カルト映画の巨匠、デヴィッド・リンチ自らが歌い演奏する「異形のラブソング集」

2011年、ソロ名義としては初となる音楽アルバム『Crazy Clown Time』をリリースし、多くのファンを驚かせた映画監督デヴィッド・リンチ。その彼が早くも2作目となるアルバム『The Big Dream』を完成させた。『ブルーベルベット』や『ツイン・ピークス』、あるいは『マルホランド・ドライブ』や『インランド・エンパイア』といった、カルト的な人気を誇る彼の映像作品において、音楽 / 音響は、とても重要な役割を担っていた。彼の映画のサウンドトラックは、日常の隙間に潜む狂気や暴力を描き出す「リンチ的な世界」を構築する際に、欠くことのできない重要な要素の1つと言っても良いだろう。しかし、リンチ自らが作詞作曲、そしてボーカルとギターを担当する一連のソロ音楽作品は、映画のサウンドトラックや、彼がこれまでにプロデュースしてきた音楽作品とは、一線を画するものであるとリンチは言う。

「単純に、音楽だけで完結している点が、一番の違いと言えるだろう。このアルバムに収録されている音楽は、映画のために書かれたものでもなければ、別のプロジェクトのために書かれたものでもない。純粋に音楽作品として作ったものなんだ。音楽の世界というのは、私にとって、とても刺激に満ちていて……そう、ある種の魔法にあふれているんだよ。だから、音楽を制作することに、私はこの上ない幸せを感じる。今作『The Big Dream』は、まさにそれを象徴しているだろう。どこまでも素晴らしく空想にあふれていて……私にとっては、『大きな夢』そのものなんだよ(笑)」


前作『Crazy Clown Time』同様、自身の音楽スタジオである「アシンメトリカル・スタジオ」で、リンチのエンジニアであり友人でもあるディーン・ハーリーとの共同作業によって生み出されていったという『The Big Dream』。リンチ自ら「ハイブリッドでモダナイズされた陰鬱なブルース」と称するそのサウンドは、リンチ映画ではお馴染みの深いリバーブを効かせたギターと、様々なエフェクトを施されたリンチ自身のボーカルが、エレクトロなビートとムーディーに絡み合う、実に特異なものとなっている。

「ディーンとは、ほぼ途切れることなく音楽を作り続けていて……『Crazy Clown Time』が完成してからも、我々はひたすら音楽を作り続けていた。そして、ある程度曲が出揃って、そこに手応えを感じたから、アルバムとしてリリースすることにした。それだけの話なんだよ。だから、制作方法も前作とまったく同じだ。ディーンと二人で延々とジャムセッションを行った後、それを分析する。すると、そのジャムセッションの中のどこかに、必ず我々をワクワクさせるものがあって……それを核に曲を作り上げていくんだ。例外も若干あるが、基本的にはほとんどの曲をその手順で作っている」

セッションで生まれたアイデアに、様々な音やエフェクトを加えながら、自由に楽曲を組み上げていくという制作方法。それは、全体の構成をあらかじめ決めないまま、役者はもちろんリンチ自身にも結末が見えない状態で撮られていったという映画『インランド・エンパイア』の作り方をどこか彷彿とさせる。リンチの脳内に溢れ出る抽象的なイメージを、繋ぎとめるように音へと換えていきながら、そこに立ち現れるエキセントリックな人間たち――“Star Dream Girl”に登場するファム・ファタール、“Say It”で描かれる人当たりの良いサイコパス、“Sun Can't Be Seen No More”に描かれた何をしでかすかわからない変人など、いかにも「リンチ的な世界」の住人たちの物語を、語り部のように歌い上げるリンチ。一つひとつが謎めいた短編映画のように独立した世界を描きながらも、そこにはある共通のテーマが存在しているように思う。いみじくも、そのアルバムタイトルが表しているように――そう、すなわち「夢」である。

「夢というのは、本当に素晴らしく幻想的なものだ。我々には目覚めている状態と、寝ている状態と、夢を見ている状態がある。夢というのは現実とまったく異なる、非日常の特別なものだ。私は夢という発想が好きであり、白昼夢が好きで、夢ならではの理論、つまり通常の目覚めた状態ではまったく意味をなさないことが、夢の中ではつじつまが合っているというのが好きなんだ。夢の世界では、いろんなことが起こりえる。いや、本当に素晴らしいよ(笑)」


映画や音楽のみならず、ドローイングや写真など、多岐にわたる表現活動を精力的に行っているリンチ。昨年末には、この日本でも大規模な展覧会『デヴィッド・リンチ展〜暴力と静寂に棲むカオス』がラフォーレミュージアム原宿で開催されたことも記憶に新しい。そして、それら様々な創作物の中心には、常に一貫してリンチの「夢」があった。ともすれば悪夢的とも言える狂気と暴力のイメージの狭間に、時折顔を覗かせる甘美なロマンティシズム。リンチが、フランシス・ベーコンの絵画をこよなく愛しているのも、恐らくその点にあるのだろう。リンチは言う。

「私は決して、人間の心のダークサイドだけに引き寄せられているわけではなく、明るい部分も同じくらい好きではある。たとえば、「愛」――誰もが愛を愛してやまない。愛こそが、この世界を動かしているんだよ。しかし、その愛を裏返せば、失恋がある。ものすごく上手く行ったかと思えば、悲惨なことにだってなりえる。そして、多くの場合……実に不思議なことではあるが、失恋や傷心についての歌のほうが、愛についてより力強く語っていることが多い。どうしてなのかわからないが、私にはそう思えるんだよ。ハッピーな歌は……そんなものを聴きたいと思う人など、果たして本当にいるのだろうか?」

崩壊して行く想い、浮き沈みする心、求愛……『The Big Dream』に収録された楽曲の多くは、「愛」をテーマに扱っている。そう、この『The Big Dream』というアルバムは、文字通り彼の脳内から湧き出る「巨大な夢」のサウンドトラックであると同時に、どんなに深く闇の中に潜り込もうとも、決して消えることの無い「愛」や「情熱」の存在を歌い上げた、リンチならではの異形の「ラブソング集」なのかもしれない。

リリース情報
デヴィッド・リンチ
『The Big Dream』国内盤(CD)

2013年7月10日発売
価格:2,200円(税込)
BRC-384

1. The Big Dream
2. Star Dream Girl
3. Last Call
4. Cold Wind Blowin'
5. The Ballad of Hollis Brown
6. Wishin' Well
7. Say It
8. We Rolled Together
9. Sun Can't Be Seen No More
10. I Want You
11. The Line it Curves
12. Are You Sure
13. And Light Shines(Bonus Track - Japan Exclusive)
※日本先行発売
※購入者はボーナストラック“I'm Waiting Here with Lykke Li”をダウンロード可能

プロフィール
デヴィッド・リンチ

1946年アメリカモンタナ州生まれ。画家を目指し1965年ペンシルベニア美術アカデミー入学。77年『イレイザーヘッド』制作。その後、『エレファント・マン』(80年)『ブルーベルベット』(86年)、『ワイルド・アット・ハート』(90年)などを発表し、国際的な賞を数多く受賞。1989〜91年にはTVシリーズ『ツイン・ピークス』において世界中でヒットを記録。音楽制作も精力的に行い、2011年に『Good Day Today / I Know』、2013年に『The Big Dream』をリリース。映画や音楽のみならず、絵画や写真、アニメーションや立体作品など、様々な方法で独自の表現活動を続けている。



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