渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」

今年4月、東京日仏学院で催された『詩人たちの春:ポリフォニー』で共演を果たした音楽家の渋谷慶一郎と芥川賞作家の朝吹真理子。ふたりは普段、SkypeやSMSでチャットをするような気の置けない間柄だという。言葉を持った音楽家と音楽を愛する作家は、チャットでどんな言葉を交わしているのだろうか。「Chat」の本来の意味は「雑談」。反射的に発せられとどまることのない「会話の言葉」でもなく、時間をかけて記され構成される「書簡の言葉」でもない。その挟間にあって「損なわれていった言葉」を覗いてみたい。2011年5月某日の夕食後、互いの自宅で始まったSkypeでの「雑談」は興味の赴くまま深いところへ流れていった。

「がんじがらめ」っていう言葉が似合う人だよねw。(渋谷)
やだー。自由がいい。(朝吹)

―そもそも2人はいつごろお知り合いになったんですか?

朝吹:はじめて渋谷さんにお目にかかった日は、『流跡』という最初に書いた小説が校了したすぐ後だったんです。

渋谷:え、そうだっけ?

朝吹:たしか2年前(2009年)です。小説と連動しているのでよくよく覚えています。

渋谷:くらいだよね。渋谷のet-sonaでね。

朝吹:詩人の佐藤雄一さんと3人で。なつかしいね。あのお店おいしかった。

渋谷:なんか緊張してたよね(笑)。

朝吹:方々からいろいろな話を聞いていたから(笑)。

渋谷:おいおい(笑)。アーティストだから、とか言えばいいんだろうか(笑)。

朝吹:でも、実際お会いしたら、優しかった。そして作品の話になると厳しかった。

渋谷:そうだっけ。なんか恥ずかしいけどね、それは。

渋谷:僕が池田亮司さんとか刀根康尚さんとやった『ATAK NIGHT4』(渋谷慶一郎率いる音楽レーベルATAKによる2009年のコンサートイベント)の、

渋谷:ツアーニ

渋谷:ツアーニ

渋谷:ツアーにw

朝吹:ツアーにwさきすすんで!

渋谷:すいません(笑)。タイプミスは、疲れてるとか言われるんだよな。。。山口と東京のコンサート両方に来てたとかいう話を聞いてたんだよね。

―朝吹さんはよくクラブに行かれるんですか? 先日の『APMT NIGHT』にも行ってたんですよね。

渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」
撮影:朝吹真理子

朝吹:クラブ好きです。いっぱい行くわけではないけれど、池田亮司さんが大好きなので、このあいだの『ソナー』にも行きました。『ATAK NIGHT4』よかったなあ。また行きたい。『ATAK NIGHT5』希望。

渋谷:あれは本当に大変だったからな。完全にセルフプロデュースするのはもう無理だな。

朝吹:ガーン。最近お仕事激務ですよね渋谷さん。

渋谷:うん。だから、やると思うけど手伝ってもらうことになる、どこかに。だって、アーティストの飛行機の手配までATAKがやってたんだよ。

朝吹:え、そうだったの!?>飛行機

渋谷:そうだよ。じゃなきゃ誰がやるのw

朝吹:なんと。。。いや、チケット手配まで想像していませんでしたが。おつかれさまです。いっぱい愉しみました。そうそう、「新潮」の矢野さんとは、打ち合わせの合間に、音楽の話をちょこちょこっとしていて。

渋谷:そうだ、朝吹亮二の娘が小説書いててYCAMまでATAKのイベントに行ったりしてるっていうのを新潮の矢野さんから聞いたんだ。すごく音楽詳しいからね。

朝吹:オーディオ狂です。

渋谷:音楽の趣味がいいオーディオ狂という、珍しい人だよね(笑)。

朝吹:そう、センス抜群なんです。オーディオ狂にして趣味がよいという矛盾のような(笑)。

渋谷:オーディオ狂の人は、あんまり面白くない音楽をすごくいい音で聴いてることが多いからな(笑)。

朝吹:以前、中原昌也さんは、つくるひとは良いオーディオで聴きすぎない方がよいと言っていました。渋谷さんもそう思いますか?

渋谷:作るときはすごく厳密なモニタースピーカーがいい。で、普段聴くのはiPodとか繋げるような普通ので聴いてる。両方、常に触れてないと、実際にリスナーに届くときの想像がつかないから。

渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」
撮影:渋谷慶一郎

渋谷:真理子ちゃんは?

渋谷:なんか入力迷ってるでしょ。

渋谷:初々しいじゃないかw。

朝吹:ばれたw。

朝吹:えっとね。

朝吹:iPodにイヤホンでそのまま聴いたり、あとは、家にある謎のステレオ(石碑みたいな)でかけたり。

渋谷:僕はイヤホンとヘッドフォンは趣味では使わないんだよね。

朝吹:耳を痛めるから?

渋谷:そうそう。それが一番こわい。あと仕事してる気分になっちゃうから。

朝吹:私は可聴領域が普通の人より高いところまで聞こえるので、耳を痛める恐怖は、うっすらわかります。

渋谷:それは若いから以上に?

朝吹:らしいです。測定したら、高音に強いみたい。

渋谷:高音に強い人は、音楽の聴き方が独特だよね。アディクト率が高いというか。

朝吹:がんじがらめになりやすいです。

渋谷:それ何でもでしょうw。

朝吹:え、なにそれw。

渋谷:「がんじがらめ」っていう言葉が似合う人だよねw。

朝吹:やだー。自由がいい。

渋谷:「がんじがらめ」っていうペンネームで、作詞とかしたらいいよ(笑)。

朝吹:(笑)。

渋谷:僕も高音強くてさ。(高音は)脳幹に響くというか、そこに届くとすごくアディクトするわけ。

朝吹:うんうん。

渋谷:だから、音楽が難しくても単純でも、そこに届けば人は覚えられるじゃない?

朝吹:とらわれの身になる。

渋谷:「がんじがらめ」にできるじゃない?(笑)

朝吹:ひえー。やだこのひと。

渋谷:そうしたいという欲望はふつふつとあるので(笑)。

朝吹:渋谷さんのプレイは、踊っていても突然かためられてしまう感覚はあります。

渋谷:ああ、この前(『APMT NIGHT』)そうだった?

朝吹:音の空間構成がすごくよかった。音の水槽でした。

渋谷:ああ。

朝吹:波のように音がぶくぶくしていて、でも、途中で回遊困難になりました。

渋谷:僕は水没フェチなので、溺れさせたり泳がせたりするのが好きなんだよね。

朝吹:S。魔王。

渋谷:(笑)。でも、この前のは思いのほか、ロックのコンサートみたいでおもしろかったな。

朝吹:ロックミュージシャンみたいな煽りをしていらっしゃった。ライブが始まる前に「慶ちゃーん」という嬌声も聞こえました。すごいねえ。

渋谷:いやいや、きみのオジサマ人気にはかなわないです(笑)。

2/5ページ:私は小説読みながら、小説書くような感覚ってありますよ。(朝吹)

私は小説読みながら、小説書くような感覚ってありますよ。(朝吹)

渋谷:小説書くときって音楽流してるの?

朝吹:聴きません。

渋谷:あ、そうなんだ。

朝吹:うるさくても大丈夫だけれど、書くために音楽をかける、という行為はしない。自らは流さず、です。

渋谷:うん。

朝吹:だから、反対に音楽をかけていて、書きはじめてしまったらそのまま流れっぱなし。でも聴いていません。

渋谷:へー、音楽が流れていても、平気ということか。

朝吹:まったく平気です。

渋谷:僕は音楽聴きながら、仕事できる人がうらやましくてさ。あたりまえだけどできないじゃない?

朝吹:音楽作ってるからね(笑)。

渋谷:そうそう(笑)。

渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」
撮影:朝吹真理子

朝吹:私は小説読みながら、小説書くような感覚ってありますよ。小説を読むと、そのページに、自分の描く小説のヴィジョンが動き出してそのまま、既存の小説と連動して進んでゆくことがあります。でも、手が足りないから、書きつけられない……。

渋谷:ああ、手が足りない感じはわかるな。コンピュータですごく最近感じる。

朝吹:渋谷さんにも手が足りない感覚があるんですね。ちょっと教えてください。

渋谷:うーんとね。いわゆるフィジカルコンピューティングみたいなのは興味なかったわけ。コンピュータのインターフェース系のことね。

朝吹:うん。

渋谷:ただ、あまりにもイメージや思考の速度と、コンピュータで作業する効率の速度が乖離してきてて、これ以上コンピュータで音楽作っておもしろくなるには、コンピュータのほうが変わらないと、という感じは最近あるな。作曲においてなんだけどね。

朝吹:うん。

渋谷:意外に思われるかもしれないけど、ライブではそれほど不満に感じていないというか、音がカッコ良ければ踊ってればいいみたいなところもあるから(笑)。

朝吹:でも、作曲はまったく別個? 一音先が意図できない?

渋谷:ああ、作曲というか音を作るっていうのは、本来、直感的にできてあたりまえな作業なわけ。0から音を作ってどれを使うか選ぶのに厳密に言うとロジックなんてありえないでしょ。

朝吹:うんうん。ただ、直感的であるけれど、時間がかかりますよね。このあいだ、一篇の詩より音作りは時間のかかるものだと仰っていた。

渋谷:ああ、フランス人の詩人にね(笑)。

朝吹:そう。詩人は否定していましたよ(笑)。

渋谷:そんなことないとか言われたけど、絶対にそうだと思うけどね。詩人はほとんどのことを、否定するから(笑)。フランス人の詩人って最強でしょ、そういう意味では(笑)。

朝吹:音楽は時間と密接だから、より長く時間が経っているように感じるのでは?

渋谷:ああ、演奏っていうファクターが実は多義的で、音を作ってもいるんだよね。楽器がインターフェースなだけで。

朝吹:そのたびごとに音を作るから演奏になるんですものね。

渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」
撮影:渋谷慶一郎

渋谷:そうそう。でも、コンピュータはそれがないでしょ。

朝吹:音を作るために、音の素材を拾うことからはじめるということですか?

渋谷:いや、データをほぼ全部プログラムで吐き出すの。もしくはシンセ弾いて取り込んじゃうときもあるけど。

朝吹:吐きだす。

渋谷:「吐き出す」に、反応した(笑)。

朝吹:出し切るところから始まるの?

渋谷:ん? あ、データね(笑)

朝吹:プログラムを。そうそう(笑)

渋谷:そうそう。まず音作るとこから始まるから、アコースティックとは全然発想が違う。というか、音がないからね、コンピュータの中には。前はそこに、時間がかかるのがいいと思っていたんだけど、最近はどうしても、それだと届かないところがあるなあという気がしてきててさ。

朝吹:しみじみ不思議です。すっからかんのところから音が生まれるのって。素朴な感想ですが。

渋谷:うん、おもしろいんだけどね。なんか最近すごくストレスなわけ、それが。

朝吹:それに抗する策はあるのですか?

渋谷:最近中間項としてシンセサイザーとか使ってみてるけど。「インターフェース」っていう、考え方自体がハマりやすいでしょ。あまりおもしろくない方向に。

朝吹:落とし穴に。

渋谷:うん、だから難しいね。

3/5ページ:「ポップ」は絶望を引き受けることですよね。(朝吹)

「ポップ」は絶望を引き受けることですよね。(朝吹)
うん。終わりに向ってるっていうことでしょ。(渋谷)

朝吹:このあいだのライブ(『APMT NIGHT』)で、初音ミクを使った、東浩紀さんとの曲(“イニシエーション”)を流しましたよね。

渋谷:ちょこっとアレンジしてね。

朝吹:twitterで、曲をそのまま流すと情報量ががくんと落ちると仰っていたことが気になっていて、それをもうすこし知りたいです。

渋谷:おお、僕のtwitterよく読んでるなー(笑)。

朝吹:聞き取りやすいのは原曲のほうなのに、情報量は落ちるんですよね、解体していないから。なんとなく意味はわかるのですが、もうすこし。

渋谷:そう。あのライブのときは曲に入る前のに初音ミクの声を10声くらい重ねたりしてて、それにノイズとかビートが被さってたりしてたのね。で、構造的に複雑なのは「曲」のほうなのに、曲に入ると情報量は落ちちゃう。それは段差があるんだよね、当然。

朝吹:それは人間の聴覚のとらえかたの癖?

渋谷:聴覚だけじゃないでしょ。文学でもアートでも、あてはまると思うけど。複雑なほうが情報量が高いっていうのは間違えだと思うけどね。

朝吹:直線の迷宮。

渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」
撮影:渋谷慶一郎

渋谷:迷宮っていうか罠だよね。いわゆるマイナーとか言われるものは複雑過ぎてウケないことよりも、単純過ぎて読まないとか聴かないっていうことのほうが多いんじゃないかって思うけどね僕は。「単純過ぎる」っていうのは、「把握したくなる」情報量が少ないっていう意味なんだけど。

朝吹:欲望が喚起されないのね。

渋谷:こういうコンセプトで、こういう設計図でっていうのが全部わかると、

朝吹:しらける。

渋谷:それらがすごく複雑にできていてもしらけるし、作者が意図したものを受け手が分ったらおしまいというのは俯瞰した構造としては単純でしょ?

朝吹:わかるからね。

渋谷:そうそう。わかったらおしまいだから。そういう人いるじゃん(笑)。

朝吹:わからないことをわからないままにわかるのがいいなあ。

渋谷:どう思うわけ、その辺は?ご自分の創作としては(笑)。

朝吹:その口調やめてくださいw。

渋谷:ふふ。

朝吹:「less is more」ってやはり大切だと思います。

渋谷:なんか優等生じゃない?

朝吹:なんというか、ほんとうのほんとうに「わかる」のは無理だもの。

渋谷:それは無理でしょう。絶対に。

朝吹:わからないことをわからいまま引き受けるのが楽しい、です。無限反復は「ポップ」ですよね。渋谷さんは「ポップ」だから。

渋谷:(笑)。

朝吹:「less is more」は無限反復とはまったく違うから。

渋谷:「less is more」はミニマリズムじゃないんだよね。よく勘違いされてるけど。

渋谷:ん? それはじゃあ「非ポップ」宣言?

朝吹:私ですか?

渋谷:そうそう。「less is moreは大切だと思うんです」、とか言ってたじゃん。

朝吹:「ポップ」は絶望を引き受けることですよね。

渋谷:うん。終わりに向ってるっていうことでしょ。

朝吹:いつも終わってる。「ポップ」だから、明日がないから究極に今日的。

渋谷:常に終わりが繰り返されているから終わらないけど、その構造自体が終わりに向っている。みたいなイメージかな、僕は。

朝吹:私はながいながい「無間」のイメージです。いつまでもさかさまで落ち続けるような。

渋谷:あ、そうなんだ。

朝吹:落ち続けているとどっちが上か下かわからないような……。

渋谷:落ちるというイメージでは読んでなかったな。

朝吹:始まりもなく終わりもなく……。不思議なのは、落ちるってずーっと落ちていると浮上しているような感覚になるんです。

渋谷:なんか捩じれながら反復していくような感じだけど、真理子ちゃんのは。

朝吹:え。あ、私の小説? 

渋谷:そうそう。

朝吹:読んでくださってありがとうございます。ありがたやー。南無南無。

渋谷:なんで(笑)。

渋谷慶一郎×朝吹真理子「ロスト・イン・カンバセーション」
撮影:朝吹真理子

朝吹:人間の感覚において、反復はベーシックなものだと思います。だから、すごくあたりまえのことをあたりまえのこととして書いているつもりです。でも、思い出すときに人間の脳の中では、すこしずつ違う毎日が、まったく同じ毎日として、反復されたかたちの記憶になってつながったりするから、記憶の中で、完全な反復にすり替わっている気がします。

渋谷:完全な反復はベーシックじゃないでしょ。すこしずつズレを孕んだ反復としてじゃなくて? ズレとか捩じれをどう作るか、反復に影響させるかでしょ。

朝吹:あらかじめ意図してはいないのですが、そうなっていることがあります。もちろん何度も書き直すので、途中からは意図が入りこみますが。

渋谷:あ、最初から意図はしてないんだ。僕はコンピュータで音楽やるときは、すごくそこに意識があってさ、この前のライブにしても、ロックみたいっていうのは、単にバカみたいに踊ってるとかじゃなくて(笑)反復にズレが、内包されてるから人は興奮するわけじゃない?

朝吹:微細にね。

渋谷:意識というか感情が。

朝吹:凶暴に。

渋谷:だから、コンピュータでそういうことをやるのはおもしろいと思ってる。よく、「凶暴」って言うよね。

朝吹:良い意味です……。とても。

渋谷:いや、悪い意味だったら大変でしょ(笑)。

朝吹:渋谷さんは、「野生/野蛮」というより、「凶暴」です。

渋谷:おお。

朝吹:音の主導権をどこまでも演奏者が握っている感じがします。

渋谷:なんか、責められてるみたい(笑)。

朝吹:え。ちがうちがう(笑)。

渋谷:主導権握ってほしいわけでしょ、聴いたり踊ったりしてる人は。

朝吹:あえて、主導権を握ったままという意識ですか?

渋谷:いや、そうなりやすい性質ですw。

朝吹:魔王降臨デスネ。

渋谷:真理子ちゃんはMだからな、Sと勘違いされてるけど(笑)。

朝吹:私の話はしなくてよいです!

渋谷:対談じゃん! ほら、絶望としてのポップにならないと(笑)。

朝吹:うー、やだやだ。

渋谷:なに書き直してるんだよ!

朝吹:うー……。

渋谷:筆が遅いw。

朝吹:だって。。。渋谷さんとチャットこわい……w。

4/5ページ:渋谷さんは「ポップ」ですよね、とか言うけど、実際僕がやってるの なんてピアノソロとラップトップがほとんどで、割合としてはポップスなんて 10%くらいでしょ。(渋谷)

渋谷さんは「ポップ」ですよね、とか言うけど、実際僕がやってるのなんてピアノソロとラップトップがほとんどで、割合としてはポップスなんて10%くらいでしょ。(渋谷)

渋谷:しかし、今は『ATAK NIGHT』みたいなイベントがやりにくくなってるんだよね。

朝吹:自粛、ですか。節電?

渋谷:いや、そういうのじゃなくて(笑)、その前から世界がわかりにくいものをマスクしやすくなってるでしょ。これフロアなの? リスニングなの? みたいな境界にあるものを。何にでもいえるんだけど、あいまいなものが成立しにくくなってるんだよね。

朝吹:定義がないとだめなのですね。

渋谷:だから最近は、ピアノソロとフロアにわけている、パッキリと。

朝吹:うん。

渋谷:だってさ、渋谷さんは「ポップ」ですよね、とか言うけど、実際僕がやってるのなんてピアノソロとラップトップがほとんどで、割合としてはポップスなんて10%くらいでしょ。

朝吹:うん。

渋谷:でも、ある程度は興味もってくれてる人がいるわけで、でもそれはポップス増やせばもっとポップになるとかいうことじゃないじゃない?

朝吹:それはそうです。

渋谷:だから、内容のというよりも。定義とか分類とかいうことで、そこのわかりやすさは必要になってるみたい。 で、それは良いとか悪いとか言ってても仕方ないことでしょ。

朝吹:んー。

渋谷:不満ですか?w

朝吹:区域の識別ですね。

渋谷:そう。

朝吹:渋谷さんのポップさは姿勢の根本で、区域識別しても、それはあってなきがごとし、と思ってしまって。良い悪いの問題ではないけれど、(わかりやすさを強いられることは)個人的にフィットしない感覚です。渋谷さんは?

渋谷:当然フィットしないでしょう、作る側には。

朝吹:でしょう。

渋谷:でも、そういう現実にどう対処するかというのはおもしろい設定ではある。最終的には、忘れちゃうんだけどw。

朝吹:よかった。忘れて忘れてw。

渋谷:いや、でもさ、

朝吹:はい。

渋谷:そういう空気のようなものは、動いていくものだから、その時々で適当に対応して、サバイブすれば楽しいものでしょ。自分が作りたいものを作るほうが優先だから。

朝吹:渋谷さんは凶暴だから最終的には定義も壊せるから大丈夫ですね。

渋谷:きみはどうなの?

(長考)

朝吹:ちょっと遠回りになるのですが、

渋谷:はいw。

朝吹:このあいだ、将棋の羽生名人に、「次の一手」を考えるときの感覚をうかがったのです。棋士は、次の一手を考えるとき、ほとんど無限にある可能性の中からどんどん取捨して、たったひとつの手を選ぶんです。

渋谷:うん。

朝吹:それで「『次の一手』は未来のことを思考しているわけですが、そのときの未来は、『明日』のように『今日』の時点からの未来のことではなく、永遠に現在とならない時間軸で考えている未来ですか?」と尋ねたんです。

渋谷:時間軸、ですらないよね。

朝吹:あ、そうです。正確には、時間のないところです。

渋谷:うん。

朝吹:そうしたら羽生名人は、「『次の一手』を考えるとこは、『明日を壊してゆく』感覚です。でも絶望ではありません。ハハハ」とおっしゃったんです。

渋谷:ああ。

朝吹:それで、一文字さきがわからない感覚は、未知だからわからないのもあるけれど、常に言葉を握りつぶして壊している作業だと思いました。壊すから自由な一文字が紙につきます。ふう。遠回りごめんなさい。

渋谷:それは遠回りだなw。

朝吹:でも、おもしろい話だから……。渋谷さんにおはなししたくて。

渋谷:おもしろいよね。

朝吹:ね、ね、

渋谷:その場合は、過去の記憶とか経験とかは、どういう位置にあるんだろ。ないのかな?

朝吹:いちばん人間の記憶に近いなってこのあいだ思ったのは、「水面」です。いろいろなものが映っているけれど、たえず淀んでいて、あいまいで正確さがない感じ。それが記憶かなって思う。

渋谷:僕はアクセス不能なものっていう感じだけどね。そこにあるけど触れないというような。

朝吹:そうそう。木とか月とか映ってもその物にはさわれないかんじです!

渋谷:だよね。

朝吹:アクセスは絶対できません。

渋谷:最近、雑誌のアンケートで、「あなたにとって人とシェアできないものはなんですか?」っていう奇怪な質問があってw。

朝吹:どんなアンケートなのそれw。

渋谷:僕も「何だこれは!」と思ったんだけどw。で、そこに「記憶」と書いたんだけど。

朝吹:自分の中でも、1秒先の自分と1秒後の自分とでシェアできないものね。

渋谷:方法や経験はさ、人とシェアする意味があると思うわけ。役立つし。

朝吹:うんうん、共有知。

渋谷:でも記憶っていうのは一番上のラベルが、どんどん張り替えられることはあっても、中身が変わることがないから、人と共有する必要はないんじゃないかと思うんだけどね。羽生さんの場合は、その選択において、経験とか過去の記憶への参照っていうのはないのかね?

朝吹:あ。もちろん、将棋はデータベースでもあるのでそれはとても大切です。でも、羽生さんがよく仰るのは、定跡を知るほど弱くなることでもある、と。

渋谷:それはすごくわかる。

朝吹:やっぱり、今年40歳になる羽生名人は、いわゆる知の経験や方法について、たくさんたくさんデータベースをもっていらっしゃるわけです。ただ、そこに瞬時にアクセスする瞬発力は、若い頃より速度が落ちている。そこで、大切なのは、大局観で、それは、過去の参照あっての直感だけれど、きちんとアクセスしている、引用できる参照とはまったく違うのだと思います。やっぱり直感で決めた手のほうが正しいことが多いらしいんです。

渋谷:それは絶対にそうだと思う。

朝吹:それはすぐに決められて、その手が本当に最善手であるかどうかを検討することに、多くの時間が割かれているらしいです。

渋谷:うまく忘れられてるんだよね。ドレミで音楽作るときはそうだな。

朝吹:それ教えてください。

渋谷:ピアノの前で完全にこの世界に一人しかいないみたいな感じにするわけ、自分を。で、過去の音楽もないし未来の音楽もない、みたいな気持ちにして、

朝吹:はい。

渋谷:でも、すごく最小限の音で何ができるか? と思って指を鍵盤に落としてみる。そうすると、ふっといいのができるんだけど、それが本当に聴いたことがないようなものかっていうと、そんなことはないんだよね。むしろ聴いたことがあるような気がするほうがいいわけ、ドレミの場合は。

朝吹:うん。

渋谷:ドレミで、聴いたことがない音楽っていうのは単に良くない可能性が高いでしょw。

朝吹:音楽に聞こえない。

渋谷:そう。で、それはドレミでやる必要はないでしょ。音楽の定義を疑う、みたいなことは。

朝吹:うんうん。おもしろいです。

渋谷:だってドレミだしw。

5/5ページ:じゃあ無限反復じゃん。(渋谷)

じゃあ無限反復じゃん。(渋谷)
は、無限反復だ。(朝吹)

渋谷:でさ、さっきの「定義」の話に大幅に戻ると、

朝吹:ええ。戻ろう。

渋谷:僕は定義を壊すから、っていう話だったけど、真理子ちゃんはどうなの?

渋谷:要するに、現状、結構難しい小説を書いていても、定義としてはわかりやすいわけでしょう。

朝吹:むつかしくないおー。

渋谷:難しいというよりは、太いラインを書かないって感じかな。

朝吹:考えたことがなかったです。

渋谷:そうそう、多分無意識だと思うけど。

朝吹:うーん。

渋谷:不服?w

朝吹:(笑)。

渋谷:なに? はっきり言っていいよw。

朝吹:矛盾するのですが、

渋谷:うん。

朝吹:たとえば、大江健三郎さんの小説は「定義」がとても重要なんです。

渋谷:なるほど。

朝吹:それは自分と世界とをつなぐ通路なんですね。

渋谷:うん。

朝吹:おそらく定義を見出してゆくんです。「見出してゆく」ことが大切なんです、自分にとっての大義を、

朝吹:大義違う定義。

渋谷:びっくりしたw。

朝吹:ごめんw。

朝吹:それで、その定義を見出すまでにたくさんの破壊行為を行ない、ときには見出した定義をも壊してしまい、また世界と自分、あるいは、息子(家族)と自分とをつなぐ通路をさがすんです。

渋谷:うん。

朝吹:定義し直そうとする。それが人間の営みだと思います。だから、壊して見出しての繰り返し、永遠の反復をしたい、私はそう思っています。

渋谷:じゃあ無限反復じゃん。

朝吹:は、無限反復だ。

渋谷:あれ?w

朝吹:あれ?w

プロフィール
朝吹真理子

1984年、東京生まれ。慶應義塾大学前期博士課程修了(近世歌舞伎)。2009年、『流跡』でデビュー。2010年、同作で『第20回Bunkamuraドゥマゴ文学賞』を最年少受賞。2011年1月、『きことわ』で『第144回芥川賞』を受賞。

1973年生まれ、音楽家。東京芸術大学作曲科卒業。2002年に音楽レーベルATAKを設立。国内外の先鋭的な電子音響作品をCDリリースするだけではなく、デザイン、ネットワークテクノロジー、映像など多様なクリエーターを擁し、精力的な活動を展開する。2009年、初のピアノソロ・アルバム『ATAK015 for maria』を発表。2010年には『アワーミュージック 相対性理論+渋谷慶一郎』を発表し、TBSドラマ『Spec』の音楽を担当。2011年は、モスクワでのイベント『LEXUS HYBRID ART』のオープニングアクトを担当するなど、多彩な活動を続ける。



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