ポップミュージックという脆くて危うい綱の上に立った、ひとりの男

ここに届いた『Ryo Hamamoto & The Wetland』を聴き、筆者は勢い「日本のボン・イヴェール」と評した。もちろん、それには明確な理由がある。音作りや指向性に重なるところがないわけではない。グラミー賞受賞でますます評価が高まるボン・イヴェールことジャスティン・ヴァーノンもRyo Hamamotoも生楽器への執着を持ちつつエレクトロニクスにも柔軟に対応できるし、他アーティストとの共演やコラボレートが多いのも似ている点かもしれない。様々な意匠を施しても曲そのものが潔いまでにシンプルな構造になっているのも両者の魅力になっている。だが、それ以上に共通しているのは、ポップミュージックに向き合う姿勢と、歴史の中に自らを位置づけようとするその冷静な目線だ。

ジャスティン・ヴァーノンは、VOLCANO CHOIRの一員として来日した際、筆者との取材でこのように語った。「独自のクリエイティビティがあってこそだとは思うが、僕はアメリカの大衆音楽を受け継ぐささやかな存在でいたいとも思うんだ。アメリカは移民国家だけど、だからこそ多数の民族の血が混ざり合い、市井の人々の中から様々な音楽が生まれた。フォークもカントリーもそうだ。今は僕の音楽がそうした大衆音楽の歴史の中の一つになれればこんなに嬉しいことはないとも思うよ」。無論、イノベイティブでありたい。だが、同時に歴史をストップさせないためのバトンを受け取り次に繋げていこうとする意識もある。ボン・イヴェールとはそうしたアンビバレントな両者を成立させ、しかも商業的にも成功させた奇跡のひとつだ。

それととてもよく似た奇跡のようなものを、筆者はRyo Hamamotoのこの作品に感じている。特に筆者が驚かされたのは7曲目“雪の坂道”だ。音で表現できる限りの空間を捉えたような懐の深いメロディと叙情的なボーカルを、靄のかかったようなオブスキュアな音処理で土着的かつ幻想的に仕上げられたこのナンバーにこそ、あるいはRyo Hamamotoというアーティストの真意が込められているのではないかと思うほど、ここにはイノベイターしての挑戦と歴史の歯車になることをも厭わない、それどころか時にはミッションさえも自覚した大らかで厳しい目線がある。そしてそれは、最初は誰のためでもなく不意に歌い始めたアーティストが、次第に意識が開かれ使命感が宿るようになった過程を見ているようでもあるのだ。

だが、それだけではない。Ryo Hamamotoの作品はかくも雄弁に語る。ポップミュージックの歴史の歯車でいることをしかと自覚しつつも、そのスリルに浸って時には酔いしれることの醍醐味もまた素敵なことだ、と。時に感極まっているのではないかとさえ思える彼の歌から滲み出るセンチメントと言葉の片隅に甘さを含んだロマンティシズムは、結局のところポップミュージックがどうしようもなく感傷的な音楽であり、それゆえに脆弱で、それゆえに愛おしいということを伝えてもいる。作り手として新しい感覚を持っていたい、でも歴史の重みをも受け継ぎたい、しかしながら醒めてなんかいられない、衝動を抑えられない…。そんな一見目が粗くて危うい、でもしっかり繋がれた網の上に立っているのがRyo Hamamotoではないかと筆者は思う。



ところで、このアルバムのジャケットに刻まれた手書きの文字や書体、便器をそのまま写したブックレットのリアルな写真…これらを見てピンと来た人も多いことだろう。そう、Sebadohのルー・バーロウの特に90年代における一連の作品のアートワークだ。実際にRyo Hamamotoはルー・バーロウの影響をとても強く受けているというが、言われてみればルーもまた同じようなタイプのアーティストではある。80年代にいち早くベッドルームでレコーディングされたデモを作品化し、そこにジョニ・ミッチェルやニール・ヤングやブライアン・アダムスといった著名なアーティストのカバーまで収録していた事実。そして、Dinosaur Jr.やSebadoh、Folk Implosionのライブではエモーション丸出しにギターをかき鳴らす。革命性と使命感、快楽性を共存させたロッカーであるルーは確かにRyo Hamamotoのお手本になる存在だ。

そして大事なのは、自身のそうした開かれたスタンスをもってして、Ryo Hamamotoはこの東京のシーンの底上げに確実に一役買っているということだ。こういうアーティストだからこそシーンを明るく照らすことができるのだろう。日本のボン・イヴェール…いや、東京のRyo Hamamotoは、まさにこの作品の中に息づいている。

リリース情報
Ryo Hamamoto & The Wetland
『Ryo Hamamoto & The Wetland』

2012年3月7日発売
価格:2,000円(税込)
YOUTH-145

1. Dark Clouds Rushing By
2. Sleep Walker
3. 汗とシーツ
4. Sally Lee
5. Sweet Sweet Sweet
6. Short Piece No.3
7. 雪の坂道
8. Feathers
9. The Last Day At The Disco (For A Friend)

Ryo Hamamoto & the Wetland

近年は、ロックバンドmooolsのギタリストとしても活躍するシンガーソングライター浜本亮率いるトリオ。メンバーは浜本に加え、渡部牧人(Padok、ツチヤ二ボンド)、神谷洵平(赤い靴、月球、大橋トリオ)。2012年3月には、トリオ名義でのアルバム『Ryo Hamamoto & The Wetland』をリリース。mooolsで存分に披露している卓越したギター・テクニックはもちろん、滋味あふれる唄声、芳醇なメロディー、豊かなグルーヴなど、すべてが日本人離れした彼の才能が爆発した極上の1枚となった。



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Music
  • ポップミュージックという脆くて危うい綱の上に立った、ひとりの男

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて