兵役を経て、国を越えて活躍する心の強さ

プロフィール
許 源根

1983年4月16日生まれ。kit専門学校卒業。兵役による2年2か月の海軍生活の後、韓国の制作会社でflash+htmlを使った業務を経験。その後、10日間の日本旅行をきっかけに日本での生活を決意。東京、大阪でのアルバイト生活を経て、株式会社シフトブレインへ入社。デベロッパーとしてflash、JSなどフロントエンドの開発やモーションデザインを担当している。JLPT日本語能力試験2級。

韓国で生まれ育ち、現在は株式会社シフトブレインでデベロッパーとして働いている許 源根(ほ うぉんぐん)さん。昔から好きだったアニメやゲームを通じて日本に興味を持ち、2年前から日本での暮らしを始めた。「やりたいと思った事は、誰に反対されてもやる」と話すほど、小さな頃から行動力と好奇心が旺盛な許さん。2年2か月経験した兵役の話など、韓国籍ならではのお話を聞かせてくれた。

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やりたいことは誰に反対されてもやる

―以前から日本がお好きだったんですよね。きっかけはなんだったんですか?

許 源根

:アニメーションを好きになったのがきっかけでした。韓国でも日本のアニメがたくさん放送されています。小さな頃はどこの国のアニメかなんて知らずに、ただ面白いと思って観ていたんです。それが小学生のときに日本のアニメだってことを知って、日本にすごく興味を持つようになりました。その頃から『未来少年コナン』や『鉄腕アトム』が大好きでしたね。今でも『ONE PIECE』は大好きです。

—でもどうして韓国のアニメではなく、日本のアニメが好きになったんでしょう?

:韓国では歴史的な背景上、表現に規制があったので、漫画やアニメは発展しなかったんですよ。でもアニメは夢を見せてくれますよね? たとえば『ONE PIECE』だったら、仲間を助けに行ったり冒険をしたり。すごくワクワクしますよね。

―初めて日本に来たのはいつ頃だったんですか?

:3年前に旅行で来たのが最初です。大阪から出発して10日間で福岡、鹿児島、東京を周りました。元々、行ってみたいとは思っていたんですが、その旅行ですごく日本が自分に合う国だなと思ったんです。それでいま日本に行かないと一生後悔すると思って、すぐに韓国の仕事を辞めて、半年後には日本に住み始めました。

―半年とは! 行動がすごく早いですね。

:やりたいことがあれば、誰に反対されてもやりたいんです。実は日本に来て半年後に東北の地震があって、一度は韓国に戻っているんです。それで韓国に数か月いましたけど、やっぱり日本に住みたい気持ちが強くなって。家族にも反対されたんですけど、結局しばらくしてからまた日本に来たんです。だけどその時は、地震が怖いので東京ではなく大阪でした(笑)。

軍隊からは逃げられないから楽しむしかない

―デザインやプログラムは韓国にいたときから勉強していたんですか?

:専門学校に行って勉強しました。小さい頃から孫悟空の絵を描いたりするのが好きで、何かをデザインする勉強がしたかったんです。それで家族の薦めもあって高校卒業後にコンピューターグラフィックスの学校に入りました。学校は2年制なんですが、学んだことを早く試してみたくて、途中で1年間休学して実際に制作会社で働き始めたんです。

―まさに「やりたいことはやる!」というポリシーですね。

:その頃は「世界で一番美しいデザインをしたい」っていう夢があったんです。でも、その会社ではほとんど給料がもらえなかったんです。いわゆるブラック企業でした(笑)。その時は「自分の技術が試せればいい」と思ってたんですけど、やっぱり頑張ってもお金がもらえないので、だんだんストレスになっていくんです。それで胃腸炎になって仕事を辞めて復学したんですけど、結果的に仕事で得た経験が活きて、学校の先生にはすごく褒められました。

―待遇は悪かったけど、その経験は無駄にはならなかったと。

:はい。flashが面白いということを知ったのは、その会社で働いてからですね。デザインは動かないけど、flashを使うと動きが出る。何かを動かすということはすごく楽しいんですよ。「生きてるなぁ」って感じがします(笑)。今やってるようなプログラムに興味を持ち始めたのはそれがきっかけですね。

―卒業後はまたすぐに働き始めたんですか?

許 源根

:いえ、その後に兵役がありました。韓国では義務として誰もが「陸軍に入りなさい」ってはがきを受け取るんですけど、僕は決まっている所にいくのはつまらないと思って、自分から海軍への申請を出しました。だからほとんどの人は陸軍で2年間なんですけど、僕は海軍を選んだので2年2か月間。

―自ら海軍へと……。海軍って結構キツいイメージがありますけど?

:軍の中でも訓練が一番キツいですよ。今でも覚えているのは、小さい小屋の中に10人くらいが押し込められて煙を焚かれたりするんですけど、本当に死ぬかと思いました。でもここで諦めたら、自分の負けだと思って。だけど、本音を言うと一番キツかったのは兵役の期間中に彼女と別れたことですね(笑)。

―そうなんだ(笑)。軍にいる間って娯楽は全然ないんですか?

:ありますよ。アニメ好きな仲間ができて一緒にガンダムを観たりしました。休暇中に仲間がアニメのビデオをたくさん持ち込んでくるので、それを皆で観るのが楽しかったです。2年間一緒にいる仲間なのでどんどん仲良くなるし、皆で誕生日パーティをやったりもします。何をしても逃げられない義務なので、それなら楽しむしかないですから。

―じゃあ始めから割り切って楽しもう、という気持ちだったんですか。

:いや、そうはいっても最初はやっぱり逃げ出したかったです。軍に入る当日は丸坊主になって、大きな扉の前に家族が見送りに来るんですけど、お母さんが泣きながら「元気でね」って言っていて、僕も涙が出ました。その光景を今でも覚えています。それで軍の人も家族がいる前ではすごく優しいんですよ。でも、扉が閉まった途端、悪魔に変わるんです(笑)。「オマエは何をしてるんだ!」って。

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やっぱり自分は、デザインの仕事がしたいんだ

やっぱり自分は、デザインの仕事がしたいんだ

—すごいですね……。兵役が終わってからはどんなことをしていたんですか?

:韓国のいくつかの制作会社で2年半ほど働きましたが、残業も重なって、この仕事を辞めようと思ったんです。やっぱり兵役の間に、デザインに対する情熱が以前ほどなくなってしまったんです。みんな兵役に行くと、それまで考えていた自分の道がどこなのかってわからなくなります。それほど、隔離された生活なんです。だから日本に旅行に来てからは、とにかく日本に行きたいという想いしかなかった。結局、日本で色々なことをしながら自分に合った仕事を見つける! と決めて、こっちの日本語学校に通いながらアルバイトを始めました。

—それから震災での帰国を挟んで改めて大阪に住み始めたと。大阪では何の仕事を?

:はじめは、焼き鳥屋さんでバイトしてました。日本に来て初めて焼き鳥屋さんに行った時にすごく美味しくて感動したんです。それに惚れて、いつかは自分も焼き鳥屋さんを開きたいと思ってバイトを始めたんですが、そのお店では揚げ物ばかりやらされて(笑)。「全然焼き鳥が焼けない!」って思いました(笑)。

—なるほど。実際にデザイン関係の仕事から離れたんですね。でもやっぱりこの仕事に戻っている。何か転機があったんですか?

許 源根

:焼き鳥屋さんでバイトをしている頃、たまたま他の人がデザインしたHPを見たんです。そしたら、やっぱり僕も作りたいという気持ちが湧いてきた……。そのときは「あぁ、僕はこの仕事から逃げられないんだ」って運命みたいなものを感じました。それで会社を探した結果、今のシフトブレインに入社することになりました。

—現在はデベロッパーとして働いていますが、具体的にはどんなお仕事をしてるんですか?

:サイトの見た目であったり、どうやって表現するかという部分をデザイン関係の知識を活かして行うプログラマーです。具体的に印象に残っているものだと、スターバックス・コーヒーさんのキャンペーンサイトですね。初めて自分が担当になった仕事だったんですが、とてもいい評価をしてもらえて嬉しかったです。

—日本と韓国で仕事のやり方が違うところはありますか?

:仕事の期間が10日間あったら、韓国人は5日間ゆっくりします。残りの5日間で集中して一気に仕上げる。でも日本人は最初から最後までずっと頑張る。はじめはこのペースについていけるかな、って思いました。だから結果は同じでも、時間の使い方がまるで違います。日本は集中力を保って、最後まで注意深く細部にもこだわる。僕は両方のやり方を知っている分、どっちの文化もうまく混ぜていきたいと思います。

置かれた環境の中で、全力を尽くすのみ

—技術的な部分などで違いを感じたことはありましたか?

:やっぱり日本の発想力、アイデアはすごく面白いし、素晴らしいと思います。韓国にいた時からFWA(Favourite Website Awards / 世界中で知られるアワードサイト)を見ていたんですけど、4割くらいが日本の作ったサイトで、韓国のものはあまりないんですよ。韓国のサイトも流行を取り入れたりはしているんですけど、日本ほど目立って面白いというものは多くないです。その日本の発想力の素晴らしさはアニメやデザインの面白さに繋がってると思います。

—では今まで異国の地で働いたことで良かったな、と感じたことはあります?

許 源根

:全然文化が違う人と話すことは、自分の人生にとってすごくいい経験だと思います。たとえば自分の住んでたところはすごく狭かったなということがわかって、考え方が全く変わるんですよ。あとは、一歩踏み出せば何でもできるっていう自信がつきましたね。知らない土地でも行ってみればきっとなんとかなる。今はアメリカにも興味があるので、いつか行ってみたいです。英語はあまりしゃべれないんですが……。

—英語より、日本語の方が堪能だと(笑)。今後の具体的な目標ってありますか? たとえば最終的に韓国で会社を作りたいとか?

:会社っていうのは考えてないですね。どちらかというと、いつかお店を作りたいです。すごく静かで雰囲気のいいコーヒーショップ。それはお金を儲けたいというよりも、ただそういう空間が欲しいという感じですけど。あとは、今年の目標としては、個人的にスケジュール管理をするiPhoneアプリを作ろうと思ってます。そうやって個人の力が上がればそれがまた会社の力になりますから。

—お話を伺ってると、置かれた環境の中ですごく前向きですよね。あえてキツい海軍を選んでその中で楽しみを見つけたり、文化の違う日本の職場にもうまく馴染もうとしたり。

:どこにいても、置かれた環境の中では前向きにやっていこうと思います。悪いことが起こっても、いい方に考えていくという。

—そうした行動力ってどこから来るものなんですか?

:なんでしょうね。つらいことがあっても、すぐ忘れちゃうんですよ。きっと(笑)。



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