「obla( )t」レーベル発足記念 谷川俊太郎トークショーレポート

「詩を本の外にひらいていく」デザインレーベル「obla( )t(オブラート)」。9月7日、レーベル発足記念のトークショーが青山ブックセンター本店にて開催された。満席の会場では、会社帰りのOLやサラリーマンをはじめ母親と一緒に来場する子供の姿も。世代、性別、国籍を超えて多くのファンに愛される詩人、谷川俊太郎氏を中心に、obla( )t(オブラート)の同人たちによるプロダクトの解説や今後の展望など詩の新たな可能性が語られた模様をレポートする。

デザインレーベル「obla( )t(オブラート)」とは?
メディア自体を詩的な操作対象にしたデザインレーベル。本の世界に閉じ込められていた詩の仕事を、プロダクト、空間、情報技術の場で展開する。活動は期限を設けない継続的なもので、同人である詩人の谷川俊太郎氏の作品を皮切りに、様々な作品発表を予定している。
obla()t | オブラート

(テキスト・構成:小山ひとみ 撮影:小林宏彰)

詩が立体的になり、「浮彫り」みたいできれいだなと(谷川)

松田:今日は京都からSkypeで参加していただくイチハラヒロコさんを含め4名でトークを進行していこうと思っています。まず、私たちが掲げている obla( )tについてお話をしたいのですが、よく「obla( )tって何ですか?」「obla( )tって誰ですか?」という質問を受けるのですが、そこははっきりさせないでおこうという思いがあるんです。コアメンバーはいるのですが、同人的に柔軟に進めたいんですね。

「obla( )t」レーベル発足記念 谷川俊太郎トークショーレポート
(左から:松田朋春、谷川俊太郎
、杵村史朗
、Skypeで参加するイチハラヒロコ)

谷川:僕は詩を書き始めてお金をもらえるようになってから、次第にただ原稿用紙に詩を書き連ねるだけではつまらないと思うようになったんです。紙から離れて、まずは「詩を声に出す」ということから放送劇の脚本に携わるようになりました。それから、記録映画の脚本も書きました。別に自分から積極的に売り込んだわけではないのに、詩以外の仕事を受注するようになったんですね。映像と言語の組み合わせや言語の音声化といった、若い頃からの考えの延長線上に今のobla( )tの考えがあるといえます。

杵村:松田さんから「詩は言葉ですが、それをプロダクトにするんです」というお話があったとき、正直よく分からなかったんですよね。

谷川:まさにオブラートに包まれていたんですね(笑)。

松田:確かに、モノとして作り上げないとよく分からないと思うんです。実際にそのモノを見ていただいた方が分かりやすいと思いますので、早速プロダクトの紹介をしたいと思います。

まず、こちらのプロジェクターに写っているのが、obla( )t01の『Poemicro(ポエミクロ)シリーズ』です。谷川さんと話を進めていくうちに「顕微鏡のガラスの詩集」という案がでてきました。それがこのプロダクトのはじまりだったんです。この場合、何で見るのかというのが非常に大事で、見るための顕微鏡を決め、その顕微鏡で見える大きさの原稿用紙を決め、そして谷川さんにその原稿用紙の中で詩を書いていただいたんです。子供から大人までが楽しめるように対象を5歳から45歳までを10歳ごとに区切り、五編の詩を書いていただきました。ちなみにこの詩はガラス以外では公開しないオリジナルの詩になっています。

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谷川:詩ってもともと平面的なものだから、それがガラスの上で立体的になって「浮彫り」みたいになるときれいだなって思ったんですよね。

松田:一文字が0.2ミリでできていて、漢字の場合はつぶれてしまったり、隣とくっついてしまったりと技術的に非常に難しい作業だったそうですが、それはそれで味があるという谷川さんのお言葉を生かしてそのまま作り上げていったんです。

詩は渦巻き模様で読んでもいいんじゃないかと思うんです(杵村)

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松田:続いて、obla( )t02『Poetree(ポエトゥリー)シリーズ』です。そちらに立っている電光掲示板ですが、そこには、谷川さんが『現代詩手帖』に発表したものと、このプロダクトのために書き下ろした詩が流れています。

谷川:ヴェネチア・ヴィエンナーレでジェニー・ホルツァーの電光掲示板を使った作品を見たんですが、とても面白いと思ったんです。それで使ってみたいなって。

松田:我々が求めるような電光掲示板は既製品では手に入らなかったんです。それでオリジナルを制作しました。サイズですが、実際工場で生産されている電光掲示板はこれより小さいものか大きいものしかないんです。そこで文字の比率、全体のバランスを考えて、その中間サイズの世界で一つしかない電光掲示板ができあがりました。文字の色は谷川さんからの要望ですが、白色というのも非常に珍しいんです。現在ドットの荒いものは時代遅れになっていますが、谷川さんの詩を流すと読みたくなる。改めてデジタル文字の面白さを発見しましたし、逆に今の時代このような体験が必要なのかもしれないですよね。

谷川:この作品はまだオンリーワンですが、今後発売も予定しています。

松田:次は obla( )t03『Poegram(ポエグラム)シリーズ』です。こちらは、iPad、iPhone用のアプリケーションですね。中身はこれから発売される谷川さんの詩集『私の胸は小さすぎる』になっています。それでは、開発者の杵村さんからご説明いただきますでしょうか。

杵村:今回お話をいただいたとき、詩的なアプリケーションとはどういうものなんだろうと色々考えてみたんです。

(会場に谷川さんの詩の朗読が流れる)

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杵村:このように本作では、音声を聞きながら文字も一緒に見ることができます。これまでは2つの道具を使わなければいけなかったのが、1つのアプリケーションの中で可能になりました。また書籍の目次を見るとき「何ページかな」と指で追う動作をすると思うのですが、その動作もそのままインターフェイスにしました。そして、行は縦に並んでいる必要はないのではということから……(杵村さんの操作により詩が渦巻き状になっていくと、会場から驚きの声が上がる)

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杵村:このように渦巻きを回しながら読むこともできるんです。こういう仕掛けを作るときは、自分の意見だけで形にしてしまうとバランスを欠いたものができがちなので、色んな人の意見を取り入れてプログラムにしていきます。今回は非常に信頼できる方々と一緒に作り上げることができて良かったです。

松田:谷川さんに詩を依頼したところ、原稿をとても早く上げてくださいましたよね?

谷川:とても新鮮な仕事だったからですよ。僕は依頼されないと書かないんですが、変わった注文があると燃えちゃうんですよね。「渦巻き!? 面白そう」なんて(笑)。紙媒体よりも触覚的で、肉感的なところも面白いと思いましたね。指を使うだけじゃなく、「なめる」なんていうのも取り入れたらいいかもしれないですね。「この詩はまずい味がする」とか(笑)。

刺青シールも考えています……って私だけですか?(松田)

松田:それでは、続いてobla( )t04『Wearable(ウェアラブル)シリーズ』、僕らが着ているTシャツを紹介します。Tシャツに詩を書くという行為はもともとありますが、それを超えてみたいという気持ちから生まれた作品です。詩がより人々の身近に存在して欲しい、身体に密着して欲しいという気持ちが込められています。このシリーズでは今後もTシャツを発表していくと思うのですが、そのほかに「詩の刺青シール」というのも考えています……って私だけかもしれませんが(笑)。

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松田:身体に詩が書いてあるのも面白いなと思って、打ち合わせのとき谷川さんに「もし自分の身体に刺青を入れるとしたら何と書きますか?」と質問をしたのですが、まだ答えをもらっていないですね。谷川さんから言葉をいただいたら、ぜひ刺青にしてみたいのですが。

谷川:一言だけじゃ面白くないよね。「○○命」みたいなのはちょっとね。やるなら字で全身が埋まるくらいがいいんじゃないかと思います。

オブラートに包むどころか、赤裸々にやっております(イチハラ)

松田:続いては「オブラート的なるもの」というテーマでトークを進めていきたいのですが、ここでSkypeをつなぎつつ京都で出番を待ちかねていらっしゃるイチハラさんにご登場いただきましょう。obla( )tは、じつはイチハラさんのお仕事に影響を受けているんです。言葉って、上手く使えばこんなにも面白いもので、本の中にあるのがすべてじゃないんだと気づかせて下さったアーティストとして、今日はお呼びしたんです。では、少々イチハラさんの作品についてご説明頂けますでしょうか?

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イチハラ:わかりました。この作品は1994年に水戸芸術館で発表した作品です。『私のことは、彼にきいて』というタイトルの展覧会でして、私にまつわる方々のお名前を並べました。

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イチハラ:そして、これはスパイラルで発表した作品なんですが、本物の金でできたカッティングシートを「寿」の文字にカットしてリアルなリンゴに張り付けました。1,000個ほど作成して会場を訪れた方たちにプレゼントしたんです。

松田:イチハラさんは、どのように作品を制作するんですか?

イチハラ:常にノートを携帯していて何でもかんでもメモします。例えば、電話番号とか、スケジュールとか、旅の予定とか。今139冊目なんですが、いつも新しいノートの初めのページにはその前の一冊の中で一番いいと思ったメモを書きこみます。それをどんどん続けて、作品の中に取り入れるんです。

松田:先に言葉を思いつくんですか?

イチハラ:はい。先に言葉をつくって、これだったらどんなメディアが向いているかな、と考えながら制作していきます。

谷川:映像作品もあるんですよね?

イチハラ:あります。例えば、イギリスとオランダのショッピングセンターで、「万引きするで」と日本語で印刷した紙袋を配った様子を撮った作品なんかがあります(笑)。万引きなんてしそうにないジェントルマンに配ったりして。

谷川:イチハラさんの活動って、obla( )tと真逆の感じがするね。

イチハラ:そうですね。オブラートに包むどころか、赤裸々にやっております(笑)。

 

今あるのとは別のところに、ポエジーを持っていきたい(谷川)

松田:アート活動をしている方は、じつはイチハラさんのように言葉の使い方がうまいんです。例えば、これはロシアのアーティスト、イリア・カバコフの作品なんですが、アンテナ一本一本の中に詩が書かれているんです。寝転がってそのアンテナを見上げると、空と一体化した詩が読めるという作品です。言葉を素材として扱うのがうまいアーティストですね。詩の世界の人って、なかなかこちらの世界にはいかない。詩の外に出て、風景や物体を素材にして詩を作ろうという試みがまだあまりなされていないんです。

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松田:そこで、obla( )tはそのあたりを仕事にしたらどうかと考えているんです。それではこれから、obla( )tの今後についてお話を伺っていこうと思うのですが、まず杵村さんお願いします。

杵村:言葉とは、そもそもインターフェイスなんですよね。人が話すのを聞く、とか。そして今、インターフェイスが大事なんだと見直されてきているような気がするんです。その流れは、言葉をもう一度考え直してみようというobla( )tが目指していることとマッチしますよね。例えば、先ほどお見せしましたアプリケーションですが、言葉を指でなぞると線が出てきます。そういうことにも詩的要素が含まれているような気がするので、こうした作品をどんどん作っていきたいと思います。

谷川:現代詩の世界は、最近停滞しているような気がします。詩は「紙の上に書くのが基本」ということははっきりしているんですけど、文字にしばられないポエジーは、まだはっきりと表現されていないと思います。すでにポエジーは絵画、漫画、コスプレ、オフィスなど至るところに浸透してきているんだけれど、僕はまだポエジーが存在していないところにも持っていきたいという思いがありますね。

松田:これは谷川さんの作品で、横浜の港を背景に作品を制作していただいたんですが、詩ではなく質問なら書きますとのことでしたので、全部で24の質問を書いていただきました。どの質問も風景と直結していて、風景と観る人をつなぐ仕掛けになっているんですが、これはobla( )tを設立するきっかけだったと思っています。谷川さんはいかがですか?

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谷川:ガラスの上に質問を書いて、観た人が質問に答えることで、読者と作者の交流が生まれる。その場で読者からフィードバックがあるのが面白いですよね。

松田:今後は「食べられる詩シリーズ」とか、「言葉のおもちゃ」などが作れたら面白いねとも話しているんです。それから「詩は教えられるか?」という議論もしていたのですが、谷川さんは「詩は教えられない」とおっしゃるんですね。でも、私はそんなことはないのではと思っています。大人に教えるのは難しいかもしれないけれど、子供であれば教えられるのではないかと。

谷川:子供の心をもった大人にも、教えられるかもしれないね。詩の制作キットみたいなものが作れないかという話になったとき、日本語の五十音の使用頻度を考えた上で、その五十音の積み木のようなものを作って、言葉を組み合わせるのがいいんじゃないかと思ったんですね。

日本人の詩は自己表現なんですよ。自分の心の中を言葉にして表現する。一方で先ほどのイリア・カバコフなんかは詩をオブジェ化しているんですよね。日本の詩は自分の心と密着しているんだけれど、それを今後違った形で表現すれば、日本人の詩に対する考え方も変わるんじゃないかと思うんです。「感じたものを書きなさい」という方法ではなくて、何か枠組みがあって、そこから詩をつくるという方法をobla( )tでも取り入れられたらと思っています。

松田:小学生のとき、国語の授業で詩を書かされたんですが、すごく嫌でしたね。何が詩なのか分からなくて、書けないんですよ。

谷川:僕にとっても、俳句の方が楽でしたね。自分の考えよりもまず五、七、五の中に言葉をうまく組み合わせなければいけない、という制約がありますから。僕の隣の子は「消しゴムは 字を消すための 道具です」って書いたんだよね(笑)。さすがに子供心に「え? これでいいの?」って思ったけど、でも基本的にはそれでいいんですよ。言葉の組み合わせの面白さ、楽しさがあればいいんです。

今の時代、詩はチャンスかもしれない(松田)

松田:今後、イチハラさんにもobla( )tに加わっていただきたいと思っているのですが、いかがですか?

イチハラ:喜んで参加しますよ。画家であれば、言葉に表現できないことを絵で表現するんだと思うのですが、一方で「絵にも描けない美しさ」というのもありますよね。言葉や文字でコミュニケーションの可能性が広がるのでしたら、ぜひ私も隅っこの方に加えていただけたらと思います。

松田:私たちの活動が、本を軽視しているように見えるかもしれないのですが、決してそういうことではないんです。obla( )tはメディアの仕事だと思っています。詩で一番重要なのは詩人の存在だと思っているので、私は詩人を増やす工夫をしたいですね。「人口の1%が詩人」というのが目下の目標です。また、詩は本の中だけにあるべきではないと思うので、もしかしたら今の時代、詩は新しい試みをするチャンスにあふれているのかもしれないですよね。

谷川:僕は短歌や俳句、詩というようにジャンル分けするのではなく、とにかく言葉で遊びたいんですよね。基本的には言葉が中心で、その言葉を色々といじって映像、絵画、オブジェなど様々なメディアを使って遊びたい。そういう精神があれば、どんどんアイデアが出てくるんじゃないかな。「言葉の銅像」なんかも作りたいとも思っているんですよ。銅製じゃなくてチャチな「言葉」で作られているので、すぐ溶けちゃうかもしれないけど(笑)。

プロフィール
谷川俊太郎

1931年東京生まれ。1952年『二十億光年の孤独』(創元社)でデビュー。
詩作のほか、絵本、翻訳など幅広く活動している。読売文学賞、日本翻訳文学賞、野間児童文芸賞、萩原朔太郎賞、鮎川信夫賞ほか受賞多数。

杵村史朗

株式会社セガ・エンタープライゼスを経て、2000年独立。
東芝,KDDI,SONY,NECへのプランニング支援、倉木麻衣、B’zなどミュージシャンのDVDメニューインターフェイス、JustinDavis、東電パートナーズなどC.I.デザイン、マーサー・ヒューマンリソースコンサルティング、ティップネス等の広告、ゲーム分野ではアートディレクターとして参加したプロジェクトが文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門推薦優秀作品やシーグラフ・アジア・フィルムフェスティバル選考作品に選ばれる。

イチハラヒロコ

1963年京都生まれ。1985年京都芸術短期大学(現京都造形芸術大学)ビジュアルデザイン専攻科修了。
1988年より言葉や文字をモチーフに作品を制作。豊田市美術館、水戸芸術館、東京都現代美術館、京都国立近代美術館等で作品を発表する一方、百貨店の工事仮囲いや、スケートリンクに文字を描くなど、屋外展示も多数。大阪の布忍神社に「恋みくじ」を設置したり、イギリスとオランダのショッピングセンターで「万引きするで。」と書かれた紙袋を2,000枚配布するパフォーマンスをするなど、その活動はユニーク。

松田朋春


1964年東京生まれ。グッドアイデア株式会社代表。
イベント、商品開発、広告企画、出版、アートプロデュースなどに携わる。2005年愛・地球博公式アートプログラムでプランニング担当。「ランデヴー プロジェクト」「ダイアログ・イン・ザ・ダーク・タオル」「はっぱっぱ体操」「ピノキオプロジェクト」でグッドデザイン賞受賞。著書「ワークショップ−偶然をデザインする技術」(共著・宣伝会議)。(株)ワコールアートセンター/スパイラル チーフプランナー。立教大学観光学部非常勤講師。



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