現実とシステム、人とヒトの、スキマを埋めるプログラマー

プロフィール
木下 勝

1977 年生まれ。京都大学農学部卒業。大学在学中からプログラミングに興味を持ち、卒業後、京都の制作会社での勤務を経て、AID-DCC Inc.へ入社。システム面全般を引き受けるサーバーサイドのプログラマーとして活躍中。「パテ」のようにスキマを埋めるプログラマーになりたい、そんな思いが高じて現在は、AID-DCC Inc.のシステム部門として発足した、株式会社パテに出向。

「プログラマーって、何をしてるの?」これまでどちらかと言えば裏方として、インフラの足元を支えてきた彼らに興味を持つ人が、最近増えている。思えばここ数年で世界を変えてきたのは、SNS、スマートフォン、ライブストリーミング、電子書籍など、ほとんどがインターネットテクノロジーの産物。今回登場するのは、そんなWEBの世界で存在感抜群の企画を多数手がける、制作会社AID-DCC Inc.で活躍中のプログラマー・木下 勝さん。コンピューターに命をふきこみ、現代のものづくりを先導する“しごと”と“ヒト”の、お話です。

現実とシステムを繋ぐ、翻訳者=プログラマー

—まずはご自身について教えてください。木下さんの肩書きは何になるのでしょうか?

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木下:いわゆるシステムエンジニアです。特にサーバーサイドのプログラマーと名乗っています。プログラマーにとっては、自分でコードを書くこと、つまりプログラミング自体がものづくりです。つくり手としての視点をなくしてしまわないように、あくまでプログラミングを通してものづくりに関わりたいと思っています。

―サーバーサイドのプログラマーというのは、わかりやすく言うとどういうものなんでしょうか?

木下:舞台裏を支える、裏方であると言えます。見た目の物語上には関係のない存在なので、目立つことはないのですが、人形を動かしていたり、実は舞台自体を作っているという場合もあります。

―なるほど、具体的に実績を例にあげて説明いただくとすれば、どういう部分になるのでしょうか?

木下:最近の実績、JRA さんの「CINEMA KEIBA ON WEB JAPAN WORLD CUP ※現在は公開終了」では、一見すると Flash によるレースムービーを流しているだけなのですが、順位がその都度変わり、見る側が馬の着順を予想してスコアを競うことができます。そこで、どの馬が勝つかをコントロールしているのが、サーバーサイドのプログラムなんです。その倍率に応じた勝ち馬の計算を行うところ、スコアを登録してランキング計算を行うところ、さらにいうと、使用するサーバを選ぶところまでが私の仕事です。

―とてもわかりやすいですね!どうもシステム関係の人というのはとっつきにくいとか、マニアックな印象も持たれがちですが、木下さんには全然そんな印象がありません。

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木下:自分の仕事について説明するのも仕事のうち、ということは、常に気をつけています。システムの人間というのは、えてして一般的にはわからない言葉でまくしたてて、相手を黙らせるのが得意であったりしますよね(笑)。あまりに共通言語がないために、無自覚でいるとついついそうなってしまいがちなのですが。でもコミュニケーションが遮断されてしまうのは、さびしいじゃないですか。なので私は、たとえばプレゼンに同席して、クライアント側がシステムに明るければ、うちのディレクターにそれをわかりやすく説明したり、逆にまったくアナログ派のクライアントだった場合、こちらの説明をわかっていただけるように翻訳する。そうした、現実とシステムの真ん中に立てるプログラマーになりたいですね。

目の前にいる人を現実的に幸せにできる“しごと”

—なるほど。では木下さんが、プログラマーを目指すきっかけになったことを教えていただけますか。

木下:実はパソコンを自分で購入したのは24 歳のころ。麻雀ばかりしていて、大学5年生を謳歌していたときです(笑)。出会いはたまたまFORTRANという昔のコンピューター言語の講義を受けたことでした。農学部だったので、その授業を真面目に受けている人は少なかったですが、僕はゆったりと5年生をしていたので時間を持て余していたんです。それで真面目に受けてみると、案外おもしろかった。それがきっかけです。

—どんなところに強く惹かれたのでしょうか?

木下:最初はパズル感覚がおもしろかったんです。そして、やってくうちに、人がやるには気が遠くなるような作業もプログラムだと自動でできる、ということに気づきました。ものすごく単純なんですが、自分がプログラミングという煩雑な作業を肩代わりすることで、目の前にいる人を幸せにできるじゃないですか。人の役に立つ仕事をしたいと思っていたので、これを仕事にするにはどうすればいいかを考えました。

—̶“ギーク”と呼ばれるようなプログラマーなんかは「世界を変える!」とか言いがちですが、木下さんにはとても親しみがわきますね。ちなみに今の会社にはどんないきさつで?

木下:最初のキャリアは、京都のシステム会社です。いろんな案件を見よう見まねで必死にやって、経験を積みました。英字新聞の構文検索システムやサイトのお問い合わせフォームなど、実践から多くを学べましたね。そこでいっしょに働いていたデザイナーがAID-DCC Inc.に入って。「おもしろいから一度遊びに来ない?」って言うので行ったら、それが面接だったと(笑)。

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—(笑)。どんな部分に惹かれたんですか?

木下:クライアントの問題解決まで盛り込んで、プログラマーとして活動できることですね。一般的にプログラマーというと、あらかじめ決まっている内容をその通りに動くようにつくる、いわば「やらされる仕事」というイメージもあるのですが、その立場で「こんなの誰にも使われないな」という疑念が生じてしまうとがんばれなくなってしまう。ものづくりを続けていくには、自分がつくったものが届けたい誰かに届いた、という実感がとてもたいせつです。自ら進んで「これを届けなきゃいけない!」という使命感を持てるようになると、手応えがまったく変わります。AID-DCC Inc.は、「こうしませんか?」という提案をしていく会社。新しいプログラマーの働き方だと思うし、僕も楽しく続けていられます。

生きること=自分の頭で考えること

—現在木下さんが出向されている「株式会社パテ」は、AID-DCC Inc.のグループ会社ですが、会社名には木下さんの個人的な想いも反映されているとか。

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木下:まず母体のAID-DCC Inc.から、制作に特化した組織である「Katamari Inc.」ができました。さらにその中からプログラマーが集まって、別会社の協力のもとできたのがパテなんです。私たちのミッションは、世の中の、ここはもうちょっと何とかならないのかなという「隙間」を見つけて埋めることです。そのためにもアイデアやデザインにシステム面で制約を設けたくない、柔軟な発想をもってシステムとデザインを繋げるパテのような存在でありたい、というのがコアコンセプトです。先ほどの話ではないですが、現実とシステムの真ん中に立てるプログラマーと言いますか。またパテは、フィギィアなんかをつくったり、単独で創造性を発揮することもできる。そういう幅の広い役割を持つパテを、名前にしたんです。

—なるほど。では最後になりますが、木下さん自身がプログラマーとして、仕事をするうえで、心がけていることを教えてください。

木下:すぐにググらない、ということです。仕事のときはスピードが必要なので難しいことも多いですが(笑)、勉強しているときなどは、あえてネット回線を切ってアナログに徹するようにしています。今は調べれば何でもすぐにわかってしまうので、考えることをしなくても生きていける。でも、これって、とても怖いことです。生きているのか生かされているのか、見失いかねない。もともとプログラミングに興味を持ったときも考える過程のパズル感覚こそがおもしろかったので、その手順を省くことは便利なようで実はすごく損をしているように思える。知的好奇心が満たされる喜びを、味わえないわけですから。自分で問い、自分で答えを探すこと。それがおもしろいんです。考えることを放棄したら、もうデッドコピーしか生み出せませんからね。



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