Fanfare Ciocarlia来日。世界最速ジプシーブラスから歴史を学ぶ

6月29日から来日ツアーを行い、6月30日には『大ブラス・フェスティバル!』、7月6日には『ジャズ・ワールドビート2019』に出演を果たすルーマニアのジプシーブラスバンド「Fanfare Ciocarlia(ファンファーレ・チォカリーア)」。映画『アンダーグラウンド』でも彼らの演奏する楽曲が使用されるなど、世界的に名が知られるバンドの来日に寄せて、今一度その歴史を紐解くロングライナーを贈る。

『FUJI ROCK FESTIVAL '14』にも出演したことのあるFanfare Ciocarliaの音楽は、ヨーロッパのみならず、日本の土着音楽とも接続する。ルーマニアの小さな村で冠婚葬祭に寄り添うささやかなものとして生まれた音楽は、いかにして世界を旅するものとなったのか。小さく狭い生活と世界を繋ぐ、ロマンティックな道のりがそこにはあった。

ルーマニアの小さな村からジプシーブラスが世界へ広まった背景

Fanfare Ciocarliaと言えば、「超高速ブラスバンド」みたいなコピーと共に売られていたのを思い出す。ルーマニア北西部のゼチェ・プラジニという村で活動していた彼らは、もともとはルーマニアの村の冠婚葬祭などで演奏していたローカルなブラスバンドだったが、1990年代に世界的なグループになっていった。

2014年の『FUJI ROCK FESTIVAL』でのライブ 撮影:石田昌隆
Fanfare Ciocarlia(ふぁんふぁーれ ちぉかりーあ)
ルーマニア北東部の寒村ゼチェ・プラジーニ出身。映画『アンダーグラウンド』(1995年カンヌ映画祭パルムドール)や『黒猫・白猫』(1998年ベネチア国際映画祭銀獅子賞)で注目されたジプシー・ブラス・スタイルで、伝統音楽からポピュラー音楽までを、強烈な疾走感・壮快感に満ちた演奏を聴かせる。2000年に初来日を果たし、2014年には『FUJI ROCK FESTIVAL』にも出演した。2019年6月末から6度目となる来日ツアーが予定されており、6月30日は『大ブラス・フェスティバル!』、7月6日には『ジャズ・ワールドビート2019』に出演する

元々はチョチョクと呼ばれるバルカン半島の音楽がベースにあり、そのルーツをオスマントルコの軍楽隊のメフテルなどに持っているため、その編成はトランペット、テノールホルン、バリトン、チューバ、クラリネット、サクソフォーンの管楽器を中心に、バスドラム、パーカッションの打楽器が加わるかたちだ。

そんな村のブラスバンドをドイツ人のプロデューサーのヘンリー・エルネストが発見し、バルカンブラス / ジプシーブラスとして紹介され、1998年の『Radio Pascani』や翌1999年の『Baro Biao』で世界に広まったわけだ。この2枚は彼らが昔から地元で演奏していた馴染みの曲を録音したもので、『Baro Biao』に関しては地元で演奏していた結婚式用の定番曲が集められている。

Fanfare Ciocarlia『Radio Pascani』を聴く(Apple Musicはこちら

村のバンド達。各々が自由に音楽を楽しむ中でブラスバンドが形成されていく。右から3番目はFanfare Ciocarliaの初代リーダー、イオン・イヴァンチャ(1940-2006)

エミール・クストリッツァによる映画『アンダーグラウンド』と『黒猫・白猫』の大きな影響

ただ、Fanfare Ciocarliaのようなジプシーブラスが一気に広まったのは、同時代に活躍した映画監督の影響も無関係ではなかった。それが旧ユーゴスラビアのサラエヴォ出身の映画監督エミール・クストリッツァ監督だ。

彼の代表作とも言えるナチスドイツ占領下のセルビアを舞台にした1995年の『アンダーグラウンド』、ジプシーを主人公にした1998年の『黒猫・白猫』は映画としても傑作とされているが、映画としての部分だけが称賛されているだけではない。1996年に『カンヌ国際映画祭』でパルムドールを受賞した『アンダーグラウンド』では旧ユーゴスラビア出身の作曲家ゴラン・ブレゴビッチが音楽を手掛けていて、映画の中でジプシーブラス的なサウンドも含めた旧ユーゴスラビアの音楽も高い評価を得ていた。

映画『アンダーグラウンド』の一幕。この映画の音楽で全編ジプシーブラスが使用され、世界中で注目された

ただ、ジプシーブラスの名を世界に知らしめるほどのきっかけを作ったのは何と言っても『黒猫・白猫』だろう。映画ではエミール・クストリッツァ自身が率いるブラスバンド、The No Smoking Orchestraの音楽が全編で流れているからだ。そのうえ、クストリッツァは『黒猫・白猫』のサウンドトラックをリリースしてヒットさせるだけでは飽き足らず、2000年には「Emir Kusturica & The No Smoking Orchestra」名義でオリジナルアルバム『Unza Unza Time』を発表して、これもまたヒットさせている。Fanfare Ciocarliaと同時期にクストリッツァがこういった動きをしたことで、世界的なジプシーブラスブームが起きていた、というような状況があったわけだ。

デビュー当時のFanfare Ciocarlia

ロマ音楽をベースに、世界中の土着的な文化を吸収してきたFanfare Ciocarlia

ここからはFanfare Ciocarliaの音楽について解説していこう。彼らはチョチョクと呼ばれるロマの音楽をベースにした音楽を演奏している。ロマはアジアから中東、ヨーロッパへと大陸を跨いで移動しながら、その土地の文化を吸収し、また別の土地へと移動してはこれまでに赴いてきた土地の文化を届けていて、文化の媒介者的な存在にもなっていた人達で、ヨーロッパの音楽の豊かさに大きく貢献している。

2014年の来日公演
Fanfare Ciocarlia『Gili Garabdi』を聴く(Apple Musicはこちら

つまりロマが運んできたインドからトルコ、東欧から、バルカン半島までの様々な要素が入り混じっているFanfare Ciocarliaの音楽はルーマニアの音楽でも、東欧の音楽でも、ヨーロッパだけの音楽でもなく、ユーラシア大陸の音楽と呼んでもいいようなスケールのものと言っていい。これまでに取材してきたヨーロッパのジャズミュージシャン達が幾度となく僕にロマの話をしてくれた。「ここにこういう音楽があるのはロマが運んできたからだ」と。

例えば、Fanfare Ciocarliaの音楽を聴いていると、そもそもトルコ由来のブラスバンド形態であるわけでどこか中東やアジアのような旋律を感じたりもする。その中にはインドやパキスタンの音楽のような雰囲気があったりもするのだが、その影響も認められていて、それも大陸を通じてロマが運んできたものなのだろう。

Fanfare Ciocarliaを追った2002年製作のドキュメンタリー映画『炎のジプシーブラス 地図にない村から』で使用されたビジュアル。こうして旅をしながら音楽を鳴らし続けている

実はFanfare Ciocarliaが出てきた1990年代はロマの音楽が注目された時期でもあった。1989年に東西の冷戦が終わったのがきっかけで東西の交流が再開され、西側のプロデューサーが東側に立ち入れるようになったことや、東側のジプシー音楽家が西側に出て演奏できるようになったことで、西側のロマの存在が知られるようになったというのがこの時期にロマが注目されるようになった理由のひとつだ。

例えば、ルーマニアのクレジャニ村のロマによるバンドのTaraf de Haidouks(タラフ・ドゥ・ハイドゥークス)もそのひとつ。デビュー作は1991年にベルギーのクラムドディスクからリリースされていて、1993年のジプシー音楽の映画『ラッチョドローム』によりヨーロッパで広く知られるようになった。ただアメリカのノンサッチからリリースするようになった1999年の『Taraf de Haidouks』や2001年の『Band of Gypsies』で広く知られるようになったという意味では、Fanfare Ciocarliaやクストリッツァと同時代に世界的な成功を収めている。こちらはブラスバンドではなく、それぞれ複数のバイオリンとアコーディオンによる編成だが、その音楽を聴けばFanfare Ciocarliaと通じるようなヨーロッパ大陸を移動してきた末に東欧に辿り着いたのがわかる旋律が聴こえる。

また1999年にはジャズに精通していることでも知られる名監督ウディ・アレンによる映画『ギター弾きの恋』が公開された。

ギタリストのジャンゴ・ラインハルトで知られるロマによるジャズと言ってもいいジャンルのマヌーシュ・ジャズ(ジプシージャズ)のギタリストを主人公にしたこの映画がきっかけで、マヌーシュ・ジャズやジャンゴ・ラインハルトが注目を集め、過去の作品がCD化されたりもしていた。EGO-WRAPPIN'の2000年のヒット作『色彩のブルース』には歌詞にジャンゴ・ラインハルトが登場する“GIGOLO”という曲があったりもした。2003年にはジャンゴ・ラインハルトとマヌーシュ・スウィングをテーマにしたフランス映画『僕のスウィング』が公開。90年代後半から2000年代前半はマヌーシュ・スウィング再評価の時期でもあったのだ。

EGO-WRAPPIN'『色彩のブルース』を聴く(Apple Musicはこちら

ジプシーブラスに限らず、様々な形でロマの音楽への関心を煽る出来事が同時多発的に起きていたのが1990年代の後半だった。その時期のトピックのひとつとしてFanfare Ciocarliaのブレイクもあったのだ。

映画『炎のジプシーブラス 地図にない村から』の一幕。小さな村の中でそれぞれに楽器を修繕・構築。そこから世界中を渡る音楽の旅が始まっていった

その機動力の高さと音楽性によって世界史と接続してきたジプシーブラス

再び、ジプシーブラスの音楽性に話を戻そう。ジプシーブラスに関しては、軍楽隊がルーツにあるブラスバンドのフォーマットで、パーカッションや太鼓はあるものの、ドラムセットやベースがいなくて、その代わりに低音部分をバリトンサックスやチューバといった管楽器がベースライン的な役割を果たすという意味では、ルーマニアとは遠く離れているがアメリカ南部のニューオーリンズのブラスバンドとも共通している。

2011年のFanfare Ciocarlia。その編成の特徴がわかりやすく確認できる

ジャズを生んだ土地でもあるニューオーリンズのスタイルでもあるブラスバンドは古くはチューバ、その後はチューバを改良したスーザフォンが低音を担当する。そして、Fanfare Ciocarliaのようなジプジーブラスと同じく機動力が高いニューオーリンズのブラスバンドもまたその地域で葬送の音楽を担当していて、「ジャズ・フューネラル」という葬送のパレードの際にブラスバンドが演奏するのはよく知られている。

これを遡るとニューオーリンズが17世紀からフランスの植民地だった時代があることなどがルーツにあり、ニューオーリンズに関してはカリブ海に面していたこともあり、アフリカから連れてこられた黒人奴隷達がカリブ海の島々に連れていかれ、そこで独自の進化を遂げたラテンのリズムの影響が入っていることがルーマニアのブラスバンドとのわかりやすい違いだろうか。そうやって、ブラスバンドという形態をひとつとっても世界史と繋がっていて、様々な地域の様々なジャンルと結びつていていく。つまりブラスバンドという形態そのものがミクスチャーとしての条件を内包しているのだ。

Fanfare Ciocarliaと日本のジャズとのリンク

また、僕がこのFanfare Ciocarliaを聴いたときに思ったのは、ルーマニアの音楽なんてこれまで聴いたことないはずなのにどこかで聴いたことある気がするというものだった。ニューオーリンズのブラスバンドに関してはフォーマットや文化的な類似点はあるものの音楽的には雰囲気がずいぶん違う。僕が近いものを感じたのは、当時たまたま聴いていた日本のジャズだった。例えば、それは渋さ知らズだったし、篠田昌已がやっていたコンポステラ。

渋さ知らズ『渋星』を聴く(Apple Musicはこちら

それはおそらくコンポステラをはじめ、こまっちゃクレズマなんてグループまでやっていたサックス奏者の梅津和時など、あるシーンの日本のジャズミュージシャン達が魅了されていたクレズマー・ミュージックとの接点を感じたのだろう。

小さな村、世界の辺境から生まれた音楽が次々に接続していく。写真の左はFanfare Ciocarliaの初代リーダー、イオン・イヴァンチャ(1940-2006)
Fanfare Ciocarlia『Onwards to Mars!』を聴く(Apple Musicはこちら

クレズマーは東欧系のユダヤ人による音楽で、彼らが歌い継いできた民謡をルーツに持つ。つまり、クレズマーもまたルーマニアと同じく東欧の音楽でロマの音楽とも繋がっていて、そこには祖国を追われたユダヤ人が東欧の地に逃れ行って定住していった物語も含まれていて、様々な理由で音楽と人が移動し、それが新しい音楽を生んでいった流れとも繋がっている。例えば、そういったクレズマーやユダヤ人(ジューイッシュ)達の音楽を丹念に調べながら、様々な形で録音していったジョン・ゾーンと彼のレーベル「Tzadik」のような存在がアメリカNYにあったりと、1980~1990年代のジャズにおいて、クレズマーはかなり注目されたトピックだった。

今思えば、ジョン・ゾーンがやっていたことは、世界中に散らばったユダヤ人達のディアスポラの歴史を音楽面から調べ、集めて、新たな音楽として再構築し、その歴史を提示するようなものだったのだろう。それはまさに2010年代後半の今、アフリカのアンジェリーク・キジョーや、アメリカのクリスチャン・スコット、UKカリビアンのシャバカ・ハッチングスらが、アフリカやカリブのディアスポラという視点でやっている音楽と同じようなこと(をずいぶん前からやっていた)ということになるだろう。そして、ディスポラの音楽を探すことは、歴史的に西洋諸国が行ってきた過ちに目を向けることでもある。

西欧の音楽から影響を受けた日本の「チンドン」

また、そのクレズマーは日本で生まれた音楽の「チンドン」とも無関係とは思えなかった。コンポステラや梅津和時だけではなく、ソウルフラワーユニオンの中川敬もチンドン・フォーマットのソウル・フラワー・モノノケ・サミットとして取り組んだりしていた。彼らによるハイブリッドなチンドンの音楽には確実にクレズマーからの影響が聴こえていたし、実際に彼らはクレズマーからの影響を語ってもいた。

日本ならではのいなたいメロディがクラリネットやサックスで奏でられるとき、そこからクレズマーと同じ匂いが立ち上るその類似性がそれらを自然に融合させることができた。だからこそジョン・ゾーンはコンポステラをTzadikからリリースしていたのだろう。

ソウルフラワーユニオン『満月の夕~90'sシングルズ』を聴く

僕がFanfare Ciocarliaの音楽を聴いたときに初めて会ったはずなのにどこか懐かしさを覚える音楽として聴いていたのは、日本のジャズ経由でのクレズマーやチンドンとの類似性を見ていたからかもしれない。ちなみにチンドンにサックスやクラリネットなどの管楽器が加わるようになった理由も明治時代に入ってから西洋から来た軍楽隊の影響とのこと。ここにも音楽から19世紀に歴史が見えてくる。

ちなみにFanfare Ciocarliaは、2014年の『Devil's Tale with Adrian Raso』でカナダ出身のマヌーシュ・スウィングのギタリストを、2016年の『Onwards To Mars』ではイスラエル出身でオルタナティブな手法で新たなクレズマーを模索しているコビー・イスラエリテを迎えたり、2011年の『Balkan Brass Battle』ではセルビアのジプシーブラス・バンドのボバン&マルコ・マルコヴィッチ・オーケストラとコラボしたり、2007年の『Queens and Kings』ではエスマ・レジェポヴァ、シャバン・バイラモビッチ、KALOOMÉなど、ロマ音楽の大物を招いたりしている。そもそも初めてゲストを招いたのが、2001年の『Iag Bari』で、ここではロマ音楽シーンのレジェンドのダン・アルメアンカを迎えている。つまり、Fanfare Ciocarliaは自身の音楽を追求するだけでなく、ロマが各地で作ってきた様々な音楽とコラボレーションしながら、ロマの音楽の豊かさを提示し続けているわけだ。

2011年『ジプシー・ブラス大決戦!!』では、セルビアを代表するジプシーブラス・バンド、ボバン&マルコ・マルコヴィッチ・オーケスターと共作。世界各地で音楽を通じて仲間を増やしていく

世界中の歴史を紡ぐ壮大でロマンティックな背景がありながら、「私達の村の歌」でしかないとも言える

最後にFanfare Ciocarliaのマネージャーのヘンリー・エルンストの言葉を紹介したい。

「ゼチェ・ブラジニ村は丘、森と草原にかくれた小さな村なんだ。300人もの人が住んでいるね。毎日の生活は静かで、ゆっくりとしていて、農業が生活の中心だ。そしてもちろん、ブラス音楽が村の生活に欠かせないものとなっている。突然にトランペットやチューバ、サックスの音が中庭から聞こえてくることがあるよ。村人達は夕方になると村にただひとつのバーに集まり、世間話をしたり、困っていること、その他何でもいろんなことを話したりしているよ。そこでもまたブラス音楽が聴ける。自然発生的な即席コンサートやコンテストなどが始まるんだ」

Fanfare Ciocarliaを世界に送り出したマネージャー、ヘンリー・エルンスト

Fanfare Ciocarliaは単純に聴いていて楽しいブラスバンドだ。ただ、その音楽の背景には掘り下げれば掘り下げるほど想像以上に深く大きな歴史が現れてくる。ルーマニアの村の結婚式で奏でられるささやかな祝祭音楽には、大陸を移動してきたロマが運んできた様々な地域の音楽のDNAが埋まっている。一方で、こんな壮大でロマンティックな背景があるのに、ローカルな「私達の村の歌」でしかないとも言える。そして、そんな村に求められ続け、ずっと奏でられ続けてきた音楽だからこそ、ここまで美しいのかもしれないとも思う。300人の村が大事にしてきた宝物をそっと分けてもらうような音楽から、僕らはヨーロッパの大陸を知るのだ。

「ジャズを軸に、世界に広がる魅力的な音楽を体感できるフェスティバル」の『ジャズ・ワールドビート』と、『大ブラス・フェステバル!』には、Fanfare Ciocarliaが日本のふたつのバンドと共に出演する。戦前も含めたスウィング・エラの日米のジャズやポップスを演奏しているジェントル・フォレスト・ビッグバンドと、ラテンやカリプソ、スカ、昭和歌謡などをジャズビッグバンドに落とし込んだような演奏をしているたをやめオルケスタのふたつだが、どちらも自国=日本の過去の音楽を含めた様々な音楽を再解釈しつつ、同時代の音としてポップに消化し演奏している。

この3バンドに共通するのはブラス・セクションの存在だけでなく、自身が育った国の音楽を再解釈していることだろう。そこにはノスタルジーさと同時代性が同居している。今年の『ジャズ・ワールドビート』と、『大ブラス・フェスティバル!』はブラスが奏でるノスタルジックで華やかなエンターテインメントの宴と言えるかもしれない。

イベント情報
『ジャズ・ワールドビート2019』

2019年7月6日(土)
会場:東京都 めぐろパーシモンホール
出演:Fanfare Ciocarlia、ジェントル・フォレスト・ジャズバンド、たをやめオルケスタ、他

『大ブラス・フェスティバル!』

2019年6月30日(日)
会場:神奈川県 よこすか芸術劇場
出演:Fanfare Ciocarlia、ジェントル・フォレスト・ジャズバンド、たをやめオルケスタ、他

来日ツアー『Fanfare Ciocarlia』

ゲストダンサー:Nourah(7/8大阪公演を除く)

2019年6月29日(土)
会場:千葉県 船橋市民文化ホール

2019年7月2日(火)
会場:宮城県 えずこホール

2019年7月4日(木)
会場:東京都 武蔵市民文化会館

2019年7月7日(日)
会場:愛知県 穂の国とよはし芸術劇場プラット

2019年7月8日(月)
会場:大阪府 Billboard Live OSAKA

2019年7月9日(火)
会場:兵庫県 兵庫県立芸術文化センター
※完売

プロフィール
Fanfare Ciocarlia
Fanfare Ciocarlia (ふぁんふぁーれ ちぉかりーあ)

ルーマニア北東部の寒村ゼチェ・プラジーニ出身。映画『アンダーグラウンド』(1995年カンヌ映画祭パルムドール)や『黒猫・白猫』(1998年ベネチア国際映画祭銀獅子賞)で注目されたジプシー・ブラス・スタイルで、伝統音楽からポピュラー音楽までを、強烈な疾走感・壮快感に満ちた演奏を聴かせる。2000年に初来日を果たし、2014年には『FUJI ROCK FESTIVAL』にも出演した。2019年6月末から6度目となる来日ツアーが予定されており、7月6日には『ジャズ・ワールドビート2019』、6月30日は『大ブラス・フェスティバル!』にも出演する。



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