クリエイターたちの挑戦はまだまだ続く。未知なる身体を手に入れるための特異なプロジェクト

実験的な挑戦を続けるダンス公演『Dividual Plays』は何を見せたのか

今年1月に山口情報芸術センター[YCAM]で、ダンス公演『Dividual Plays』を発表したダンサーの安藤洋子は、公演を終えた感想を率直にこう語った。

「まだ、『ダンス公演』としては実験途中でした。プロセスの中でうまくいった瞬間はいくつもありましたが、一般的な意味での『公演』という形ではRAMの可能性を他分野の人に感じさせるまでには至らなかったかもしれません」


ただし、安藤の言葉のニュアンスを正しく理解するためには、いくつかの前提を知る必要があるだろう。

「RAM(Reactor for Awareness in Motion)」とは、YCAMで発表される作品・プロジェクトの研究開発を行うチーム「YCAM InterLab」と安藤洋子が、2010年より研究開発を進めてきたダンスの創作と教育のためのプロジェクトの名称。身体とテクノロジーの関係をワークショップなどを通じて探りつつ、その過程で、モーションキャプチャーシステム「MOTIONER」や、取り込んだモーションデータをアニメーションに変換する「RAM Dance Toolkit」などを開発。そして、同プロジェクトのマイルストーンとして企画されたのが今回の公演『Dividual Plays』だった。

意識と無意識を行き来するダンサーの動きと、RAMシステムとの間で生み出される、まったく未知の「ダンス」

安藤やYCAM InterLabの他にも、音楽・サウンドプログラミングに音楽家のevala、空間構成に建築家の田根剛らが参加した今公演は、通常の「ダンス作品」とはやや趣きが異なる。舞台には10台以上のモニターが並び、一部は、観客席から何が映っているかを見ることもできない。舞台横には「箱庭」と呼ばれる装置群が設置され、振り子や磁石、ビーズの入った箱などが設えられている。そして、舞台袖にスタンバイしたプログラマーたちの前には、16台のラップトップPCが青白い光を放っている。

『Dividual Plays』プログラマーの様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:伊藤隆之(YCAM)
『Dividual Plays』プログラマーの様子 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:伊藤隆之(YCAM)

『Dividual Plays』 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)
『Dividual Plays』 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)

この状況で、3人のダンサーたちはモーションキャプチャーセンサーを装着しながら踊る。しかし、その動きは安藤が振付を行ったダンスではない。ダンサーたちの動きはリアルタイムにXYZ軸のデータとして取り込まれ、そのデータに連動して「箱庭」が動き、その動きを解析することで、映像、音楽といった環境が動き出す。さらにその環境から受け取る刺激によって、ダンサーたちはまた自らの動きを発生させる。このダンサーとシステムとの半永久的な運動が「ダンス」となるのだ。

振付という外から押し付けられた動きではなく、即興という自由に選択された動きでもない。システムによって、主体性を極限まで抑えられたダンサーたちは、まったく未知の「ダンス」を生みだしてゆく。この公演は、安藤の言葉を借りるならば、ダンサーの「無意識領域」の身体が立ち現れることが目的とされていた。

『Dividual Plays』 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)
『Dividual Plays』 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)

だから、通常はダンスを「良く見せる」ための演出として使われる音楽や映像、舞台装置も、今作品ではダンサーに「刺激」を与えるためにしか存在しない。音楽や映像、舞台装置といった環境の刺激が浴びせかけられ、まるで飛んできたボールを打ち返すかのごとく反応していくダンサーたち。その動きだけを見れば、あたかも「普通の」ダンスのようにも見えるが、そこで彼らを動かしている仕組みは一般的なダンス公演とはまったく異なるものなのだ。

『Dividual Plays』「箱庭 マスター」(水槽内の色の変化を解析し、ダンサーのモーションデータを受け取る次の箱庭を選択する) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)
『Dividual Plays』「箱庭 マスター」
(水槽内の色の変化を解析し、ダンサーのモーションデータを受け取る次の箱庭を選択する)
写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)

『Dividual Plays』「箱庭 サンドストーム」(ダンサーの関節の上下動に連動して、箱の傾きが変化し、無数の球体が複雑なパターンをつくる)写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)
『Dividual Plays』「箱庭 サンドストーム」(ダンサーの関節の上下動に連動して、箱の傾きが変化し、無数の球体が複雑なパターンをつくる)写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)

ダンサーにとって、通常の公演とはあまりに勝手がかけ離れた今作品だが、それはまた他のクリエイターにとっても同じことだった。evalaがアフタートークで語った「舞台上に響いている音楽を構成したのは、RAMそのものです」という言葉が、この作品の特異さ、そして難しさを物語る。また、evalaはこうも語っていた。

「今作品の音楽はエキサイティングですよ。ダンスがダンサーによって踊られたものとは言い切れないように、音楽もシステムに発音させているため、次にどんな音が鳴るのかわからない。モーションを情報化して環境化していくRAMの循環の中で、ここに『音楽』は必要か? そもそも音楽ってなんだろう? というところにまで立ち返らざるを得ないんです」

デジタルテクノロジーによって生み出される、「新しい身体感覚」をダンスで見せたい

では、何故RAMプロジェクトのような実験が必要とされたのだろうか?

スマートフォンの普及やウェアラブルデバイスの登場など、デジタルテクノロジーは劇的な進化を続けている。それによって、人間の身体感覚も徐々に更新されつつあるのが現状だ。もはや、SNSによるコミュニケーションは「もう1つの現実」と呼べるほどの強度を持っており、そこで交わされるメッセージによって、人は喜んだり悲しんだりすることもできるようになった。身体が捉える現実は、現実世界とデジタルテクノロジーで作られた世界との間を越境しているのだ。

『Dividual Plays』 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)
『Dividual Plays』 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM] 撮影:丸尾隆一(YCAM)

このような時代を背景に、人が主体的な意志で動くのではなく、システムによって人の身体が動かされること。それが「ダンス」になることこそが『Dividual Plays』の本来の目的であった。安藤は今公演で垣間見えた未来の身体をこう語る。

「テクノロジーが進化していく世の中で、身体と心とデジタルの世界をつなげること、それでも私たちが『身体を持っている』という事実を示すことは、とても大事な仕事だと思います。もし、それがダンスで可能なのであれば、この表現にもまだまだ多くの価値があるのではないでしょうか」

安藤洋子(左)、田根剛(右) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]
安藤洋子(左)、田根剛(右) 写真提供:山口情報芸術センター[YCAM]

世界の第一線で25年以上にわたってキャリアを積んできた安藤にとって、今作品を「ダンス公演」としてまとめるのは、難しいことではなかっただろう。しかし、evalaが語った「かっこいい音楽を作るのは簡単」という言葉が逆説的に示すように、RAMシステムにのっとりながら未知の身体表現に出会うことこそが『Dividual Plays』の至上命題だった。そして、劇場に集った観客が得たものは、テクノロジーと人間の身体とが有機的な関係を結ぼうとする、未来のダンスへの可能性だったのだ。

テクノロジーとは? ダンスとは? アートとは? そして身体とは? RAMシステムでダンサーが踊ることによって、そんなさまざまな問いの種は撒かれた。今回撒かれた種が芽吹いていくことによって、これからの身体が導きされていくことだろう。RAMプロジェクトでは、今後、ダンスのみならず、スポーツなどの面からもシステムと身体との関係にアプローチをしていく予定だ。

イベント情報
YCAM InterLab + 安藤洋子
Reactor for Awareness in Motion(RAM) 2014-15公演
『Dividual Plays―身体の無意識とシステムとの対話』

2015年1月24日(土)、1月25日(日)全2公演
会場:山口県 山口情報芸術センター[YCAM] スタジオA
プロジェクトディレクション:YCAM InterLab
ダンスコンセプトディレクション:安藤洋子
プログラミングデバイスデザイン:大西義人、神田竜、ひつじ
研究開発・スーパーヴァイズ:筧康明(慶應義塾大学)
ダンス:川口ゆい、小㞍健太、笹本龍史(METHOD B)
[スペシャルコラボレーター]
空間構成:田根剛(DORELL.GHOTMEH.TANE/ARCHITECTS)
音楽・サウンドプログラミング:evala



フィードバック 0

新たな発見や感動を得ることはできましたか?

  • HOME
  • Stage
  • クリエイターたちの挑戦はまだまだ続く。未知なる身体を手に入れるための特異なプロジェクト

Special Feature

Crossing??

CINRAメディア20周年を節目に考える、カルチャーシーンの「これまで」と「これから」。過去と未来の「交差点」、そしてカルチャーとソーシャルの「交差点」に立ち、これまでの20年を振り返りながら、未来をよりよくしていくために何ができるのか?

詳しくみる

JOB

これからの企業を彩る9つのバッヂ認証システム

グリーンカンパニー

グリーンカンパニーについて
グリーンカンパニーについて