現地に住む人が知る、ニューヨークのアートシーンの現状とガイド

私の通っていた中学校では、どの部活も「相対的に」弱かった。

というのも、学区の中で飛び抜けて生徒数が少ない中学だったので、野球部は5人しかいないし、サッカー部も6人しかいない。そんな状況なので、チームを組むには昨日入部した1年生でも頭数に入れなきゃいけない。同じ学区内のマンモス校ではその5倍は部員数がいるのだから、そりゃあ強いに決まってる。運動部はいつも負け戦に挑んでいたし、それ故にプライドも低くて牧歌的だった。

生徒数が少ないというのは、どうにもならない。中学校の校区内にタワーマンションを建てるくらいしか解決策が思いつかない……ということは、生徒側の努力ではマジでどうにもならないのだ。

その世界で熾烈なトップ争いに参加したければ、プレイヤーの母数が多い場所に身を置くほうがずっと有利だ。強いチームで野球をやりたいという理由で、「弱小野球部」を卒業後、大阪から東北の高校に進学したクラスメイトの男子もいたっけな。

──アーティストをやっている夫とニューヨークに越して来て、ニューヨークのアートシーンに触れる度、そんな中学時代の記憶がふと蘇った。

私は京都の芸大に通い、卒業後は東京でこのカルチャーメディアCINRA.NETを運営する会社に3年間勤めていた。10代の頃からずっとアートや芸術と呼ばれるものの近くで過ごしてきて、そのダイナミズムも人一倍味わってきたつもりではあるのだが、ニューヨークという大都会を前に「あぁ、ここはなんたるマンモス校よ……」と、生徒数ならぬ、アーティスト数の多さ、規模の大きさにひっくり返ってしまうのだった。

さて。この原稿では、10月12、13日に新宿のルミネゼロで開催されるアートイベント『LUMINE ART FAIR -My First collection-』にニューヨーク産のアートが運び込まれることにかこつけて「ニューヨークのアートシーン」について伝えていかねばならない。しかし、相手はマンモスなのだ。

私が目にした景色を断片的に伝えていきたいのだけれど、どうかそれだけでニューヨークのアートシーンなるものを判断せず、ほんの「見出し」だと思って読んで欲しい。そして気になる「見出し」が見つかれば、その後はぜひそれぞれにGoogleやInstagramを駆使しつつ、深みへと進んでいただきたい。

それでは、人種と欲望と叫びと遊び、そして巨大資本とイリーガルなカウンターカルチャーが闇鍋のごとく入り乱れるニューヨークのアートシーンについて、駆け足で触れていこう。

ジェフ・クーンズやKAWS、世界のトップアーティストたちのスタジオ

美術館で個展を開催するような名だたるアーティストの多くは、郊外に大きなアトリエを構える。そのほうが制作に集中できるし、巨大な作品を作るスペースも確保しやすい。しかしニューヨークという大都会のど真ん中に、広大なスタジオを構えるアーティストもいるのだ。

ジェフ・クーンズ『Seated Ballerina』(撮影:AKI INOMATA)

存命アーティスト最高落札額を誇るアメリカ生まれのアーティスト、ジェフ・クーンズ。最近多くの従業員を解雇したらしいのだが、それでも彼のスタジオは、マンハッタンの最もホット(かつ拝金的)なエリアであるハドソンヤードの大きなビル2フロアを貸し切って作られている。

Vessel

この巨大すぎる建造物・VesselをSNSか何かで目にしたことがある人も多いかもしれないが、イギリスのトーマス・ヘザーウィックによるこの作品も、ジェフ・クーンズのスタジオとご近所さんだ。

他にも、パフォーミングアーツのために作られた近未来のサーカステントのようなThe Shedや、ザハ・ハディドの手掛けたコンドミニアムなど、同エリアには個性豊かな大物建築が建ち並ぶ。アメリカ資本主義の総本山(2019年ver)を拝みたければ、ハドソンヤードへの参拝がお勧めだ。

The Shed
ザハ・ハディドの手掛けたコンドミニアム

一方、「今最もヒップなエリア」として雑誌に紹介されることも多いブルックリンのウィリアムズバーグには、同じく「今最も旬なアーティスト」として紹介されるアメリカ人アーティスト、KAWSのスタジオが誕生した。内装を手掛けたのは建築家の片山正通だ。

KAWSは、カニエ・ウェストやDiorやユニクロ、そして世界中の美術館からも一身にラブコールを受ける時代の寵児。そんな彼を育んだのはアートの世界というよりも、ヒップホップやディズニーアニメーションなどのポップカルチャーだ。

ニューヨークで出会うアーティストたちと食事をしていて「尊敬するアーティストは?」という話になれば、真っ先に彼の名前が挙がる。アート、ファッション、ストリートカルチャーを身軽に超越するKAWSの生き様を尊敬するアーティストは数知れず、彼が切り拓いた道を歩くフォロワーの多さはそのまま、KAWSという現象が美術史に与える衝撃の大きさにもなる。

ニューヨークには、アート産業に関わる人だって沢山いる。とあるホームパーティーで出会ったアメリカ人の女性があまりにも流暢に日本語を話すので「どうしてそんなに上手なの?」と尋ねたら「だって、私のボスが日本人だから!」と答えた。

彼女の勤務先は、ロングアイランドシティにあるKaikai Kikiのニューヨークオフィスらしい。ボスというのは言うまでもなく、村上隆だ。

ソーホー、ダンボ、ブッシュウィック……移り変わるカウンターカルチャーの中心地

ジェフ・クーンズにKAWS、村上隆……そんな「大物」たちが闊歩している街でもあるが、同時に、ありとあらゆるアパートの一室で、大小様々な作品な作品が日夜制作されているのもニューヨークだ。

新しいカルチャーの産声がするアンダーグラウンドな世界を覗けば、法律スレスレ、むしろ違法であることも少なくはない。

自由を失いつつある自由の国で、ニューヨークには、それでも自由でありたい人たちが僅かな希望を頼りに集まってくる。もっとも、アメリカに3か月以上住むには非常に取得難易度の高いビザを得てから入国しなければならないが、ニューヨークにはビザを持たない不法滞在者も少なくない。

不法滞在者が多い理由のひとつとして、ニューヨークはサンクチュアリシティ(聖域都市)であり、サンフランシスコやシカゴ同様、不法移民に手厚い保護の手を差し伸べているのだ(もちろん不法滞在は褒められたことではないし、一度でも不法滞在をした者に課されるペナルティはとても重い)。

移民の国であるアメリカの、自由の象徴でもあるニューヨーク。自由の女神の下にはこんな詩が添えられているのをご存知だろうか。

疲れ果て、
貧しさにあえぎ、
自由の息吹を求める群衆を、
私に与えたまえ。

人生の高波に揉まれ、拒まれ続ける哀れな人々を。

戻る祖国なく、
動乱に弄ばれた人々を、
私のもとに送りたまえ。

私は希望の灯を掲げて照らそう、
自由の国はここなのだと。

──1888年 / エマ・ラザラス
(意訳:青山沙羅 / 「世界遺産「自由の女神」に刻まれた、心に残る名詩」より引用)

ジェフ・クーンズが拠点を置くハドソンヤードのように、富裕層が集まる街……という側面も色も濃いニューヨークだが、「持たざる者たち」のエネルギーが集まるエリアこそ、ニューヨークをニューヨークたらしめていると言ってもいいだろう。

ニューヨーク生まれのアーティスト、ステファン・パラディーノがこう話してくれた。

「昔は、マンハッタンのソーホーは荒廃した工場ばかりで物価が安かったんだ。それだけの理由で、若いアーティストが集まっていた。でも工場の屋上なんかでオープニングレセプションとかをやっていると、次第にお医者さんの奥さんで日曜画家の人なんかもやって来るだろう。そうした富裕層が増えて、賃料が上がっちゃったんだ。だからアーティストは川を渡って、ブルックリンに移動した。そこでも同じことが起きたけどね」

ステファン・パラディーノ。マンハッタンにある自宅兼アトリエにて、取材をする機会を得た(撮影:剣持悠大)

マンハッタンのソーホーと言えば、今となっては最旬トレンドの集まるショッピング街だ。ファッション系YouTubeスターが紹介する「ニューヨーク」といえば十中八九ソーホーのことで、ソーホーの街角でぶつかりそうになるのは、インフルエンサーの女性とカメラを抱えた男性……といったペアばかり。

そうして富裕層に棲家を奪われたアーティストたちは、賃料の安い東へ、東へと移動する。マンハッタンのロウアー・イーストサイド、そして川を超えてブルックリンのダンボへ。次第にそこもまた「アーティスティックな街」として評判が上がり、そして賃料も上がってしまった。

ブルックリンのダンボエリア

そして今は、ほんの数年前まで「治安が悪いから立ち入るな」とされていたブルックリンの奥にあるブッシュウィックが、多くのアーティストたちの棲家となっている。気鋭のギャラリーも増えて盛り上がりを見せているが、マリファナ臭が苦手であれば長居しづらいエリアかもしれない。

ただやっぱり、「合法的でお利口」な場所から、新しいカルチャーは生まれにくい。

ブッシュウィックから生まれる新たなアートフェア

2019年現在、ブッシュウィックのアートシーンに触れたいのであれば、まずはThe BogArtに訪れてみるのがいいだろう。ここは東京で言うところの3331 Arts Chiyodaのような場所で、小さなギャラリーが大きな建物内に密集しているため、界隈の案内所的な役割も果たしてくれる。

The BogArtにて

また、2019年5月にブッシュウィックで開催された気鋭のアートフェア『Object & Thing』は、初開催にも関わらずアートファンからの話題を見事にかっさらった。

ニューヨークで開催されるアートフェアとして有名なのは、春に開催される『The Art Show』『The Armory Show』『Volta NY』『Scope』、そして『Frieze New York』などだ。世界屈指のギャラリーやアートコレクターたちがニューヨークに集結し、大御所から注目の新人まで、数多のアートが売買される。春のニューヨークは忙しい。

『Frieze New York 2019』の会場にて。(上)クリス・オフィリ(下)草間彌生

しかし12月には、マイナス20度を記録するほどの極寒の日々が続くことも珍しくはなく、大雪により交通網もマヒしてしまうため、どこもかしこも閉店モードだ。

そんな時期、ニューヨークのアート関係者たちはまるで渡り鳥のごとくマイアミに南下し、青いビーチと青い空のもとで『Art Basel Miami Beach』に参加している。

……という塩梅で、ニューヨークのアート市場は、閑散期も含めて成熟しきっているようにも思う。というか、成熟しすぎたのかもしれない。

ブッシュウィックを開催地とした『Object & Thing』は、これまでのアートフェアとは、方向性も客層も明らかに違っていた。

そこではアートのみならず、アーティストによって作られた椅子や花瓶なども自由に販売された。これまでアートマーケットでは「格下」に扱われがちでもあった、機能性を伴う作品の価値を高めていく姿勢は、まるで1880年代のアーツ・アンド・クラフツ運動の再来を思わせる。

アーツ・アンド・クラフツ運動は産業革命時代の低品質な量産品へのアンチテーゼとして生まれたものだけれども、『Object & Things』は「成熟し、敷居の高くなったアート市場」へのアンチテーゼだとも受け取れる。

『Object & Thing』にて販売された作品のひとつ

また出展費用の高すぎる有名アートフェアとは異なり、成果報酬型の仕組みを採用したことも評判を高めた。世界中のエネルギッシュなアートギャラリーが「これならば!」と参加したのだ。

公式Instagramには「2020年の開催日程は、まもなくお知らせします!」と記載があり、私含め、多くのフォロワーが次回開催のアナウンスを楽しみにしている。

「手頃な値段」で買い支える。アートマーケットの裾野の広さ

ニューヨークには、トップアーティストたちの世界でも、カウンターカルチャーの世界でもない、より庶民的なアートマーケットだって存在する。

マンハッタンの中程にあるイベント会場では、例年秋になると『Affordable Art Fair(=手頃な価格のアートフェア)』という催しがあり、会場にはいかにもアパートの壁に飾りやすそうなアート作品がずらりと並んでいた。どの作品も価格がわかりやすく添えられていて、気になるお値段は5万円から25万円相当。良さげな作品は見事に全部売れていた。

来場しているのはいかにも「現代アート好き!」というような装いの人たちでもなく、ややコンサバなカップルや初老の夫婦ら。そうした人たちが、著名な作家のリーズナブルなプリント作品などではなく、同時代を生きるアーティストたちの作品を買い支えているのだ。

ニューヨークには、世界屈伸のトップアーティストたちの世界もあるが、同時に敷居の低いアート市場への入口もある。

「これこそ、日本ではなかなか見られない光景かもしれない!」と思っていたのだけれど、先述した『LUMINE ART FAIR』でも、「アフォーダブルエリア」と題して、5万円以下の作品を揃えたエリアが出現するそうだ。

チェルシーのトップギャラリーと、ダイバーシティ促進の流れ

世界一のギャラリー街、チェルシーのことを書くのが後手に回ってしまった。本来、ニューヨークにおけるアート巡りの本命コースといえば、チェルシーだ。

PerrotinやGagosianなどの超有名ギャラリーが、まるで美術館のような広大な展示スペースを携え、スケールの大きな作品を世に送り出している。入場料はもちろん無料。こうした世界最高峰のギャラリー街へ日常的に足を運べるニューヨークの美大生を見ると、心底羨ましくもなってしまう。

Gagosian Galleryにて。メアリー・ウェザーフォードの作品

そんなチェルシーのギャラリー街でも、最近はもっぱらダイバーシティ的なキュレーションを目の当たりにすることが多い。

ダイバーシティとは、多様な人種、人材を積極的に採用しようという取り組みだが、これまで人種差別や職業選択の不自由が強烈に存在していたアメリカ社会だからこそ、この動きは「義務」とも思われるレベルで広がっている。特にニューヨークにおいては顕著だ。

たとえばウォール街では、重要ポストに実力ある黒人、女性、アジア人といった、これまでマイノリティとされていた人たちを積極採用する決まりが出来上がっている。ファッションシーンでも、『NYFW』でランウェイを歩く、様々な体型、様々な肌色を持ったチャーミングなモデルたちが目立つ。いわゆる「モデル体型」と言われるモデルだけのショーは、もはや時代遅れなのだ。

そしてチェルシーのギャラリー街や、多くの美術館では、性的マイノリティのアーティストや、アフリカや紛争地帯出身のアーティストによる、メッセージ性の強い作品が多く展示されている。

深く胸を打つ取り組みがある一方で、正直「建前」だけのダイバーシティブランディングも少なくはない。しかしそうした流れも、時代がいい方向に進んでいく過程の一貫であると信じたい。

大型インスタレーション作品専門施設の登場

加えて、チェルシーで今最も話題の的になっているのは、Pace Galleryの劇的リニューアル案件だ。

ニューヨーク、サンフランシスコ、ロンドン、ジュネーヴ、香港、ソウルにギャラリーを展開しているPaceだが、2019年9月にチェルシーの本社ビルを、8階建ての超大型展示空間としてどでかくリニューアルオープンさせたのだ。うち5フロアは展示スペースで、5つの展覧会が同時にスタートした。

「Future Pace」という、チームラボなどの大型インスタレーション作品を中心とした作家を取り扱うレーベルもある同ギャラリーだけに、6階は屋外展示空間に、最上階はライブパフォーマンスも出来るインスタレーション用のスペースとして設計されている。

Pace Gallery最上階のライブも出来るスペース

コレクターに向けて作品を販売する……というアートマーケットの標準的な形態に加えて、大手商業ビルや行政相手にパブリックアートを提案するビジネスモデルを加速させる様子は、名実ともに「Future Pace」といったところだ。

また、同じくチェルシーに最近誕生したARTECHOUSE NYCでも、テクノロジーアートの大型インスタレーション空間が広がる。オープンするやいなや、ニューヨークに大勢いるインスタグラマーが作品を撮影・拡散し、ホットスポットになっている。

ARTECHOUSE NYCにて。レフィク・アナドルによる作品

異国で生きる、外国人としてのアイデンティティ

各国から大集合した「美大生」たちの存在だって見過ごせない。

パーソンズ美術大学にて

ニューヨークには、ファッションで有名なパーソンズ美術大学を筆頭に、大小様々な美大、専門学校がある。さらには世界各国のアーティストが一定期間滞在し、作品を制作するアーティスト・イン・レジデンスの施設も数多。

アートやテクノロジーを学ぶオルタナティブスクール、SFPC(撮影:Tiri Kananuruk)

卒業シーズンになればあらゆる学校やレジデンス施設で卒業制作展が開催されるのだが、そこで目にする作品に、とある傾向が強すぎて驚いた。というのも、「中国風」の作品の多いこと!

それもそのはず。ニューヨークの美大に我が子を送り込む……なんていうのは、言うまでもなく莫大な留学費用がかかる。奨学金制度を駆使したり、自腹で貯めたお金で留学する苦学生ももちろんいるが、やはり家庭の経済環境、ひいては国家の経済状況が如実に留学生の数と見事に比例しているのだ。その結果、パーソンズなどでは教室の半分が中国出身者になることも珍しくはないらしい。

また、これは完全に私自身の体験でもあるのだが、アメリカで過ごしていると、食事のマナーにしても、レディーファースト的振る舞いにしても、慣れない所作を求められるが故に毎日小さくミスをやらかしてしまう。そうした小さな瞬間に、少しずつ「外国人であること」を噛み締めているのだ。

我々アジア人はマイノリティー側であり、西洋と東洋に世界を分けるとすれば「異世界」側出身の東洋人なのだ。

離れてみたからこそ滲み出てくる母国の慣習が「中国人である」「日本人である」「東洋人である」といった強烈なアイデンティティとして掲げられやすくもなるのだ。

各国の伝統文化やローカルカルチャーに回帰したようなアートやファッションが咲き乱れる様子は、どの卒業制作展でも目にすることが出来るだろう。美大の卒展はさながら小さな万国博覧会(ただし中国パビリオンが多め)といったところだ。

国ごとのアーティストコミュニティ

そうした、自国文化に回帰するような意識が高い人も、低い人でも、ニューヨークに越してきた外国人たちの多くは、同じ国の出身者たちとゆるやかなコミュニティを形成していることが多い。フリーランスであるアーティストたちにとっては尚更、食べ物や病院、学校、税金、ビザなどの情報交換をするためにも、コミュニティは有益に働く。

「せっかくアメリカに来たのだから、母国の人とは距離を起きたい!」という単独行動を厳守する人ももちろん多いが、異国で勝負する孤独なアーティストたちにとって、ときに母国語で深く語り合える仲間がいる安心感というのは、想像に難くないだろう。

また、コミュニティの中でひとり成功者が生まれると、同じ国の出身者たちは後に続きやすくなる。

メキシコ出身、ブルックリン在住のリカルド・ゴンザレスは、AppleやNikeのグラフィックデザインも手掛ける注目のアーティストだ。Instagramのフォロワーは17万人を超えるが、その基盤はストリートにあり、ニューヨークの街中で彼のウォールアートを目にする機会も多い。

リカルド・ゴンザレスが描いたウォールアート(撮影:剣持悠大)

そんな彼も、先にニューヨークで活躍していたアーティストの先輩から、アメリカに住むためのビザの取得方法や、世界的に活躍するストリートアーティストのためのエージェントの存在を聞き、その情報があったからこそメキシコを出てニューヨークにやって来れたと言う。

「今注目のアーティストは?」とリカルドに尋ねると、リカルドは次々と友人のことを教えてくれた。

フォトグラファーのLuis Lucio、アーティストのPazzi、イラストレーターのShepard Fairey、ミュージシャンのMauricio Martínez、建築家のLeonardo Garza、アートディレクターのElea、そして実の弟でありライターのエイドリアン・ゴンザレスら。

そうして教えてもらったアーティストのことを調べてみると、彼ら彼女らのルーツもほぼメキシコ。リカルドのように表に出ることの多いアーティストが、コミュニティ内の他のアーティストもどんどん外に紹介していくのだ。

リカルド・ゴンザレス。10月12、13日開催『LUMINE ART FAIR -My First collection-』では、彼の作品も展示・販売され、ライブペインティングも実施される(撮影:剣持悠大)

これはジャズの世界の話だが、日本人で初めてニューヨークのBLUE NOTEと契約したトランペッターの黒田卓也も、日本人のジャズミュージシャンたちを積極的にフックアップしている。

ブルックリン在住の日本人アーティスト・山口歴も同じく、コミュニティへの還元意識が強い。彼はISSEI MIYAKEやユニクロともコラボレーションし、作品は常にオーダー待ちでいっぱいの売れっ子なのだが、自身の飛躍を支えた弟子を送り出す際に、関係性の深いメディアに弟子のことまできっちり紹介していた。

仲間を家族のように大切にし、成功を自分だけのものにせず、コミュニティにも利益を還元する。ニューヨークで闘う外国人アーティストたちの愛に溢れた生態系も、この街を語る上では欠かせない。

ペインターたちのシェアスタジオと、アナログで描かれる企業広告

ニューヨークでは「職業:ペインター」という人たちがしっかりとコミュニティを形成していることにも驚かされた。

ニューヨークを拠点とする数多のペインターたちは、共同アトリエを持ち、オンラインではFacebookグループなどで繋がりながら、絵が描ける壁の情報や、機材をシェアしたり、企業からの壁画オファーを回したりしている。

シェアスタジオ

言われてみれば、壁に絵の具やスプレーで描かれている企業広告の多いこと! 緻密に絵の具で描かれているものの、頻繁に塗り替えられる運命の壁面広告がなんだかとても愛おしくなり、気に入ったものがあればいつも「消えちゃう前に……」と写真を撮ったりもしている。

やっぱり駆け足では語れない、ニューヨークの現象

──ここまで!

駆け足で触れていこうと始めたものの、やっぱり長くなってしまった。1万文字だ。いやしかし、まだまだ伝えられていない側面は山程ある。

美術館ながら新人発掘に力を入れているNEW MUSEUMやMoMA PS1、郊外ならではの贅沢な会場構成で作品を展示するDia:Beacon、「おしゃれコミケ」と言われるほど熱気と人口密度の高い『New York Art Book Fair』、そしてメトロポリタン美術館での豪華絢爛なファッションの祭典『MET GALA』、そしてニューヨーク発祥のグラフィティカルチャー……他にもまだまだ、注目すべきスポットやイベントは列挙にいとまがない。

定番ではあるが、ホイットニー美術館も面白いし、少し遠方ではあるがイサム・ノグチ美術館も外せない。あぁ、なんと肉厚なマンモス校……。

こうしたニューヨークのアートシーンにおける、圧倒的な数と層の厚さを目の当たりにして私は、「強豪校の部活の如し!」と、中学時代を思い出してしまったのである。

ただ、強豪校でスタメンの席を手に入れるのが難しいように、ニューヨークでアーティストとして成功することも難しい。物価は高く、競争は激しく、毎週末のように「さよならパーティー」が開かれては、アーティストの卵たちが国に帰っていく。主な理由はビザの期限切れか、資金の枯渇、もしくは気忙しすぎる競争社会との決別などだ。

それでもまた、毎日新たなアーティストたちが、ニューヨークでの成功を夢見て各国からやって来る。ニューヨーク生まれのアーティスト、ステファン・パラディーノはこう語る。

「僕はラッキーだと思う。だってニューヨークで生まれたからさ。といってもブロンクスだけどね。外から来る人たちは、タフなこの街についていけないことが多いんだ。みんなおかしくなっちゃう。僕も大変なのはみんなと同じだけれども、地元だからな……。ここで闘っているというよりも、make out with NYC(ニューヨークといちゃついてる)って感じだよ」

ステファン・パラディーノと友人のアーティスト。マンハッタンのロウアー・イーストサイドにて(撮影:剣持悠大)

小さな物語が毎日生まれているニューヨーク。無数のコミュニティがあり、エリアごとの歴史があり、そしてそれが今日も更新されていく。

しかし鑑賞者側としては、好みのエリアに辿り着くのも一苦労だ。

私も初めてニューヨークに来たときは、この複雑な階層やコミュニティの構造がさっぱりわからず、とりあえずメトロポリタン美術館に行き、とりあえずセントラルパークで夕涼み、とりあえず有名なハンバーガーショップに行くだけで終わってしまった。そうして「ニューヨーク、なんか思ってたより普通やな」と早合点してしまったのである。

しかし細い道に入れば入るほど、ニューヨークは面白い。ひとつ面白い現象を見つければ、芋づる式に出てくる出てくる。だからニューヨークが好きな人は、往復24時間かけてでも、何度もこの街に来てしまうのだろう。

ただ、今の時代のいいところは、気になるアーティストがひとり見つかれば、日本からでもInstagramである程度情報をキャッチアップすることが出来るところだ。

会社経営者でアートコレクターの知人は、東京在住ながらも、ブルックリン在住の作家たちのInstagramをフォローし、日夜血眼になり動向を見張っている。そうすれば、オンラインで作品をオーダーしたり、アーティストたちとDMで交流したり、まだ世の中には知られていない新人のアーティストにも出会えたりするからだ。

今回の『LUMINE ART FAIR -My First collection-』という催しは、ニューヨーク在住のギャラリスト・戸塚憲太郎がフェアディレクターを務め、厳選した3人のニューヨーク在住アーティストを招致している。

記事の中でも登場した、ニューヨーク生まれのアーティスト・ステファン・パラディーノ。彼はどこか特定のコミュニティに所属するというよりも、父の影響である古き良きアメリカらしさを心の中で大切にし、歌うように作品を生み出していく。

ステファン・パラディーノと、彼の作品。10月12、13日開催『LUMINE ART FAIR -My First collection-』では、彼の作品が展示・販売され、ライブペインティングも実施される(撮影:剣持悠大)

そして、度々登場したメキシコ出身のアーティスト、リカルド・ゴンザレスに加えて、強烈な個性を発揮する存在として、シャンテル・マーティンの作品も見逃せない。

シャンテル・マーティンの作品。『LUMINE ART FAIR -My First collection-』開催当日、彼女も在廊する予定

3人共に、特色も、所属するコミュニティも全く異なるところが、ニューヨークらしい層の厚さを端的に表しているなと思う。

もし好きなアーティストが見つかれば、それがあなたにとっての「複雑なニューヨークのアートシーン」への入り口となるだろう。

イベント情報
『LUMINE ART FAIR -My First collection-』

5万円以下の作品を紹介する「アフォーダブルエリア」、ニューヨークで活躍する若手アーティストの作品を集めた「From New Yorkエリア」、国内有数の11のギャラリーがおすすめ作品をセレクトする「ギャラリーセレクトエリア」の3つのエリアに会場を区分し、アート作品の展示・販売を行う。そのほか、トークショーやライブペインティングの実施や、アートの購入方法や飾り方のアドバイスをしてくれるアートコンシェルジュサービスも。

2019年10月12日(土)11時~19時、10月13日(日)11時~18時
会場:
LUMINE 0(ルミネゼロ)NEWoMan SHINJUKU 5F
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷5丁目24‐55

料金:無料
出展ギャラリー:
hpgrp GALLERY TOKYO
TOMIO KOYAMA GALLERY
GALLERY KOGURE
EINSTEIN STUDIO
HARMAS GALLERY
s+arts
EUKARYOTE
LAD Gallery
KOMIYAMA TOKYO
Röntgenwerke AG
TEZUKAYAMA GALLERY
※台風19号の影響により、10月12日の開催は中止になりました。10月13日は開催を予定していますが、天候の状況および公共交通機関の運行状況により変更になる可能性もあるとのこと。(2019/10/11追記)

プロフィール
塩谷舞 (しおたに まい)

オピニオンメディアmilieu編集長・文筆家。大阪とニューヨークの二拠点生活中。1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊、展覧会のキュレーションやメディア運営を行う。2012年CINRA入社、2015年から独立。



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