金ローで『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』 新たな「家族」の萌芽

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12月20日『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』公開。42年の月日を経て、ついにシリーズ完結

誕生から42年目を迎えた『スター・ウォーズ(以下、SW)』は、さまざまなスピンオフ作品やキャラクターフィギュアなどのグッズへも展開する広大な作品世界を有するが、その中心にあるのは3つの三部作である。1977年から1983年にかけて公開された旧三部作(オリジナル・トリロジー)では、銀河帝国による圧政に苦しむ架空の宇宙を舞台に、辺境の惑星に住む平凡な少年ルーク・スカイウォーカーが秘めた才能を開花させ、仲間たちとともに宇宙に平和をもたらすまでが描かれる。その前日譚として1999年から2005年にかけて公開された新三部作(プリクエル・トリロジー)では、ルークの父親であるアナキン・スカイウォーカーを主役に据え、彼が悪役ダース・ベイダーになってしまう過程が描かれている。そして、12月20日公開の『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』でついに完結する続三部作(シークエル・トリロジー)は、ルーク以降の新しい世代が活躍する時代を舞台としている。

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』予告

アナキンとルークの物語。「家族の確かさ」を描いてきたジョージ・ルーカスの旧三部作と新三部作

このうち旧三部作と新三部作がもっとも大きなテーマとして扱っているのは「家族の確かさ」だろう。片田舎で悶々と暮らしながら自分の本当の居場所を求めてきたルークが、生き別れになった妹=レイア姫と運命的に再会し、ダース・ベイダーと化した父と敵同士として出会い、和解する旧三部作は、何者でもなかった少年がスカイウォーカー家という「家族」のアイデンティティを発見する物語であるし、その父と母の出会いと別れに焦点を寄せた新三部作は、父親の暗黒面への堕落、母親の失意の死を描くなど全体としてはダークな仕上がりではあっても、ルークのファミリーヒストリーを補強・補完するものとしてある。この6作をもって、SWシリーズの創造主であるジョージ・ルーカスが「映画はアナキンとルークの物語であり、ルークは銀河を救い、父を取り戻して物語は終結しています」と語って現場から離れたのも、彼のなかでこの家族の物語を描ききった達成感があったからではないだろうか。

『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』

『スター・ウォーズ エピソード1/ファントム・メナス』

スカイウォーカーという「血統」から何者でもない者たちへ。物語の担い手を引き継ごうとする、続三部作の決意表明

家族という観点からすると、ルーカスの意思に反して制作されることになった続三部作(ディズニーによるルーカスフィルム買収によって、シリーズの再始動は決まった)は、それまでとは異質な手触りを持つシリーズになっている。

エピソード7『フォースの覚醒』(2015年)でこそ、ダース・ベイダーを彷彿とさせる黒いマスクをまとって登場するカイロ・レン、エピソード4『新たなる希望』(1977年)のデス・スター突入作戦そっくりのスター・キラー基地への攻撃など、旧三部作ファンへの目配せを感じさせる描写・構成が採用されているが、はしばしにこれまでのSWを乗り越えようとするクリエイターたちの野心が垣間見える。例えば主要キャラの一人であるフィンは、旧作ではモブキャラでしかなかったストームトルーパーの脱走兵で、ルークやレイアのようなジェダイ騎士の資質もハン・ソロのような操船技術も持たない普通の人だ。これは、強力なフォースを扱う才能に恵まれた主人公レイが、エピソード8『最後のジェダイ』(2017年)でジェダイとは縁もゆかりもない「名もない人たち」の子どもだったことが明かされる展開とも共通する。

これまでのSWの正史が、ヒーローとなりうる根拠をスカイウォーカー家の血統やフォースの有無といった先天的な才能に頼ってきたのと違って、続三部作は「誰もがヒーローになりうる」ことに力点を置く。そして、旧三部作で活躍した伝説的な英雄であるルークやハン・ソロ、そして彼らと同世代かそれよりも少し下の大人たち(例えば『最後のジェダイ』で反乱軍を救うために敵艦隊に特攻するホルド提督)は、血気盛んで空回りしがちな若い世代のキャラクターたちをそれぞれのやり方で導きつつ、未来を委ねて物語から退場していくのだ。旧世代から新世代へと時代の主導権がゆるやかに移譲されるプロセス。それこそが2010年代に始まった新しいSWのテーマであり、ルーカスのSWを引き継ぐことになったJ・J・エイブラムス監督、ライアン・ジョンソン監督らの決意表明だったのではないかと思う。

もっとも、いささか強すぎたSWへのリスペクトとプレッシャーが、とりわけ『最後のジェダイ』での、無重力の宇宙のはずなのに下方向に向けて落下する不思議な爆撃や、物語上ほとんど必要のないカジノ周辺の展開といったトンデモなシーンを作る要因になってもいたのだが。

生まれながらのエリート、カイロ・レン。自身の持つ輝かしいもの全てを呪い、拒絶する

続三部作にそういった短所が少なくないことを認めつつ、それでもこの挑戦を支持したいと思う理由に、レイとカイロ・レンの描かれ方の違いがある。

何者でもなかったレイが自らの決断で故郷の星を飛び立ち、やがて新たな時代のジェダイとしての自覚を得るのと対照的に、ダース・ベイダー、レイア、ハン・ソロの血を引く、いわば「生まれながらの勝ち組エリート」であるカイロ・レンは、その輝かしいファミリーヒストリーのことごとくを拒絶する。『フォースの覚醒』で、実の父であるハン・ソロを自らの手で奈落に突き落とし、続く『最後のジェダイ』では母であるレイアを爆撃しようと試み、暗黒面の師であるスノークを裏切って惨殺し、そして再会したかつての師であるルークを斬り殺そうとして果たせずに終わる。

「古いものは滅びる時だ スノーク スカイウォーカー シス ジェダイ 反乱者 皆滅びる」と語り、苦悶の表情に涙までにじませながらレイに絶滅のための共犯者になることを懇願するカイロ・レンは、まるでシェイクスピアのハムレットのように、血統、家族、自らの出自や才能のすべてを呪っている。銀河帝国を引き継ぐ軍隊であるファースト・オーダーの絶大な力を手中に収めてもなお、自身のトラウマやコンプレックスは解消されず、あらゆる不快なものを破壊することが唯一の行動原理になっている彼の姿は、まるで子どものように儚く危うい。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』©2017 Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

映画『ジョーカー』の主人公アーサーと、カイロ・レンは表裏一体。分断と格差の時代を象徴

ここで思い出されるのは、「反出生主義を考える 『生まれてこないほうが良かった』という思想」という衝撃的なタイトルを掲げた月刊誌『現代思想』(青土社、2019年11月号)だ。南アフリカ出身の哲学者、デイヴィッド・ベネターの著作『生まれてこないほうが良かった』(2017年、すずさわ書店)が翻訳されたことで日本国内でも議論が盛んになりつつある反出生主義とは、「誕生し、存在すること自体が害悪であり、これ以上子どもを生み出すことは道徳的なあやまり」であり「人類のみならず、感覚を持った動物などの存在もいつかは絶滅すべきだ」とする思想である。もちろんこの過激な主張に対しては多くの批判があがっているが、いっぽうでベネターの思想を現実味に欠けた妄言として切って捨てることもできないと感じるのは、筆者だけではないだろう。

経済的な理由で結婚したくてもできない、子どもを持ちたくても持てない人々は多く、生まれた場所や環境によって「生まれる前から」生じる教育環境や経済力の地域間格差は、日本の若者たちや今後の人生に不安を持つ大人たちに、覆しがたい不公平の感覚を植え付けている。福祉や家族のセーフティネットからこぼれ落ち、恋愛・友人関係や労働によって得られる他者とのつながりを断たれた若者=アーサー=ジョーカーによる世界への復讐劇を描いた映画『ジョーカー』(2019年)が、批評・興行の両面で大きな成功と共感を得たのも、分断と格差の時代を象徴する出来事だろう。

映画『ジョーカー』では、主人公アーサー個人の抱える問題と、殺伐とした社会が共鳴し合い、狂気が肥大化していった

フォースのライトサイドもダークサイドもすべて否定して、そもそも自分が存在すること自体をご破算・ゼロにするべく、つねに苛立ちながら突き進むカイロ・レンは、ルーカスのSWが描こうとした理想の家族をその内側から破壊する者である。あるいは、さまざまな不条理や自由・自立の喪失を多くの人々が受忍せざるをえない時代における「私たち」もまた、一人のカイロ・レンかもしれない。『フォースの覚醒』の冒頭で、レーザー光線を空中で静止させるほどの超常的な力を見せながら、感情を暴走させて周囲に八つ当たりしてしまう彼のいびつさは、実社会ではなくSNSのコミュニケーションでこそ漏れ出してしまう、私たちの「本音」や「本当の姿」を想起させる。

ゆっくりと成長する続三部作のキャラクターたち。そのスローな時間はあくせくと生きる私たちに、ほんの少し優しい

では、続三部作においてカイロ・レンとファースト・オーダーと対峙するレイやフィンたちは、カイロ・レンの反出生主義的思想に抗する者たちなのだろうか。いや、それだけではないはずだ。むしろ「何者でもなく」「名もない人たち」である彼女たちは、出自こそ違えど、カイロ・レンのいびつさと苛立ちを理解しうる者たちだからだ。

『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』©2019 ILM and Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

続三部作の短所として、旧三部作のルークのような顕著な成長が見られないことの物足りなさがある。例えば『最後のジェダイ』の終盤になって、反乱軍のパイロットであるポー・ダメロンにようやくリーダーとしての自覚と資質があらわれ始めるのは、展開としてはいささかスローすぎる。だが、このようなゆっくりとした足踏み、遠回りにも思える模索の時間を描くことこそが、「いま」作られる「私たち」のSWにふさわしいのではないだろうか(だから個人的には『スカイウォーカーの夜明け』の後にもう一本分くらいの物語があってちょうどよいと思う。通例的な三部作で終わらないことも、これまでのSWに対するパンクなリアクションになるのでは?)。怒ったり落胆したり大失敗したりする若者たちに、迷いと煩悶のための時間の猶予を与えているのも、続三部作の作り手たちに同時代的な倫理を感じるところだ。すべてがSNS的なスピード感で進み、個人の失敗を許さない(そのかわり都合のよい集団的な忘却は恐ろしく早い!)時代に、続三部作のスローな時間は、ほんの少し優しい。

『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』©2017 Lucasfilm Ltd. All Rights Reserved.

さらに付け加えると、先に述べたような旧世代の大人たちが、かつて招いてしまった自分たちの失敗に率直であるのも嬉しく、頼もしい。次代のジェダイ騎士を育てることに失敗したルークは自らを恥じて人里離れた辺鄙な惑星に引きこもっているが、思いがけず弟子となったレイとの出会いでつらい過去と向き合う決意する。子育てに失敗し、父や夫であることを放棄して相棒チューバッカとの気ままな放浪生活に舞い戻ったハン・ソロも、レイやフィンとの交流から、別なかたちの父親像を得ようと奮闘する。これは反乱軍リーダーの職分を超えてまでレイの母親役を務めようとするレイアも同様だ。彼らとレイは血縁者ではないが、互いの孤独や後悔を理解することで、自らの意思で「家族」のかたちを新しく描こうとしているように見える。

新たな「家族」のかたちを紡ごうとする

続三部作で受け継がれる、『スター・ウォーズ』の意志。「家族」という共同体のあり方を中心に据え、何者でもない者たちが歴史を紡ぎ始めた

家族に囚われるがゆえに、激しく家族を拒絶するカイロ・レン。家族を知らないがゆえに、家族に替わる共同体をゼロから創造できるかもしれないレイ。この2人の対照性を軸にしているからこそ、続三部作は、かつてルーカスがSWに託した「(血によって保証される)家族の確かさ」という命題に疑問を投げかけうる。そして同時にそれは、歴史の浅い国であるアメリカにおいて、共同体幻想を強化する「神話」としても理解されてきたSWへの前向きな批判たりうる。家族にならなくても子どもを持たなくても、人と人はつながって歴史を紡ぐことができるのだ。そして、その予感は『最後のジェダイ』のラストシーンで明快に描かれてもいる。

カジノの街で奴隷同然に暮らす少年にフォースの力があることが示され、その指には反乱軍のリングが輝いている。夜空を見上げる少年は、『新たなる希望』、エピソード1『ファントム・メナス』(1999年)で沈む夕日を眺めていたルークやアナキンの姿と重なる。そのようにしてSWの歴史と意志は、英雄から何者でもない人たちへと委ねられていく。

番組情報
『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』

2019年12月20日(金)21:00~日本テレビ系『金曜ロードSHOW!』で放送

監督:ライアン・ジョンソン
原作:ジョージ・ルーカス
出演者:
マーク・ハミル
キャリー・フィッシャー
アダム・ドライバー
デイジー・リドリー
ジョン・ボイエガ
オスカー・アイザック
ドーナル・グリーソン
ケリー・マリー・トラン
ローラ・ダーン
ベニチオ・デル・トロ
フランク・オズ

作品情報
『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』

12月20日(金)より日米同時公開

監督:J・J・エイブラムス
原作:ジョージ・ルーカス
出演者:
キャリー・フィッシャー
マーク・ハミル
アダム・ドライバー
デイジー・リドリー
ジョン・ボイエガ
オスカー・アイザック
アンソニー・ダニエルズ
ナオミ・アッキー
ドーナル・グリーソン
リチャード・E・グラント
ルピタ・ニョンゴ
ケリー・ラッセル
ヨーナス・スオタモ
ケリー・マリー・トラン
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