思い出してみて欲しい。小学生の頃、「団地の契約が満了になったという理由で、転校していった友達」はいなかっただろうか。僕にはいた。団地の前の公園で野球をし、バッタを採り、秘密基地を作り(今考えれば団地から丸見えだったが)、友達のお母さんの「ごはんだから早く戻ってきなさいー、あっ、たけだくん、どーも」という団地の小窓からの合図で、彼は団地に戻り僕はアパートへ戻る。その友達が、団地の契約が満了になったという理由でまったく別の土地へ転居していった。小学生だから、何で居なくなっちゃうのか分からない。「団地を出なきゃいけなくなったんだ」という会話を覚えてはいるのだが、当時は、あれ、嫌われちゃったのかな、なんて思うわけである。或いは、ビンボーになって住めなくなっちゃったんじゃないかと余計な心配をしたり。
野球が大好きだったから、高く投げたボールを団地の壁面に当てて、返ってくるボールを取るなんていうオリジナルのフライ練習を2人でやっていた。ひたすら。取り損ねると、バウンドしたボールが車のボンネットに当たって怒られる。だから、必死に真剣に無言でひたすら投げて取ってを繰り返す。明日か明後日かに引っ越すという時期になってもそんな遊びを普通にやっていた。もう会わないと分かっているのに、最後まで普通。「じゃあね」も普通。「おう、んじゃ」も普通。でももう会うのは最後なのだ。「ちゃんとお別れ言ってきた?」と親に聞かれ「うん」と答える。ファミコンをやっていい時間が限られていて、どうしてもやりたい僕は、野球ゲームのソフトをお尻に隠して持ち出し、彼の家で思う存分やらせてもらっていた。巨人好きの彼と西武好きの僕は分かりやすい試合をする。クロマティにホームランを打たれたくない僕はワザとデッドボールにしたし、秋山・清原・デストラーデというこちらのクリーンナップに、彼は同じ仕打ちをしてきた。その野球のソフトをしばらく学習机の上に置いて、また一緒に遊びてぇなとグツグツ煮込んでいたのを思い出す。それでも、親に「新しいお家に遊びに行く?」と言われれば、「いや、また今度」と答えてしまうのだった。恥ずかしかったらしい。
団地が今、ブームである。団地本が何種類か出ては、団地を愛でるファンが実際に足を運んではあれこれ評論しているのだから団地も不思議な役割を担ったものである。何故「団地」なのか。「団地」と聞いて雪崩のように記憶を書き留めてしまった自分のように、それぞれの記憶に団地がどこかでリンクしているからに違いない。「AERA」をめくっていたら「団地は日本の聖地だ」という特集タイトルが踊っていた。高度経済成長期の良きサンプルとされた団地住まいの「適正家族」は、今やレトロな思い出の中にある。しかし、20代にとっての団地とは、自分がそうであったように、団地信仰の終息期・転換期にあったのではないかと今になって思う。友達は団地からいなくなり、団地はマンションになった。僕は東京都下に住んでいたのだが、その友達家族は埼玉の一軒家に引っ越していった。いわゆるドーナツ化現象の微動だったのかもしれない。今ごろ、「今ごろ、どうしてんだろう」と思った。 |