韓国発の気になるバンド「チャン・ギハと顔たち」インタビュー

アイドル中心のダンス・ミュージックかバラードしか売れないと言われる韓国の音楽シーンにおいて、インディーズ・バンドながら社会現象を巻き起こしているバンド「チャン・ギハと顔たち」が、11月17日にアルバム『何事もなく暮らす』の日本盤をリリースする。11月22、23日には来日ライブも決定し、ZAZEN BOYS、トクマルシューゴ、ヒカシューも出演予定で既に話題沸騰中。70〜80年代の韓国ロック/フォークの要素を受け継いだ独特の哀愁を持ったサウンド、妙に達観したユニークな詞世界は、言語こそ違えど日本人の心にも確実に届くはず。バンドの首謀者であるチャン・ギハにインタビューを行った。

(インタビュー・テキスト:タナカヒロシ 撮影:柏井万作)

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チャン・ギハと顔たちの音楽に関しては、70〜80年代の韓国の音楽の影響が強いと思います。

―今回の日本でのリリースはどういった経緯で?

韓国発の気になるバンド「チャン・ギハと顔たち」インタビュー
チャン・ギハ

チャン・ギハ:私が韓国で所属しているレーベル(ブンガブンガレコード)が、日本のミュージシャンのアルバムの韓国盤のライセンスを扱い始めたのがきっかけです。そのなかにトクマルシューゴさんがいたのですが、トクマルさんが所属するP-VINEさんから、「一度日本でアルバムを出して、ライブなどをやってみては?」というオファーをいただきまして。

―チャン・ギハと顔たちは、いわゆるK-POPとは異なる音楽性のバンドですけど、どんな音楽から影響を受けているんですか?

チャン・ギハ:たくさんの方々から影響を受けましたが、チャン・ギハと顔たちの音楽に関しては、70〜80年代の韓国の音楽の影響が強いと思います。外国のバンドも好きですが、それも60〜80年代のものが多いですね。例えばビートルズとか、ドアーズとか、ロキシー・ミュージックとか。

―チャン・ギハと顔たちの音楽は、フォークやロックが基盤になっていると思うんですけど、70年代の韓国には、そういったミュージシャンが多かったんですか?

チャン・ギハ:そうですね。いま日本ではアイドル中心のダンス音楽がK-POPとして知られていますが、70年代はいまよりもフォークやロックが愛されていたと思います。私はまだ生まれてませんでしたが。

―後から追いかけて聴いたんですか?

チャン・ギハ:私は以前、ヌントゥゴコベイン(눈뜨고 코베인)というバンドでドラムをやっていたのですが、そのときのメンバーが古い韓国の曲を教えてくれたんです。それまでは普通の若者と同じように、そのときの時代の音楽だけを追いかけていたわけですが、バンド活動を始めてから変わりました。

―そのなかでも特に好きなアーティストを教えていただけますか? 後でYouTubeで検索するので(笑)。

チャン・ギハ:サヌリム(산울림)、シン・ジュンヒョン(신중현)、ソンゴルメ(송골매)などでしょうか。とても素晴らしいので、ぜひ聴いてみてください。

―ちなみにソテジワアイドゥル(서태지와 아이들/ラップ、ダンス、ロックなど、様々な音楽要素をポップ・ミュージックとして消化し、韓国で絶大な人気を誇った伝説的グループ。1992〜1996年に活動)は聴かれなかったんですか?

チャン・ギハ:ソテジワアイドゥルがデビューした頃は、小学校から中学校くらいのときだったと思うのですが、そのときは本当に憧れで、とても大好きでした。でも、ヌントゥゴコベインを始めてからは、自分の好みも変わったので、いまの自分の音楽性には、それほど大きな影響を及ぼしていないと思います。

―チャン・ギハと顔たちを始めようと思ったのは、70〜80年代の音楽を聴くようになったことがきっかけで?

チャン・ギハ:そうですね。ヌントゥゴコベインをやっていたときから自分でも曲を書いていたのですが、曲の方向性がいまのような感じにどんどん流れていって。そうした自作曲が増えていった結果、自分の歌を自分で歌うグループをやろうと思い、チャン・ギハと顔たちを結成しました。

特に異性の関心をどうしたら惹けるか、そうした気持ちが少しはあるのではないか、むしろそれが核心なのではないかと思ったわけなんです。

―「チャン・ギハと顔たち」というバンド名は、日本的に解釈するとすごくユニークな名前なんですけど、どういう意味を込めているんですか?

チャン・ギハ:特に大きな意味はないのですが、「チャン・ギハと○○」という名前にしたいなとは思っていました。「顔たち」は韓国語で「オルグルドゥル」という発音になるのですが、非常に響きがいいなと思いまして。それと、顔がたくさんあるグロテスクなイメージも浮かびました(笑)。あと私はトーキング・ヘッズも好きなのですが、それは「頭たち」という意味だと思いますので、「顔たち」にしてみようかなと。

韓国発の気になるバンド「チャン・ギハと顔たち」インタビュー
チャン・ギハと顔たち

―チャン・ギハと顔たちの曲は、どれも哀愁や懐かしさといった要素があると思うんですけど、曲はどんなことを大切に作られてますか?

チャン・ギハ:例えば今日、歌を作るということになったら、その日に自分が感じたもののなかで最も重要なこと、最も核心的なこと、そうしたものを率直に表現していけばいいと思います。それをできる限りおもしろい方法、聴く人に訴えかけるような方法で作るのであれば、聴いてくれる人も、深い何かを掴んでくれるのではないかと思います。

―歌詞の世界観が非常に興味深いのですが、例えば「俺を愛している人間は全員前に出ろ」と歌う1曲目の“出ろ”は、どういうきっかけでできた曲なんですか?

チャン・ギハ:ビートルズスタイルで、ロックンロール風の曲を作りたいなと思いました。ビートルズの初期の歌は、「愛しているよ」とか、「君のために何でもしてあげる」みたいな、そういう甘い歌が多かったと思うのですが、彼らもステージで自分たちが歌っているときは、「みんな俺たちのことが大好きだろ」と思っていたのではないかなと。そういう気持ちを歌詞にしたんです。

―自分の気持ちではなく、ビートルズの気持ちになって?

韓国発の気になるバンド「チャン・ギハと顔たち」インタビュー

チャン・ギハ:ビートルズだけを対象にしたわけではないですが、ステージの上に立つ人は、こんな気持ちなんじゃないか、言葉には出さなくても、こんな気持ちのはずだと。それを書きました。ステージの上では、「みなさんに楽しんでいただくために」とか、奉仕するような気持ちのコメントをするわけですよね。でも実際は、どうしたらお客さんの関心をもっと惹けるか、特に異性の関心をどうしたら惹けるか、そうした気持ちが少しはあるのではないか、むしろそれが核心なのではないかと思ったわけなんです。

―確かに、それは核心を突いてるかもしれないですね(笑)。

チャン・ギハ:実はこういう話は韓国のインタビューではしたことがなくて、いま初めてしています。韓国ではいつも歌を聴いてくれとか、適当にはぐらかしているんですけど、なぜ今日はこのようにベラベラ話しているのか、自分でもわかりません(笑)。

―ありがとうございます(笑)。

チャン・ギハ:韓国語の歌ですので、韓国の人は歌をダイレクトに聴いて、こういう意味なんじゃないかと想像したり、理解してくれるわけですよね。でも、今回は自分の曲を翻訳して日本語で歌う計画はないので、事前に説明をしておいたほうがいいのかなという気持ちで、いま歌詞について自分は話しているのではないかと、自分の心を推測しています。

自分のコンセプトを一言で言うと、「自分で自分なりにやっていけ」ということになると思います。

―ほんとに興味深い詞世界を持っていると思うし、歌詞がわかると曲のよさがすごく広がるので、ぜひたくさん説明してください。というわけで、もう1曲だけ説明していただきたいんですけど、最後の“何事もなく暮らす”は、「お前が聞いたら不愉快になる話をしてやる、俺は何事もなく暮らしている」という歌詞のテーマが痛快で。実際モデルになるような相手がいたりしたんですか?

チャン・ギハ:特定の誰かを念頭に書いたわけではありません。これも初めて話すのですが(笑)、自分の母のおかげでできた曲かもしれません。母がこんなことを言ったんです。ちょっと知り合いくらいの人が、久しぶりに電話をかけてきて、「元気?」って訊いてきたときに、「元気だよ」と答えてもそんなにうれしがらないはずだと。

―それはどういう意味ですか?

チャン・ギハ:例えば、「最近うちの子が病気がちで」と言った場合、相手は「まぁ、どうしましょう、大変ね」と言うかもしれませんが、それと同時に自分は恵まれてると安心しているんだということを母は教えてくれたんですね。だから、「別に」とか「何事もなく暮らしているよ」とか、そうした答えでは、相手はそんなにうれしがらないかもしれないんじゃないか、という気持ちを歌にしたんです。

―おー、それは間違いなく核心を突いてると思います!

チャン・ギハ:最初に作ったときは、いまお話したような気持ちで考えて作ったわけですけど、実際にCDとして出て、ライブなどで歌うたびに、この曲をパフォーマンスして感じる気持ちが毎回違ってくるんですね。そのときの自分の状況によって、この曲が持つ意味も変わってくるので、そうした意味でも私はこの曲がとても好きです。

韓国発の気になるバンド「チャン・ギハと顔たち」インタビュー

―この曲を聴いた人は、聴きながら自分の嫌いな人の顔を思い浮かべるんじゃないかなと思って。

チャン・ギハ:そのように感じてくれた人は、この歌の基本を本当に楽しんでくださっていると思います(笑)。

―アルバムを通して聴かせていただいて、例えば、怒ったり、寂しかったり、そういう感情があったときに、ちょっとしたユーモアを織り交ぜて感情を紛らわしたり、楽しい気持ちにさせるのが、チャン・ギハと顔たちのコンセプトなのではないかと思いました。

チャン・ギハ:あの、「どのようなときに音楽を作りますか?」という質問をよく受けるんですけど、いまおっしゃられたことは、そのときにいつも私が答える内容とまったく一緒です(笑)。

―おぉー(笑)。

チャン・ギハ:少し補足をすると、楽しく暮らそうということがコンセプトになっているわけではありません。もちろん楽しい気持ちは表現したいのですが、楽しく暮らそうというプラス思考を全面に出したものではないです。自分のコンセプトを一言で言うと、「自分で自分なりにやっていけ」ということになると思います。

悩んでいく過程が、きっとおもしろいものになるのではないかと思います。

―日本人には基本的に言葉が伝わらないわけですが、不安はありますか?

チャン・ギハ:不安よりも期待感のほうが大きいですね。なぜかと言うと、韓国では自分が何を言っているのか、何を歌っているのか、観客はわかっているはずだという前提でステージをやっているわけですよね。でも、日本では、そうではありません。そうした環境のなかで、どのようにステージを作っていけばおもしろいかと考え、悩んでいく過程があると思うのですが、その過程がきっとおもしろいものになるのではないかと思います。

韓国発の気になるバンド「チャン・ギハと顔たち」インタビュー

―いま現在、どういう部分を日本の人にアピールしたいか、考えていることはありますか?

チャン・ギハ:歌詞を除いても、いいと思ってもらえる音楽をやらなければならないわけですよね。それは、日本のみならず、他のどの国の人が聴いてもいい曲だと思ってもらえるような音楽を作らなければならないということだと思うんです。そのためには演奏にもっと磨きをかける必要があると思いますし、観客のみなさんと呼吸を合わせてステージを作り上げていく、そうした努力も必要になってくると思います。ですので、純粋な音楽の部分に対して、これまでを振り返って反省をしながら、準備をしていきたいと考えています。

―11月には来日ライブも予定されていて、ZAZEN BOYS、トクマルシューゴ、ヒカシューも出演予定です。チャン・ギハと顔たちのライブには、ミミシスターズというコーラス隊がいて、視覚的にも楽しめるそうですが…。

チャン・ギハ:実は11月の来日公演には、ミミシスターズは来ないんです。いま、彼女たちは、ミミシスターズとしてだけの活動の準備をしているところなので、チャン・ギハと顔たちとは別々に活動しています。ですので、視覚的な部分に関してはYouTubeでご覧いただくことにして(笑)、11月の公演では新しい私たちの姿を見ていただくことになると思います。楽しみにしていてください。

イベント情報

2010年11月22日(月)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 渋谷 LUSH
出演:
チャン・ギハと顔たち
ヒカシュー
料金:前売3,300円 当日3,800円(ドリンク別)

2010年11月23日(火・祝)OPEN 18:00 / START 19:00
会場:東京都 渋谷WWW
出演:
ZAZEN BOYS
チャン・ギハと顔たち
トクマルシューゴ
料金:前売3,800円 当日4,300円(ドリンク別)

リリース情報
チャン・ギハと顔たち(チャンギハワオルグルドゥル)
『何事もなく暮らす(ピョルリルオプシ サンダ)』

2010年11月17日発売
価格:2415円(税込)
P-VINE RECORDS PCD-93375

1. ナワ(出ろ)
2. アムゴット オプチャノ(何もないじゃないか)
3. オヌルド ムサヒ(今日も無事に)
4. チョンマル オプソンヌンジ(本当にいなかったのか)
5. サムゴリエソ マンナン サラム(三叉路で出会った人)
6. マラロ ガヌン ギル(話しに行く道)
7. ナルル パダジュオ(俺を受け入れてくれ)
8. ク ナムジャ ウェ(あの人はなぜ)
9. ミョクサル ハン ボン チャッピシプシダ(胸ぐら一回つかませて)
10. サグリョ コピ(安物のコーヒー)
11. タリ チャオルンダ、カジャ(月が満ちる、行こう)
12. ヌリゲ コッチャ(のんびり歩こう)
13. ピョルリルオプシ サンダ(何事もなく暮らす)

プロフィール
チャン・ギハと顔たち (チャンギハワオルグルドゥル)

全ての作詞・作曲を担当するヴォーカルのチャン・ギハを中心として2008年にソウルで結成。70〜80年代の韓国ロック/フォークのエッセンスを受け継ぎつつ新たに発展させたユニークな音楽性、独自の言語感覚で様々な心象を描き出す歌詞、さらには視覚的なインパクトも強いライヴ・パフォーマンスが爆発的な人気を呼び、デビュー・アルバム『何事もなく暮らす(ピョルリルオプシ サンダ)』が近年の韓国インディーズでは異例の大ヒットを記録した。



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