自分なんてこんなもん精神で。『呪術廻戦』総作画監督 西位輝実が説く仕事への心構え

プロフィール
西位輝実

1978年12月30日大阪府生まれ。日本の女性アニメーター、キャラクターデザイナー。 大阪デザイナー専門学校卒業。スタジオコクピット在籍後、フリーアニメーターとして活躍。『輪るピングドラム』にて初キャラクターデザインを務めた。 『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』キャラクターデザイン、『呪術廻戦』総作監を担当。オリジナルコミック『ウロボロスの冠』配信中。

「第4次アニメブーム」と呼ばれている現在、その市場規模は年々成長を続けている。Netflixをはじめとする映像配信サービスにおけるアニメコンテンツの好調や、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』の大ヒットから見えてくるのは、アニメがすでにオタクだけのものではなく、万人の娯楽として市民権を得たという現実だ。 アニメ人気が高まるにつれて、業界への憧れもうなぎ登り状態だが、一方で「薄給」「激務」といったネガティブな話も尽きない。「その仕事、やめる?やめない?」第10回のゲストは、そんな超過酷と言われるこの世界に20年以上にわたり身を置くアニメーターの西位輝実さんだ。最近では、『呪術廻戦』で総作画監督を務めるなど、その目覚ましい活躍に大きな注目が集まっている。アニメーターという辛くも楽しい仕事の実情や、「夢」と「現実」との狭間で好きを貫き生きていく術について話をうかがった。

初給料2,800円の衝撃! 親に頭を下げて乗り越えた2年間

もともとは漫画家を目指していたという西位さんが、アニメーターという仕事を意識しはじめたのは大阪デザイナー専門学校時代のこと。同校には漫画の学科もあったが、当時は、現役の漫画家など「プロ」が自ら教えてくれるような実践的なカリキュラムはまだ確立されていなかった。より専門性の高い授業を期待して、漫画と親和性の高いアニメのコースを選択したという。

西位:でも、その時点では、まだアニメーターとしてやっていく、ということは全然考えていませんでした。その道に進むきっかけとなったのは、当時ハマっていたテレビアニメ『少女革命ウテナ』(1997年)です。この作品に衝撃を受けて、アニメーターってすごいな、と。劇場版が1999年公開とアナウンスされていたので、『ウテナ』を制作している会社に頑張って入れば、私も制作に参加できるのではと思ったんですね。『ウテナ』のテレビシリーズのクレジットを見て、制作に入っているスタジオに片っ端から電話をかけた、という感じです。

西位輝実さん

上京し、アニメの作画作業をメインに担当する「スタジオコクピット」に所属することになった。その最初の担当は、新人アニメーターの修行の場である「動画」の部署だった。

西位:「動画」は、作画における一番後ろにある行程で、いわば絵と絵のあいだの「動き」を補完することと、原画の清書をするのがメインの仕事です。初めの1か月は、ほとんど線を引く練習で終わりました。ちなみに、最初の月給は衝撃の2,800円です。日給、ではなく。会社によって基本給がつくところもあるとはいえ、動画のポジションは基本的に出来高制です。しかも、1枚あたり150円から200円、高くても500円程度。私の頃は、月に300枚やって4〜6万円くらい、まあとてもじゃないけど食えませんよね(苦笑)。2年間だけ、学費を出すつもりで面倒見てくれと親に頭を下げて、仕送りをもらいながら何とかやっていました。

貧乏だけど、楽しかった。文化祭前夜が延々続くような日々

「アニメーション制作者実態調査報告書2019」によれば、アニメ制作者全体の平均年収は440万円、アニメーターの動画ポジションの平均年収は125万円。他業種と比較しても、収入面では圧倒的に厳しいことが見てとれる。

西位:何とか食えるようになったのは、アニメーターになって約2年後の、22、23歳の頃ですね。親の仕送りなしで、年金とかもすべて免除申請をして、月給8万円でギリギリ生きていけるようになった。それだって、普通の基準でいったら全然食えてないだろ! って感じですけど(苦笑)。でも、好きな絵を延々描いていられるから、苦しいとか以前に、とにかく楽しかったんです。労働と思ってなかったのでしょう。

職場は、自分も含めて夜型人間ばかりで落ち着くし、まわりの同年代はみんな食えない同士だったので仲も良かったですしね。特売の白菜を見つけたら、大きな1株をみんなで小銭出し合って分けたりとか、そういうライフハック的な発想で、むしろ貧乏を楽しんでいたように思います。一般の基準からしたらブラック企業認定間違いなしの長時間労働も、あの頃は平気でした。ほら、文化祭の前って、3日間くらい夜も学校を解放してたじゃないですか。で、遅くまで作業して。あの祭りの前のワクワク感が、延々と続いている感じです。だから家に帰れず、会社の床で机の下に頭突っ込んで寝ちゃう、みたいなのも苦痛じゃなかった。若かったから、というのもあるんでしょうけど。

もちろん文化祭前夜のノリは楽しいし、ランナーズハイ的な状態は辛いという感覚を麻痺させるだろう。でも、それが続くとなると話は変わってくる。疲れも溜まれば、だんだん自身の置かれた状況に疑問も生まれてくる。

西位:月給30万円くらい、アニメーターとして、まあまあまっとうに稼げるようになったのが作画監督やチーフを任されるようになった27歳のときでした。ただ、そのぶん忙しさもハンパなくなり、「なんか全然寝れないんだけど」みたいな状況にイラッとしたりして。最初の頃は知識もないし、いまみたいにSNSで情報を共有するような機会もなかったから、自分の置かれている環境が異常だということに気づけなかった。でも、長く働いているうちに、だんだん「この仕事、変だぞ?」というのがわかってくるんですよね。大好きな絵を毎日描けて楽しいとはいえ、作品がヒットしてもウチらはジリ貧のまま。でも、これで儲けている連中もじつはいるらしいぞ? みたいな。

社員だと思ったらフリーランスだった。アニメスタジオはちょっとマイルドな「ヤクザ」の世界

その後、西位さんはスタジオコクピットを辞め、「スタジオ潮風」の立ち上げに参加する。理由は、やはり現状への不満からだったのだろうか。

西位:アニメーターって極端にフリーランスの多い仕事で、仮にスタジオに所属していても、雇用形態としてはフリーということがほとんどなんです。じつは私も、コクピット時代を含めて、いまに至るまでずっとそう。で、すごいのは、働いている当人も、そのことにしばらく気づかなかったりするんですよね。入るには試験も面接もあるし、いざ採用となれば自分の机も用意される。扱いや責任はほとんど社員と変わらない。アニメーターの多くは社会人経験とかないから、どんなに変でもそれに気づかないんです。でも福利厚生もなければ、ボーナスもない。コクピットの場合、席代と称して給料から1割引かれていましたしね。だんだんと「なら、仲の良い者同士で部屋を借りたほうがいいのでは?」となっていって、それで仲間と立ち上げたのが「スタジオ潮風」だったんです。

とはいえ、右も左もわからない駆け出しの時期を支えてくれたスタジオコクピットには恩しかないという。

西位:釈然としないことも多々ありましたが、あそこで働いていなかったら、いまの私はありません。自分が憧れてやまなかった作品に携わってきた、すごい先輩もたくさんいて、とにかくたくさん勉強させてもらいました。アニメのスタジオって、言うなればヤクザの世界を「ちょっとマイルドにしました」みたいなところなんです。昔は、発注元とモメたフリーランスが仕事を干さるみたいなことが横行していたり、仕事相手の会社が潰れてギャラを取りっぱぐれたりすることも珍しくなかったみたいで。そこで荒れた関係を取り持ったり、ギャラの交渉を代わりにやったりと、アニメーターを支援しつつ囲うようなかたちではじまったのがスタジオというシステムと聞きました。

つまり、そこの社長が取り仕切る親分で、アニメーターは子分みたいな世界。うさんくさい部分も少なくなかったですけど、基本的には親切心から生まれたシステムのようです。コクピットの社長も、すごく人望の厚い人でした。もし最初に勤めたのがあそこじゃなかったら、私はアニメーターの仕事を辞めていたと思います。

西位さんの仕事机

西位さんの仕事机

不得意な絵柄のジャンルで認められたばっかりに……。「苦手でも手を抜かない」が次の仕事に繋がる

憧れのアニメ作品に関われるかも、という夢からはじまったアニメーター人生だが、「仕事」である以上、当然自分のやりたい作品だけを担当できるとは限らない。所属するスタジオが請け負った作品が、あるいは個人として依頼を受けた作品が、まったく興味のないジャンルだったりすることだってあるはずだ。どのように折り合いをつけているのだろうか。

西位:私は少年漫画が好きで、描くのもそういう絵柄が得意です。でも、2000年代以降、萌えアニメ全盛の時代に突入し、不得意なジャンルの作品も手掛けなければならなくなり苦労しました。アニメーターにとって、キャラクターデザインを担当できるようになることは、いわば「自分の絵」を世間に知ってもらうきっかけになるので、キャリア的にとても重要です。私が初めてキャラデを担当したのは『輪るピングドラム』(2011年)という作品で、萌え絵ではないものの、色気がすごくて、どちらかというと不得意なタッチで……。その作品で評価されてしまったばっかりに、しばらくは似た傾向のタイトルが続いてちょっとだけ困りましたね(苦笑)。

とはいえ、「この作品は、あなたの絵でいきたい」と指名されるのは喜ばしいことだ。苦手とは言いつつも、依頼には全力で応えてきた。すると、荒木飛呂彦の人気漫画を原作とした『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』(2016年)をはじめ、得意とする少年漫画のアニメ化作品にも声が掛かるようになっていった。

西位:『ジョジョ』は、だいぶ前にお仕事をご一緒した津田尚克さんがディレクターを務めた作品です。雑談をしているときに「私は少年漫画が好きで〜」みたいな話をしたのかもしれないですね。なんにせよ、自分の好みとか以前に、引き受けた以上は手は抜けないわけです。得意じゃないからといって、そこでクオリティーを下げてしまうと、以降の仕事がこなくなってしまうので、つねに一生懸命やる。ありがたいお話をいただくたびに、「誰がどこで見ているかわからないな」と思いますね。

『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』テレビ放送スタート時に、西位さんがTwitterに投稿した主人公・東方仗助のイラスト。本作は2016年4月から12月まで3クールにわたって放送された

『ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない』テレビ放送スタート時に、西位さんがTwitterに投稿した主人公・東方仗助のイラスト。本作は2016年4月から12月まで3クールにわたって放送された

パッションが生む「奇跡」と「犠牲」の狭間で

現在、スタジオには所属せず、自宅を仕事場とするフリーランスとして働いている西位さん。近年では、著書などを通して、アニメーターとしてサバイブするためのノウハウを、実務レベルから精神面まで、後進に向けて精力的に発信し続けている。そこには、長年続くアニメ業界がはらむ構造的な問題への危機感や、クリエイターがものづくりを続けるために必要な「自衛」への意識が見て取れる。

西位:良くも悪くも、アニメの世界は特殊すぎるんですよ。他所の業界の人と話をするときに、私たちのなかの「常識」をどのように説明したものか、毎回困りますからね(苦笑)。まあ滅茶苦茶な面は多分にありますが、少なくとも私は、先輩からよく聞いた、かつて頻発していた取引先とケンカして仕事が干されるようなケースには運良く直面していません。業界も、昔に比べればだいぶマトモになってきているのでしょう。

『アニメーターの仕事がわかる本』(玄光社)。アニメーターの働き方について、西位さんの実体験と取材をもとにまとめた、業界の入門書

『アニメーターの仕事がわかる本』(玄光社)。アニメーターの働き方について、西位さんの実体験と取材をもとにまとめた、業界の入門書

2019年に関連法案の一部が施行され、現在日本社会に浸透しつつある「働き方改革」は、アニメ業界にも大きな影響を与えているそうだ。これにより、かつての「24時間不夜城」状態は過去のものとなった。もちろん良き変化だが、一方で、こうした働き方の是正がむしろアニメーターの首を締めるという皮肉な事態も引き起こしているという。

西位:システムを正常化させていけばいくほど、もとのスタッフ数では仕事をカバーしきれなくなり、追加で人員が必要になってきます。結果的に、アニメーター一人ひとりのギャラが少なくなってしまうという負の側面も。また、不眠不休で、アニメーターが身体も心もすり減らしながら頑張ったことがもたらした「奇跡」も過去にはたくさんありますからね。

似たようなところで、無駄が、必ずしも無駄だと言い切れないのが、この世界のやっかいなところなんです。一見無駄に見えた監督のこだわりとか、それゆえに発生した執拗な直し作業が、完成してみたらとんでもなく良く作用して、それゆえに「傑作」と呼ばれるようになったケースだってある。これはアニメに限った話ではないかもしれませんが、つくり手のパッションが大きく作用するのが「芸術」です。でも、そのために末端が犠牲になるのはどうなのかと、もやはり思う。このジレンマを解消については、これからも業界全体で考え続けていかなければいけないと思っています。

「好き」でも仕事は辛いもの

アニメーター生活23年目を迎える西位さんは、これまでの苦労を時に笑いを交えながら語ってくれたが、そうしたある種の余裕も、無数の修羅場をくぐり抜けてきたからこそ生まれたものに違いない。聞けば、夢破れて去っていく人も少なくなかったとか。過酷な労働条件でも「好き」を貫けた理由は何だったのだろうか。

西位:自分が見ている限りでは、挫折する人は、自己評価と他者からの評価との差が大きいんですよね。これは、やっているのが「好きなものだから」ということも大いに関係していると思います。好きで、自信を持っている自分の絵が否定されたことでメンタルを病んでしまうケースが本当に多い。自意識過剰にならないほうがいい、ということは、これからアニメーターになろうと思っている人には強く伝えたいことですね。卑屈にならず、驕らず「自分なんて、こんなもんだよな」くらいに思っているほうが精神衛生上もいいですよ。

アニメーターと並行して、オリジナル漫画『ウロボロスの冠〜敵国の少女ふたりが出会うとき〜』の制作も続けている西位さん。Kindleにて発売中

アニメーターと並行して、オリジナル漫画『ウロボロスの冠〜敵国の少女ふたりが出会うとき〜』の制作も続けている西位さん。Kindleにて発売中

西位:大事なのは、とにかくメンタルを鍛えること。私は、ネットの匿名掲示板「2ちゃんねる(現・5ちゃんねる)」全盛の時代にアニメーターになったのですが、仕事をしていくと、やっぱりあることないこと書かれるんです。最初はそういうのにいちいち落ち込んでいましたが、「自分に一銭もくれない人の言うこと聞く必要はない」という先輩の一言でハッとしたんですよね。それでメンタル強者になるべく、自衛隊の本とかスポーツコーチング的な本を大量に読み漁りました。お陰様でいまは、ネガティブな意見は見ない、SNSで見かけても平常心でブロックできるようになりました。そんな人より、自分を好きになってくれた人に時間を割くべきです。名前が売れれば必ず叩かれるものです。覚悟して慣れてしまうに限ります。

あとは、アニメ以外の友だちがいるといいと思います。業界の常識にどっぷりになりすぎると、おかしいことを「おかしい」と気づけなくなってしまうので。私も、仕事とプライベートの趣味は分けるようにしていて、通っている習い事の場ではアニメの仕事をしていることは黙ってますからね(笑)。

アニメは、集団作業を前提にした仕事だが、それでも、いやそれゆえに独り立ちすることが大事だとも教えてくれた。

西位:集団でつくっていると、人に寄り掛かろうと思うと簡単にできてしまいます。安易にできてしまうからこそ、そこは敢えて一人で立つことに意識的になったほうがいい。そうじゃないと、いざというときに「役に立たない」と判断され、切られてしまうこともありますからね。

アニメの世界では、「絵の巧さ」に絶対の価値があります。だから、腕を磨き続けるのはもちろんのこと、得意なジャンルを複数持っておくことも大事です。まあ、言うは易し行うは難しですが、「仕事」は何であっても大変なものです。それは、好きなことをやっていたとしても一緒。だから、もし「好き」を仕事にするか否かで迷っている人がいるなら、「いま自分の気持ちを抑えても、どうせあとからチャレンジしたくなりますよ」と伝えたいですね。後悔するくらいなら、思い立ったときにすぐ飛び込んじゃったほうがいいのではないでしょうか。

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