コラム

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年3月配信分(vol.216~220)

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年3月配信分(vol.216~220)

武田砂鉄
2009/05/13

vol.218 うるるん滞在で帰れず記(2009/03/16)

全裸

ドのつく青春映画を、独りで観に行った。土曜の夜、9時すぎからの最終回に集まるカップルの皆さんは心なしか密着度が高い。例えば、こちとら、両サイドのひじをかけられるのだった。なぜなら両サイド共に密着度が高いがゆえにこちらのひじ掛けは使わない。両ひじかけて、こんな所で重役気分。うぉっほぉん、キミね、なってないんだよ、この書類。明日の朝までに直したまえ。とかなんとか独りで演じていると、左隣はくねくねしている、右隣はベタベタしている。ワタシは完全に孤立している。場内、暗転。

観客として、映画の終わらせ方には、いくらかのパターンがある。エンドロールが流れた瞬間に荷物をまとめて出て行くパターン。これ、あんまりしないんだけど、気持ちは分かる。映画終了後、エレベーターにごった返してぎゅうぎゅう詰めの中を下る。そしたらその中の誰それが映画評を始めるわけだ。そういうとこでわざわざ発するような奴に限ってネガティブなことを言う。彼は、ちょっと伸び悩んでるよね、的な上空飛行。その手の被害に遭わなくて済む。懸命な判断ではある。しかし、やはりエンドロールで余韻を、というのが一般的だ。エンドロールを観ながら何となく荷物をまとめている人、これはいい。エンドロールが終わればすぐに出られる。エンドロールをきっちり見終わるまで微動だにしない。これもいい。映画に対して真摯的だ。要するにどちらもいい。エンドロールが終わり、場内に灯りがともる。その時の、各人の動き合いみたいなものが好きだ。わさっと動く。それでも動かない人がいる。あと30秒くらい必要と、体が訴えているかのよう。別に泣いているわけじゃない。能面のように顔から表情が消えているのだけれども、ちょっとまだ時間が必要という顔をしているのだ。あれが、好きだ。

さて、エンドロールは終わったのだが、ワタシは両ひじをかけたままだ。左隣のくねくねはぐねぐねになり、右隣のベタベタはベッタベッタになっている。重役は腕を組む。おい、こんな時どうする。前の席をまたいで帰るか。しかし、折り畳まれた映画館の椅子をまたぐのはなかなか難儀だ。しばらくワタシは、腕を組んで待つ事にした。すんませんと手刀切って帰ったら負けだなと、そう思ったのだ。隣の女子が、うるるん、という目をしている。しかし、これはおそらく、うるるん化させた目であって本当のうるるんではない。こいつはすぐにうるるん化させられる才能の持ち主に違いない。腕を組んで横目でみる。彼は、そのうるるんを真摯に受け止めてしまっている。うるるんに負ける男は成長せずにいつまでたってもうるるんに負けるのである(知らないけど)。私たちだけの時間と、私たちだけの時間、その間に巨体が独り。「私たち」にとっては、そんな巨体がいたって私たちの時間なの、ということなのだろうが、ワタシはほんとうにどうしたらいいのだろう。

うるるんの水分が少し落ちてきたようだ。うるるんが落ちて、でも、顔だけはうるるん状態が保たれているから、やや珍妙である。こっちは過度の花粉症、客がバッサバッサ振りながらコートを着れば、こちらの目鼻はぐじゅぐじゅ。目薬を差した。目がうるるんとした。差しすぎて、目を閉じると、ホロリと涙のような目薬が頬を伝った。何となく隣を見た。目が合う。汚いものを見るような視線を残して、もの凄い勢いで席を立っていった。目薬をしまったりウォークマンをセットしている間に、僕は最後の客になってしまった。泣き顔のような僕を、清掃のおばちゃんがやさしい目で見てくる。分かるわよ、というような。その優しさは、土曜の夜にはさすがに染みる。むしろ涙だと言い張る目薬なり。近くの本屋で、その映画のノベライズを買って帰った。

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