『乱反射ガール』土岐麻子 インタビュー

ずば抜けた存在感と心地よさを兼ね備えた歌声で、同業ミュージシャンたちからも絶えずラブコールを受け続ける土岐麻子。5月26日にリリースとなる最新作『乱反射ガール』は、伊澤一葉(東京事変)、いしわたり淳治、奥田健介(NONA REEVES)、川口大輔、G.RINA、さかいゆう、桜井秀俊(真心ブラザーズ)、森山直太朗、渡辺俊美(TOKYO No.1 SOUL SET / THE ZOOT16)、和田唱(TRICERATOPS)といった豪華ミュージシャンたちが参加した、麗しきポップ・ソングが満載の傑作だ。ドコモやユニクロといった大企業のCMソングにも次々と抜擢され、いまや「声のCM女王」との呼び声も高い彼女だが、プロとして活躍を始めたきっかけは、まさかの大学留年。波瀾万丈の音楽歴からニュー・アルバムまで、たっぷりと語ってもらった。

(インタビュー・テキスト:タナカヒロシ 撮影:柏井万作)

テレビの制作会社から内定ももらったんですけど、単位が足りなくて、まさかの留年をしちゃうんですよ(笑)。

―今日は土岐さんがどうやって歌い始めたかっていうところから、お伺いしたいと思って。

土岐:はい。ちょっと変わってますけど(笑)。

―もともとはボーカルじゃなくて、ずっとギタリストだったんですよね?

土岐:そうなんです。中学3年から大学まで。でも、技術的には下手だったし、オリジナルソングを作るってわけでもなかったし、プロになるなんてありえないと思ってたんですよ。だから、普通に就職活動して、内定ももらっていたんです。

―それがなぜプロの道に?

土岐:就職活動をしてたときに、なにかストレス発散をしたいなと思ってたんですよ。それでたまたま朝刊を読んでたら、沢田研二さんのミュージカルで、バックバンドを務める女性楽器奏者を募集しますっていうオーディションを見つけて。普段はそんな積極性もなかったんですけど、自分がオーディションを受けてるところを想像したら笑えるなと思って(笑)、ギタリストとして応募したんです。でも、会場に行ったら、楽屋で速弾きしてる女の子とかいて、こりゃ落ちるなって。

―楽屋の時点で意気消沈しちゃったんですね。

土岐:はい。オーディションは4人1組で、みんな立ち上がって弾いてたんですけど、私だけイスに座って弾いたんですよ。ちゃんと弾きたかったし、どうせなら受かるとかじゃなくて楽しみたいと思ったから。「立ってください」って当たり前のように言われたんですけど、「いや、座ってじゃないと弾きたくないです」って(笑)。

―そりゃまたいい度胸してますね(笑)。

土岐:まぁ、案の定、不合格だったんですけど、その日の夜に審査員だったアコーディオン奏者のcobaさんから、「座ってた人だよね?」っていう連絡があったんです。ちょうどそのときにPUFFYが流行っていたんですけど、「ギターを持ちながら歌う、PUFFYみたいな女の子ユニットを作りたいと思ってるんだけど、やってみない?」って。

―おおっ! チャンスですね。

土岐:おもしろそうだから「やります」って言ったんですよ。ただ、就職活動に支障のない範囲でっていう条件付きで。そこから「歌ってるデモテープをちょうだい」という話になって、バンドサークルの後輩を集めて、キャロル・キングの“空が落ちてくる”を歌って提出したんです。でも、そのやり取りがだんだん強制っぽくなってきて。就職活動もしてるし、優先すべきはそっちじゃないからってやめちゃったんです。

―このときに初めてボーカリストとして歌い始めたんですね。

土岐:はい。そのときの音源を先輩である沖井礼二さんが聴いて、「何これ、誰が歌ってるの?」「土岐って歌えなくもないんだね」って。それまで沖井さんは熱い感じのロックバンドをやってたんですけど、歌がうまいとかじゃなくて、センスが合う人とバカみたいにポップなバンドをやりたいから、土岐がここらへんまで歌えるんだったら一緒にやらない? って言われて。

―それでCymbalsが結成されたんですね。

土岐:そうなんです。最初は就職活動に支障をきたさない程度にやっていたんですけど、インディーズでデビューすることになって。その間にテレビの制作会社から内定ももらったんですけど、単位が足りなくて、まさかの留年をしちゃうんですよ(笑)。会社も半年なら待ってくれるっていう話になったんですけど、その間に今度はメジャーが決まっちゃって。

―激動ですね。

土岐:私にとってはどっちも魅力的だったんですよね。テレビの制作会社を受けた動機も、バンドと一緒でみんなでモノを作ることができるからだったので。だから「どうしよう!?」って思ったんですけど、制作会社は同期が7人いたんですよ。でも、バンドは1人でも欠けたら成り立たないものだったから。それでCymbalsを選んだんですよね。

だんだん3人の思うところが一致しなくなってきて。それだったらCymbalsじゃなくてもいいじゃんって。

―歌にはどのようにのめり込んでいったんですか?

土岐:もともとギターの何が好きだったかって言ったら、アンプと、エフェクターと、ギター本体、その3つの関係性で、いろんなニュアンスの音が作れることだったんです。でも、歌っていうのは、ギターでは技術がなくて到底できなかったことが、簡単にできるなと思って、声作りにハマっていったんですよね。ささやくように歌ったところに、さらにささやくように歌ったものを重ねると透明感が出るとか。強く歌ったものを2つ重ねるとビビッドになるとか。

―そんなことやってたんですね!

土岐:私なりにですけど。当時はダブルが多かったですね。透明感を出すために。

―Cymbals時代はどんな経験でした?

『乱反射ガール』土岐麻子 インタビュー
土岐麻子

土岐:人とモノを作るということを、嫌というほど経験させてもらいました。それと、どういう音楽をやりたいかとか、どんな音楽が好きなのかとか、それまでちゃんと考えてなかったことを意識するようになって。挙げ句の果てにはソロでやりたいことまで出てきて。それで並行してソロも出そうと思ってたんですけど、準備してる最中にCymbalsの解散が決まっちゃったんですよね。

―解散の原因はなんだったんですか?

土岐:本当にトライアングルの体制で作ってたので、誰かひとりがっていうワンマンバンドにならないことが理想だったんですけど、バランスって変わってくるもので。バカみたいにポップなバンドをやりたいっていうところから始まっていたので、暑苦しいことを言わなかったり、ダイレクトに言わずに匂わせたり、包み隠すかっこよさみたいなものを追求してたんですけど、だんだん3人の思うところが一致しなくなってきて。それだったらCymbalsじゃなくてもいいじゃんって。

もっともっと広げたいと思う気持ちが強くなって。よりポップなものを意識するようになりましたね。

―そうだったんですね。ソロでは最初にジャズカバー『STANDARDS〜土岐麻子ジャズを歌う〜』を出されましたよね。

土岐:当時は90年代の残り香っていうか、マニアックなインディーズの音楽が流行ってて。そういうところのお客さんは、みんなが批評家みたいな感じで、すごく厳しかったんです。こうじゃなきゃいけないとか。Cymbalsは、そこで絶対かっこ悪くなりたくないっていう感じで作っていたんですけど、ソロとして純粋に好きなポップスを作っても、比較されて終わるだろうなと思って。

―単純に比較対象にしかならないことが嫌だった?

土岐:そうなんです。だから一旦Cymbalsを離れて、こういう声してるんですよっていう名刺代わりの1枚みたいな。

―ジャズカバーをやったことで、どんな影響がありました?

土岐:ソロの1枚目って、カフェですごく流れてたらしいんですけど、BGMとして聴いてくれたり、なんとなく部屋でかけてます、っていうお客さんが増えて。すごく小さな規模だけど、お茶の間に広がった感があったんですよね。バンドではお茶の間を意識しない美学みたいなものを持ってたんですけど、聴いてくれる人が広がることは、すごくうれしいことなんだなって。

―真逆になったんですね。

土岐:はい。それと、一昨年の秋にユニクロのCMに出させていただいたんですけど、ちょっとしか流れてなかったのに、すごい反応があったんですよ。やっぱりテレビの力ってすごいんですよね。そうなると、もっともっと広げたいと思う気持ちが強くなって。よりポップなものを意識するようになりましたね。

解き放て、乱反射ガール。

―それでは、ニュー・アルバムについてお聞きしたいのですが、『乱反射ガール』というタイトルからして、いままでとちょっと違いますよね。日本語のタイトルは初めてですし。

土岐:私の思うポップスっていうところに、一番近いものができたんじゃないかなと思います。常に次の次の次の作品くらいまで考えながら作るんですけど、やっとここまで来たかなっていう感じですね。

―確かに、ソロになってからの作品は、ジャズ色の強いものから徐々にポップスの香りが強くなってますよね。

土岐:ジャズのアルバムで思ったよりも反応があったので、突然ポップなことをやって、せっかく気に入ってくれた人が離れてしまったらもったいないし。ポップスとジャズの中間地点でもやりたいことがあったから。それで(ソロ転向後初のオリジナル作)『Debut』っていうアルバムを作ったんですよね。そこからなるべく違和感を与えないように、どんどんポップスににじり寄って。

『乱反射ガール』土岐麻子 インタビュー

―今回はいままでで一番ポップを意識した作品になったわけですね。

土岐:そうですね。

―「乱反射ガール」は曲名でもあり、アルバムのタイトルにもなってますけど、どういう意味が?

土岐:もともとはYuge(ユージュ)っていう洋服ブランドがあって、デザイナーの弓削匠さんが同世代の友達でもあるんですけど、去年の春夏のコレクションのときにキャッチフレーズを考えてくれませんか? という話になって。それで作ったのが、今回のCDの帯にもなってる「解き放て、乱反射ガール。」だったんです。

今この一瞬をちゃんと肯定しながら前向きに生きてる女性って、本当に素晴らしいなと思うんです。

―それがどうして曲に?

土岐:最初はキャッチコピーをつけて終わりのつもりだったんですけど、「乱反射ガール」ってすごくいろんな要素があるなぁと思って。曲を作りたいと思ったんですよね。私なりに思う「乱反射ガール」は、いまこの一瞬に閃光のようにひらめいてる感じっていうか。

―例えばどんなことですか?

土岐:私自身、あのときこうしてたらもっとうまくいってたのになとか、不景気だしこの先どうなっちゃんだろうとか、焦る想いとかもいろいろあったりするんです。ただ、過去のことも、未来のことも、ある程度考えるのは必要だけれども、「いま」っていうことをあんまり考えてなかったなって。たまに今この一瞬をちゃんと肯定しながら前向きに生きてる女性に出会うと、そういう人って本当に素晴らしいなと思うんです。そういう人への憧れの曲っていうか。

―そういう人を「乱反射ガール」と呼ぶ?

土岐:呼びたい。そして私もなりたいっていう(笑)。

―「乱反射ガール」は曲名でもあり、アルバム全体のコンセプトでも?

土岐:そうですね。音楽は3分とか4分とかで過ぎ去っていくものじゃないですか。それは聴く人の一瞬の感情に寄り添うことができる、お手軽な手段だなと思っていて。壮大なドラマを見せるとか、フォークみたいな音楽にもすごく興味があるけど、今回は、例えば電車に乗りながら聴いた人の朝の一瞬に寄り添うというか、変えるというか、浸るでもなんでもいいんですけど、そういう誰かにとっての一瞬の音楽になりたいなと思って。

現実は忘れずに、夢をみられる音楽を。

―僕的な印象では、最初は強い女性を意識してるのかなと思ったんですけど、だんだん弱さみたいなものも見えてきて。その強かったり弱かったリが「乱反射」なのかなと思ったんです。

土岐:あー。1曲1曲のコントラストがはっきりしているというか。表面上は爽やかに仕立てているんですけど、“乱反射ガール”はキラーンとした歌詞でも、根底は影のなかにいる人からの憧れだったり、“Sentimental”も歌詞的にはドヨーンとしてたり。どっか闇のなかから歌っている立場は忘れないようにしようと思っていて(笑)。楽観的に聴こえたいっていう欲求はありつつ、いまって、楽しくて、幸せで、景気よくて、もう最高! みたいな人ってあんまりいない気がして。私はそのうちのひとりなので、その立場から夢を見たいなっていうか。

―ポジティブな曲だけど、現実から離れすぎないように。

土岐:さっき3分間で一瞬をって話をしましたけど、その一瞬で夢を見られるようなツールだと思うんですよね、音楽って。だから、そういう夢を見られる音楽を作りたいって強く思いつつ、現実は忘れずにというか。マッチ売りの少女のマッチの火じゃないですけど、そういう立場から夢見てる詞が多いですね。

―マッチの火がついてる間は幸せが見れるみたいな。

土岐:うん。こうなりたいっていう憧れですね。

―なるほど。誰しも強さと弱さの両面を持ってるでしょうしね。

土岐:ほんとにそう思います。せめぎあいというか。

―土岐さん自身は、落ちるときは思いっきり落ちるタイプなんですか?

土岐:すごい振れ幅が激しいと思いますね(笑)。自分でそれに振り回されるというか。あんな強い気持ちだったのに、すごい弱い気持ちになって、自分で矛盾してるなっていうところが嫌だったりするんですけど、「両方あって、別にいいじゃん」っていう気持ちが“Perfect You”っていう曲だったりとか。

―土岐さんのリアルな世界観が反映されている?

土岐:そうですね。でも、このアルバムで結局何が一番大事なのかとか、答えは出てないと思うんですよ。“Perfect You”みたいに、自分の矛盾したものも受け入れないとやっていけないとか、そういう考えはひとつの答えである気もするんですけど、理想に向かって矛盾をどんどん排他して生きていくっていうのも、ひとつの答えだと思うし。答えが出ないのが、音楽でもあるじゃないですか。

―それって、みんな思い悩む感覚ですよね。むしろ、そのほうが親近感があります。

土岐:そうですね。イマジネーションの余地みたいなものは充分にあると思うし、それはアルバムを聴く人に委ねますっていう。そういう音楽を作りたいと思ってたから、これでよかったのかなと思います。

イベント情報
『2010.5.29 原宿 土岐麻子、乱れる。
土岐麻子ライブ2010 アーリー・サマー・乱反射ガール!

2010年5月29日(土)OPEN 17:15 / START 18:00
会場:ラフォーレミュージアム原宿
料金:前売4,500円(ドリンク代別、全席指定)
※ソールドアウト

2010年7月17日(土)OPEN 17:15 / START 18:00
会場:ラフォーレミュージアム六本木
料金:前売4,500円(ドリンク代別、全席指定)

リリース情報
土岐麻子
『乱反射ガール』(CD+DVD)

2010年5月26日発売
価格:3,800円(税込)
RZCD-46546/B

1. Intro 〜prism boy〜
2. 乱反射ガール
3. 熱砂の女
4. 薄紅のCITY
5. 鎌倉
6. feelin' you
7. ALL YOU NEED IS LOVE
8. QUIZ
9. Sentimental
10. HUMAN NATURE / sings with 和田 唱 from TRICERATOPS
11. Light My Fire
12. Perfect You
13. City Lights Serenade
[DVD収録内容]
DVD:全体35分程度]
・VALENTINE LIVE TOUR @ Billboard Live TOKYO(2010.02.07)
・LIVE『LOVE SONGS』@ 赤坂BLITZ(2009.07.07)
・“乱反射ガール”MUSIC VIDEO
・RECORDING & MUSIC VIDEO OFF SHOT

>土岐麻子
『乱反射ガール』(CD)

2010年5月26日発売
価格:2,940円(税込)
RZCD-46547

1. Intro 〜prism boy〜
2. 乱反射ガール
3. 熱砂の女
4. 薄紅のCITY
5. 鎌倉
6. feelin' you
7. ALL YOU NEED IS LOVE
8. QUIZ
9. Sentimental
10. HUMAN NATURE / sings with 和田 唱 from TRICERATOPS
11. Light My Fire
12. Perfect You
13. City Lights Serenade

プロフィール
土岐麻子

Cymbalsのリードシンガーとしてデビュー。04年の解散後、実父 土岐英史氏を共同プロデュースに迎えたジャズ・カヴァー・アルバム『STANDARDS〜土岐麻子ジャズを歌う〜』をリリースし、ソロ活動をスタート。上記『STANDARDS』シリーズ全3タイトル、オリジナル・アルバム『Debut』、ポップス・カヴァー・アルバム『WEEKEND SHUFFLE』をリリース後、07年11月rhythm zone移籍第1弾アルバム『TALKIN'』でメジャーデビュー。08年6月には、真心ブラザーズや松田聖子、マドンナなどの名曲をカヴァーした企画ミニ・アルバム『Summerin’』をリリース。「情熱大陸LIVE」や「Slow Music Slow Live 08」への出演、くるりのシングル「さよならリグレット」へのゲスト・ヴォーカル参加などを経て、08年10月の本人出演/歌唱が話題となったユニクロTV-CMソング『How Beautiful』がシングル・ヒット。09年1月リリースのアルバム『TOUCH』がスマッシュヒットを記録。



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