コラム

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年7月配信分(vol.233~236)

CINRA MAIL MAGAZINE連載コラム『全裸』2009年7月配信分(vol.233~236)

武田砂鉄
2009/08/19

vol.234 Stairway to Hayashi(2009/07/13)

全裸

僕が迷わずにハヤシライスを注文すると、向かいの2人はカレーライスを頼んだ。ハヤシライスはいつだって「あえて」ハヤシライスである。カレーライスではない、という所からハヤシライスがお出ましとなる。だから、先制攻撃によってしか、自主的なハヤシライスはあり得ない気がしたのである。カレー、カレー、ハヤシライス、という頼み方では、「カレーではない」というアンチテーゼが先立ってしまう。先制攻撃によるハヤシライスは、ハヤシライスの尊厳を見せつけると思ったのである。でも実際に、カレー、カレーと続けられると、ハヤシライスという選択を真っ先に宣言した自分の即断を問いつめたくなってくる。やはりカレーが中心にあって、そこから逸れた所にハヤシライスがいる。ここのカレーやっぱり美味しいよねなどと隣り合った2人が首をタテに頷き合っている。ソロでハヤシなワタシは、ハヤシライスだって負けていないぜと澄まし顔を必死に。しかし、形勢は逆転している。先制攻撃の事実はもはや消えていたのだ。

やっぱり美味しいよね、と言った。やっぱり、ということは、初めてではない。やっぱり美味しいよね、うんうん、ということは、2人で一緒にこのカレーを食すのも初めてではない。であれば、この3人で昼飯でも食べようよとなった段階で頭の中にはカレーだなという意思決定があったのだろう。その意思を読み取れなかった自分は、ハヤシライス宣言を急いだ。カレーでなくてハヤシライスで行くという指針表明は向かいの2名の出鼻をくじく強烈な一打になるはずだった。しかし、彼らは最初からカレーという選択を決め込んでいたのだった。突然ソロ活動を余儀なくされたハヤシライスが、ぽつんと取り残された。

ジミー・ペイジの気持ちが分かるよ、ハヤシライスをかっ込みながら、彼のことを思った。レッド・ツェッペリンの再結成を目論んだ彼は一昨年に一夜限りの再結成を実現させる。世界的な熱狂を前に、長期的なツアーもあると臭わせた。しかし、ヴォーカルのロバート・プラントは「いや実はもう来年の秋口までアリソン・クラウスとのジョイントツアーが決まってるんだ」とその熱意を瞬時に冷ましたのであった。だったら先に言ってくれればいいのに、ジミーと武田はハヤシライスを前に結ばれていた。

向こうの2人はペロリとカレーを平らげた。だって、心に決めてきたカレーだもの、そんな余裕が見えた。こちらはハヤシライスで良かったのかという疑問を抱きつつジミー・ペイジと交信しつつの昼食ゆえに、なかなかペロリとは進まない。あっちはもう食後のドリンクも半ばにさしかかっている。この遅れの責任をハヤシライスに押し付け始める。この控えめな甘味は何だ。おまえらさ、カレーの辛さから逃げるためにこの甘味に行き着いたんじゃねえのか。ハヤシライスもさすがに一言もの申したいようである。選んだのは貴方ではないですか、こちらからお願いしたつもりはありません。こうなると、ケンカしたカップルのように、何をやっても上手くいかない。責任の押し付け合いとなった僕とハヤシライスのすれ違いは、埋まること無く、僕は食後のジンジャエールを要求した。もう持ってきてくださいドリンクを、と。

あとは謝るタイミングだけなのに、それが出来ずに別れてしまうカップルが沢山いる。ジミー・ペイジはロバート・プラントのツアー終了を待たずにツェッペリンの本格再始動を凍結させてしまった。あの時謝っていれば、相談していれば……そんな後悔をジミーもロバートも持っているだろう。今、僕とハヤシライスの関係は、冷えきっている。別に後悔してねえしと、しばらくはツンツンするつもりだ。

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