生きることの居心地の悪さを振り切りたい 川内理香子インタビュー

少し不思議なインタビューを紹介する。「食べること」をテーマにした絵画作品を展開する川内理香子は、弱冠24歳。多摩美術大学絵画学科専攻の現役の大学生だ。今年で9回目を迎えた、新進アーティストを対象にした公募プログラム『shiseido art egg』で3名の入選者に選出され、1月より資生堂ギャラリーで個展を行なうなど、注目を集めている。

川内の作品には、幼児体験や「生」に対する実感が反映しているという。か細い描線でかたどられた食べ物や、人物、あるいは事物には、存在の重さと軽さが同居し、今にも消えてしまいそうな儚さが漂う。「絵を描くことで、居心地の悪さを振り切っていきたい」と川内は言う。その言葉には、彼女なりの世界を知覚するための思考と実感があるのかもしれない。資生堂ギャラリーでの個展を前にした若きアーティストに話を聞いた。

食べ物を食べて、自分のものではない異物が身体の中に入っている、っていう感覚に違和感があるんです。

―川内さんは今回の『shiseido art egg』入選以外にも、昨年は2つの大きな前進をされました。『CAF ART AWARD 2014』保坂健二朗賞と、証券会社のプレスルームに作品展示できる『ART IN THE OFFICE 2014』への選出です。

川内:そうなんです。今、私は学部4年生なんですけど、3年生になったときに突然「この先の人生どうしよう」って焦って。それで公募に出したら……。

―ぽんぽんぽんと連続で通って。

川内:ありがたいです。

『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』展示風景 撮影:豊島望
『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』展示風景 撮影:豊島望

―川内さんが『ART IN THE OFFICE 2014』に選出されたのは以前から存じ上げていて、展示作品は寿司がモチーフの作品でしたよね。そのときは「寿司大好きな人なのかな?」って思ったんですけど。

川内:一時期、ちょっと寿司の人になってましたね(笑)。

―でも、今回の『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』の展示プランを見ると、けっして寿司だけでなくて、「食べること」自体が大きなテーマになっているんですよね。

川内:「食べること」をテーマに絵を描き始めたきっかけは特にないんですけど、もともと食べることがすごく億劫に感じる子どもだったんです。物心ついたときにはすでに苦手で、どうも赤ちゃんの頃から全然食べなくて、母も困るくらいだったようなんです。今でも人よりはその感覚が強くて、食べたくないな、っていうことがけっこうあります。

『Body』2014
『Body』2014

―なぜ苦手なんですか?

川内:味わうのは平気なんです。でも、食べ物を食べて、自分のものではない異物が身体の中に入っている、っていう感覚に違和感があるんです。

―なるほど……。

川内:身体の中とかってコントロールができないですよね。おなかいっぱいになって「もう食べれない!」っていうときに、自分の意思ですぐに空腹の状況に持っていけないじゃないですか。自分では自分の身体を保有して管理していると思っているけど、実はそうじゃないってことを、食べることで突きつけられてしまうというか。

川内理香子
川内理香子

―それで極力食べないようにする。

川内:でもおなかは空くんですよ。そうすると、ものすごい食べ物に目がいっちゃう。

―それだけ聞くと、むしろ食いしん坊みたいです。

川内:でも食べたくはない。それで料理本とかお菓子の本を見て、その中で自分が1番目に行くものをスケッチ帳で模写していた時期がすごく小さいときにあって。

―やっぱり変化球タイプの食いしん坊なのでは(笑)。

川内:食べ物を口にして取り込むのはイヤだから、「描く」っていう違うかたちで取り込もうとしていたのかもしれないですね。今もそれの延長で、おなかが空くと絵を描きたくなるんです。ネットとかで食べたいケーキを検索して見ていると、「あ、描きたい!」ってなります。

『The rise and fall of the tide』(部分) 撮影:豊島望
『The rise and fall of the tide』(部分) 撮影:豊島望

―描くことが食べることの代替行為になっている?

川内:その感じはありますね。ちょっと前までは単に食べ物をモチーフに描いていたんですけど、どうも自分は食べ物に人間の思考とか感情みたいなものを反映させているということが最近わかって。

―たしかに、これまでの作品を拝見すると寿司やケーキだけを描いてはいないですね。

川内:食べないと体力がなくなるから、身体が動かなくなっていきますよね。すると思考も鈍くなっていくんです。そんな極限状況の空腹を体験して、まるで自分がどんどん消えていってしまうような感覚を覚えた。それで「これは危険かも」ってちょっと食べると、また自分が戻ってきて、身体の機能も思考も正常になる。そういう体験を通じて、人の身体や思考や感情って食べ物でできているってことを発見したんです。そこからは食べ物以外も描くようになりました。人間の身体とか、性的なものとか、人と人の関係性とか、もう少しその先のものも見えてきたんです。

人間って、内と外とか、肉体と精神とか、2つの物事の狭間に立たされている気がしませんか?

―学校の給食って大変じゃなかったですか? 先生から「残さず食べなさい!」と言われて、食べられない子は掃除の時間もずっと食事を強いられて。

川内:小学校のときは大変でしたね。給食も本当に食べられないので、家からお弁当を持って通っていました。あと、中学校のときは特例的にお昼ごはんだけ食べに自宅に帰るという、アメリカンスタイルを許されていました(笑)。

『The rise and fall of the tide』(部分) 撮影:豊島望
『The rise and fall of the tide』(部分) 撮影:豊島望

―食べられるものと食べられないものがあるんですか?

川内:人の手が複雑に入った料理が苦手だったんです。好物はジャムトーストみたいな、すごくシンプルなもの。でも給食って、ミートソーススパゲッティーみたいに食材を細かく切って炒めて煮込むじゃないですか。誰が作ったかもわからない、どこから来たかもわからない食べ物がイヤで。料理って、いろんな素材を組み合わせて、美味しそうに盛りつけるけれど、食べた瞬間からまず口の中で咀嚼されて、胃でかたちがドロドロに溶けていきますよね。でも自分の身体の内側は見えないから、どんなことが起こっているのかよくわからない。そういう恐怖があったんです。

―だとすると、過度に加工された料理よりも、食パンとかのほうが消化されていくイメージが持ちやすいですね。

川内:だからサラダやフルーツも好きですね。ごちゃまぜのものが胃の中でさらにごじゃまぜになっていくのを考えると、想像に歯止めがきかなくなってしまいます。

『バターはもちろん何から何まで溶けて流れていってしまうのよ』(部分) 撮影:豊島望
『バターはもちろん何から何まで溶けて流れていってしまうのよ』(部分) 撮影:豊島望

―自分の意思でコントロールできないものに対する拒否感があるんですね。少し内面的な話に振ってしまいますが、川内さんは自己と他者の境界線に興味があるんじゃないですか?

川内:それはあると思います。人間って、内と外とか、肉体と精神とか、2つの物事の狭間に立たされている気がしませんか? 宙ぶらりんの状態の逃げ場のなさ、居心地の悪さ……どっちにも振り切れない状態に駄々をこねているのかなと思います。

―どちらかに振り切れたほうがラクですか?

川内:ラクですね。ちょっと意味は違うんですけど、絵を描いていると、ある意味で振り切れる瞬間があります。描く前って「こういう感じで描きたい」というイメージが頭の中にあるんです。でも、それをアウトプットしても完全に同じにはならない。

『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』展示風景 撮影:豊島望
『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』展示風景 撮影:豊島望

―それは「コントロールできない」ってことですよね。

川内:でも、イメージを絵に描くという行為はもの(手)ともの(紙やカンバスなど)のぶつかり、なおかつ自分の思考ともののぶつかりでもあるので、自分の思考と身体をいっぺんに感じられるんです。普段の生活だと、自分が今どの位置に立っているのかわからなくなる。特に食事はそうで、別のことに思考を巡らせていても、胃の重たさを感じた瞬間に生々しい身体を自覚せずにはいられない。身体によって意識がはじき飛ばされるというか。でも絵を描くと、それが1箇所に集まってくるみたいな感じがあって。

―描くことが、川内さんにとって助けになっている?

川内:そうですね。

―ドローイングだけではなくて、ペインティングや本物のサンドイッチを使った作品もありますね。

川内:以前にいろんな表現方法を試していたことがあって、サンドイッチはそのときの作品ですね。でも、自分にとって一番突き詰めて表現できるのは、やっぱりドローイングです。

『Sandwich』2012
『Sandwich』2012

―ペインティングでもなく?

川内:ドローイングが自分の身体性を一番強く感じられるんです。ペインティングだと、キャンバスや油絵具の物質としての強さを感じます。それに油絵具は乾くまでの時間が長いから、自分の意思から離れて、絵が勝手にできあがっていく感じがします。ドローイングのほうがダイレクトにぽんぽんって返ってくるんです。

―川内さんが、絵で1番大事にしていることってなんでしょうか?

川内:たぶん瞬発力、瞬間だと思います。そのときに1番したいことをすぐに実現できる、そういう瞬間が大事。ペインティングは描くまでに準備も必要だから、あまり瞬間的ではないですよね。それもまた楽しいとは思うんですけど。ドローイングのほうが、自分の気持ちの高まり、思考の高まりをそのまますぐに出せるのがいいですね。

―好きな画家で言うと?

川内:いっぱいいるんですけど、モネとかルノワールといった印象派の画家たちは好きです。作品を観たときにすっと倒錯できる絵のクオリティーもいいですし、絵画に対しての考え方もしっかりしていて、素晴らしいなと思います。その両方を最大限に持っている作品ってあまりないと思うので。

誰かと一緒にごはんを食べに行って、それがきっかけで仲良くなることってありますよね。でも、自分にはそれができないので、むしろ食事についていろいろ考えるんです。

―さっきおっしゃっていたように、描かれているモチーフも多彩です。2人の人物が向き合っている『Talking』というタイトルの作品は、会話をイメージしていると思うんですが。

『Talking』2012
『Talking』2012

川内:誰かと一緒にごはんを食べに行って、それがきっかけで仲良くなることってありますよね。でも、自分にはそれができないことが多いので、むしろ食事についていろいろ考えるんです。ごはんが人と人の真ん中にあって、それを介してつながれるんだろうなとか、ごはんを食べながら相手のことも咀嚼しているんだろうなとか。

―僕の友だちにも肉や魚を食べられない人がいるんですが、その人とごはんを食べに行くとなると場所とかいろいろ考えるんですよ。

川内:そうですよね。

『Stand』(部分) 撮影:豊島望
『Stand』(部分) 撮影:豊島望

―相手はこちらが気をつかっているのも知っていて、「どこの店でもいいよ。食べられるものを食べるから」って言ってくれるんですけど、やっぱりそこには両者にとって溝みたいなものがある気がするんです。川内さんの場合、食事などでコミュニケーションを図る際にはどんなことを思われているのですか?

川内:申し訳ないと思っています(苦笑)。残しちゃうのも罪悪感があるし。でも、やっぱり自分は本当におなかが空いてないと食べられないので……。でも、そうやって楽しく関係を築けることには憧れます。

―冒頭で、食のモチーフが人と人の関係性にも押し広げられていって、その先も見えてきたとおっしゃっていましたね。

川内:『CAF ART AWARD 2014』に出品した『Cherry pie』はそういう作品ですね。男女カップルの肖像なんですけど、誰かと仲良くなったりするときって、自分を曝け出して、もう一歩踏み込まないといけないじゃないですか。顔のところを赤く塗っているのは、「素顔を見せる=皮膚が剥がれおちている」っていうイメージです。

『Cherry pie』2012
『Cherry pie』2012

―この作品は人の関係性だけでなく、性的な関係も連想させます。こういった食以外への展開は、ご自身の中でどのように起こっていると思いますか?

川内:うーん……まだわからないことが多いですね。この作品『A tomato』は、ネットで見た奇形のトマトを描いています。奇形の植物や野菜を見ると、手足とか男性器とか、かならず人間のどこかの部位に似ていて、「これって人間の似姿だな」って思ったことがあって。人のガン細胞も、たとえば本来は目の細胞だったものが手にできるとガンになるっていう話を以前聞いたことがあるんですけど。

『A tomato』2014
『A tomato』2014

―なんらかのエラーが人体に発生して、ガン細胞ができる。

川内:だからガン細胞って、場所を間違えちゃっただけなのかもしれないですよね。そう考えると、人間も結局は奇形というか。この世の中にあるものはすべて異物なんじゃないかって思いがあって。そういう展開も出てきたりしています。

―なるほど。今回の『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』では、今おっしゃったような多様な展開が見られそうですね。

川内:最初は食べ物を描いているだけだったのが、最近は身体とか、関係性とか、自分の思考がダイレクトに出始めてきた。それは紙の上で自分の思考が展開していった軌跡だと思うんですが、そういった自分の思考を観てくれた人に追わせたいというか、最終的に私の身体を感じられる空間になればいいなと思っています。

川内理香子

―それって川内さんにとってイヤなことではないのかなと思うのですが。

川内:たぶん、みんなにも体験してほしいんです。私の思いを(笑)。

―「知ってよ!」みたいな(笑)。

川内:私は食とか、内と外に対する意識、コントロールできないことへの拒否感が強すぎるんですけど、この感覚って人は誰でも持っていることだと思うんです。だから私個人に帰結させるだけじゃなくて、「人ってこういう部分があるじゃん?」というのを感じてもらえたら嬉しいです。

イベント情報
『第9回 shiseido art egg 川内理香子展』

2015年1月9日(金)~2月1日(日)
会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火~土曜11:00~19:00、日曜・祝日11:00~18:00
休館日:月曜(祝日が月曜にあたる場合も休館)
料金:無料

『第9回 shiseido art egg 飯嶋桃代展』

2015年2月6日(金)~3月1日(日)
会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火~土曜11:00~19:00、日曜・祝日11:00~18:00
休館日:月曜
料金:無料

ギャラリートーク
2015年2月7日(土)14:00~14:30
出演:飯嶋桃代

『第9回 shiseido art egg 狩野哲郎展』

2015年3月6日(金)~3月29日(日)
会場:東京都 銀座 資生堂ギャラリー
時間:火~土曜11:00~19:00、日曜・祝日11:00~18:00
休館日:月曜
料金:無料

ギャラリートーク
2015年3月7日(土)14:00~14:30
出演:狩野哲郎

プロフィール
川内 理香子 (かわうち りかこ)

1990年生まれ。多摩美術大学美術学部絵画学科油画専攻在籍中。『第1回CAF ART AWARD 2014 保坂健二朗賞』(2014年)、『Art in the office 2014』(2014年)受賞。これまで参加した展覧会に『ドーナツのない穴』展(2012年、多摩美術大学芸術祭)、『other painting XI』展(2012年、pepper's gallery)、『凸展』(2013年、tkpシアター / 柏アートライン)、『Home Made Family』展(2013年、cashi)、『Sleep No More』展(2013年、多摩美術大学芸術祭内)などがある。



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