ジェイソン・モランを語るスガダイロー。その人物像と音楽性とは

これまでジャズミュージシャンだけに留まらず、七尾旅人や向井秀徳、更にはバレエダンサーや現代舞踏家まで、様々な他流試合を行ってきたピアニストのスガダイローが、ニューヨークのジャズピアニスト、ジェイソン・モランと共演する。去年、ニューヨークの地で共演を果たし、その成果をもとにした日本ツアーという形になる。

ジェイソン・モランはジャズの名門ブルーノート、ECMという2大レーベルに録音を残す現代ジャズの最重要人物であると同時に、超個性派としても知られているピアニストだ。1920年代から現代までのジャズのスタイルを咀嚼し、独自の方法で自在に行き来する彼は、ブルーノートレーベルの75周年を祝うコンサートのオーガナイズを任されるなど、名実ともにアメリカのジャズを代表する存在であり、その歴史そのものをフレッシュに蘇らせるように奏でている存在でもある。

そんなジェイソン・モランとは、音楽的には遠いところに位置するようにも見えるスガダイローだが、実はこの二人はかなり近い部分がある。むしろ、今回の共演はなすべくしてなったといってもいいだろう。そんな二人の共通点を、スガダイローにジェイソン・モランを語ってもらいながら紐解いてみよう。

ジャッキー・バイアードとアンドリュー・ヒルが大好きなんですけど、ジェイソン・モランとは完全に好みが一緒だった。

―去年の12月にニューヨークでジェイソン・モランとコンサートをやってきたんですよね。いかがでしたか?

スガ:『BOYCOTT RHYTHM MACHINE』(音楽シーンを牽引するアーティスト同士による異種格闘技戦をテーマにした即興セッションイベント)のプロデューサーがニューヨークのピアニストとやってくれということで、ジェイソンを選んできたんですよ。ニューヨークで戦えという指令です。だからもう、やるしかないなって。

―以前からダイローさんはジェイソン・モランがお好きだっておっしゃっていましたね。最初に彼の音楽を聴いたのはいつごろですか?

スガ:最初に聴いたのはだいぶ前で、ボストンにいた頃(バークリー音楽院留学時代)だったかな。1990年代ですね。それ以降、ニューヨークのジャズはあまり聴いてなくて、そこで止まってますね。

スガダイロー
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―ジェイソン・モランの最初の印象はいかがでしたか?

スガ:驚きました、こんな自由な人がいるんだって。感覚的にジャズピアニストっぽくなくて、それが楽しかった。選曲も気が利いてて、自分のオリジナルをやっていたと思ったら、映画『ゴッドファーザー』の曲が入ってきて、でもテーマ曲ではなくて普通の人がやらないような演奏をしたり、面白かったですね。

―シンパシーは感じましたか?

スガ:俺はジャッキー・バイアード(折衷的な演奏で知られる個性派ピアニスト)とアンドリュー・ヒル(60年代ブルーノートを代表するピアニスト)が大好きなんですけど、この前、ジェイソンはその両方に習ってたって言っていて、完全に好みが一緒でした。

―ダイローさんご自身はアンドリュー・ヒルのどんなところが好きですか?

スガ:タイム(演奏中に歩調やテンポを意識する感覚)の感じかな。ノる時代は終わった、みたいな感じ。基本的にビートで人をノせるのが好きじゃないから、アンドリュー・ヒルのノせない感じは好きですね。

スガダイロー

―ジャッキー・バイアードはいかがですか?

スガ:昔から、ジャッキー・バイアードのごちゃまぜな演奏の仕方が好きなんですよ。ストライドピアノからフリージャズまで分け隔てなく、一気に弾く感じがね。

ジェイソンはジャッキー・バイアードのやり口に似てるかな。二人ともスタイルじゃないんですよね。本質的にはどのスタイルにも属さない、そういうところが面白いと思う。

昔も現代も関係なく、好きなことやればいいんじゃないって、ジェイソン・モランがそういう弾き方をしているように聴こえたんですよね。

―ジェイソンはフリージャズとは別のところにいながら、フリージャズも入ってますよね。一方、ダイローさんもフリージャズをやっていても、いろんな要素が出ますよね。

スガ:フリージャズはひとつの型(かた)で、過去にあった音楽のスタイル(1950年代後半に行き詰まったビバップを打開するためにルールを否定する形で生まれた)なんですよ。得意ジャンルなのでいくらでもできますけど、ビバップ(1940年代初期に成立したとされるジャズの一形態でモダンジャズの起源とされる)をやるのと同じです。

スガダイロー

スガ:でも、ビバップとフリージャズは時代が違うから、江戸時代の時代劇なのか、戦国時代の時代劇なのか、そういう時代考証はしないといけない。それができてないと、フリージャズじゃないって言われちゃう。山下洋輔(ひじで鍵盤を鳴らす独自の奏法を交え演奏する日本のジャズピアニスト)スタイルなのか、セシル・テイラー(60年代にフリージャズを展開した先駆者、ジャズピアニスト)スタイルなのかで、全然違うけど、どちらにしろ型なんです。

―今、ダイローさんはフリージャズにこだわらずに、分け隔てなくフラットに見ているってことですよね。

スガ:俺がそういうこだわりを捨てた見方をしていたのを、ジェイソンがプレイで賛同してくれたように聴こえたんですよね。昔も今も関係なく、逸脱しちゃって好きなことやればいいんじゃない? って感じで。彼がそういう弾き方をしているように聴こえたんですよ。

ここはジャズの箱だからこういう演奏をやろうとか、そういうのを気にせず、「ただ思いついただけ」みたいな演奏がしたいですね。

―ラグタイム(19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカで流行したピアノ音楽)とか、ストライド(ラグタイムから生まれた右手で即興を奏でている間に、左手でベースノートとコードを弾く奏法)を好きな感じは、ダイローさんの音楽の中にずっとありましたね。

スガ:バークリー音楽院の留学から日本に帰ってきてすぐのころは、もうフリージャズに凝り固まってて、「ストライドとか、ビバップとか、そういうのはやりたくない」みたいな時期が長くあったんです。でも最近はいろいろ弾けた方が面白いんじゃないか、と心を入れ替えました。

ジェイソンのこともすっかり忘れてたんだけど、ここにきて思い出して。一時期やってみて諦めていた、ストライドピアノを最近練習するようになったんですよ。ニュートラルな状態にいるのが一番いいんだなっていうのが最近のイメージかな。

スガダイロー

―ダイローさんの演奏に、うっすらジャズをやりたい感じが徐々に入ってきてるなっていうのは感じていました。アブストラクトじゃないものをやってもいいかなって思うようになってからのスガダイローは、余計に「この人何やってるかわかんない」感が増してきてますね。

スガ:それが結構好きかな。玉石混合っていうか、とっ散らかっている状態。

―もともといろんなスタイルを持っている上に、ラグタイムやストライドを練習しているんですよね。そんな多様なスタイルや技術を自分の中でどう整理されているんですか?

スガ:整理はしてないです。むしろ整理をしないようにしてますね。人間の個性って連想力だと思うから、整理されればされるほど、パーソナリティーが失われていくんですよ。

ここはジャズの箱だから、こういう演奏をやろうとか、そういうの気にせず、ただ思いついただけ、みたいな演奏がしたいですね。「なんだかわからないものが、なぜかここに入ってた」みたいなことの方が好きなんです。

―自分の中にいろんなものを入れてきて、身体化していくんだけど、外に出すときは偶然性があると。

スガ:しりとりでも、何回かやると人それぞれの癖がついてくるじゃないですか。それって連想力だから。考えなければ、考えないほど、ぱっと出せば出すほど、その人の「個人」が現れてくる。そういう演奏のしかたが好きかな。

スガダイロー

―その感じはジェイソン・モランもありますよね。突然よくわからないものが出てきたり。「そこで、ストライド来る?」みたいな。

スガ:謎な感じね。ドラえもんがパニックになったときに、わけのわかんない道具がたくさん出てくるみたいな、ああいう状態。あれがパーソナリティーっていうか、本人だなって気がするんですよ。

デューク・エリントンの『マネー・ジャングル』が好きな人としか俺は演奏しない。

―ダイローさんとジェイソンは、通ってきたルートとかインプットの順番が違うだけで、ジャズファンとして共通する好みのものはかなりある気がしています。例えば、デューク・エリントンの『マネー・ジャングル』は好きですよね?

スガ:好きですね。『マネー・ジャングル』はひな形というか、あれがピアノトリオをやるお手本かな。ジェイソンのトリオ(ジェイソン・モラン&ザ・バンドワゴン)も『マネー・ジャングル』だって思いますよ。あのバラバラ感、四方八方に散っちゃう感じ。

スガダイロー

スガ:基本的に『マネー・ジャングル』が一番好きですね。『マネー・ジャングル』が嫌いな人は住んでる世界が違うと思う。嫌いな人もたくさんいると思うんですけど、踏み絵みたいなもので、『マネー・ジャングル』が好きな人としか俺は演奏しないな。

―変なハードル設定ですね(笑)。

スガ:でも、やっぱり聴いたときはショックだったから。俺にとって大きいアルバムですね。

―ジャズのスタンダードをたくさん書いているデューク・エリントンがピアノ弾いたらこれかよって。でも、あの人がジャズの中で一番偉い人の1人ですもんね。

スガ:俺はジャズの中で一番偉いと思ってる。あの人に頭あがる人はいないでしょう。ワルすぎる。

―ジェイソンもワルさみたいなものが好きなんですよね。自分の曲名に「ギャングスタ」とか付けちゃったり。

スガ:ワルぶってますよね。一時期、変なトランクを持って、ギャングみたいなハットをかぶって、ピアノの横にカバンをぼんって置いてから演奏してた。なんなんだ、このパフォーマンスは、みたいな(笑)。

スガダイロー

―でも昔のジャズミュージシャンのファッションはギャングっぽいし、普通にギャングみたいなジャズミュージシャンもいますよね。

スガ:ジェイソンはそういうもの含めてジャズ好きなんだなっていうのを感じるね。ただ、同時にジャズから距離も感じるんですよ。ロバート・グラスパー(ジャズピアニスト。今のジャズシーンの中心的存在)は「現代のジャズ」みたいな感じだけど、ジェイソンはあまりそういう背負ってる感じがしない。

―グラスパーはミュージシャンとしても、ピアノ的にもハービー・ハンコックとかキース・ジャレット、チック・コリアの延長にいますよね。

スガ:ちゃんとヒップホップをやって、ポップス界にも入っていく。ジャズってもともとそういうもので、グラスパーはそれをやっているんだよね。でも、ジェイソンはそんな気をあまり感じない。彼もすごいのにね。

―好きなものを選んで楽しくやってるっていうか。ジャズ史のワイルドサイドっぽいところを取ってきてやっている感じがいいですよね。

スガ:でも、絶対育ちはいいから(笑)。ワルでも何でもないんだけど、すごいワルぶってて、それが面白い。

―グラスパーと同じアートスクールの出身ですしね(笑)。

ジェイソンと俺は良い距離ですよ。やっぱりその距離感を保てるのが一番面白いですね。

―去年ニューヨークで開催された『BOYCOTT RHYTHM MACHINE WORLDWIDE VERSUS』でジェイソン・モランと一緒に演奏してみて、ジェイソンをどう感じましたか?

スガ:余裕を感じましたね、「こいつ余裕で弾いてるな」っていう。音もでかいし、そもそも身体もでかい。いろんな引き出しがあるしね。あとは馬力が違う。いざとなると馬力は重要だからね。

―馬力に関しては、ダイローさんもありますよね。

スガ:結局、排気量の問題だからね。俺も一時期、体重増やしたときありましたよ。だって、手が重いだけで違うからね。でも基本的に白人も黒人も身体がデカいから馬力は日本人よりもありますよね。その辺は敵わない。

スガダイロー

―ジェイソン・モランはピアノ自体を鳴らす技術も高いピアニストですよね。ピアニッシモがめちゃくちゃ伸びる印象があります。

スガ:上手いよね。ピアニッシモの方がフォルテッシモよりも力が必要だから。あとは、日々すごい工夫をしているんだなって思いましたね。コンサートで5分間グリッサンド(音を飛ばさずに連続で一音一音滑らせるように弾く演奏法)をずーっとやっていて、その直後のブルースが染みるみたいな、そういう演出があったり。

最新作の『The Armory Concert』はアヴァンギャルドだったね。どうしちゃったんだろうって思うくらい、ほぼ音楽じゃないことをやっていた。断片みたいなものを演奏していたし。

―彼はジョン・ケージも好きで、現代音楽っぽさもありますよね。ひとつの型にはまらないって、さきほどダイローさんが仰っていましたが、ジャズのすべてのスタイルのコラージュみたいなところもありますよね。

スガ:武満徹も好きだって言ってたし、クラシックとか現代音楽を聴いてる人ですね。ふざけてんじゃないかな、みたいなところもあるし、捉えどころがない。この曲はふざけてるだろみたいな曲はたぶん本当にふざけていて、それと並んですごいまじめな曲もある。

―基本的にすごいまじめな顔してやってますよね。

スガ:まじめな顔してるのを見てると逆に笑っちゃいますけどね。

―すごい真顔でファッツ・ウォーラー(1920年代ニューヨークで流行したハーレムピアノを代表するピアノニスト)の被り物して演奏していますよね。どこまで本気でどこまで冗談なのかなと思っていました。

スガ:いや、あれはどう考えても冗談でしょ、あんなの真面目にやる人いないですよ(笑)。

スガダイロー

―ニューヨークの公演ではお互いどのようなやりとりがあったのでしょうか?

スガ:あっちが「ニューヨークではあたり前なんだけど」みたいに思ってることもこっちは知らなかったりするわけだよね。ただ、音楽だから音を聴いてれば、伝わるものはあります。一応、向こうがソロを取り終わったら、こっちがソロなんだ、とかは何となくあった。

「これってやっぱジャズだな、順番なんだ」みたいなね。最近の日本のフリージャズやインプロ界はソロ回しとかそういうのなくて、ずっと同時にやっているのが流行ってたから、ソロ回しは懐かしい感じがしたね。

―「即興対決」という体で、ソロ回しするのはいいですね。

スガ:そうそう、「あれ、伴奏してる?」みたいな。最後はジェイソンがあばれて終わった(笑)。結構弾きまくっていて、すごかったよ。最後は怒号だったね。

スガダイロー

―ジェイソンはコンセプチュアルな人でもあるから最後にめちゃくちゃやって終わるというのは、めったに見れない貴重な機会だったと思います。日本でも楽しみですね。ダイローさんはいつも通りでしたか?

スガ:客観的にはわからないな。でも、意外とその時の気持ちは、結構冷静だった。演奏を聴き直したけど、結構よかったかな。ジェイソンともいい感じで混ざりあっていて。

―音楽的に会話をしている感じがあったということですね。

スガ:距離感もいい感じでしたね、近づきすぎず、離れすぎない。ジェイソンと俺は良い距離ですよ。やっぱりその距離感を保てるのが一番面白いですね。

イベント情報
『スガダイローとJASON MORANと東京と京都』

2017年4月11日(火)
会場:東京都 青山一丁目 草月ホール
出演:
スガダイロー
ジェイソン・モラン
ゲスト:田中泯
料金:前売7,000円 当日8,000円

2017年4月15日(土)
会場:京都府 ロームシアター京都 ノースホール
出演:
スガダイロー
ジェイソン・モラン
ゲスト:鈴木ヒラク
料金:
前売 自由席5,800円 立見席4,500円
当日 自由席6,500円 立見席5,300円
学生立見3,500円

『JASON MORAN SOLO PIANO @HIROSHIMA CLUB QUATTRO』

2017年4月13日(木)
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO
出演:ジェイソン・モラン
料金:前売5,800円 当日6,500円(共にドリンク別)

プロフィール
スガダイロー
スガダイロー

ピアニスト・作曲家。1974年生まれ。神奈川県鎌倉育ち。洗足学園ジャズコースで山下洋輔に師事、同校卒業後米バークリー音楽大学に留学。田中泯や飴屋法水など共演を重ねる。2012年、志人(降神)との共作アルバム『詩種』、2013年星野源「地獄でなぜ悪い」参加、後藤まりこ「m@u」参加、2014年「山下洋輔×スガダイロー」、2015年ソロ作品集「Suga Dairo Solo Piano at Velvetsun」、2016年9月、夢枕獏とのダブルネームで制作されたBOOK+CD作品「蝉丸-陰陽師の音-」を発表するなど精力的にリリースを重ねる。2015年、サントリーホール主催ツィンマーマン「ある若き詩人のためのレクイエム(日本初演)」にスガダイロー・カルテットを率いて参加。2015、2016年KAAT神奈川芸術劇場にて白井晃演出「舞台 ペール・ギュント」「舞台 マハゴニー市の興亡」の音楽監督を担当。水戸芸術館にて2016年10月~2017年7月「スガダイローPROJECT(全3回)」を行う。



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