ケンドリック・ラマーに集まる共感 国内ラッパーの言葉から探る

現代を代表するラップアーティスト、ケンドリック・ラマー。『文藝別冊』シリーズから、彼を特集する『ケンドリック・ラマー—世界が熱狂する、ヒップホップの到達点』が3月27日に発売された。本誌には、「日本語ラップとの交差点」と題して国内のラッパーたちがケンドリック・ラマーについて語るインタビューが掲載されている。今回、彼らの言葉を参考にしながら、同業者の視点からケンドリック・ラマーの作風を掘り下げたい。AwichやC.O.S.A.、Moment Joonら国内で活躍するラッパーは、ケンドリックのどんな側面に注目してきたのか。

自分の姿を重ねて聴いてしまう。ケンドリックが示す葛藤

ケンドリック・ラマーの“Real”は『good kid, m.A.A.d city』(2012年、以下『GKMC』)収録楽曲の中でも特に好きな楽曲であるとともに、自分にとって特別な意味を持つ曲だ。ちょうど就職活動の時期(2012年冬~2013年春)、しばしば同曲を聴いては、自分がこれから生きようとしている道は彼がいうところの「リアル」なのだろうか、自分にとっての「プランA」はなんなのだろうかと、自問自答を繰り返していた。同曲の最後では、父=ケニーがK・ドット少年に「誰だって人を殺せるけれども、そんなものはお前をリアルにしない」と諭すように電話口の向こう側から語りかけ、自分なりの「リアル」の定義を「責任、家族を養うこと、神」と説いている。結局のところ、曲を聴いたところで自分にとっての「リアル」や「プランA」がなんなのか、答えが出るわけではないのだけれども、今でも道に迷ったときにはふと再生ボタンを押したくなる曲だ。それは、ストリートでのクレディビリティー(説得力、信頼)を追う生き方とそうでない生き方との狭間で葛藤するケンドリックに、自分自身を重ね合わせることができるからに他ならない。

『good kid, m.A.A.d city』を聴く(Spotifyを開く

『文藝別冊』シリーズの『ケンドリック・ラマー—世界が熱狂する、ヒップホップの到達点』における日本で活躍するラッパーたちのインタビューを読むと、私にとっての“Real”のような曲が、ケンドリック・ラマーの音楽を聴く一人ひとりにあるのだろうと再認識させられる。例えば“The Art of Peer Pressure”は『GKMC』の「狂った街の善良な少年」というコンセプトを表現するうえで重要な曲であると同時に、AwichやDyyPRIDEが指摘するように「大勢でいると気が大きくなっちゃう」という、誰しも経験したであろう感情が素直に表現されている。

Awich(写真:河西遼)
DyyPRIDE(写真:河西遼)

Kamuiは“Swimming Pools (Drank)”で表現されるような、酒の誘惑と良心の狭間で葛藤する心情を、飲みに誘われる会社員にも通じる普遍的なものだとしつつ、そんなケンドリックが『To Pimp A Butterfly』(2015年、以下『TPAB』)の“u”で酩酊しながらネガティブな心情を吐露することに「エモ」を見出している。

『To Pimp A Butterfly』を聴く(Spotifyを開く

Kamui(写真:河西遼)

Awichのインタビューには「自分を掘り下げた先にある、調和の響き」という副題が添えられているが、自己と徹底的に向き合った結果紡ぎ出される言葉が聴く者との繋がりを生む点は、間違いなく彼の強みであり、インタビューを読むかぎり、Kamuiや仙人掌もそうした部分にケンドリックの魅力を見出しているように思える。地理的にゲトーの出身でなくとも、いわば心のゲトーから抜け出せなくなった経験を持つ者であれば、誰もがなんらかの共通点を見出し、ケンドリックを身近な友人のように感じられるのだ。これが幅広いリスナーとの共感、すなわちOMSBがいうところの「ケンドリとは話が合うんじゃないか」といった感覚を生んでいる要因かもしれない。

OMSB(写真:河西遼)

声やサウンドプロダクション。音を通じて表現される、ケンドリックのメッセージ

ケンドリックのこうしたメッセージは、なにも言葉だけで届けられているわけではない。「神経質だと思うな、彼は」とはKOJOEの弁だが、ケンドリックがまさにその神経質さをもって楽曲制作の各段階に関わることで、彼のメッセージは人々により深く刺さるものになっている。

KOJOE(写真:河西遼)

カメレオンのように変幻自在な声を扱うデリバリーはプリンスに影響を受けたものだとケンドリックは話すが(『GQ』の動画インタビュー「Kendrick Lamar Meets Rick Rubin and They Have an Epic Conversation」より)、その最も顕著な例が“m.A.A.d city”や“u”における泣くような声でのラップだろう。特に前者は『GKMC』におけるフェイバリットとして挙げるファンも多いが、この反応はケンドリック本人にとって意外なものだったようで、「時には何が起こるか考えるよりも、自分の感情に従ったほうが人々に刺さるんだって学んだね」(同インタビューより)と口にしている。

また、プロダクションにも直に関わるというケンドリックの楽曲は、リスナーを別の世界に誘うような音の構造を持っている。だから私は、ケンドリックの音楽をヘッドホンで聴くのが好きだ。仙人掌も指摘するように、“Swimming Pools (Drank)”の2ヴァース目冒頭を聴くと、内なるケンドリックの良心の声が後頭部から迫ってくるのを擬似体験できる。その一方で、同じようなパンの振り方でも“You Ain’t Gotta Lie (Momma Said)”のイントロで四方から聞こえてくる声には、『TPAB』における感情の荒波を乗り越えたあとということもあってか、どこか安堵にも似た感情を覚える。

仙人掌(写真:河西遼)

『DAMN.』(2017年)収録の“PRIDE.”の1ヴァース目冒頭でピッチが1ラインごとに切り替わるのも、インセキュア(不安定)なケンドリックの心の内を如実に表していると思う。C.O.S.A.氏は“Cartoon & Cereal”の多重録音に衝撃を受けたと話すが、必ずしも一つに定まらない心情や重層的なストーリーを表現するうえで、そのような録音技術が用いられることは必然ともいえよう。

『DAMN.』を聴く(Spotifyを開く

C.O.S.A.(写真:小原太平)

そのリリックに対する多様な反応と、2018年を境に見えた「覚悟」

「ケンドリック・ラマーは政治的なラッパーか否か」といった議論が繰り広げられるのを、たまに目にする。正直なところ、その話題には個人的にあまり興味がないのだが、なぜそういった議論が起こるかは、彼の音楽を聴いていて理解できる部分もある。しばしば「コンシャスなラッパー」と称されるケンドリックだが、Moment Joonが指摘するように、彼のコンシャスネスはモス・デフ(現在はYasiin Bey名義)、タリブ・クウェリらのそれとはやや異なり、ひとつのメッセージに収斂しない複雑さをそのままに表現している。

Moment Joon(写真:河西遼)

ケンドリックのこうした姿勢は『Section.80』(2011年)の“Ab-Souls Outro”における<俺は23年間この地球で答えを探してきた>という一節にもよく表れている。それが「直接的な政治に対するステイトメントを発していないから政治的でない」「彼のリリックにはリスナーに問いを投げかけるような含蓄があり、多分に政治的である」などといった多様な意見を生むのであろう。そして、繰り返しになるが、ある意味では彼のデリバリーがそうであるようにカメレオン的でありながら、自分にはとことん正直な姿勢が多くの共感を生み、ここまでの支持を集めてきたといってもそれほど異論はないだろう。

『Section.80』を聴く(Spotifyを開く

ただ、実はケンドリックの心の中で「覚悟」の占める割合が大きくなっているのではないかと感じさせられることがある。それは、ある意味ではC.O.S.A.氏がいうように『DAMN.』収録の“LOVE.”に表れているのかもしれないし、個人的には映画『ブラックパンサー』(2018年)のインスパイア盤『Black Panther: The Album』(2018年)収録の“All The Stars”からもそれが読み取れる。というのも、彼は同曲において明確に切り捨てるべき人々を規定しているのだ。<俺とつるむ資格があると思ってるような奴が嫌いだ(I hate people that feel entitled)><俺はごく少数の奴らとヴィジョンを築いていく(A small percentage who I’m buildin’ with)>といったラインからは、例えば「芋虫も蝶もみな同じなんだよ」というメッセージを込めた『TPAB』のケンドリックとは明らかに異なる姿勢が感じられる。もちろんギャングスタ・ラップを聴いて育った彼がアグレッシブなラップを披露すること自体は不自然ではないし、これまでの諸作品でも楽曲単位ではそのような姿勢を示してきたことも事実だ。ただ、あの映画が発するメッセージを踏まえたとき(参考記事:『ブラックパンサー』になぜケンドリック・ラマーが起用された?)、他者をつっぱねるようなケンドリックのリリックに、なにか意図的なものを感じずにはいられない。正直なところ、“All The Stars”を聴いて、私が愛したケンドリックはもう遠くに行ってしまうのかと不安にも似た感情を抱くとともに、ケンドリックと同じ時代に歳を重ねている自分自身も、“Real”を聴いて自問自答している段階から、そろそろ次のステージに登らなければならないのかもしれないと感じるのだ。けれども、先述したように、ケンドリックの紡ぎ出す言葉はすべて、自己と徹底的に向き合った結果として生み出されたものであることを、我々は知っている。そういう点において信頼を置いているからこそ、ロック色が強いと噂されるサウンドをもって、ケンドリックが次作でなにを語るかに興味を持たずにはいられないし、そのサウンドをもって別の世界に誘われることを楽しみにせずにはいられないのだ。

『Black Panther: The Album』を聴く(Spotifyを開く

書籍情報
『文藝別冊 ケンドリック・ラマー 世界が熱狂する、ヒップホップの到達点』

2020年3月27日(金)発売
発行:河出書房新社
価格:1,430円(税込)

目次
[日本語ラップとの交差点/Interview]
Awich 自分を掘り下げた先にある、調和の響き
C.O.S.A. “善良さ”をラップする
Kamui 拠り所なき時代と、生を肯定する音楽
OMSB ケンドリはすごいからすごい
Moment Joon 断絶したルーツの先で響く歌
DyyPRIDE 資本主義世界を生きる奴隷の、新たな霊歌
KOJOE ブラインドスポットを多彩に掴む、パーフェクトなハーモニー
仙人掌 世界の“声”に寄り添うヒップホップの力
――取材・構成=二木信、彫真悟、渡辺志保

[ラップ・ミュージックの現場/Live And Direct]
渡辺志保 USラップ、2020年の現在地
奥田翔 ケンドリック・ラマーの半径5メートル
ヨシダアカネ ラップ・ファンタジーの新たな地平

[ケンドリック・ラマーのエレメンツ/Elements of Kendrick Lamar]
塚田桂子 ギャングスタ・ラップとは何か?――その系譜と精神性
imdkm フロウとペルソナ――ケンドリック・ラマーにおける(複数の)フロウ
長澤唯史 ケンドリック・ラマーと内省のアメリカ文学

[人物評伝/Biography]
African American Cutural Legends
――押野素子、木村久、Jeremy Harley、塚田桂子、冨永有里

[サウンドの軌跡/Disc Guide]
Genaktion Section.80
塚田桂子 good kid, m.A.A.d city
吉田雅史 To Pimp A Butterfiy
Kaz Skellington(渡邉航光) untitled unmastered.
押野素子 DAMN.

[ブックガイド/Book Guide]
Riverside Reading Club BOOK GIVES YOU CHOICES

[論考/Critique]
野田努 2015年という記念すべき年、その光と闇
磯部涼 彼は誰を「ぶっ殺し」たのか――ケンドリック・ラマーのラップ・シーンにおける立ち位置
山下壮起 ギャングスタ・コンシャスネス――解放された世界へのアナムネーシス
マニュエル・ヤン キング・クンタのたましいとはいったいなにか?

ディスコグラフィ/Discgraphy
――小林雅明



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