中村勘九郎と鹿殺しの叫び「面白いものを作りたいだけなのに!」

感情を振り切って、荒々しく声を上げ、土臭いほどストレートに「かぶく」ことで人間を描き出す。ここ10数年、現代演劇界の主流であった「静かな演劇」とは真逆の道を、愚直なまでに突き詰めてきた劇団鹿殺しが今年15周年を迎え、新作『名なしの侍』で、総動員数1万人を目指す挑戦へと歩みを進めた。

そんな劇団鹿殺しの舞台を観て「現代の歌舞伎」と呼ぶ、歌舞伎俳優六代目中村勘九郎。かたや伝統ある歌舞伎の世界と、エモーションが炸裂する現代劇の世界はどのようにリンクしていくのだろうか? 巨大な伝統芸能・歌舞伎への複雑な思いと、エンターテイメントを見せることへのこだわりが交差した赤裸々な対談となった。

唐十郎さんは巨匠なのに、徹底的に「バカバカしい」ことをしていたんです。これが演劇だとしたら、私たちも続けていく希望があると思いました。(菜月)

―中村勘九郎さんと劇団鹿殺し、意外な組み合わせに思える対談ですが、じつはお互いの作品も観られているんですよね。

中村:にしすがも創造舎という稽古場近くの中華料理屋で初めて会ったんですよね。

菜月:座敷席で背中合わせになったんです。勘九郎さんは舞台版『おくりびと』(2010年)の稽古をしていて、私たちは『電車は血で走る』(2010年)の稽古中。

丸尾:お客さんがビール瓶を勝手に空けていって、会計のときに瓶を数えるっていうフランクな雰囲気の店で。いまだに覚えているんですが、会計のときに、「ひとり2で」と声がかかったら、勘九郎さんが2万円を出そうとしていた(笑)。

中村:お恥ずかしい限りです(苦笑)。

菜月:そのときに鹿殺しのチラシをお渡ししたら、『電車は血で走る』と次の公演『僕を愛ちて。~燃える湿原と音楽~』(2011年)を観にきてくださったんです。

左から:菜月チョビ、中村勘九郎、丸尾丸一郎
左から:菜月チョビ、中村勘九郎、丸尾丸一郎

―勘九郎さんは、鹿殺しの舞台を観ていかがでしたか?

中村:圧倒的なパワーにすっかり射抜かれてしまいました。ぼくの好きな演劇は、父親(十八代目中村勘三郎)の影響が大きいんです。あの人も「演劇における突き抜けるパワーとは何か?」をずっと探していて、19歳の頃に唐十郎さんのテント芝居を観て「これが歌舞伎だ!」と感じたそうなんです。だから父は平成中村座公演を始めたんですよ。

丸尾:そうだったんですか!? じつは、鹿殺しも唐さんの芝居を観たのが大きな転機だったんです。結成した当初は、つかこうへいさんの脚本を上演していたんですが、これからオリジナル作品を作っていこうという時期に、劇団唐組の『津波』(2004年)という作品を観たら、それがめちゃくちゃかっこよくて……。

菜月:アングラ演劇の巨匠というイメージがあったから、哲学的で難しい作品を覚悟していたんです。でも観に行ったら、漫画の『珍遊記』みたいな世界観だった(笑)。しっかり歴史を積み重ねてきた人なのに、徹底的に「バカバカしい」ことをしていたんです。60歳を超えている人がこんな「バカなこと」をしているなんて……と希望が湧いたんですよ。これが「演劇」なんだとしたら、私たちも続けていく希望があると思いました。

菜月チョビ

―偶然にも中村座と劇団鹿殺しの根底には、唐十郎の存在があった。

菜月:私たちの原点の一つですね。老人から子どもまで、客層もバラバラな芝居小屋で、お客さん全員の気持ちを一瞬でつかんで、かっこいい、面白いと思わせる。ぴかぴかしていて、誰が見ても唐さんがスターだっていうことがわかるんですよ。「役者」とはこういうものだっていうことを教えてもらいました。

衣裳の袖を大きくしたり、宙乗りで驚かせたりといった演出を、いまの歌舞伎役者は全然面白がっていないように思います。(中村)

―勘九郎さんもご覧になった、劇団鹿殺しの『僕を愛ちて。~燃える湿原と音楽~』も、宙乗り(ワイヤーなどで役者を吊るす演出)など、歌舞伎的な演出がふんだんに盛り込まれており、誰もが直感的に楽しめる仕掛けのある作品です。前回のインタビューでも、歌舞伎に大きな影響を受けたというお話がありましたが、他にはどういう部分に感銘を受けたのでしょうか?

菜月:日本では、学校を卒業すればプロの俳優になれるっていう決まりもないので、アマチュアからなんとなくプロになっていくんですよね。それに対して、歌舞伎の役者は幼い頃から毎日身体を鍛えて、芸を身につけて、お金をもらっている。その特別な身体が「ありがたい」と思ったんです。

中村:いや……そんな、恐縮です。

―「ありがたい」とは、つまりプロフェッショナルな魅力があったということですか?

菜月:そう。客席にいる人とは、生活も違うし、育ちも違うし、努力も違う。あと、役者を大きく見せるために衣裳の袖を大きくする演出なんかにもびっくりしたんですよね。面白いし、工夫が詰まっているなと。当時の小劇場シーンでは「日常をそのまま切り取る」ような演劇が増えていたのですが、私は「日常」にお金を払いたくないなと思っていたんです。スウェット姿の男女ではなく、歌舞伎のように「ありがたい」存在。「隣に絶対いない人を見たいんだ!」と再確認できたんですよね。

中村:そんなふうに言っていただけてとてもうれしいです。でも、お恥ずかしながら、いまの歌舞伎界では、役者を大きく見せるために衣裳の袖を大きくしたり、宙乗りで驚かせたりといった演出を、自分たち自身が全然面白がっていないように思います。伝統的で当たり前なことだと思っている……。

丸尾:そうなんですか?

中村:ぼくは、それを危機だと思っています。昔の役者たちは限られた技術の中でも、できる限りの工夫を凝らしてお客さんを楽しませていました。そのなごりが現在まで残されているんです。でもいま、そんな歌舞伎の技巧を楽しんでいる役者は少ないんですよ。

歌舞伎はもっと面白いものになるはずなのに、伝統と呼ばれ始めて高尚なものになり、あぐらをかいている状態なんです。(中村)

丸尾:勘九郎さんの考える「歌舞伎」の面白さとはどういうものですか?

中村:去年、初めて木ノ下歌舞伎(爆音でテクノを鳴らすなど思い切った演出で、現代における歌舞伎の可能性を追求する劇団)の『心中天の網島』(2015年)を観たんです。紙屋治兵衛という紙屋の若旦那が主人公で、優男の設定なんですが、彼らはその役をカウボーイみたいな衣裳で演出していました。それを客席で観た瞬間、動けなくなるくらいの衝撃を受けましたね。その解釈が本当に悔しかった。

左から:菜月チョビ、中村勘九郎、丸尾丸一郎

―単に伝統をコピーするだけでなく、役の本質をつかまえて、現代のお客さんを楽しませようとしていたわけですね。

中村:歌舞伎はもっと面白いものになるはずなのに、戦後に伝統と呼ばれ始めて高尚なものになり、あぐらをかいている状態なんです。だからぼくらは「歌舞伎ゆとり世代」なのかもしれません。もちろん自分自身に対する怒りも大きくて、歌舞伎が必要とする圧倒的な声の大きさ、身体能力など、至らない部分を多々感じているんですが……。

菜月:この間、シルク・ドゥ・ソレイユの『トーテム』を観たんですけど、あの作品も花道のようなステージがあったり、歌舞伎的な演出がふんだんに使われていました。

中村:じつはぼく、『トーテム』のスペシャルサポーターなんですが、まさにあれこそが歌舞伎なんです。演出のロベール・ルパージュは歌舞伎にインスピレーションを受けて、花道を宇宙船やボートに変化させる演出でお客さんを驚かせています。でもいまの歌舞伎で、花道は「ただの花道」として使われてしまっている。それが普通の道なのか、砂利道なのか、川なのか、どれくらいの傾斜がある山道なのか……。江戸の歌舞伎役者たちは、花道を雲や海へと展開させていったはずなのに、ぼくらはただ板の上を歩いてしまっているんです。

中村勘九郎

―勘九郎さんの話を伺っていると、歌舞伎という伝統ある「巨大企業」に所属するジレンマのようなものを感じます。

中村:ぼくはただ、面白い芝居をやりたいだけなんです。終わった後に席から立ちたくなくなるような感覚をお客さんに与えたい。劇団鹿殺しの公演を観たときはまさにそんな気分でした。バンドの生演奏でうわっと気分が高揚し、劇中では喜びも悲しみもシャワーのように浴びせかけられます。自分たちもそんな芝居を作りたいんです。

菜月:ありがとうございます。いまのお話、激しく同意します。私も年に何度も「面白いことをやりたいだけなのに……!」って叫んでしまうんですよ(笑)。そのためには、稽古で役者にダメ出しをしたり、スタッフにいろんな要望を伝えるわけですが、一方で若い役者には演劇を続けてほしいし、稽古場の雰囲気を悪くしたくないので、顔色を窺ってしまうこともある。「面白いものを作る」という視点とは別の行動に縛られてしまうことがあるんです。

中村:すごくよくわかります。歌舞伎の稽古は4日くらいしかないんですけど、昔から何度も演じられている脚本だから面白いし、役者も技術があるから、極端に言えば頑張らなくてもそれなりの上演ができてしまうんです。だけど、ぼくももっと歌舞伎の世界で攻めていかなきゃいけない。本当はノーガードでどんどん攻めていきたいんです。でも子どもたちの顔がちらっと浮かんだりすると、大人の事情でガードを固めてしまう自分もいる……。

―今日は思いがけず、勘九郎さんの歌舞伎への赤裸々な心境を伺うことができて感動しています。劇団鹿殺しも15年活動を続けて、規模も大きくなっています。その意味では制約も増えてきてしまいますよね。

丸尾:菜月は演出家で、ぼくは作家だし、立ち上げのメンバーだから、新しいメンバーとはどうしても集団のなかでの「違い」が生まれてしまうんです。だけど本来、劇団っていうのは作品を生み出すための集団。作品に対して全員で立ち向かっていくことを鹿殺しは大切にしたいです。

熱意のあるシルク・ドゥ・ソレイユのアクターたちが歌舞伎を始めたら、ぼくら歌舞伎役者の存在意義はなくなってしまうかもしれません。(中村)

―劇団鹿殺しのお二人もシルク・ドゥ・ソレイユには相当影響を受けたと話していましたね。

丸尾:ラスベガスでシルクの舞台を観たとき、お客さんにチケットを買ってもらって、はるばる劇場まで足を運んでもらうには、これくらいのクオリティーを観せなきゃならないと衝撃を受けました。当時、演劇界で評価される芝居は、アンニュイだったり難解なものが多く、ぼくらとしても方向性に迷っている時期だったんです。だけどシルクを観て、この先進んでいくべき方向性がはっきりした。ぼくらにとっての「成功」とは、1年の楽しみの一つとして劇場に足を運んでくれた人たちを広い間口で迎えて、ここでしか味わえない臨場感や感情の昂りを感じてもらえるかにかかっていると。

丸尾丸一郎

菜月:一昨年にカナダに留学したとき、ケベックにあるロベール・ルパージュのスタジオを見学させてもらいました。彼は国から駅前のビルを30数年間無償で貸し出しされているんだそうです。

―理想的な創作環境ですね。

菜月:カナダはシルクの活動だけでなく、サーカスアクターを育てる学校も設立して、世界中で愛されるエンターテイメントを作り上げるべく、作り手も演者もバックアップしています。国と都市と企業とが協力して作品を創作する団体を育て、世界中で上演し、ケベック州に税金として戻せるようにしているんです。めちゃくちゃ正しいお金の使い方だと思います。日本では作品ごとに助成金が使われても、継続的なシステム作りにつながっていきません。体操やフィギュアスケートなど身体表現的なスポーツには長けているし、長期的にパフォーマ-を育てる教育機関があれば、すぐに世界に通用するエンターテイメントを作れそうなのに……。

中村:いまの話を聞いて真っ先に、熱意のあるシルクのサーカスアクターたちが歌舞伎をやったら……と想像しました。そのとき、ぼくら歌舞伎役者の存在意義はなくなってしまうかもしれません。

左から:中村勘九郎、丸尾丸一郎

菜月:シルクを観て、普通に働いている人たちの心をつかめる「力強い演劇」がやっぱり好きなんだと感じました。観劇層を拡げるだけに留まらず、生活の活力になるようなエンターテイメントの大事さを理解している人々が結束していくことができたらという希望があります。俳優も、歌舞伎役者も、シルクのようなサーカスアクターも結束できれば、世界中の誰が観ても心が動くような日本発の新たなエンターテイメントが生み出せるはずなんです。

生バンド演奏で世界観を作り出す自分たちの作風に自信が持てるようになってきた。(丸尾)

―現代演劇と歌舞伎というジャンルは違っても、共通するのは「面白いものを作りたい」ということだと思います。今後の活動でみなさんはどんな方向性を目指しているのでしょうか?

丸尾:7月に東京と大阪で『名なしの侍』を上演します。前作『キルミーアゲイン』は、得意ジャンルの一つでもあるノスタルジックな作品だったので、劇団創立15周年の2作目となる今作は、新しい可能性を示す時代劇に挑戦しようと思っているんです。

劇団鹿殺し『名なしの侍』イメージビジュアル 写真:江森康之
劇団鹿殺し『名なしの侍』イメージビジュアル 写真:江森康之

―「怒パンク時代劇」というキャッチフレーズからも、ほとばしる熱量を感じます。

丸尾:これまでは「時代劇×ロック」をやると、劇団☆新感線の真似に見えてしまうジレンマがあったんです。ただ、俳優による生バンド演奏で世界観を作り出す自分たちの作風にも自信が持てるようになってきました。ぼくらにしかできない音楽劇の形を探してしていきたいと思っています。

―勘九郎さんはいかがでしょうか?

中村:ぼくは、このままだったら歌舞伎に未来はないと思っています。もともと歌舞伎はトレンドの発祥地でした。2020年『東京オリンピック』のロゴに採用された市松模様も、ルーツを辿れば中村座が江戸時代に流行らせたものです。この先、歌舞伎がトレンドを生み出していくには、「国に守られる文化」という考えを排除しなければダメなんです。父も「国から守られるようになってしまったらアウトだ」と常に言ってました。

―国の保護のもとでふんぞり返るのではなく、あくまでもエンターテイメントとしての魅力を保ちたいということですね。勘九郎さん自身、「面白いものを作る」ための戦いを諦めてはいませんね。

中村:「純粋に面白いもの」を追求するところになかなか行けないもどかしさはありますが、鹿殺しのような人たちの芝居が希望の光になっています。残念ながらいまのところ、本当の意味での「歌舞伎役者」は、ぼくたちではなく彼らなんですよ。ぼくは鹿殺しが生み出すようなパワーを歌舞伎に求めていきたいです。

イベント情報
劇団鹿殺し
『名なしの侍』

作:丸尾丸一郎
演出:菜月チョビ
音楽:入交星士×オレノグラフィティ
出演:
菜月チョビ
丸尾丸一郎
オレノグラフィティ
橘輝
鷺沼恵美子
浅野康之
近藤茶
峰ゆとり
有田杏子
椙山さと美
メガマスミ
木村さそり
玉城裕規
鳥越裕貴
谷山知宏(花組芝居)
堂島孝平
piggy
奥泰正
辰巳裕二郎
池田海人
石川湖太朗
長田典之
ちゃこ
中島ボイル
前川孟論
矢尻真温

東京公演
2016年7月16日(土)~7月24日(日)全11公演
会場:東京都 池袋 サンシャイン劇場
料金:S席6,300円 A席5,300円 学生券3,900円

大阪公演
2016年7月28日(木)~7月31日(日)全6公演
会場:大阪府 グランフロント大阪 ナレッジキャピタル4F ナレッジシアター
料金:S席6,300円 学生券3,900円

『中村勘九郎・中村七之助 錦秋特別公演2016』

東京公演
2016年11月7日(月)
会場:東京都 八王子 オリンパスホール八王子
料金:S席8,000円 A席6,500円 B席5,000円

2016年11月10日(木)
会場:東京都 後楽園 文京シビックホール 大ホール
料金:S席8,000円 A席6,500円 B席5,000円
※その他、全国12か所で24公演

出演:
中村勘九郎
中村七之助
中村鶴松
ほか

舞台『真田十勇士』

脚本:マキノノゾミ
演出:堤幸彦
出演:
中村勘九郎
加藤和樹
篠田麻里子
高橋光臣
村井良大
駿河太郎
荒井敦史

栗山航
望月歩
青木健
丸山敦史
石垣佑磨
山口馬木也
加藤雅也
浅野ゆう子
ほか

東京公演
2016年9月11日(日)~10月3日(月)
会場:東京都 初台 新国立劇場 中劇場

神奈川公演
2016年10月8日(土)~10月10日(月・祝)
会場:神奈川県 横浜 KAAT 神奈川芸術劇場

兵庫公演
2016年10月14日(金)~10月23日(日)
会場:兵庫県 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO 大ホール

プロフィール
中村勘九郎 (なかむら かんくろう)

1981年10月31日、十八代目中村勘三郎の長男として誕生。1986年1月歌舞伎座『盛綱陣屋』の小三郎で初お目見得。翌1987年1月『門出二人桃太郎』の兄の桃太郎で二代目中村勘太郎を名乗り初舞台。2012年2月新橋演舞場『土蜘』僧智籌実は土蜘の精、『春興鏡獅子』の小姓弥生後に獅子の精などで六代目中村勘九郎を襲名。また、歌舞伎の舞台公演にとどまらず、映画、テレビ、写真集など幅広い分野へも挑戦している。

劇団鹿殺し (げきだん しかごろし)

2000年、菜月チョビが関西学院大学のサークルの先輩であった丸尾丸一郎とともに旗揚げ。劇場では正統的演劇を行いながらも、イベントでは音楽劇的パフォーマンスを繰り広げる。上京後2年間の共同生活、週6日年間約1000回以上の路上パフォーマンスなど独自の活動スタイルで、演劇シーン以外からも話題を呼ぶ。入交星士、オレノグラフィティの作曲陣による、全編オリジナル楽曲も魅力。2013年、菜月チョビの文化庁新進芸術家海外派遣制度による1年間の海外留学を発表。2013年には歌手のCoccoの初舞台を丸尾が作・演出、2015年には、シンガーソングライターの石崎ひゅーいを客演に招き、全編生演奏のロックオペラ『彼女の起源』を発表した。



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