『風の谷のナウシカ』の色褪せない魅力と、現実味を増す恐ろしさ

世界の巨匠・宮崎駿監督の野心作であり、若さとイマジネーションが最も爆発したアニメーション映画『風の谷のナウシカ』。2020年、『もののけ姫』や『千と千尋の神隠し』などの作品とともに劇場で再上映され、コロナ禍に揺れる映画興行に活気を与えることとなった作品だ。注目すべきは、1984年公開のアニメーション作品が、いまもなお愛され、若い観客をも惹きつける力を持ち続けているという点である。

30年以上の時間の洗礼をくぐり抜ける普遍性……。果たして現在の日本の娯楽アニメーション作品が、それほどの間、鮮やかさを失わないでいられるかを考えると、本作は稀有な存在だといえよう。ここでは、そんな『風の谷のナウシカ』が、「エヴァーグリーン(色褪せない名作)」でいられる理由と、いまこそ本作の存在感が増している理由について考察していきたい。

「人間の営み」を丹念に描く姿勢や、徹底された生活描写。公開から30年以上経っても、普遍性を保ち続ける

制作当時の宮崎駿は、高畑勲監督たちとともに、自分たちの理想とする作品のために東映動画を退社し、『パンダコパンダ』『アルプスの少女ハイジ』などで高畑監督の右腕として活躍したほか、『未来少年コナン』『ルパン三世 カリオストロの城』などの作品を監督として手がけるなど、様々な環境で才能を発揮し、アニメーションのコアなファンに注目される存在だった。そんな宮崎駿が作家として一般的なアニメファンの熱視線を浴びるようになっていくきっかけとなったのが『風の谷のナウシカ』である。ちなみに、その後国民的な作家として驚異的な動員を記録し始めるようになったのは、これまでにない大ヒットを記録した1989年の『魔女の宅急便』公開以降である。それから本作を含めた過去作の再評価が進んでいったのだ。

いまでこそ、珠玉の名作として愛される『風の谷のナウシカ』は、宮崎駿自身が劇場アニメーション制作のために雑誌『アニメージュ』で連載を始め、アニメーションの原作を描いていたものの、基本的にはオリジナル作品であり、当時の社会現象として、続編がいくつも公開されていた『宇宙戦艦ヤマト』の劇場版シリーズなどに比べると注目度は小さかった。また、ちょうど同時期の公開となった、絵物語を原作とした大林宣彦監督らのアニメ映画『少年ケニヤ』と観客を分け合った経緯からも、その認知度は低かったといえる。とはいえ作品自体の評価は高く、ビデオソフトの売り上げ、レンタルでは好調を記録することになった。

大ヒットには至らなかったものの、作品を制作したスタジオ、トップクラフトはこの成功によって力をつけ、その後日本のアニメ界を席巻することとなるスタジオジブリの前身となっていく。そして、その後のジブリ作品の人気に後押しされることで、いまだに地上波で放送されるほどに定番の国民的作品となったのだ。この事実は、映画の興行収入は作品自体の質をはかるのにそれほど参考にはならないということを示している。

宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』は、12月25日21:00~日本テレビ系「金曜ロードSHOW!」で放送される

普遍性を保つことに一役買ったのは、高畑勲監督からの影響もある。高畑監督や宮崎駿がかつて東映動画に在籍していた時代、心血を注いだ野心作『太陽の王子 ホルスの大冒険』は、興行的な敗北を喫するものの、これもまた、いまもなお見直される作品となっている。ここに存在する、「人間の営み」を丹念に描く試みや、テレビシリーズ『アルプスの少女ハイジ』などで描かれた、キャラクターがあたかもそこで本当に生きているような、徹底された生活描写は、『風の谷のナウシカ』にも生きている。「人間を描くことは生活を描くこと」……おそらくそのような哲学が、宮崎監督にも受け継がれているのだ。そして、そのような部分は、人間が生活に追われている限り、色褪せるものではない。

終末的世界観のなかで展開する、オリジナリティ溢れるストーリーと迫力の描写

目を見張るのは、その圧倒的なオリジナリティだ。「火の七日間」という、核兵器の使用と放射能の被害を想起させる終末的世界観と、その後の環境汚染。腐海と呼ばれる、人体に有害な毒を放出する奇妙な森と、そこを守る巨大な蟲たちが自然を席巻していく悪夢的なディストピア。そんな世界の中で、やはり汚染の象徴である「酸の湖(うみ)」からの風が吹き抜ける地で、腐海を広がる菌から守られて暮らす人々がいた。主人公ナウシカは、そんな集落の姫であり、脅威をもたらす蟲たちにも優しさを示し、カイトのような小さな機体で大空を飛翔する活動的な少女だ。

蟲のなかで最大の種族である、巨大なワラジムシのような「王蟲」出現シーンの迫力や、それらが群れとなって、赤く眼を光らせて地平線から迫り来る描写は圧巻だ。宮崎監督は本作でフランスの漫画家メビウスの影響を多大に受けていることで知られているが、ジョン・フォード監督の作品をもこよなく愛していて、『天空の城ラピュタ』や『紅の豚』など様々な自作で、その世界観を再現している。そんなフォード監督が参加した大作『西部開拓史』では、バッファロー2000頭の暴走によって、村一つが壊滅状態に陥るシーンが存在する。このような描写が、『風の谷のナウシカ』のスペクタクルに関係しているのかもしれない。

宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』(1984) © 1984 Studio Ghibli・H

人間の存在そのものが地球にとって有害である──公開当時よりも現実味を帯びる物語設定

現在コロナ禍によって多くの人々がマスクをつけて外出することを余儀なくされているように、本作の腐海周辺では肺を腐らせる有害な菌が空気中を舞っているため、ナウシカたちもマスクをつけなければならない場面が多く、奇しくも現在作品を見ることでより共感する部分も新しく生まれている。だが、真に現代的なのは、環境汚染や戦争などによって人間が安心して住めない環境となってしまったという、本作の設定である。周知の通り、現実の世界においても環境汚染が進み、公開当時よりも現在の方が、そのおそろしさをより現実味を持って観ることができる。

皮肉なのは、腐海や蟲たちは、じつはそんな地球の環境を浄化し、清浄な環境に還るためのポジティブなシステムだったことが判明する場面だ。つまりこの作品において、地球にとって有害だったのは、まさに人間に他ならなかったのである。そのような考え方は、生きることの素晴らしさや、人間の未来を明るく描くという、子ども向けのメッセージとは異なる辛辣なものだ。われわれが暮らすことは基本的に罪であり、生産活動は悪である。自然はそこで生まれる汚染や消費による被害を肩代わりして、浄化しようと必死にはたらいている。

宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』(1984) © 1984 Studio Ghibli・H

映画公開後も連載が続いた原作で宮崎駿が表現したもの。「自然と人間の相克」のテーマは『もののけ姫』へと繋がる

だが本作は、描くべき世界を壮大にし過ぎてしまったため、一作のみでは不十分な内容になってしまったのも確かだ。王蟲の暴走に託された、人間の悪行に対する「自然の怒り」は、ナウシカの献身的な行動によって、宗教的な調和を迎えることになる。宮崎監督は、この結末に満足はしていなかったというが、時間的な制約から、製作を担当した高畑勲や、鈴木敏夫の意見をのんで、いまのラストシーンのかたちになったという。

はっきり言えば、このラストの展開はファンタジー世界だということを考慮に入れたとしても絵空事のように感じてしまう部分がある。だがそれは、宮崎監督が本物の困難なテーマに果敢に挑んだ結果としての「嘘」だったともいえる。実際、本作のラストで、これ以上のものを考え出すことは至難の業であろう。それは、宮崎監督が明確なラストを想定せずに走り出すことがあるという、制作スタイルに起因しているのかもしれない。しかし、これこそが真の作家の姿でもあるといえるのではないだろうか。明治期以降、日本で発達した「近代文学」は、勧善懲悪や分かりやすい結末を排除し、主人公を正義とも悪ともつかない、宙ぶらりんの存在として描くことで進化していった経緯がある。『風の谷のナウシカ』は、人間の存在を悪として描きながら、ナウシカという未来への可能性を表現することで、そのような文学性を獲得していたといえる。その上で、最終的には都合の良いラストを選ばざるを得なかったのだ。

宮崎駿監督『風の谷のナウシカ』(1984) © 1984 Studio Ghibli・H

ここでの無念は、宮崎駿自身が公開後に間を置いて連載を再開した、『風の谷のナウシカ』漫画版の結末で晴らすことになる。ナウシカをただの善なる存在ではなく、優しさと残酷さを併せ持ち、そして罪を負った者として、まさに内容に合った近代文学的なキャラクターにすることで、作品の格を上げ、より意義深い文学として仕上げることに成功させたのである。もともと本作の世界観は、劇場アニメーションの尺に収まりきるものではなかったのだ。そして、本作の不完全さは、映画監督としての経験を積んだのち、同じように自然と人間の相克をふたたび描いた『もののけ姫』によっても埋めることになる。

宮崎駿監督『もののけ姫』(1997) 『風の谷のナウシカ』と同様に今夏から全国の劇場で再上映された © 1997 Studio Ghibli・ND

本作『風の谷のナウシカ』は、現在までの宮崎駿監督が積み上げた完成度と比較すると、不十分な点も少なくない。だが同時に、若い野心によって、社会の矛盾や人間の傲慢さに対し、最も激しく牙をむくような凶暴さを宿した映画だともいえる。そして、溢れるようなイマジネーションが最も花開き、「天才」の本領が分かりやすく発揮されてもいる。その後の宮崎作品は、ここで生み出されたものをふたたび料理し直したものが多いのである。

その意味においては、本作こそが宮崎駿監督の中心となる存在であり、豊かな創造の泉となっていると指摘することができるだろう。そして巨神兵のパートで、スタッフとして参加していた庵野秀明監督は、その後社会現象を生み出した『新世紀エヴァンゲリオン』において、このイマジネーションを応用して自分自身の世界を生み出すことになる。『風の谷のナウシカ』は、宮崎監督のみならず、その後のクリエイターの創造性に決定的なインパクトを残し、かたちを変えながら最新の表現のなかでも生き続けているのだ。

『風の谷のナウシカ』特報映像

作品情報
『風の谷のナウシカ』

2020年12月25日(金)21:00~日本テレビ系で放送
原作・脚本・監督:宮崎駿
声の出演:島本須美
辻村真人
京田尚子
納谷悟朗
永井一郎
宮内幸平
八奈見乗児
矢田稔
松田洋治
冨永みーな
榊原良子
家弓家正



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