「音」は人や街を変えることができるのか?『音まち千住の縁』

「音」は人や街を変えることができるのか?『音まち千住の縁』 Vol.1 スプツニ子!インタビュー「人は変化できるんだということを伝えたい」

スプツニ子!と足立区在住ラッパー達による北千住ヒップホップ・プロジェクト? そんなわくわくするようなニュースを聞いたのは夏の始めの頃のこと。大友良英らが昨年より参加している、「音」をテーマにしたアートプロジェクト、アートアクセスあだち「音まち千住の縁」に、スプツニ子!がはるばるロンドンから参加するとのことだった。ロンドン、東京を行き来しながら、グローバルでハイカルチャーなアートシーンに彗星の如く現れて活躍するスプツニ子!と、千住というローカルな街でアンダーグラウンドに活動するラッパー達。まさに「意外な組み合わせ」という言葉しか思い浮かばないこのプロジェクトについて、スプツニ子!本人から話を聞くことが出来た。そこで浮かび上がってきたのは、スプツニ子!を貫くクリエイティビティと足立区を取り巻く環境との意外な接点だった。

街への反発心を、街を変えるエネルギーに

―スプツニ子!さんと足立区千住って意外な組み合わせに感じたのですが、これまで足立区および北千住の街とは縁があったんでしょうか?

スプツニ子!:いいえ、実は今まで一度も足立区には行ったことがなかったんです。私は新宿で育ったんですが、通っていた学校も全然違う方向だったので、住んでいる友達もおらず、これまで特に縁がありませんでした。

スプツニ子!
スプツニ子!

―足立区にはどんなイメージをお持ちでしたか?

スプツニ子!:以前に日本の格差問題や給食費未払いに関する議論や対談の中で、何度か足立区の名前が挙った事は確かにあって、私自身ロンドンのハックニーという、移民や格差問題を抱えていた地区に住んでいたので興味を持っていました。ただ実際に足立区に行ってみて人や地域と触れ合うと、ハックニーと比べ断然親しみやすく安全な場所だと思ったのですが(笑)。

―北千住の駅前は、都心と同様の大型商業施設が並んでいたりする一方で、そのすぐ裏側に呑み屋や風俗店が立ち並んでいたり、壊れかけた建物がそのまま取り残されていたりしますよね。地方の郊外の街が、その街固有の文化や雰囲気を失ってしまってさびれていく過程と似たところがあると感じます。

スプツニ子!:「音まち千住の縁」ディレクターから、千住のそういったところに地元の多感な中高生が苛立ちを覚えたり、自分の街や環境に対して否定的になってしまう事もあるとお伺いしました。だからこそ、そういう反発のエネルギーのあるような地元の若い人に参加してもらって、1回限りの楽しいイベントだけでは終わらないプロジェクトをつくりたいと思いました。

 

―このプロジェクトを通して、街の人々の気持ちを変えたいという思いがあるんですね。

スプツニ子!:地域のチャレンジングな精神を持っている若者が集まれば面白いことができるんじゃないかと思いましたね。それは私にとって大切なポイントで、ただ千住の外から作品を「はい、アートですよ」と持ち込むよりも、街の中からアートを生む、という方がずっとエキサイティングでした。街ですでに暮らしている若者達の生活をしっかりリサーチ、観察して、そこからどうやって一番面白いものを引き出せるか。アーティスト個人としてよりも地域のクリエイティブコミュニティのデザイナー、あるいはプロデューサーとして取り組むという側面にまず惹かれたんです。

 

―アート作品というより、コミュニティのデザインなんですね。実際の企画はどのように考えていったのですか?

スプツニ子!:「音」「地域密着」「若い人を巻き込む」「反発心」「現状をひっくり返す」「チャレンジングな精神」というコンセプトを並べて考えたときに、最初に頭に浮かんだキーワードが「ヒップホップ」でした。ヒップホップって何かに対して批判的だったり挑戦的だったりするし、ラッパーは自分の生まれ育った地域に密着した内容をラップする特徴があります。新宿では新宿のことを、埼玉では埼玉のことを、パリではパリのことを歌う。ヒップホップは、千住に住むクリエイティブなセンスや挑戦するエネルギーを持った若い人達をまとめて集められるキーワードなんじゃないかと。

―そのアイデアをきっかけに、どのようにリサーチを始めたんですか?

スプツニ子!:Twitterで、「足立区のヒップホップについて教えてください」とツイートしたところ、「僕の曲を聴いてください」とか、「あの人達がいい」とか、知らない人がどんどんレスをくれたんです。そこで「この街にヒップホップシーンがちゃんと根付いているんだ」という手応えを得ることが出来ました。

―その後、実際に千住の街に足を運んでみていかがでしたか?

スプツニ子!:人々が凄くフレンドリーで感動しました。それと都内なのにとても地域の絆が強い。都区内で「どこから来たの?」「新宿から来ました!」という会話を初めてした気がします。初めて千住の街に行った時には、『kuragaly(クラガリ)』という足立区周辺のヒップホップイベントをオーガナイズしている0032さんと、ビートメーカーのOsurekさんに会いました。最初はお互いに探り合いだったんですけど、今回の企画のことを一生懸命話すうちに納得してくれて。行きつけの地元の呑み屋さんに連れていってくれたり、足立区のラッパー達を大勢紹介してくれたり、結局みんな優しくて面白いディープな人達でした。

ヒップホップイベントで千住を盛り上げる

―彼らと中高生をつなぐには、どのような企画を?

スプツニ子!:テレビで見るようなメジャーなアーティストやカルチャーだけではなくて、自分が今生きている街の中で、歩いて5分のところにアーティストが住んでいる。クリエイティブなシーンが地元にもあって、彼らと一緒に自分もクリエイティブなことができるんだ、ということに千住の若い人達に気づいてほしいと思いました。そこでまずは地元のラッパー達と一緒に歌詞を書く中高生対象のワークショップを行ないます。身の周りで変えたいと思うこと、こうだったらいいなと思うことをヒップホップを通して表現してみる。そして後日、バスガイドの代わりに地元のラッパー達が千住を紹介するというバスツアーを敢行したいなと考えていますが、これはまだ調整中です。さらに終着点としてライブイベントを行って地元生え抜きのアーティスト達を、地元の中高生達に見せたいと思っています。

大江戸工場でのミーティングの様子

―地元のラッパー達によるバスガイドツアーって面白そうですね。街に住んでいる人にとっても意外性のあるアイデアだと思います!

スプツニ子!:一度地元のラッパー達が集まってそれぞれの曲を披露してくれたんですけど、ローカルな千住の街の景色が歌詞に出て来る事があったんですね。それで、もし彼らがバスガイドみたいに自分の街を紹介してくれるバスツアーがあったら、私は絶対に行きたいな、と思ったんです。彼らにとってはいつもの見慣れた景色でも、外から来る人にとっては新鮮で面白いはずなんです。

大江戸工場でのミーティングの様子

―地元の中学生にも影響を与えそうですね。

スプツニ子!:はい。だから出来ればワークショップの中高生達にも参加してもらえたらとも思っています。ヒップホップって、身の回りの環境や自分の生活を振り返る音楽だと思うので、あらためて自分の環境を振り返って見て、自分はどう思うか? どうしたいのか? を考えること。今の日本人にとってそれは大切なスキルだと思います。自分のまわりの状況を認識して声を挙げる、ということを、このプロジェクトをきっかけに発信できたらいいんじゃないかと。

―普段人前で言いにくいことでも、音楽に乗せると言葉にしやすいですしね。

スプツニ子!:そんなパンクな精神が育てば、千住もエキサイティングな街になりそうですよね。「この校則を変えてくれ」とか歌える子供が出てきたら未来が明るいじゃないですか(笑)。

大江戸工場でのミーティングの様子

―街の若者の不満も実際に聞いたんですか?

スプツニ子!:不満というより自虐ギャグかな。ユーモアに昇華してますよ。でも、地元で不満に思うところを自分達で笑い飛ばす分には楽しいけど、よその人から言われるのはムカつくんじゃないかな。

―わかります(笑)。でも千住には路地や銭湯など、東京には珍しく昔ながらの景色が残っているのがいいなと思います。

スプツニ子!:そう、魅力がたくさんある。そして反発することがあるっていいことだと思うんですよ。白金や広尾などの「レールに乗って完成している感」より、クールになり得る魅力を千住は持っていると思います。物価も安いし、住みやすそうだし、私はすっかり街のファンになりました。

大江戸工場でのミーティングの様子

―メディアの情報に流されずに、自分達の街に誇りを持てるような若者が増えるといいですね。それにしても皆で何かを動かそうとしている様子が楽しそうです。

スプツニ子!:毎日が映画を見ているみたいです。ロンドンからやって来た、初めて街に降り立った何も知らない宇宙人みたいな人が、足立区のラッパー達に出会って「千住を盛り上げようぜ!」って行動をおこす。イベントだけじゃなくて、そのプロセス自体が見ものだと思うし、そこもしっかり記録したいと思っています。

私がいなくなっても続くコミュニティデザイン

―スプツニ子!さんは現在、ロンドンと東京で暮らしていらっしゃいますが、今のロンドンの街と文化の関係はどうですか?

スプツニ子!:ロンドンは暮らしている人が東と西にはっきりと分かれていて、西ロンドンが高級住宅街。貴族や金融関係者などのセレブしか住めない地域なんですよ。東ロンドンは物価が安いので、移民の方達や美大生、ミュージシャンなどが暮らしています。ファッションやアート、デザインなど、クールな文化が生まれるのは主に東ロンドンで、それに対して西ロンドンの人々がお金を払うような構図もあります。アレキサンダー・マックイーンやフセイン・チャラヤンのスタジオも東にありますね。クラブやお店も東の方が断然面白い。でもそれでお金持ちが少しずつ東に移動し始めるんですね。例えばホクストン付近は、5年くらい前は治安が悪かったんですけど、銀行マンが移り住み始めてからは、家賃や物価が高くなっちゃった。それでアーティスト達は今、さらに東のハックニーなどに移り住んでいます。

―偶然ですが、都内23区の東部地域にも、ここ数年ギャラリーやアーティストがどんどん集まっていますね。千住のヒップホップシーンもこれから注目されるといいですね。

スプツニ子!:そうですね。ロンドンでは、クリエイティブでパンク魂のある人達が暮らすから街がカッコよくなって、そこにお金が集まって活性化されるというプロセスが繰り返されています。

―ちなみに今、ハックニーはどんな状況なんですか?

スプツニ子!:移民が多く、昼間から無職の大人が大勢うろうろしていますし、去年は暴動も起きました。貧困層の親の多くが教育に価値を見出せていないので、子供もあまり学校に行かず、代々生活保護で生きていくのが当たり前になっているような層もあります。そこでイギリス政府は、子供達に映像制作などのクリエイティブなスキルを身に付けてもらうワークショップを地域で行なっています。そうやって作品を作っていくなかで、非行を防いだり、サウンドエンジニアになろうとか、編集者になりたいとか、それぞれ夢を持ってもらうんですね。

―今回のプロジェクトでも中学生に対してワークショップを行ないますね。

スプツニ子!:そうですね。ロンドンのケースとは事情が違いますが、すでに街にあるヒップホップシーンというクリエイティブコミュニティと、地域の中高生や他の人々を繋げて、それぞれが自分の街を再発見することで、活性化できたらと考えています。「コミュニティデザイン」という、建築家の山崎亮さんがよく使われている言葉があるのですが、先日山崎さんと対談させて頂いたときに、「この足立区のプロジェクトって、コミュニティデザインですよね」って意気投合したんです。既に地域にあるものや人を発見して繋いで活性化していく。もしこのプロジェクトが終わって私がいなくなっても、参加者だけでその流れを続けていけるというのが理想なんです。

―またスプツニ子!さんは、これまでの映像作品でも同じようにTwitterで広く呼びかけて、知らない人ともチームを組んで作品を制作していましたよね。今回はその幅が大きく広がったようにも見えます。

スプツニ子!:ただ、これまでは私の作品を作るという目的のために人を集めていましたが、今回は元々ある、足立区のコミュニティを私がデザインするということなので、動機がまったく違うんです。私はハーフで、日本人とイギリス人、理系だけどアーティスト、どっちつかずな存在だととられることが多いのですが、そうすると逆にいろいろなコミュニティにすっと入っていきやすいという事に最近気づきました。以前はどこにも属さない感じが嫌でしたけど、最近はそれが強味だと思うようになりました。

―そんなスプツニ子!さんを介して、繋がるはずのなかった縁がどんどん繋がって、何か新しいものが生まれていったらいいですね。

スプツニ子!:今もどんどん繋がっていますし、これからも楽しみにしています。

―以前インタビューで、「自分の作品をとおして、人は変化できるんだ、ということを伝えていきたい」とおっしゃっていたのを読んだことがあるのですが。

スプツニ子!:今回のプロジェクトに関しても、同じ気持ちで取り組んでいます。自分の環境は努力しだいで変化させる事ができる、と考えるのは大切な事です。

―今日お話をお伺いしていて、今回スプツニ子!さんと千住の人々がコラボレーションして、1つのプロジェクトを生み出していくことの必然性が、とてもよく分かった気がします。アートは、人々がそういった様々な壁を乗り越えていくことに、少しは役に立つと思いますか?

スプツニ子!:そうですね。アートはなんでもありだからこそ可能性に満ちている。この「音まち」のプロジェクトでも、いつもそう思って人と会っています。

イベント情報
『アートアクセスあだち「音まち千住の縁」』

2012年10月27日(土)〜12月2日(日)※コアタイム
会場:東京都 足立区千住地域
時間:未定
料金:無料(一部有料)
※スプツニ子!のプロジェクト詳細は未定、最新情報はオフィシャルウェブサイト参照

プロフィール
スプツニ子!

1985年、東京都で、英国人の母と日本人の父(ともに数学者)の間に生まれる。東京、ロンドン在住。ロンドン大学インペリアル・カレッジ数学科および情報工学科を20歳で卒業後、フリープログラマーとして活動。その後、英国王立芸術学院(RCA)Design Interactions科修士課程を修了。在学中より、テクノロジーによって変化する人間の在り方や社会を反映させた作品を制作。2009年、原田セザール実との共同プロジェクト『Open_Sailing』が、アルス・エレクトロニカで「the next idea賞」を受賞。2012年より神戸芸術工科大学大学院客員教授。 主な展覧会に、『東京アートミーティングトランスフォーメーション』(2011、東京都現代美術館)、『Talk to Me』(2011、ニューヨーク近代美術館)など。



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