やっぱりAmazonは出版文化を殺すのか? 出版社3社のAmazonへの出荷停止を考える

Amazonへの出荷停止を発表した3つの出版社

Amazonがあらゆる小売業の脅威として膨らみ続けていく趨勢は、この先も揺らぐことはないだろう。利用者の利便とあらゆる方法で結びつこうとする勢いはどこまでも強まっていく。5月、「Amazon Student」サービスが再販売価格維持制度に違反するとして、緑風出版・水声社・晩成書房の出版社3社が、半年間ほどAmazonへの出荷を停止すると発表した。「Amazon Student」サービスとは、「大学、大学院、短期大学、専門学校、高等専門学校の学生」に、「本(コミック・雑誌・Kindle本を除く)ご注文金額(税込)の10%分をAmazonポイントで還元する」サービスのことであり、この10%還元が「再販売価格維持制度」に反する値引き行為にあたるとして、3社がAmazonへの出荷を停止した。Amazonが大口取引先どころか最大取引先となっている各出版社は、そのパワーバランスゆえに尻込みして異議を唱えることはせず、この3社の動きに続いていこうとする声は今のところ聞こえてこない。

M上H樹の新刊を大量に仕入れて、500円で売り捌く?

「再販売価格維持制度」とは、その制度名だけでほぼ説明を終えているのだが、小売業者が売る値段を自由に設定してはならず、メーカーが小売店にこの値段で売ってくださいと販売価格を定める制度のこと。うーん、説明が堅いか。スーパーAでは牛乳を180円で売り、スーパーBでは190円で売る、この価格設定はスーパーごとの自由だ。タイムセールとして60円で売ってもいいし、どうせ金持ちしか来ないからと300円で売ってもいい。しかし、本についてはこのような自由な価格設定が小売側には認められていない。つまり、大きい本屋Aでも小さい本屋Bでもネット書店Cでも1,400円の本は1,400円で売らなければならない。これで書店同士の価格競争を防げるし、競争せずに自由に本を並べることができる。

日本書籍出版協会はウェブで、再販制度がなくなってしまうといかなる事態がやってくるかについて、「(1)本の種類が少なくなり、(2)本の内容が偏り、(3)価格が高くなり、(4)遠隔地は都市部より本の価格が上昇し、(5)町の本屋さんが減る、という事態になります」と書く。脅し文句のような項目は確かなのだが、これでは少し説明が足りない。最も懸念されるのは、一部のベストセラーが一部の量販店でのみ、極端に安く売られる可能性がある、ということ。巨大スーパーがM上H樹の新刊を大量に仕入れて500円で売り捌くことができるようになるし、逆に販売規模の小さい町の書店は価格を下げることが出来ずに、廃業へと追い込まれてしまうという懸念も出てくる。

Amazonに対して物申せなくなってきた大手出版社

「Amazon Student」の10%ポイント還元はあくまでもポイントをつける措置であって、値引きとは同義ではないという主張もあろう。また、このサービスが学生に限られることからも、大学生協だって10%引きしているんだから問題ないのではないか、という擁護も聞こえてくるが、これはまったくのお門違い。大学生協については、独占禁止法の第23条5項で再販売価格維持契約から除外されている。同じようなことをやってみただけ、という言い分は法律上通じない。

「Amazon Student」に対して、「STOP!! Amazon Student プログラム!!」を打ち出したのが日本出版者協議会だが、この呼びかけ出版社に(右欄リンク先のページ下部に一覧あり)いわゆるメジャー版元の名前はない。版元ごとの1割とも2割とも言われる売り上げを持つとされるAmazon、今回のような強引な施策を大手版元が静観せざるをえないのは、総売り上げのAmazon依存がどんどん跳ね上がっているからこそ。売り上げの分母が大きければ大きいほどその1割2割の儲けは当然ながら増すのだから、規模が大きければ大きいほど疑義を呈しにくくなる。それに出版社は、書店にしろ、Amazonなどのネット書店にしろ、直接取引をしているわけではない。問屋(取次)を介して、書店の現場やネット書店の倉庫に本が届く。契約上も、出版社と書店は直接の契約を結んでいるわけではない(ディスカヴァー・トゥエンティワンなど例外あり)。Amazonからしてみれば、再販制度について直接の契約を交わしていない出版社に尋ねられても対応する必要は無い、というスタンスが成り立つ。問屋にしたって、不満があるならば他の問屋さんに切り替えますよ、という切り札を持たれている以上、ポイント還元の是正について意見することは憚られる。

手にとった新刊本の中古価格が数秒で分かる時代がやって来る

出版業界が抱えるAmazonとの付き合い上の問題点はこれだけではない。拠点をアメリカに持つAmazonは、米国内のサーバから配信しているという理由で電子書籍に消費税が課税されていない。国内の会社が配信する場合は当然消費税が課税されるので、来年秋以降に消費税が10%へと再増税されると、値段に1割もの差が生じることとなる。書店チェーン大手の紀伊國屋書店代表取締役社長・高井昌史氏は『税のしるべ』(2014年3月24日号)で、「電子書籍は非再販商品なので値引きが可能です。激しい値引き競争となると、消費税分のハンディを背負う国内事業者は、8%に引上げられればさらに厳しくなり、10%となれば、電子書籍市場から撤退した方がいいということになる」と撤退すら示唆している。10%というのは、ライバルにその事業を諦めさせるほどの数値なのである(本稿執筆後の6月26日、政府は海外からの電子書籍配信についても、早ければ来年度から消費税課税すると決めた)。

6月18日、Amazonは初のスマートフォン「Fire Phone」を発売すると発表した。この「Fire Phone」では、「電気店やスーパーなどでFire Phoneをかざし、カメラを通して製品を認識すると、アマゾンの通販サイトが表示され、店頭で価格を比較できる」ようになるという(読売新聞6月20日)。日本での販売はまだ決まっていないようだが、上陸は時間の問題だろう。家電製品はもとより、本やCDといった再販制度で守られているものについても、これ一台でユーズド価格との比較を瞬時に行なうことができるようになるわけで、出版業界には更なる強敵の襲来となる。手にとった新刊本の中古価格が数秒で分かるようになれば、その場で買うのは、「(とにかく新品で)今すぐ欲しい」か「(調べてみたけど)安い中古本がない」かのいずれかに限られてしまう。

「ビジネスとして」に「これは文化だから」と跳ね返すだけではいけない

出版業界の中に、Amazonの企業精神を嫌う人は多い。しかし、ビジネスモデルとして多くの利ざやを出版業に持ってくるAmazonへの疑義は、公的なアプローチとしては控えられ、居酒屋の愚痴に留まることが殆どだ。そんな中、書店チェーンの有隣堂は、Amazonへの出荷停止を決めた3社の著書を支援するフェアを開催している。リアル書店が見せたネット書店への1つの対抗措置と言えるだろう。出版業界は今回のように、出版の世界のルールを知らない無法者がやって来た、どうしてくれるんだと憤るとき、ついつい、「出版文化や本の多様性」といった漠然とした言葉で対抗しようとするのだけれど、そういうニュアンスを戦略的に無視してきたのがAmazonなのだから、どうしても身内の賛同に留まってしまう。とにかく単純にブレずに「お客のことを最優先に考えたビジネス」を突き詰めるAmazonを、「これは文化だから」と跳ね返すだけでは飲まれてしまう。「これは文化だから」というフレーズには賛同するけれど、押し寄せる波を跳ね返すための策略を、更に懸命に練るべきではないのか。

紀伊國屋書店の関連会社「アジアンベイシス」は8月から、シンガポール、マレーシア、タイ、台湾、オーストラリア、アラブ首長国連邦に向けて、書籍や文具や玩具などのネット通販事業を開始する。狙いは、Amazonが本格的にアジアに進出する前に先んじて手を打つことだと明言する。こうして、Amazonの波に耐えるだけ以外の手を打つ試みが書店業界から出てくるのは頼もしい。或いは、制度の不備をまだまだ突ついていく方法だってある。「Amazon Student」は「学生用Eメールアドレス(「ac.jp」等で終わるEメールアドレス)を持っていること」が登録条件にあるが、これって「まだ大学に入ったままです」と登録を変えなければ半永久的に10%還元が受けられるということではないのか。この辺りの指摘と検証も含め、版元同士の連係が求められる。ポツポツと手を挙げるだけでは、お手上げに終わってしまう。

プロフィール
武田砂鉄 (たけだ さてつ)

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