アジアのアート&カルチャー入門

『アジアのアート&カルチャー入門』Vol.3 日本とミャンマー映画

2013年初頭にミャンマーを訪れ、驚いたことがいくつもあった。かつては、道端に立つ兵士の姿を写真で収めることは厳禁。軍関連施設を撮影することも固く禁じられていた。民主化運動のリーダーである「アウンサンスーチー」の名を口にすることもはばかられており、人々は「おばさん」という隠語を使ってスーチーに関する話題を話していたという。それが2013年 には、最大都市ヤンゴンの路上で、当たり前のようにアウンサンスーチーのTシャツが販売されていたのである。

ミャンマーはまさにいま、激変期のまっ只中にある。11月8日に投票が行われたミャンマー総選挙ではアウンサンスーチー率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝。半世紀にわたる軍事政権が終わりを迎え、来年春にはNLDによる新しい国作りがはじまることになった。

そうした変わりゆく母国を深く見つめてきたのが、脚本家・監督であり、医者のアウンミンだ。1990年代には8年間にわたって地方の 医療現場に従事。 そのときの体験を元にした脚本を映画化した作品『The Monk』(2014年、ティーモーナイン監督)は、『ロッテルダム国際映画祭』などに出品され、高い評価を受けた。この秋に来日し、日本の映画・アート関係者と交流を重ねたアウンミンに、ミャンマー映画界の現状と未来について話を聞いた。

以前のミャンマーだったら、路上で堂々とカメラを構えることもできなかった。

―いきなりですが、先日のミャンマー総選挙では、アウンサンスーチー(非暴力民主化運動の指導者。1991年『ノーベル平和賞』受賞)率いる国民民主連盟(NLD)が圧勝し、軍の影響を受けた政府による長年の支配が終わることになりました。この結果についてどう思われましたか。

アウンミン:私はもともとNLDを応援していましたし、今回の選挙に向けて協力もしていました。本当に勝てるのかどうか心配していたのですが、期待以上の勝利を収めて驚いています。投票日の夜はみんなで喜びをわかち合いましたよ(笑)。

アウンミン
アウンミン

―おめでとうございます。この結果は、ミャンマーのアーティストたちにどのような影響を与えると思われますか?

アウンミン:まずは政権交代がスムーズに進むことが重要ですね。そのうえで、過去50年間に私たちが自由にできなかったあらゆることに変化が訪れるのではないかと願っています。芸術はもちろん、教育や医療の分野でも変化が起きるでしょうね。

―映画業界に関してはいかがですか。

アウンミン:以前のミャンマーだったら路上で堂々とカメラを構えることもできなかったですし、撮影のために少数民族が住むエリアに行くこともできなかったんです。また、自分が撮った映画を上映しようにも、検閲を受けたり、いろんな危険がつきまとっていた。今後はそうした危険性がなくなっていくんじゃないかと願っています。

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

―ミャンマーの映画シーンについては、後ほどあらためてお聞きしたいのですが、まずは今回の日本滞在についてお話を聞かせてください。国際交流基金アジアセンターが実施する「アジア・文化人招へいプログラム」を通じてトータルで14日間滞在されたそうですね。

アウンミン:東京と京都で、映画と現代アートの関係者に会いました。深田晃司さん や、東京藝術大学大学院で教鞭をとる諏訪敦彦さんなど映画監督の方ともお会いしましたし、脚本家の金子成人さんにもお話をお聞きしました。諏訪さんは、役者には脚本にとらわれることなく自由に演じさせるそうですが、そうした彼のスタイルからは学ぶべきものが多いように感じました。

―たしかに諏訪監督の作品と、今回東京で上映会がおこなわれたアウンミンさんが脚本を手がけた映画『The Monk』は、役者の自律性に委ねた演出方法など、共通点もありますよね。

アウンミン:私もそう思います。『The Monk』は、撮影前に脚本を完成させていたのですが、いざ撮影となると、脚本どおりにはいきませんでした。なにせ役者たちの多くは一度も演技をしたことのない村人だったので、私は現場で脚本を変更し、台詞を減らし、役者に委ねるパートを増やすことにしました。諏訪監督のスタイルや考えは長年の経験に基づいたものだと思いますが、『The Monk』では仕方なくそういった制作方法を取った。ただ、結果的にそうした制作方法だったからこそ、カメラに収めることのできたシーンもあるんじゃないかと思いますね。

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

―そうやって日本の映画関係者と会うなかで、ミャンマーの映画界との違いを実感することはありましたか。

アウンミン:やっぱり、だいぶ違いますよね。今回は撮影現場にお邪魔する機会にも恵まれたのですが、システマティックな撮影の進め方や、演技などは、私がこれまで見てきたヨーロッパのやり方に近いと感じました。ミャンマーではだいぶ違うんです。脚本を完成させないまま撮影に入ったり、役者がまったく脚本を読まないまま現場に入ってきたり、役者が監督に指示を出しはじめたり(笑)。決してシステマティックとはいえない撮影現場だと思いますよ。たとえば、家族のあり方や親と子どもの関係をテーマに映画を撮ることはミャンマーでもできると思いますが、そういった表面的な記号の奥にさまざまなレイヤーが隠された小津安二郎監督のような芸術的作品は、まだまだミャンマーでは生まれていないと思いますね。日本の映画界から学ぶべきものは多いと思います。

ミャンマーには、ほとんど映画館がないんです。市街地のショッピングセンターにいくつかあるぐらいで、アート系映画がかかることはまずありません。

―ミャンマーの映画界がどうなっているのか知らないことだらけなので、基本的なことを教えてください。たとえば商業映画では、どのような作品が主流を占めているのですか?

アウンミン:2012年までは事前検閲があったので、それに引っかからない無難なコメディー作品が主流でした。 以降は多少自由に制作できるようになってきたので、ホラーやラブストーリーも増えてきましたし、政治的なトピックを多少扱った作品も出てきましたね。

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

―ただ、ミャンマーはたとえ都市部であっても映画館がほとんどないですよね。みなさんどうやって映画を観ているんですか?

アウンミン:たしかにミャンマーにはほとんど映画館がありません。市街地のショッピングセンターにいくつかあるぐらい。そういう場所で上映されているのはハリウッド映画ばかりで、アート系映画がかかることはまずありえません。国内・海外映画問わず、DVDを手に入れて自宅で見るケースがほとんどだと思います。

―現在のミャンマー映画業界についてはどう思われますか?

アウンミン:ミャンマーの映画界における一番の問題点は、エンターテイメント作品を作るために必要な技術を身につけた監督、撮影スタッフ、役者がほとんどいないことにあると思います。これは特にメインストリームの商業映画に関して言えることで、われわれのようなインディペンデントなアート系映画を作っている人たちは、こうして海外の関係者と触れあう機会もありますし、海外の映画関係者によるワークショップに参加することもある。でも、商業映画の関係者は基本的な技術を学ぶ機会がほとんどないのです。そうしたことを学ぶ場所がもっと増える必要があるでしょうね。

アウンミン

―アウンミンさんは、ヤンゴンフィルムスクールで教鞭も取っているとのことですが、学生たちはどのような目的意識を持って、映画業界にやってくるのでしょうか。

アウンミン:ヤンゴンフィルムスクールは、2005年に開設された学校で、ドキュメンタリー映画の制作に重心を置いています。1回のコースで15名ほどの学生を募集しており、監督志望もいれば、カメラマン志望の学生もいます。講師は海外の映画関係者がつとめることが多いですね。ミャンマーで映画を学べる場所は本当に少ないので、私も最初はヤンゴンフィルムスクールのワークショップに参加していました。『The Monk』を撮影後、これまでのノウハウを学生たちに伝えるべく、講義にも携わるようになったのです。

―アウンミンさんが映画の脚本を手がけるようになったきっかけは、なんだったのでしょうか?

アウンミン:20歳のころから小説を書いていたのですが、1988年以降、一度作家活動をやめてしまったんです。2000年までの8年間は地方に住んで、医療活動に従事していました。2005年に日本の清恵子さん(キュレーター、メディアアクティビスト)がミャンマーに来る機会があって、いくつかのアートフィルムを上映されたんですね。それまでの私は、映画を芸術として意識したことがなかったのですが、恵子さんが観せてくれた作品によって、映画も小説のように芸術表現である、とようやく理解できるようになりました。それからFAMU(プラハ芸術アカデミー映像学部)主催のワークショップにも参加するようになりましたが、当時はストーリーを書ける人が誰もいませんでした。私はヤンゴンフィルムスクールで脚本の基礎を習っていたので、FAMUでも脚本を書くようになったのです。

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

―清恵子さんが上映したアートフィルムとは、どのようなものだったんですか。

アウンミン:『The Man With A Camera』(ロシアのジガ・ヴェルトフ監督の1929年作。邦題は『これがロシヤだ』)やイングマール・ベルイマン(スウェーデンを代表する映画監督・脚本家・舞台演出家)、シュールレアリストの作品などを観ました。それまでに見たことのあるミャンマーの作品とはなにもかもが違っていて、映画という表現芸術の可能性をそのとき実感しました。

―2000年までの8年間、地方で医療関係の仕事に従事されていたとのことですが、アウンミンさんは医者でもあるんですよね?

アウンミン:私は1992年に結婚したのですが、妻が地方の病院勤務になったので、一緒にヤンゴン郊外のカティアという村に行くことにしたんです。カレン族の小さな集落が点在している地域で、あまりに人手が足りなかったもので、私も医療に携わることになりました。そこでさまざまな人と会うことになりましたし、『The Monk』を作るうえでは、ここでの経験がとても大きかったです。

―ヤンゴンという都会で生まれ育ったアウンミンさんにとって、カティアのような地方での生活はカルチャーショックの連続だったんじゃないですか。

アウンミン:そうですね。カティアは電灯もほとんどない暗い集落ですので、最初は息苦しくて仕方がなかった。でも、そこでの生活に慣れてしまうと、ヤンゴンが明るくて仕方ありません(笑)。

ミャンマーのアーティストはもっと自分の国のことを知る必要があるはず。

―『The Monk』は、地方に住む老僧と見習い僧がストーリーの主人公ですが、都市部と地方の農村社会の格差が重要なテーマともなっています。そこもアウンミンさんの実体験が元になっているわけですね。

アウンミン:まさにその通りです。都市と地方の格差はミャンマーにとっても重要な問題の1つと言えるでしょうね。ただ、私が住んでいたカティアにしても、ヤンゴンから遠く離れた地というわけじゃないんです。いまでは道が通って、車で1時間ぐらいで行けるようになりました。私が住んでいた1990年代は、映画で描いたように川の舟運を使うしかなかったのですが、水位が下がると欠航になってしまうんです。つまり、車で1時間の距離なのに、なかなか辿り着くことのできない場所。カティアにとってのヤンゴンとはそういうところでした。

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

―『The Monk』に登場する地方の若者たちの多くはヤンゴンに憧れていますよね。近いけど遠い、ある種「幻想の都市」のように描かれています。

アウンミン:たしかに『The Monk』の登場人物の多くは「ヤンゴン」という都市の存在にとらわれ続けていますよね。そういうミャンマーの若者は実際に多いと思います。ただ、この作品は僧侶の生活にフォーカスを当てようと、僧侶にとっての「地方」と「都市」の違いを描こうと考えていました。托鉢で生活できる地方から飛び出して、ヤンゴンに行った僧侶が、ある種の挫折を経験して地方に戻るまでのストーリーを描きたかったのです。

―古い風習にならった生活を頑固に続けていく老僧と、MP3プレイヤーを宝物にする若い見習い僧の対比も鮮烈に描かれています。社会の変化のなかで、そうしたジェレネーションギャップも重要な問題になってきているのでしょうか。

アウンミン:そうですね。世代差のギャップはたしかに広がっています。この映画でも、やはり老僧と見習い僧の対比は重要なテーマとなっていて、もともと主人公は老僧だったのですが、脚本を発展させていく段階で見習い僧が主人公になっていきました。そのほうが現代のミャンマーを描くには適切だと考えたのです。

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年
『The Monk』(監督:ティーモーナイン 脚本:アウンミン) 2014年

―僧侶を取り巻く状況は、変化しつつある現代ミャンマーを象徴するものということなんでしょうか?

アウンミン:僧侶をテーマにストーリーを書きはじめた段階では意識していたわけではないんですけどね。当時20代前半の僧侶と親友になったこともあって、彼をモチーフの1つとしたフィクションを書きたかったというのがまずあります。彼はもともと自分の診療所にやってきた患者だったのですが、夜中にラペットゥというお茶の葉の漬け物を食べたり、女性と親しく話したり、厳格な僧侶だったらやらないようなことをやる人でした。彼がそうやって戒律を平気で破ることについては私も心苦しさを感じていたのですが、そこで引き起こされる葛藤というものがこの映画の根底にはありますね。

アウンミン

―今回2週間日本に滞在したわけですが、今後、日本での体験をどのように活かしていきたいと思いますか?

アウンミン:ミャンマーに帰ったらやろうと思っていることが1つあるんです。今回、京都の小さな映画館にお邪魔したのですが、そこでは作品を上映するだけではなく、映画に関することも教え、なおかつDVDも販売している。その映画館の方は「映画というのは学校で勉強するものではなくて、映画を観ること自体が勉強になる」ということを言っていて、とてもおもしろいと思いました。ミャンマーでも同じようなことができるんじゃないかと考えていて、帰ったらそういう場所を作りたいと思っています。

―映画に限らず、表現の世界ではアジア間の交流というのが重要になっていると思います。アウンミンさんの意見を聞かせてください。

アウンミン:私も同意します。アジア間の交流は今後さらに必要になっていくでしょう。ただ、日本のアーティストが自分の国のことを表現するとき、日本について深く知らなければ、他国の人に対して本当の魅力を伝えることができないのと同じように、ミャンマーのアーティストはもっと自分の国のことを知る必要があるはずです。アジア間の交流の前提として、それぞれが自分の足元のことを知らなければいけないと私は考えています。

イベント情報
『フェスティバル/トーキョー15』アジアシリーズvol.2ミャンマー特集関連企画
映画『The Monk』上映・講演会

2015年11月18日(水)17:45開場 18:00開演
会場:東京都 池袋 東京芸術劇場アトリエイースト
登壇者:
アウンミン(脚本)
ティーモーナイン(監督)
清恵子(モデレーター)
料金:500円

プロフィール
アウンミン

脚本家、映画監督、小説家、医師。母国ミャンマーで医療に従事する一方、小説や現代アート書籍を執筆。初の監督作である短編ドキュメンタリー『The Clinic』(2013)では、自ら携わる医療現場を映し出した。また、現代の若き僧侶の青春を描いた長編映画『The Monk』(2014 / 脚本担当)は、『ロッテルダム国際映画祭』『シンガポール国際映画祭』などに出品され注目を集める。現在、映像専門学校Yangon Film Schoolなどで若い映像制作者の指導に力を注ぐなど、ミャンマーの幅広い芸術分野において厚い信頼を寄せられる期待のクリエイターである。



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