CINRA

「出会わせたもん勝ち」という編集スタイル

26歳になる下田桃子さんは、株式会社角川メディアハウスにて映画関連の雑誌や書籍の編集者として仕事をしている。早くから文学や映画の世界に親しみはじめ、早稲田大学在学中には「早稲田文学」の編集に携わり、プロの作家やデザイナーとともに誌面を作り上げてきた経歴の持ち主だ。一流クリエイターや編集者たちから色濃く影響を受けながら、あくまでも自分の心に正直に歩んできた「編集」道とは?
身のうちから情熱が溢れ出す、下田さんの仕事観をお伺いした。

Profile

下田 桃子

1986年、東京都出身。早稲田大学第一文学部文芸専修に入学後、「早稲田文学」編集部に在籍。卒業後、株式会社角川メディアハウスに入社し、映画事業部に編集者として配属。現在は、おもに「シアターカルチャーマガジンT.[ティー.]」、フリーペーパー「TOHOシネマズマガジン」をはじめ、映画関連の書籍、小冊子などの編集業務を行っている。

どこにでも「編集」はある

―下田さんは映画雑誌の編集に携わっていますが、小さな頃から映画が好きだったんですか?

下田 桃子

下田:いえ、特にそういうわけでもないです。映画は大学に進学してから本格的に観始めた感じですね。もともと小説が好きで、金井美恵子さんに夢中になり、「早稲田文学」という大学発の文芸誌の編集部に入ってから、中原昌也さん、青山真治さん……といった方とお話する機会もあり、もうどんどん映画の世界にハマって。

—突然ディープな方へと(笑)。

下田:そうですね。あとは「早稲田松竹」という名画座が、学校の近くにあったのも大きかったです。入退場が自由な映画館なので、朝にまず早稲田松竹へ映画を観に行き、そのあと授業に出て、早稲田文学の編集部で仕事をし、また早稲田松竹に戻ったりしていました(笑)。

―なるほど(笑)。ちなみにその「早稲田文学」の編集に関わるようになったきっかけは何だったのでしょうか?

下田:大学2年生のときに、編集長の市川真人さんの授業を取っていて、「この先生についていってみよう」と思ったのがきっかけですね。あとはやっぱり学ぶべきことが本当に多かったので、編集長のことを心の底から「一生の師匠だわ」って思えたことも大きいです。

―早稲田文学では、主にどんなことを?

下田:私の学年には全部で5人のスタッフがいたのですが、作家さんから届いた原稿を読み、InDesignに流し込んでゲラ(校正紙)を作ることが中心でした。いま思えば、企画面にもタッチしてたら良かったんでしょうけど、原稿を読むことや作家と会うこと自体が面白くて、そんな発想がなかったですね。あとは、誌面に載せる自社広告とか、販売時のPOPやチラシなど、デザイン的な作業を行うこともありました。

―大学在学中から、すでに雑誌づくりをされていたんですね。

下田:とても刺激的な環境で、編集部で出会ったデザイナーさんからも大きな影響を受けましたね。編集部に入る前まではブックデザインにあまり注意を払ったことがなかったのですが、そのデザイナーさんは、タイポグラフィにとても思い入れのある方だったんです。

―雑誌づくりの中で、色々と視野が広がっていったと。

下田:そうですね。関わらせて頂くうちに気がついたのが、コンテンツを面白く見せようと工夫をすることが「編集」という作業だとしたら、「デザイナーも編集者なんだ」ということでした。編集者という立場以外でも、「編集」するという目線は必要なんだと気がついてから、私は、肩書きうんぬんというよりも「何かを編集する人」になりたいなって思い始めたんです。

「異質なもの」に出会わせたい

―文章を書けばそれでおしまい、ではなく、見せ方や、届け方が大事だと。

下田:そうなんです。フリーペーパーの「WB」という媒体も編集していたのですが、こちらは文学や哲学、思想を扱っていながら、変わったフォントを用いたり、エログロな写真を掲載したりしてました(笑)。「WB」には、さまざまな業界の執筆者をお迎えすることによって「ごった煮」感と風通しのよさがありましたね。文芸に興味がある人だけではなく、いろいろな読者さんを雑誌と出会わせるためのフックを作ること。それも大事な「編集」だと知りました。

―そういった考えで就職活動を進めるうち、今の会社に巡り会ったのでしょうか。

下田:あまり就職活動はしていなかったのですが、大学4年生のある日、たまたまホームページで編集者を募集しているのを発見しまして。新卒とも中途とも書かれておらず、ただ「経験者優遇」とあったので、早稲田文学で編集を一応経験しているし……と思って、履歴書を送ったんですよ。すると、グループ面接に呼ばれて行ったら、明らかに中途採用の募集で(笑)。私だけおかしいぞ? みたいな(笑)。結局、在学中にアルバイトからスタートする形でもぐり込ませてもらい、卒業後しばらくして社員になったという流れです。

—イレギュラーな入り方だと思いますが、入社を決意された理由はなんだったのでしょうか?
 
下田:実は他社からも内定をもらっていたんですけれども、内定者が集まる飲み会に伺ったら、自分と似たような趣味嗜好の男女ばかりで、ちょっと怖いなぁと思ってしまって(笑)。好きなものが同じ、というのは悪いことではないと思いますが、必ずしも仕事として「目指す方向が同じ」ということではないと思うんですよ。

—といいますと?

下田 桃子

下田:結局は学生の延長線上でしか想像ができなくて。その一方で、角川メディアハウスが取り扱っている媒体は、映画の配給・宣伝会社による、劇場でのパブリシティの一貫でもあって、映画館をもっと盛り上げていこうという目的があるんです。編集というより宣伝の仕事に近いような気もするんですが、そのほうが自分が希望する「出会いのフック」をたくさん作りたい、という思いを遂げられるだろうと思ったんですね。

—では、現在関わっている媒体について、詳しく教えて頂けますか?

下田:定期刊行物としては、年4回刊の「シアターカルチャーマガジンT.[ティー.]」と、月刊のフリーペーパー「TOHOシネマズマガジン」の編集作業をおもに担当しています。どちらも「TOHOシネマズ」の劇場で販売、配布している紙媒体です。「TOHOシネマズマガジン」のほうは配給や宣伝の方とも打ち合わせをして、取り上げる作品の魅力をうまく汲み取り、読者さんに伝わるように構成しています。

—書面づくりにおいて、何か気にかけていることはありますか?

下田:「シネマズマガジン」は、情報誌として旬であることを心がけながら、編集的な視点は入れるようにしていますね。一方の「T.[ティー.]」は、編集部で会議をして、表紙は誰にするのか、どういった特集にするかをみんなで話し合って、ライター、カメラマンなどを決定し、制作をしていきます。

—「T.[ティー.]」のほうが、比較的自由度が高い媒体なんですね。

下田:TOHOシネマズさんとの共同発行の“劇場発信型カルチャー誌”というスタイルなので、足を運んでくださる映画ファンに届くよう意識しています。固定ファンの多いコンテンツを扱いながら、少し尖った映画を扱ったり、できるだけ「異質なもの」に出会わせようとしていますね。それは私にとって、「早稲田文学」を編集していたときに実践していたこととも共通する気がしますね。もっとも、日々バランスに悩みながらですが……(笑)。

Next Page
入江悠監督から教わったこと

入江悠監督から教わったこと

—学生の頃から大事にしていた視点が、仕事で活かせるのはいいことですね。では逆に学生時代では味わえなかった、新しい経験はありますか?

下田:「T.[ティー.]」は写真を数多く載せているので、撮影に立ち会う機会が多いんですが、そういった経験はほとんどなかったですね。それから当たり前のことなんですが、雑誌づくりに関わる人ってこんなにいるんだ、という驚きもありました。学生のときは、作家さんと電話やメールで直接やり取りすることが多かったんです。でも今は、情報をまとめただけではない文章を書いてくださるライターさんや、掲載のされ方を想像して撮影してくださるカメラマンさんなど、職人としての技術とともに「編集的な視点」を持ったスタッフさんたちと一緒に仕事ができていて、それがとても楽しいです。

—特に印象的だった企画などありますか?

下田 桃子

下田:いくつかありまして、まずは「フォックス・サーチライト」というアメリカの映画製作スタジオの特集です。『ブラック・スワン』『わたしを離さないで』『127時間』と連続公開するタイミングだったのですが、同じ製作スタジオが作っている作品をカタログ的に紹介しました。同じ監督や俳優の映画を特集することはよくあっても、製作スタジオ単位ではあまりないなと思っていたのと、勢いのある素敵な会社なので、映画の見方をひとつ提示できたんじゃないかなと。

—そういった雑誌のほかに、書籍の編集もなさっているんですよね。

下田:はい。初めて企画から担当した書籍が、今年4月に発売した『SR サイタマノラッパー -日常は終わった。それでも物語は続く‐』です。シリーズ3作目となる映画『SRサイタマノラッパー ロードサイドの逃亡者』の公開にあわせて発売しました。もともと入江悠監督の作品が好きで、「パンフレットも兼ねた新しい形の書籍を作れたら」という思いから、監督に責任編集に立っていただきました。

—はじめての書籍づくり、大変だったんじゃないですか?

下田:そうですね……。私自身、一冊の書籍を担当するのは初めてだったので、やっぱり経験不足だったんです。単行本をつくるには、進行や予算の管理から、ページ数、色数などをイチからすべて決めなければいけない。本当に今まで自分は、ページ単位でしかモノを作れてなかったんだなぁと痛感しましたね。あとは入江監督のこだわりも凄まじくて。どんな企画を立てて、誰に声をかけるのかを含め、ホント一字一句、入念に相談をして。情熱に溢れているのはもちろん、とてもロジカルな思考をお持ちなので、物事を組み立てる力がものすごく、この一冊の本からとても勉強させてもらいました。

「この人のもとで働きたい」。それが仕事の原動力

—現在は4年目ですが、今後はどんなことを大事にして、仕事に取り組まれていくのでしょう?

下田:常日頃から、多くの読者さんに記事が届かなければ意味がない、とは思っているので、薦めたいものほど批評的な視点を併せ持ちながら届けていければ、と思っています。多くの人が興味を持つ話題だけではなくて、ちょっとヘンな特集を入れてみれば、たまたま目にしてしまった記事だったけど面白かったと、話題が集まるかもしれない。ある意味「出会わせたもん勝ち」というか、そういった豊かさというか厚みのある媒体が「質がいいもの」と呼ばれるんじゃないかな、と思っています。

—批評的な目を持ちつつ、少しのスパイスを加えるというか。

下田:好きな俳優に会いたい、といったミーハーな心も大事にしているんですけどね。将来的には、自分も相手も信頼しあえる会社や世代を超えた「チーム」で働きたい、という野望があったりします。小さな特集や一冊の書籍といった単位でもよいので、そういったチームで編集して作り上げたいですね。そのためにも、また私と働きたい、と思ってもらえる仕事をしていかないとなぁと。

—では最後に、下田さんにとって仕事とは? と聞かれたら、なんとお答えになるでしょうか。

下田 桃子

下田:うーん……。難しいですね(笑)。ちょっと答えとは違うかもしれませんが……私にとって仕事とは、「この人のもとで働きたいかどうか」を重視しているということですね。早稲田文学の編集長や、いまの媒体の編集長もそうなんですが、尊敬できる方とチームを組んで、自分が読んで面白いと思えるものを、売り上げを気にしなければならない緊張感のなかで、作っていくこと。それが私にとって、「仕事をすること」のような気がします。

—1人ではなく、みんなでつくりあげるというか。

下田:やっぱりそうですね。それから、学生時代の友人から著名なクリエイターまで「この人と仕事がしたい」と密かに思っている人がいるんですよ。「音楽のことはあなたに敵わないから、任せる!」というような、自分には無いものを持った人と、仕事をすることで繋がれたらなと。それが、今後の目標かもしれないですね。

Favorite item

柴田元幸ハイブ・リット

アメリカ文学研究者で翻訳家の柴田元幸さんによる編・訳本です。私は英語がとても苦手なんですが、仕事がら海外のWEBサイトを閲覧する機会も多く、勉強しなきゃ、といつも思っていたんです。でも、普通の教則本じゃ絶対に続かないし……と思っていたときに出会ったのがこの本。ポール・オースターやレベッカ・ブラウンといった、アメリカの人気作家による小説の原文がページの左側に、柴田先生の訳文が右側に掲載されていて、さらに作家本人による朗読が収録されたCDも付いています。はじめはファンだった柴田さんの名前に惹かれて購入したんですが、作家の声のトーンが予想と違っていたりするのが面白くて、いまでは朗読を聞くことにハマっています。
気になる

Pick up
Company

PR