CINRA

仕事中怒るのをやめたい…。クリエイティブ業の「イライラ」を専門家が解決

クライアントの無茶な修正指示、納期を守らないパートナー。多くの人と関わりあいながらひとつのものをつくることが多いクリエイティブ業界では、思わず「イラっと」するシーンに遭遇することもしばしば。しかし、いちいち怒ってばかりいては自分も周囲も消耗するばかり。怒りの感情に振り回されないためには、どうすれば……?

そこで今回は、日本アンガーマネジメント協会・代表理事の安藤さんにインタビュー。クリエイティブ業界でありがちな「イラっと」する状況において、怒りのコントロール方法を教えていただきました。
  • 取材・文:服部桃子(CINRA)
  • イラスト:ケント・マエダヴィッチ

Profile

dummy alt text

安藤 俊介

アンガーマネジメントコンサルタント 一般社団法人日本アンガーマネジメント協会 代表理事

怒りの感情と上手につき合うための心理トレーニング「アンガーマネジメント」の理論、技術をアメリカから導入し、日本の考え方、慣習、文化に合うようにローカライズした日本の第一人者。教育現場から企業まで幅広く講演、企業研修、セミナー、コーチングなどを行っている。

怒りをコントロールする「アンガーマネジメント」とは?

―アンガーマネジメントとは何を指すのですか?

安藤:アンガーマネジメントは、1970年代にアメリカで生まれたとされている、「怒りの感情と上手につき合うための心理トレーニング」です。怒る気持ちを消すことが目的ではなく、怒る必要がある・ないことの線引きができるようになることを目指しています。

―そもそも、なぜ人は怒ってしまうのでしょうか。

安藤:怒りの感情は、自分の命を守ろうという動物の「防衛本能」に基づいています。自身や、大切にしているものが何か危険なものに晒されたとき、私たちは臨戦態勢に入ります。「怒り」という感情が作用し、ホルモンが分泌され、戦うモードに入るわけですね。

大切なもののなかには、考え方とか価値観、プライド、置かれている立場なども該当します。それが何かしらのかたちで侵された、もしくは侵されそうになったときに、私たちは「怒り」を感じます。

―怒りへの対処法があると聞きました。

安藤:はい。コントロール方法は大きく分けて3つ。衝動、思考、行動に分けられます。衝動のコントロールは、カッとして、怒りに任せて何かしてしまわないように気持ちを制御する方法。思考のコントロールは、「これは本当に怒っていいのかどうか」の判断。行動のコントロールは、「思考」を経てどのように振る舞うといいか選択するということです。これらを意識的に行うのが、アンガーマネジメントです。

1)怒りを生むメカニズムを理解する

―今回の取材にあたり、クリエイティブ業界の方々に「仕事中イラっとしたこと」をテーマにアンケートを取りました。それぞれ、対処法を教えていただけますか。まずはこちら。

夜中にいきなり連絡があり、「明日の午前中公開予定のサイトがある」「いまからデザインと実装をやってほしい」と言われ、絶望とともに怒りが……!(デザイナー)

安藤:これはひどいですね(笑)。個人的にアドバイスをするなら、そんな理不尽な要求は無視して寝ましょう、と言いたい。でもそれでは「怒りの感情」の解決にはならないので、もう少し広い視点で解説します。

まず、なぜ自分はここで怒りの感情が湧いたのか、仕組みを理解するともう少し楽になるかもしれません。怒りを生むメカニズムに「ライターの原理」と呼ばれるものがあります。

ライターは、着火スイッチで火花を発生させ、ガス(燃料)に引火することで炎になります。ガスが溜まっていれば大きく、溜まっていなければ小さい炎になりますよね。怒りのメカニズムも同様で、「マイナス感情・状態(=ガス)」が溜まっていればいるほど、怒りも大きくなるんです。

では、着火スイッチは何か。それは、「『こうあるべき』という自分のなかの理想が裏切られたとき」です。「マイナス感情・状態 × 〜すべき」という式が成立したときに、怒りは生まれやすくなります。

怒りが生まれるメカニズム「ライターの原理」

―では、それを抑えるにはどうすればいいのでしょうか。

安藤:その炎が大きくならないよう、マイナスの感情・状態をできるだけ小さくすることです。業務外は一切メールを見ないようにするとか、気持ちが鬱屈していると思ったら気分転換してみるとか。心の状態を整えたら、「イラっと」はせず、冷静に事実を受け止めて対処することができるかもしれません。

2)衝動を抑えて、冷静に判断する

―次は、取引にまつわる「イラっと」ネタです。

ときどき、仕事相手から当たり前のように値引きを求められる。「取引はサービス込み」と考えている人をギャフンと言わせてやりたい!(企画営業)

安藤:人間ですから、相手をギャフンと言わせたいシーンってありますよね。ただ、実際に行動に起こしてしまうと今後の関係や会社の評判にも影響してきてしまう。なので、衝動のコントロールを意識することをおすすめします。

まず、衝動のコントロールとは、怒りが生まれたとしても反射的に行動しないようにするということ。テクニックはいくつかあって、代表的なのは「6秒ルール」ですね。どんなに怒りを感じたとしても、まずは6秒待ってみる。この秒数は怒りが生まれてから理性が働く時間と考えられています。逆にいえば、6秒以内の行動は感情にハイジャックされた状態で、悪い結果につながりかねない。冷静に判断できるまで待ってみるんです。

カウントしても怒りが収まらなかった場合は、いっそ、その場から離れてみる方法もあります。「タイムアウト」というテクニックで、場がクールダウンし、お互い冷静に話すことができます。コツは決して無言で去らないこと。「少しお手洗いに」「ちょっと確認してきます」など、相手に伝えると良いでしょう。

今回のケースでいうと、もし値引き交渉が対面や電話などで行われていたとしたら、ぜひ試してもらいたいと思います。ムカつく気持ちを抑えて、より良い提案を考える余裕が生まれるはずです。

3)許せる・許せないの二択で物事を決めない

―次は、制作進行にまつわるケースです。

クライアントの担当者が、社内の意見に振り回されまくりで自分の意見を持っていない。結果、われわれ制作側との話し合いも収束せず、何がしたいのかわからない状態に……(ディレクター)

こちらが進行を丁寧に進めていても、クライアントのチェックで修正や要望が発生してイライラ(ディレクター)

安藤:これは、思考のコントロールがおすすめです。怒りの感情は、許せる・許せないの二択ではなく、許せる・まあ許せる・許せないといった、グラデーションがあります。それを簡略化して、三重丸でイメージしてみてください(※以下、図式参照)。そのときに、「たしかにイラっとしたけれど、本当に許せないことなのか?」を整理して分けてみる。日頃から無駄にイライラしたくないのなら、「まあ許せる」という範囲を意識的に広げていくと、「まあいいか」と思えることが増えていきます。

このケースでいうと、自分のなかで許せる範囲を明確にしておくと良いのではないでしょうか。なぜなら、相手にどこまでつき合っていいかきっちり決めておかないと、区切りがつかないから。「こっちがいつまで我慢すればいいの」とモヤモヤしている状態だと思いますが、許せる範囲を明確に持って「会議は何回までです」「スケジュールはここから溢れたら修正できません」とか決めてあげると、多少無理やりにでも話が進んでいくと思いますよ。

(左)イライラしやすい人、(右)イライラしにくい人。「まあ許せる」範囲を広げていくと怒りに振り回されることが少なくなる

4)放棄できない怒りなら、「どうすべきか」を考える

―クライアント対応でいうと、こんな声もありました。

社内の営業から「今日の18時に WEBサイトを公開したい」と言われ対応。すると、クライアントから「15時公開って言われていたのに公開されていない」と怒りの電話が! 慌てて営業に確認の電話をしたがまったくつながらず、ヒヤヒヤ&イライラした(デザイナー)

安藤:ドキドキする状況ですね。これは、行動のコントロールが当てはまると思います。

私たちは、変えられないものを変えようとしてイライラするし、逆に変えられるものが変わらないからイライラします。いま自分が直面している怒りの種類は何か冷静に考えて、優先順位をつけて取り組んでいくことが大事なんです。

まず、イライラする出来事を「変えられる・変えられない」「重要・重要ではない」の二軸で整理してみましょう。ここで、「変えられない × 重要ではない」怒りは手放して良いもの。「変えられる × 重要」は、状況を変えるために怒ったり、努力したりするべき部分です。

「変えられる・変えられない」「重要・重要ではない」の二軸のなかで、怒りがどこに当てはまるか分別してみる

安藤:このケースでいうと、営業に電話したけどつながらなくてイライラしている。それなら、そのあいだに何ができるんだろう、と考えを転換してみましょう。相手の行動は変えられないけど、自分の行動は変えられます。電話をかけつつメールやメッセージアプリでも呼びかけてみるとか、別の社員に連絡してみるとか、別の手段を探ってみる。放棄できないことなら、立ち止まらず進み続ける方法を考えてみると良いのではないでしょうか。

番外編)カスハラは「個人の問題」で片づけない

―最後に、こんな意見もありました。

お客さまは偉いという傲慢な態度を取られることがある(営業)

安藤:皆さんがよく直面することですよね。年齢差だったり、ジェンダーだったり。でもこれ、個人ではなく、もはや会社全体で取り組むべきことなんです。

いま、カスタマーハラスメント、略してカスハラは深刻な問題です。顧客対応から、従業員が精神疾患を発症してしまうケースが頻発したことを受けて、厚生労働省が2021年中に企業向けの対応マニュアルを策定することを発表するほど。だから、このケースは「個人の怒り」という枠を超えて、カスハラに該当するものであり、企業側が配慮しなければいけないんです。こういったお客さんに遭遇したときにどうすれば良いか、マニュアルやルールを策定するのが良いと思いますね。

―個人の話に収まりがちな話ですが、もう少し広い視野で考えていくべきということですね。

まとめ)「怒り中毒」にならないために

―ここまで、事例と対処法を解説いただきました。イライラのもとはそこかしこに転がっているので、今日のお話をもとに、「怒る必要のないこと」かどうか判断するクセをつけたいと思います。

安藤:いま、イライラする人が増えているように思います。それも、怒りをわざわざ自分から見つけにいっていますよね。本当にそれは自分のポリシーに基づいた怒りなのか、冷静に判断できていないように感じます。しかもいまはコロナで、不安な気持ちを抱えやすい状況です。それが燃料となって、より一層怒りやすくなる。ちょっと、「怒り中毒」みたいな状態になってしまっている気がします。でも普通に考えて、怒りを人にそのままぶつけていいわけないですよね。だからアンガーマネジメントが必要なんです。

本当は、企業単位で取り組んでみると良いですよ。全社員がアンガーマネジメントを学んでいれば、そのときの衝動や思考、行動の意味がお互いに理解できる。「あ、こういうことだから怒りを感じているんだ」「思考のコントロールを用いて、こういうふうに判断しているのね」とか。共通言語があることで、相手を理解しやすくなり、仕事もよりスムーズになると思います。

―たしかに、相手がなぜ怒っているかを理解できれば、コミュニケーションが取りやすくなるというのはありそうです。

安藤:あとは単純に、リラックスして気分が良いときのほうが仕事は捗りますから。怒りをコントロールして、仕事の生産性を高めていきましょう。

気になる

Pick up
Company

PR