芝居はセクシャリティから始まる タニノクロウ×手塚とおる対談

そのシュールな世界観が圧倒的な人気を誇る「庭劇団ペニノ」の主宰者でありながら、精神科医でもあったという異色の経歴を持つ演出家タニノクロウ。彼が1月21日から2月13日まで東京芸術劇場で上演するのが、新作『チェーホフ?!〜哀しいテーマに関する滑稽な論考〜』だ。夢とも現ともつかないシュールな世界が繰り広げられるタニノの舞台だが、はたして世界的に偉大な劇作家チェーホフを題材としながら、どのような演劇を繰り広げるのだろうか? この舞台に出演する手塚とおるとともに、お話をうかがった。

(インタビュー・テキスト:萩原雄太 撮影:小林宏彰)

魔女も登場する、じつは不思議なチェーホフ作品

―『チェーホフ?!』では、チェーホフの未完の博士論文草稿をモチーフに使っていますね。どうして戯曲や小説ではなく、博士論文草稿を使用することになったのでしょうか?

芝居はセクシャリティから始まる タニノクロウ×手塚とおる対談
タニノクロウ

タニノ:チェーホフの戯曲を上演するという方法も選択肢としてはあったんですが、自分の世界とはかけ離れていてあまり上手くいく気がしなかったんです。それで、戯曲以外のものを探していました。そんな時に、東京芸術劇場の芸術監督・野田秀樹さんから「こんな作品もあるよ」と紹介されたのが『魚の恋』だったんです。それがすごく面白かった。 そのことを今回ドラマトゥルクとして関わっていただいている鴻英良さんに話をしたら、チェーホフの博士論文草稿のことを教えてくれました。そこには『魚の恋』に描かれているような不思議な世界が広がっていて、ロシアに伝わる民間伝承などの研究がされていたんです。これを用いて作品ができないかなと、そういう経緯でした。

―魔女の登場などは、リアリズム作家として知られる一般的なチェーホフ像とはかけ離れた世界ですね。

タニノ:そういったモチーフは、論文草稿の中からエッセンスとして取り出して使っています。当時のロシアの絵画などを見ても、魔女などの不思議な存在がよく描かれているんです。

―手塚さんは以前チェーホフの『三人姉妹』(2001年・岩松了演出)にも出演されていましたが、チェーホフのイメージはどのようなものでしたか?

手塚:チェーホフはとても好きな作家なんですが、今回の『チェーホフ?!』は、とても早い段階から関わり始めて、脚本作成の段階からタニノさんとは「戯曲じゃないものをやりたいよね」と話をしていました。だから、今回に限っていえば「チェーホフを上演する」という感覚ではなく、「タニノさんと何かを創る」という感覚ですね。タニノさんが作品を立ち上げる段階から何回も話をする機会がありました。

タニノ:けっこうやりましたね。

手塚:その中で、チェーホフのエッセンスを残しながら、いかに逸脱していくかということがテーマになってきたんです。いろいろな演出家がチェーホフの作品を手掛けていますが、チェーホフ作品には一つの縛りとして「言葉」がある。この言葉を排除して、どうしたらチェーホフらしさを出せるのか。なかなかそういう発想をする演出家もいないんですが、タニノさんだったら挑戦できるだろうと。

タニノの絵を見ながら、「これってチェーホフっぽい?」と語り合う日々

―お二人が考えるチェーホフらしさとはいったいなんでしょうか?

タニノ:ちょっと難しいんですけど、資料をいろいろ読む中で直感的に話していましたね。何となく絵を描いて「これってチェーホフっぽいですかね?」とか「ブランコはチェーホフらしくないよね」とか(笑)。

手塚:タニノさんは始めはずっと絵を何枚も描いていたんです。そこからこれをどうやって演劇にしていこうかと考える作業をしていきました。チェーホフ作品は、その特徴である台詞が重視されがちで、会話がどのような形で舞台として成立するかがカギになってしまいがちです。ただ、戯曲を読むと、その肌触りがとてもビジュアル的なことに気づいたんです。役の佇まいや、衣装の設定にしても、ビジュアルを重視している作家なんじゃないかと考えました。ですから、言葉ではなく絵からアプローチしていくというのはとても面白い作業だなと思っていました。

―タニノさんが描かれていた絵というのは抽象的なものなんでしょうか?

手塚:いや、抽象的なものではなく、完全に舞台のビジュアルですね。ここに何がある、俳優がどのように立っているというのが書き込まれたものです。タニノさんはビジュアルに優れた感覚を持つ演出家なので、画角や配置にすごくこだわりがあるんです。そこをどのように演劇として組み立ててくかという作業ですね。

芝居はセクシャリティから始まる タニノクロウ×手塚とおる対談
創作に用いられたイラストのうちの一枚

―タニノさんの作品は、普段から絵が先行してあるんでしょうか?

タニノ:これまでの舞台でも、絵と言葉を行ったり来たりしながら書いてはいたんですが、ここまで絵に寄って作品を創るのは今回が初めてですね。

タニノクロウとチェーホフに共通する、簡単に人が死んでしまうという感覚

―絵を中心に創っていったということで、今回の戯曲を拝見すると、ほとんどが抽象的なト書き(俳優の演技や照明・音楽・効果などについての指示の文章のこと)ですよね。俳優としてはセリフが書かれていないぶん、演じにくいものなのでしょうか?

手塚:僕の場合は脚本を創る段階からタニノさんと話していたので、やりづらいということはなかったんですが、たぶん他の役者さんたちは最初驚いたのではないでしょうか。ただ、みなさんベテランなのですぐにやりたいことを理解していましたね。

―言葉をほとんど排した今回の作品は、普通の俳優であれば戸惑うような脚本かもしれませんよね。

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手塚とおる

手塚:けれども、僕は演劇ってそういうモノだと思っているんです。演劇の本質はどう生きてどう死ぬかというだけ。舞台袖から生まれて、舞台袖に入って死ぬのが演劇であって、客の前に出ている時だけしか生きていない。そこに言葉があるかどうかだけ。そういう意味で、通常の演劇作品とそんなに変わらないと思います。


―チェーホフは医者として仕事をしながら、小説や演劇を創っていました。精神科医でもあったタニノさんは、ご自身と共通点は感じますか?

タニノ:あまりに偉大な作家なので、共通点というとおこがましいんですが…。ただ、一般的に演劇だと人の死をドラマチックに描きがちになりますよね。けれども、チェーホフの作品では人が簡単に死んでしまうようなところがあります。自分の作品でもよくそういったシーンがあるのですが、そういった「死」に対する感覚は似ていると感じますね。

ベテランの役者でも、最大限に悩みながら演じるもの

―今回の出演者についてはいかがでしょうか? 篠井英介さん、毬谷友子さん、蘭妖子さん、マメ山田さんといった相当に濃い面々ですが。

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公演フライヤー

タニノ:出演者の方々は、身体表現がすごく強いんですよ。ダンスをやっているわけではないのに見ていてぞっとするほど身体の力が強い。ダンスを見ている以上に感動できるくらいです。

手塚:今回の出演者の中では僕がいちばん年下なんですが、48才でいちばん下っていう現場もなかなかないですからね(笑)。今回の現場ではとても勉強させていただいています。演劇には「ごっこ遊び」のような側面もありますが、40才、50才になって「ごっこ遊び」を真剣にやるという感覚は、20代の演劇にはないものがあるんです。大の大人が真剣に、悩みながら遊ぶ。自分の出ていない場面を見ていても、皆すごいとただそれだけで感動してしまうこともあります。

タニノクロウが考えるセクシーな役者とは?

―東京芸術劇場のウェブサイトに上がっていた動画で、今回起用された役者たちを「セクシーな役者」と表現していましたよね。タニノさんはどういった部分にセクシーさを感じるのでしょうか?

タニノ:性別を超えて魅力的であるというところがセクシーさを感じるポイントですね。プロデューサーには、「そういう役者とやりたい」とお伝えしていました。

―タニノさんの舞台はある種の「変態性」や「セクシャリティ」の部分で語られることが多いですが、そういった部分は自分でも意識しているんでしょうか?

タニノ:そうですね。単純にエロいことが嫌いな人ってそういないじゃないですか(笑)。エロは芝居には必要になってくる要素だし、そういう部分は大切にして創っていますね。芝居はセクシャリティから始まる、といってもいいくらい大切に思っている要素です。

―例えば手塚さんならば、どういった部分にセクシーさを感じますか?

タニノ:そうですね…、どの部分が、というか匂い立つものとして感じます。それはもう出演者全員に対してなんですが。例えば、指先にエロティックさを感じますね。そういう意味で手塚さんやマメさんが持っている指先の表現の巧みさにはすごくエロを感じます。

芝居はセクシャリティから始まる タニノクロウ×手塚とおる対談

タニノさんが他の役者と稽古をしていると軽い嫉妬を覚えます(手塚)

―手塚さんにとって、タニノさんの演出する舞台に出るのは『野鴨』に次いで2回目ですよね。タニノさんの演出は他の演出家とはどのように違いますか?

手塚:人間に対しての見解がすごく面白いですね。キャラクターや役者に対してそういう風に見ているんだったら、と、こちらからも新たな演技の提案ができます。『野鴨』の時はそれがすごく心地よくて、また一緒に作品を創りたいなと思っていました。今回はできるだけ密に芝居を創りたいなあと思い、何度も話す機会を持ったりしました。

―手塚さんもタニノさんとの関わりにセクシャルな魅力を感じるのでしょうか?

手塚:芝居を創っている時はお互いの頭の中をのぞき合っている感覚です。意見を出し合って一つの絵にまとめていく。僕にとってはそれこそがセクシャルな関係なんです。思考と演技する肉体だけで演出家といかにセクシャルに関われるか、演劇だと本当にそういうことができてしまうんです。時々、タニノさんがご自身の芝居で他の役者と創っているのを見ていると軽い嫉妬を覚えたりしますからね(笑)

―そこまでマッチする役者と演出家も少ないですよね。

手塚:そうですよね。とにかく稽古が楽しいんですよ。こんな言い方は誤解を招くかもしれないけど、本番がなくてもいいやと思うくらい(笑)。映画やドラマといった映像の現場では築き上げられない関係性だと思います。

―このように言われていますが、タニノさんの方からはいかがでしょうか?

タニノ:僕は現場で成長したいと思っているんですが、なかなかひとりで成長していけるものではないので、意見を交換して創り上げていける現場はとても幸せです。舞台上の距離感やお客さんの目線といった部分まで感じて作品を創り上げようとしてくれているので、皆に育ててもらっているという感覚もある。

手塚:自分の方が年上だと全然思っていないですから。稽古が終わったあとにタニノさんとどこかに行って話したり、電話で話したりと、そういうことをやっていくのが楽しいんです。かつて劇団健康に所属していた時は、ケラ(リーノ・サンドロビッチ)さんとそうやって創っていたんですが、それ以来の感覚ですね。ああしよう、こうしようというのを演出家とここまで話し合っているのは久々です。

芝居はセクシャリティから始まる タニノクロウ×手塚とおる対談

―では最後に、それぞれから『チェーホフ?!』の見どころについて教えていただけますでしょうか?

タニノ:チェーホフを知らなくてもこの作品を観て十分に楽しめるものになっていると思います。この作品がチェーホフの本質的な部分を伝えられたらいいですね。

手塚:構えずにご覧頂ければいいなと思います。「チェーホフだから」、「翻訳劇だから」「チラシが怖いから」(笑)と思わずに、軽い気持ちで見てほしいです。以前、絵本みたいな作品にできれば、とタニノさんと話していたんです。どんな人が観ても楽しいし、チェーホフを知ってる人が体験しても楽しいものにできると思います。

イベント情報
東京芸術劇場プロデュース チェーホフ生誕150周年記念
『チェーホフ?!〜哀しいテーマに関する滑稽な論考〜』:東京芸術劇場

2011年1月21日(金)〜2月13日(日)※全24回公演
(※1月21日(金)、1月22日(土)プレビュー公演)
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場 小ホール1
作・演出:タニノクロウ
ドラマトゥルク:鴻英良
出演:
篠井英介
毬谷友子
蘭妖子
マメ山田
手塚とおる
音楽:
阿部篤志(Keb)
廣川抄子(Vln)
小久保徳道(Gt)
岸徹至(Ba)
秋葉正樹(Dr)
料金:S席4,500円 A席3,200円 A席(25歳以下)2,000円 プレビュー公演3,000円

『ポストパフォーマンストーク(with タニノクロウ)』

2011年1月26日(水)14:00〜
出演:篠井英介、毬谷友子、蘭妖子、マメ山田、手塚とおる
2011年1月27日(木)14:00〜
出演:毬谷友子 
2011年1月27日(木) 19:00〜
出演:手塚とおる
2011年1月28日(金)19:00〜
出演:篠井英介
2011年2月1日(火)19:00〜
出演:茂木健一郎
司会:中井美穂

プロフィール
タニノクロウ

手塚とおる

1962年生まれ。1983年に『黒いチューリップ』(作:唐十郎 演出:蜷川幸雄)でデビューし、1986年から劇団健康に参加。以降、1992年の解散まで全作品に出演する。1993年、シリ−ウォ−クプロデュ−ス『お茶と同情』で初めての作・演出を手掛ける。その後、ナイロン100℃、野田地図、大人計画、劇団新感線、劇団燐光群等の舞台に客演し、現在は舞台、映画、テレビドラマなどで活躍する。



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