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少し前に、あるレコードショップの店員の対応が丁寧すぎる、と書いた。同様の、いや、それ以上の案件として、「Tポイントカードはお持ちですか?」という問いかけのうっとうしさよ。いいえ、私は持っていない、と何度お伝えしてきたことだろう。今年を振り返るべき時節にあるが、年間を通してやってきたことはなんですかと誰かから問われたら、ごはん、とか、おなら、とか、うんち、と同様のレベルで、「Tポイントカードの所持を問われ、断る」が入ってきそうだ。ひたすら、懸命に、Tポイントカードの使用を断り続けてきた。「お持ちですか?」と最後まで言わせやしない。「ティーポイ…」くらいで、首を激しく横に振る。早まりすぎて「砂糖とミルクは1つずつでよろしかったでしょうか」と続くところを即断で切ってしまい、望まぬブラックコーヒーを飲むことすらあった。
実はTポイントカードを持っている。財布の中におさまっている。ポイントを貯めたことがないから、あのポイントを貯めた後に何ができるのか一切知らないが、それによってできることと、財布からカードを取り出してピッと打ってもらい返却されるその一連の動作を天秤にかけて、後者を拒否することを優先してきたわけだ。「先週、Tポイントカードでハワイ行ってきた〜」という会話を知らない。「これ、Tポイントで貰ったカレーパンだからおひとつどうぞ」という会話も知らない。わざわざ出してまで、もらうべきポイントなのか。Tポイントが定着する以前、Tポイントカードは、欲しい人が出すものだった。しかし、みなさんが出しすぎるものだから、出さないことがイレギュラーになった。こちらの考え方は何も変わっていないのに、世の中が変わった。「えっ、何で出さないの」という風潮。いつからそんなに上から目線になったのだ、慎ましくモジモジしていたことを私はまだ覚えているぞ、Tポイントカードよ。
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と書いてみて、「上から目線」について思うことを少々。上から目線、がいいとは思わないけれど、「それって上から目線だよね」としたり顔で分析するよりはマシだ。立場とつり合わない、立場より上回る言い様を続ける誰かがいて、その場を落ち着いて俯瞰してあれってどうよと誰かを指差す誰かがいる。この状況において、身の安全が確保されているのは絶対的に後者だ。前者は、その存在に気付いていない可能性があったとしても、それなりに相手の視線や態度が直接に振りかかってくるだけ、野に晒されてはいる。後者はぬくぬく暖房のかかった密室にいる。上から目線、のイメージって、腕を組んでああだこうだ言いつける様子。でも、「上から目線だよね」と断じる側のほうが、明らかに腕を組んでモノを言っているのではないか。ということを、最近、特に思う。
「あいつ、変わっちゃったよね」にも同じような違和感がある。変わらないほうがいいと思うけれど、変わることは悪いことではない。むしろ、「変わっちゃったよね」という俯瞰に立ち会うほうが不快だ。みてみて、私のこの冷静さ、視野の広さ、という場面。何だ、それ。共有してよ、ヨロシク、という懇願。もちろん、頷きはしない。となれば、「えー、ノリが悪い」となったりする。どこからの目線であろうが、どんな変化であろうが、それをよっこらせと背負えるのであれば、どうぞご自由におやりなさい、でいい。俯瞰するほうが、胸くそ悪い。俯瞰して、その俯瞰を共有させるスタイル、いろいろと巻き添えにしたくせに入り口と結論は絶対に貴方自身で決めている議論ってのがもっとも生産性に欠けるんだよなあと思う師走。
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