対して、すごく敏感にやってる実感はあって。

―では「日本の音楽シーンを変える・引っ張る」という意識は以前と比べて今はいかがですか?

岸田:今の方が強いですけどね。変えるっていうか、誰もやってないことをやるっていう意識はあるのかもしれない。あえてひねくれたことをやるとかじゃなくて。前までは普通にやってたら何かの流れの中にいた気がするんですけど、今は普通にやってるつもりでも、相当変わったことをやってるのかもしれないなってよく思うんです。

―例えば『アンテナ』(04)から『NIKKI』(05)の時期はロックンロール・バンドであることを重要視していましたよね? そこから3,4年経って、日本に若手のロックンロール・バンドが急激に増えたように思うのですが、そういったことをどう感じていますか?

岸田:すごいうがった言い方かもしれないですけど、僕らは何かを始めるのはすごい早いと思います。何かに気づいたりとか、そういうのが早くて、それをそのままやるんで。別に新しい音楽性を取り入れるとかそういうことじゃなくて、時代の空気とかそういうものに対して、すごく敏感にやってる実感はあって。

くるりが描き出した「見落とされがちなもの」

佐藤:作ってるときには、その先に明確に何かが見えるっていうのものではないんですけど、自分が新しいと思うもの、自分たちがやったことのないことをやるっていう。常に同じものを作ってもしょうがないっていうのが元からあるバンドだと思うので。


芸術って、いかに見落としがちなものに目を向けて、拾うかってことやと思うんですよ。

―では、新作についてお伺いします。『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』という印象的なアルバム・タイトルは、1曲目の“無題”の歌詞から取られているわけですが、このフレーズをタイトルにした理由を教えてください。

岸田:結構いろんなタイプの曲があると思うんですよね。どの曲でもバラバラなことを言うてるんですけど、その先にあるものを集約したら、このタイトルみたいなことになるんかなって。

―僕の見方としては、本作はコミュニケーションのあり方っていうのが一つのポイントになってると思ってて。Twitterのようなツールで同時に多くの人と繋がれるのが良しとされていて、一方でJ-POPや特定のギター・ロックでは今も「君と僕」の世界が展開されている。そういった状況の中で、そうじゃない部分、例えば家族とか近所づきあいとか、もう少し近くて緊密なコミュニケーションの重要性に目を向けようという視点があるのかなと思ったんです。

岸田:そうかもしれないですね。僕はTwitterもやらへんしわからへんけど、ついつい見落としがちなものって色々あるじゃないですか? 芸術って、いかに見落としがちなものに目を向けて、拾うかってことやと思うんですよ。でもそれを仕事として、「私はアーティストで、こういうものを作らなければいけない」みたいなことを先に思ってやってしまうと、すごく遠くの方を見たりとか、観念的な考え方で何かを作り出したりすることが多いんですよね。それはそれでいいもんもたくさんあるし、自分たちもそういう風にやってきたもんもあるんですけど、今回のはオーソドックスなアートのあり方っていうんですかね。アフリカ行って、サバンナ行って、夕陽を見たらすごいでしょうけどそうじゃなくて…

くるりが描き出した「見落とされがちなもの」

―身の回りにあるものでも視点を変えれば気づくことがある、と。

岸田:そうそう。それでさっきおっしゃったコミュニケーションってことで言うと、Twitterであるとか、個人個人がシステムにあてはめられてコミュニケーションをしてるっていう。それって全員がビームサーベル持って歩いてるみたいなもんで、ケンカの弱い奴でもビームサーベル持ってて、それを振り回したら人が死ぬわけですよ。それを使いこなす人間よりも、モノの方が力を持っている。元々はシンプルなのに、そういうところからいろんなコミュニケーションの弊害が出てきてるなって。そこが僕にはすごい目について、色々考えたりすることもあって。

―ツールに縛られちゃう人って、多いですからね。

岸田:そういうのってやっぱり、音楽や美術の敵なんですよ。僕もYouTube見たり、iTunesでダウンロードしたりしてますけど、本来そういうものは芸術的なものとすごく距離のあるものですから。

たぶんそういうのが苦手やから音楽をやってるんですよ。そういうコミュニケーションが得意やったら、別の仕事やってると思う。

―ちなみに、Twitterをやらないのはなぜですか?

くるりが描き出した「見落とされがちなもの」

岸田:もし僕がインディのミュージシャンで、これからガンガン名前を広めていきたいとか、あるいは海外にいる人と仲良くしたりするのには便利なところもあるじゃないですか? でも今自分がやったらどうなるかはわかってるつもりですし(笑)、そんな地獄の火の中に…


―飛び込むようなことはしないと(笑)。佐藤さんもやられてないですよね?

佐藤:嫁がmixiやってるんですけど、そこで知り合いの子供の写真があって、「奥さんに似てきたね」って話とかをちょうど昨日してたんですけど、その話を聞いてもその人が浮かばないんですよね。それですごいと思ったのが、その話をして、たばこを外に吸いに行って戻ってきたら、そいつから電話がかかってきたんですよ(笑)、「最近何してんの?」って。そうやって、その人の声を聞いたりすると、今までのことを色々思い出すんですよね。同じような感じでちょうどお盆やったから京都帰ったりとかするんですけど、10年くらい前に亡くなったばあちゃんのことを、なんかそこに行くと思い出すんです。東京でちゃんと思い出そうと思っても難しかったりして、でも一緒に住んでた家であったりとか、そういう場所に行けばきちんと思い出してあげることができるっていう。

―そういう場の力ってありますよね。

佐藤:ブログとかを本気でやってはる方もいっぱいいるだろうし、それを本気で受け取ろうとしている人もいっぱいいるわけですから、これだけのメディアになってるんだと思うんですけど、自分はそれが苦手なんやと思う。

岸田:たぶんそういうのが苦手やから音楽をやってるんですよ。そういうコミュニケーションが得意やったら、別の仕事やってると思う。人間の三大欲みたいのがありますけど、コミュニケーション欲求って、その次ぐらいの高い位置にあると思うんです。認められたいとか、誰かと仲良くなりたいとか、それが苦手なんやと思う。得意やったら弁護士になるために頑張ってたりとか、一流商社マン目指したりとかしてたかも(笑)。

―(笑)。

岸田:自分たちにとってのツールはやっぱり音楽なんですよ。例えば、ドミソの3つの和音でキレイに聴こえて、でもそれがソドソミってなっても、同じ和音じゃないですか? でも聴こえ方は全然違うんです。聴いてる人がそういう感覚的な情報でいろんなことを想像したり、いろんな気持ちになったりする。それをやるのが僕らの仕事で、だから難しいんですよ。今回のタイトルとかもそうなんですけど、すごく言葉にしにくい。

出来合いのもので作ってる料理なんやけど、最高級食材を使って最高のシェフが作るもんよりも、今みんなが食べたいもんやと僕は思ってる。

―確かに今おっしゃったようなことをくるりはこれまでも表現してきて、でもそれを声高に叫ぶんじゃなくて、あくまで音楽として発表してきた。それが今回ここまで直接的なタイトルになったっていうのは、やっぱりコミュニケーションの質が変わりつつある今の時代を前にして、「もっとダイレクトに言ってもいいんじゃないか」というところまで来たのかなって。

岸田:確信を持ってそうしてるわけじゃないけど、それはあるのかもしれないですね。昨日久しぶりにこのアルバムを聴いてみたんですけど、たとえば恋人同士が付き合いだしたりするでしょ、で、屁とかこかないでしょ?

―少なくとも、最初は(笑)。

岸田:でも、こき出すじゃないですか? こかない人もいんのかもしれへんけど、こき出した時に、「あーあ」とは微妙にならへんかったアルバムっていうか。

―うーん、わかるような…

岸田:あー、わかりにくかったな…。なんか、ガス欠なんですよ、このアルバムっていうのは。タイヤがパンパンに張った状態じゃないし、結構低性能だと思う。もっと高性能なもんも作れるんですよ、全然。出来合いのもので作ってる料理なんやけど、最高級食材を使って最高のシェフが作るもんよりも、今みんなが食べたいもんやと僕は思ってる。

―ああ、わかります。

岸田:僕、電車好きなんですよね。昭和30年代頭にモーターとかブレーキとか新しいシステムが海外から輸入されて、地下鉄や私鉄や国鉄が新しい電車をバーって作りだしたんですよ。最初は欲張るからスペックもすごくいいし、お金もかかってるんだけど、ところが実際の運用には合わなかったりするんですよね。そこにはもっと古い電車もチンタラ走ってるし、最高速度が速くて加速が良くても、結局は持ってる性能を生かせないんですよ。そうなると、その次に増備される車両っていうのは、スペックは下がってるんだけど、でもその分使いやすくて、結局それがちょうどいい。そういうアルバムです(笑)。

―なるほど、すごくよくわかります。

岸田:ホンマ包丁でなんか切りながら、フンフンって歌ってる鼻歌みたいなアルバムなんですよ。そういう音楽ってあんまりないんですよね、実は。ありそうなもんやのに、なくて。

ポップ・ミュージックをそっち側に持っていきたいというか、そっち側に帰ってきてほしいなって。

―でもくるりがそれをやると、ありきたりのものにはならないわけですよね。鼻歌歌いながらでも出来上がる料理はメニューがめちゃめちゃ豊富で、「ご飯・みそ汁・納豆」みたいなベーシックなものじゃなくて、ご飯とみそ汁もありつつ、ゴーヤチャンプルや無国籍料理も出てくるみたいな。

岸田:そうですね。僕らがやると変ですから(笑)。

―それってYouTube以降というか、情報化社会の中で、新しい古いとか、ジャンル分けすることの価値が薄れてきたこととの関連もあるとは言えますか?

岸田:なんかの音楽の模倣をすることは今あんまり意味ないと思ってて。ミュージシャンですから、これだけやってくると、引き出しは多いんですよ。例えば「サルサ風の曲書いてください」って言われても、「はい、わかりました」ってパッと作れる。なんとか風ってパッとできるんですよ、やったことのないものでも。そうじゃなくて、普段自分が感じた音楽以外のもの、自分の思ってることとかを音楽に変換するっていうことを主軸に置いてやってますね。

―そういう音楽の方が日常に入ってきやすいし、普段目にしてる風景にもすっと溶け込みますよね。

岸田:ポップ・ミュージックをそっち側に持っていきたいというか、そっち側に帰ってきてほしいなって。観念的で閉じこもってるものがすごい増えたと思うんで、聴くだけでちょっと夏休みの感じがするようなやつとか、そういうのがいいなって思いますね。

リリース情報
くるり
『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』初回限定盤

2010年9月8日発売
価格:3,200円(税込)
ビクターエンタテインメント / VIZL-370

1. 無題
2. さよならアメリカ
3. 東京レレレのレ
4. 目玉のおやじ
5. 温泉
6. 魔法のじゅうたん
7. シャツを洗えば
8. コンバット・ダンス
9. FIRE
10. 犬とベイビー
11. 石、転がっといたらええやん
12. 麦茶
[DVD収録内容]
・魔法のじゅうたん ビデオクリップ
・シャツを洗えば (くるりとユーミン) ビデオクリップ
・ くるり歴代ヒット曲(“東京”“ばらの花”“ワールズエンド・スーパーノヴァ”“さよならリグレット”ほか)のVideo Clips&くるりの歴史を彩る超激レア蔵出し映像がランダム再生されるスペシャルコンテンツ

プロフィール
くるり

1996年結成。1998年シングル『東京』でメジャーデビュー。現在のメンバーは岸田繁(Vo、G)、佐藤征史(Ba)。独特な切り口の歌詞、ユニークな音楽的発想、これらを支えるダイナミックな演奏が多くのリスナーを惹きつけており、シングル曲はもちろん、そのカップリングにいたるまですべての曲が幅広くリスナーから支持を得ている。9月8日には9枚目のアルバムとなる『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』をリリースする。



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