当たり前がひっくり返る ダンスの祭典『Dance New Air』の違和感

ダンスは「集団>個人」を「集団<個人」に、そして「集団≠個人」へと転換させる

協調性というものがどうも苦手で、それでフリーランスの書き手になったような筆者にとって、昨今盛り上がっているダンスは「好き」と「嫌い」が混ぜこぜになった複雑な対象だ。高校ダンス部選手権における学生たちの熱狂。盆踊りにおける伝統や地域共同体への憧憬。その魅力は認めつつ、しかしやっぱり「集団>個人」の図式に引け目を感じてしまうのは、集団行動の苦手な元帰宅部員の私の性分なのだろう。不良っぽいオラオラないかついダンスを見るといまだにビビってしまう38歳。

そんな筆者は、もう少し内省的で個人的な動機から始まったダンスとしてコンテンポラリーダンスを好ましく受け止めている。もちろんバレエを起点として、モダン、ポストモダン、そして現代にいたる舞踊史を前提とするコンテンポラリーダンスは歴史や文脈と無縁ではない。

しかし、大きな歴史を個人の視点から見直してみたり、そこにダンサーや振付家個人の身体を介入させる営みには、「集団>個人」を「集団<個人」に、そして「集団≠個人」へと転換させる可能性がある。10月3日から14日まで青山周辺の各所で行われるダンスフェスティバル『Dance New Air 2018』にも、海外アーティストの作品を中心に、個人と集団の関係性を再考するものがラインナップされている。

エアロビクスをモチーフにした音のないダンスが、我々に示すもの

例えばパウラ・ロソレン / Haptic Hideの『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』は、商業色の強いエアロビクスから音楽を取り出し、その動きとコンビネーションにフォーカスした作品だ。先だって公開されたインタビュー記事に詳しいが(参考:振付家パウラ・ロソレンが超えようとした、典型的なダンスの限界)、この試みはエアロビクスがアメリカ空軍の飛行訓練から生まれた歴史、そしてスポーツに内在する政治性をユーモラスに示すものだろう。

歴史を巻き戻すことはできないが、芸術においては異なる歴史を想像できるかもしれない

2人の女性ダンサーがまったく同じ振付で踊り始めるルーシー・ゲリンの『SPLIT』は、オーストラリア先住民のアボリジニと入植者である白人の関係を意識させる。ポリリズミックな太鼓の音や、「水差しから水を注ぐ」「横たわって耳をそばだてる動物」といった象徴性の強い振付からは原始的な素朴さや荒々しさを連想するが、それらの動作をダンサーたちが完璧なシンクロで遂行した途端、空間は人工的でクールな印象に満たされる。それはあたかも、先住民の文化が西洋文明によって排除されていったオーストラリアの近現代史の再演のようだ。

だが、白いテープで空間が分割(Split)されると、作品は別の様相を見せ始める。完璧なシンクロは崩れ、征服者と被征服者の関係は揺らぐ。現実の歴史を巻き戻すことはできないが、芸術の枠内においては、異なる歴史を想像することができるかもしれない。そんな振付家の意志を感じさせる作品になっている。

映画『ファニー・ガール』のその後を描いているようにも思える、女性2人のコミュニケーション

ラシッド・ウランダンの『TORDRE(ねじる)』も、2人の女性ダンサーを対比的に扱う構造だが、1968年制作のアメリカ製ミュージカル映画『ファニー・ガール』のオープニング曲の冒頭を何度もリピートする幕開けに心が踊る。

振付家であるウランダンと、彼が信頼を寄せるダンサーの関係性から生まれたという本作の主役は、旋回(スピン)を特技とするリトアニア人ダンサーと、英国のCandoco Dance Companyに所属するアメリカ人ダンサーだ。洗練の内側に、独創的な美を潜ませる2人は、それぞれの固有の技術でコミュニケーションを重ねていく。

映画『ファニー・ガール』は、主人公のファニー・ブライスが自らの個性を武器に大女優の道を駆け上がっていく前半部と、掴んだはずの自信と幸せな日々に翳りが指す後半部の対比が見事な佳作だが、『TORDRE』はその後のファニー・ガール(ズ)を描いているようにも思える。恋人からの承認がなくとも、彼女たちは彼女たちだけの個性(=ねじれ)で踊り続けることができるのだから。

いま挙げた3つの作品で尊重されているのは、歴史、社会、共同体といった大きなグループのなかにあっても、個人が個人として生きる意志を持つことではないかと思う。100~200人規模のスタジオに最適化されたこれらの作品は、AKBグループやEXILEが数万人を一度に熱狂させるような、アリーナ規模の施設では成立しがたいだろう。だが、きわめて限定された空間だからこそ交わすことのできる、個人対個人のコミュニケーションがあるはずだ。そしてそこには、自分の「当たり前」がひっくり返るような驚きや発見がある。

小さな衣ずれの音、かすかに乱れる呼吸、ふっと観客に向けられた視線の動き。個人から発せられる、そんな微細な情報に耳と目を傾けることは、筆者が何より大切にしたいダンスの歓びだ。

イベント情報
『Dance New Air 2018』

2018年10月3日(水)~10月14日(日)
会場:スパイラルホール、草月ホール、草月プラザ、ゲーテ・インスティトゥート 東京ドイツ文化センター、VACANT、シアター・イメージフォーラム、青山ブックセンター本店、スタジオアーキタンツ、リーブラホール、ワールド北青山ビル、THREE AOYAMA

ルーシー・ゲリン『SPLIT』

2018年10月3日(水)、10月4日(木)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール

ラシッド・ウランダン『TORDRE(ねじる)』

2018年10月6日(土)、10月7日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール

パウラ・ロソレン / Haptic Hide『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』

2018年10月13日(土)、10月14日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール

プロフィール
ルーシー・ゲリン

オーストラリア、アデレードに生まれる。1982年にCentre for Performing Artsを卒業後、Russell Dumas(Dance Exchange)、Nanette Hassall(Danceworks)のカンパニーに参加。89年ニューヨークに移り、7年間活動。そこでTere O'Connor Dance、Bebe Miller Company、Sara Rudnerと共に踊り、自身の振付け作品のプロデュースも始めた。96年にオーストラリアに帰国すると、インデペンデントアーティストとして活動し、『Two Lies』(96)、『Robbery Waitress on Bail』(97)、『Heavy』(99)、『The Ends of Things』(00)といった新しいダンス作品を創作した。02年には、メルボルンでLucy Guerin Incを立ち上げ、コンテンポラリーダンスのコンセプトと実践への挑戦・発展にフォーカスした新作公演の立ち上げ、クリエイション、ツアーのサポートを行っている。

ラシッド・ウランダン

1995年よりアートプロジェクトを行う。パリ市立劇場およびアヌシー国立舞台Bonlieuのアソシエート・アーティストを務めた。コラボレーション・プロジェクトにも数多く参加。リヨン・オペラ座バレエ団のための振付作品(『Superstars』(2006年)、『All around』(2014年))や、Intradance projectの一環でシベリアでレジデンス制作を行った、ロシアのカンパニーMigraziaの4人のダンサーのための振付作品(『Borscheviks… a true story…』(2010年))、英国のCandoco Dance Company の創設20周年を記念した、障害を持つダンサーとの作品(『Looking back』(2011年))などがある。ダンスカンパニーL'A.の創設以来、ドキュメンタリー映画監督や作家とのコラボレーションのもと、緻密な証言・証拠に基づいた創作を行っている。証言の詩学を探求する振付作品を介して、舞踊芸術が社会的論議に寄与することを目指している。16年1月より、ヨアン・ブルジョワとグルノーブル国立振付センター(CCN2)の共同ディレクターを務める。

パウラ・ロソレン

1983年、アルゼンチンに生まれ、現在はドイツのフランクフルトを拠点とする振付家、ダンサー。エッセンのパクト・ツォルフェライン、ポーランドで開催された『ヨーロッパ・コンテンポラリーダンス・フェスティバル』など、各地の重要な劇場で作品を上演。2014年にはパリの国際コンクール「ダンス・エラジー」で優勝した。2016年にコンテンポラリーダンスの祭典『タンツプラットフォーム』にて披露した作品『Aerobics!- A Ballet in 3 Acts』を、東京・青山で開催される『Dance New Air 2018』でアジア初上演予定。



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