イベント趣旨も、儲けもない。それでも9年続く沖縄フェスの実態

全国各地で音楽フェスティバルが行われるようになって久しい昨今。その中にあってひときわ異彩を放つフェスがある。毎年、沖縄県那覇市桜坂エリアで開催されている『Sakurazaka ASYLUM』だ。今年も2月13日、14日の2日間にわたって開催されるそのイベントは、映画館やホールを含む複合施設・桜坂劇場を中心に、桜坂界隈のライブハウスや飲食店、果ては公園やストリートまでが舞台となり、「小さい街フェス」とも呼ばれている。「街フェス」と言っても、マルチーズロックやelement of the momentsといった地元沖縄のバンドだけでなく、eastern youthやthe LOW-ATUS(BRAHMANのTOSHI-LOWとthe HIATUSの細美武士のユニット)、松崎ナオ、小南泰葉、MOROHAといった個性的なアーティストが全国から集結。さらには、アートイベントやワークショップ、飲食店や雑貨屋が出店する「マルシェ」など、数々のイベントが行われる複合音楽フェスである。

「ASYLUM」シリーズとして、福島市やいわき市、今年からは越谷市などでも開催が決定しているこのフェスティバルは、どのような思想のもとに生まれ、発展してきたのだろうか。桜坂劇場のプロデューサーである野田隆司と、フェス立ち上げ時よりこのフェスの中心的な役割を担っているシンガーソングライター・タテタカコの二人に話を聞いた。

このフェスを「発展させていこう」という発想はないんですよ。(野田)

―そもそも『Sakurazaka ASYLUM』は、どんなふうに始まったフェスなのでしょうか?

野田:僕がプロデューサーを担当している桜坂劇場というのは、基本的には映画館なんですけど、カフェとかショップも併設していて、ライブイベントやワークショップもできる場所なんです。沖縄のインディペンデントな文化を発信していく場所として、2005年からやっています。そこでタテ(タカコ)さんにずっとソロライブをしてもらっていたんですけど、2007年にタテさんのほうから、「eastern youthと一緒に何かやれないか?」という話をいただいて。2007年の秋に『荒野のアサイラム』というカルチャーコンプレックスイベントを開催したのが始まりです。

左から:野田隆司、タテタカコ
左から:野田隆司、タテタカコ

タテ:そのときは、それを今後フェスとしてやっていくとか、全然考えてなかったんですけどね(笑)。

野田:うん、何も考えてなかった(笑)。

タテ:ただ、そこから野田さんがいろんな方と繋がっていって……翌年の2008年から、『Sakurazaka ASYLUM』という形でやるようになったんですよね。

―そこから毎年規模が大きくなっていったのでしょうか?

野田:いや、そうでもないというか。このフェスを「発展させていこう」という発想は常にないんですよ。ただ、タテさんのチームと僕ら桜坂のチームが、その1年のあいだにどれだけの人と関係性を広げられたかを年に一度お互いに持ち寄って、一緒に何かをやるということを繰り返していたら、いつの間にかこういう規模になっていたという(笑)。

―あくまでも、人との繋がりありきのフェスであると。

タテ:そうなんですよね。だから、いわゆる「街おこし」みたいなものでも、もちろんビジネスでもなく、全国各地で自分が巡り合った方たちのライブをこの場所で聴きたいという、本当に単純な発想なんです。企画ありきというよりも、人ありきというか。そういうイベントになっていると思います。

野田:だから、アーティストのブッキングにしても、最近は音楽業界の方々からの売り込みがあったりするんですけど、自分たちとは関わりのないアーティストに出てもらうことは、なんとなく避けているんですよね。

左から:野田隆司、タテタカコ

タテ:人との繋がりという意味では、今や会場中で飾る旗やオーナメントは、全部桜坂界隈でお店をやっている方々とか、地元のみなさんが手作りでやってくださっているんですよ。だから、そのフェスが作られていく過程とか、フェスが終わって行く過程を、すごくリアルに感じられるんですよね。スタッフとの距離も感じないからこそ、いつまでも関わらせていただきたいと思うんです。

―いわゆる「街おこし」ではないとはいえ、やはり桜坂界隈ならではの場所の魅力もあるのでしょうか?

タテ:わしが桜坂劇場でライブをやらせてもらうようになってから10年ぐらい経つんですけど、最初の頃は、ただライブをして、ホテルに泊まって、次の日地元に帰る、みたいな感じだったんです。でも、いつだったか、野田さんがライブの前日に照明や音響の方々も含めたスタッフのみなさんと親睦を深める機会を作ってくれたんですよね。そのときから、桜坂のみなさんとはただライブの瞬間だけを一緒に過ごす関係性じゃなくて、一緒にライブを作っている「チーム」という感覚を抱くようになりました。それまでは沖縄に行っても、観光客と同じような立場だったのが、お世話になるスタッフとか、周りのお店の方々とか、友達がどんどん増えていって。そうしているうちに桜坂という街に馴染んでしまったところはありますね。

野田:タテさんのいろんな人との関わり方を見ていると、桜坂云々という話ではないような気もするんですよね。タテさんが全国から連れてくれるアーティストの方々も、どんどん地元の人たちと関係性を作ってくれて、輪を広げてくれるんです。だから、桜坂という場所自体に吸引力があるというよりも、タテさんとタテさんが連れてきてくれる人たちの魅力が大きいのかなと思います。もちろん、地元の人たちの魅力もあると思いますけど。

自分から扉を押し開いていくようなタイプでは全然なかったし、いろんなことに挑戦するというよりも、全部断っていくようなタイプでした。(タテ)

―タテさんは長野県飯田市を拠点に、とてもユニークな音楽活動を展開していますが、そもそものデビューのきっかけは、是枝裕和監督の映画『誰も知らない』だったんですよね?

タテ:そうですね。当時、とあるレコード会社のオーディションを受けることになっていたんですけど、その過程をいろんな監督が撮るというドキュメンタリー番組があって。で、是枝監督が選んでくださったのがわしで、飯田まで何度も足を運んでくださって、撮影してもらったんです。結局、そのオーディションには落ちて、監督の撮影もそこで終わりだったんですけど、その後わしが東京でやったライブに監督が来てくれて。「実は今、映画を撮っているんだけど、あの曲、使ってもいいかな?」って言ってくださったんです。その曲は、高校のときに作った歌で、暗いからもう封印しようと思っていたんですけど、監督とまた会えたのが嬉しくて、思わず「はい」って答えてしまって。

―それが、映画『誰も知らない』の主題歌になった“宝石”という曲ですね。

タテ:はい。そこからCDを出すことに繋がって、そのおかげでいろんなライブハウスからも誘いがくるようになりました。それに、わしは結構ハードコアとかパンクバンドとの対バンも多いんですけど、そのきっかけは『極東最前線』というeastern youthの自主企画イベントで。そこでも結構背中を押されたというか……だから、出会いにはすごく恵まれているなと思います。もともとめっちゃ根暗で、今みたいにしゃべることも全然できてなくて。

タテタカコ

―そうだったんですか?

タテ:そう。コンビニ店員役で『誰も知らない』に出させてもらったんですけど……将来が決まってない、下を向いて生きているようなプータローのコンビニ店員っていう。当時の自分も、ホントにそんな感じだったんですよ(笑)。自分から扉を押し開いていくようなタイプでは全然なかったし、いろんなことに挑戦するというよりも、全部断っていくようなタイプでした。ただ、「この出会いは宝物だ」と思えるような人たちと出会う中で、いろんな言葉をもらったり、新しい価値観でぶっ壊してくれたりとか、ホント少しずつ変わっていって。沖縄もそうですけど、全国各地に「また絶対に会いたい」と思う人たちがひとりずつ増えていったんですよね。それまでは、自分の殻に閉じこもって、そこが帰る場所だったのが、いろんなところに帰る場所ができた。そうやって大きく心を揺れ動かされた経験というのは、何にも代えがたいものなんです。

いろんな先輩たちが、すごい生き様を見せてくれたから。みんなの人生に触れられることが、このフェスをやるいちばんの理由なんだと思います。(タテ)

―そういうタテさん自身の体験が、『Sakurazaka ASYLUM』には反映されていそうですね。

タテ:いや、そんな大それた気持ちはないですけど……。

野田:反映されていると思いますよ。タテさんは、すごく熱い人なので。ピアノの弾き語りのアーティストと言ったら、優しい印象があるかもしれないですけど、タテさんはすごく熱いし激しいし、もちろん優しいんだけど、どこかにドス黒さみたいなものも感じるし……まさにハードコアなんだと思います(笑)。

―eastern youthやBRAHMANのTOSHI-LOWさん、the HIATUSの細美武士さんを桜坂に連れて来るぐらいの人ですからね。

野田:だから、すごく一生懸命やっている人だということは、何らかの形でみなさんに伝わっているんだと思いますよ。タテさん自身の音楽はもちろんだけど、その活動のスタイルに惹かれている人も結構いると思うので。

左手前:野田隆司、右奥:タテタカコ

タテ:ただ、そういうのは全部、いろんな先輩たちが、すごい生き様を見せてくれたからこそというか。その人たちの背中を身近で見たいという思いもあって、『Sakurazaka ASYLUM』をやっているところもあるんですよね。ここに集まってもらって、みんなの人生に触れられることが、このフェスをやるいちばんの理由なんだと思います。大好きな人を大好きな場所に集めて、大好きな人同士でその瞬間を共有できたら、どんなに最高だろうって。ただそれだけなんです。行動力という意味では、野田さんには全然かなわないですから。

―行動力は、むしろ野田さんの方があるのですか?

タテ:野田さんは、昔から「こうしたいな」とか「これが観たいな」と思ったら、すぐに動ける人なんですよね。わしは、石橋を叩いて、やっぱり渡れなかったりすることも多いんですけど。野田さんは、ひらめきと挑戦と行動力がものすごいんです。

野田:だから、苦労するんだけどね。

タテ:ははは(笑)。

野田:『Sakurazaka ASYLUM』だって、誰かスポンサーがいるわけでもないし、税金が投入されているわけでもないですから。漠然と考えながら枠を広げているわけですけど、赤字が出ないかどうかなんて、やってみないとわからない。常にスリル満点です(笑)。

『Sakurazaka ASYLUM』は、「非日常」だけを閉じ込めているフェスではないと思うんです。それぞれの日常の部分も共有できたらいいなと思う。(タテタカコ)

―話を聞いていると、コンセプトありきであるとか、音楽性ありきであるというよりも、結局人間力と人間力で繋がっているユニークなイベントのようですね。

タテ:わしも実際沖縄に行くのは年に数回だけなんですけど、1年に1回ここで顔を見て確かめ合うのがいいんですよね。『Sakurazaka ASYLUM』は、「非日常」だけを閉じ込めているフェスではないと思うんです。アーティストとお客さんだけでなく、地元の人たちも含めて、みんなの生活の地続きのところにこの2日間がある。だから、それぞれの日常の部分も共有できたらいいなと思います。とにかく、垣根がないんですよ。「非日常」や「日常」の区切りがないということもそうですけど、この場所には、音楽もアートもマルシェも区切りなくある。だからそれぞれの楽しみ方を見つけてもらえたらいいなと思いますね。小さい街ながらも、一人ひとりの楽しみ方とか受け取り方が、きっとできるんじゃないかなって。

―興味の持ち方は、人それぞれで構わないと。

タテ:そうですね。やっぱり、2016年でしか起こらないことばっかりが、そこで行われているわけだから。そこで何が観られるかわからない、何を感じるかわからないというところを楽しんでいただきたいです。かつて野田さんがわしに言ったみたいに、『Sakurazaka ASYLUM』にいる人たちと話をしてみたら、自分が知ってるものじゃないものを持ってる人との巡り合わせがきっとあると思うんですよ。

左から:野田隆司、タテタカコ

―インターネットなどで、さまざまな情報が飛び交う中、ここに来なければわからない人生の価値観、感じられない体験が、きっとあるはずだと。

タテ:そうですね。やっぱりライブというのは「気持ちの交換」なんですよ。わしが一方的に歌うだけで終わるのではなくて、何か目に見えないものをお客さんと交換させていただいているんじゃないかって、最近よく思うんです。だから、『Sakurazaka ASYLUM』というフェスの中で、いろんな価値観とか意見とか感動とかを交換し合えたらいいですよね。そういう素敵な瞬間がきっとあると思います。

野田:もちろん、お目当てのアーティストというか、ラインナップありきで来る人もいるとは思いますけど、ここ数年はわりとラインナップ発表前の早割の段階でチケットを買ってくれる人もいて。ある程度イベント自体を信頼してくれている人が増えてきているんじゃないかと思っています。

―音楽ライブ以外にもいろんなイベントがありますから、音楽ファン以外の人も来やすいですよね。

野田:そうですね。各所で動いてくれているメンバーから出たアイデアの中から、形にできるものは全部形にして、風呂敷を広げたみたいな感じになってきているんですけど、どれも非常に面白いというか、どれを観ても損はないと思うんですよね。

タテ:こんなに会場が増えたのは、地元のみなさんが提案してくださったことがきっかけでもあるんですよね。

―会場マップを見ると、喫茶店でのライブとかも混ざっていますね。

野田:他の完全にオーガナイズされたフェスとは違うので、運営的にはホント人手もギリギリのところでやっているんですけど、ちゃんと人の手で作られている感じはすごくあると思います。あんまり立派な感じはしないかもしれないけど、そのあたりを楽しんでもらえたら嬉しいですよね。あと、その頃はちょうど、沖縄の桜がいちばん見頃になっていると思うので、花見がてら軽い気持ちで来ていただいても全然構わないと思っています。

タテ:いろんな人生の価値観に触れるチャンスというのは、もちろんステージと客席という場所にもあるんですけど、『Sakurazaka ASYLUM』では全体を通して垣根なくあるというか。ここに参加する全員が、情熱を傾けている場だと思いますね。

左から:野田隆司、タテタカコ

イベント情報
『Sakurazaka ASYLUM 2016』

2016年2月13日(土)、2月14日(日)
会場:沖縄県 那覇 桜坂周辺会場
出演:
アイリッシュ音楽団nina
浅草ジンタ
足田メロウ
アライヨウコ
ARAGAKI REI
新良幸人withサトウユウ子
ALKDO/アルコド(TURTLE ISLAND acoustic)
eastern youth
石原岳
伊藤せい子
イヌガヨ
内郷げんこつ会
MCウクダダとMC i know
element of the moment
遠藤ミチロウ
Os ネコジャラシス
岡山健二

乙黒信
Orkestar de VICCOS
caino
Kazuya Matsuzaki
勝井祐二
Kamon
ぎすじみち
キセル
木村華子
ギャーギャーズ
ぐりもじゃ・サスケ
コサック魔夜
小西博子
小南泰葉
SAKISHIMA meeting(新良幸人×下地イサム)
SAVA
the you
the LOW-ATUS(細美武士、TOSHI-LOW)
地獄車
羊歯明神(遠藤ミチロウ、山本久土、石塚俊明)
勢理客オーケストラ
下地イサム
奢る舞けん茜
Dugong Dugon
jujumo
Shota
しょーしょー
SHOCKING桃色
SLANG
∞Z
sonoray
高江フラ
高良結香
タテタカコ
ぢゃん
tea
tidanomiyuki
Tulegur
TOSHI-LOW
トラダフジコ
ナカハジメ
中村いぶき
仲村颯悟
ナマケモノ
南部マンゴーパーティーズ
2源色
HA~HA
ハシケン
BUTTERCHEEZE ROLL
8bit
かおり
HARAHELLS
HITO SAJI
ヒカリトカゲ
viridian
fasun
funnynoise
Predawn
ヘアンナケンゴ
外間建次
真喜屋志保
松崎ナオ
マルチーズロック
ミーワムーラ
三ヶ田圭三
むぎ(猫)
MOROHA
やちむん刺激茄子
山田真未
山本久土
Yugen
YUMIMPO*
ヨシムラタカシ
リコーダーズ
RITTO
料金:
1日券 前売4,000円 当日4,500円
2日通し券 前売7,000円

プロフィール
タテタカコ
タテタカコ

ピアノと歌だけで様々な音楽ジャンルを内包した表現をする異色のシンガーソングライター。全国を渡り歩きながら年間100本を超えるライブを行うかたわら、映画、CM等への楽曲提供も数多くしている。2004年、カンヌ国際映画祭受賞作品『誰も知らない』(是枝裕和監督)に楽曲“宝石”を提供し注目を集める。同年1stアルバム『そら』でデビュー。以降、全国各地で精力的にライブを行う。日本国内にとどまらず海外でのライブ活動も積極的に行っており、これまでに、カンボジア、台湾、フランスでライブを行っている。東日本大震災以降、人の繋がりの大切さを再確認し、自身も企画、運営に携わっている沖縄の街フェス『ASYLUM(アサイラム)』を福島県で開催することを決意。2012年3月10日、11日に福島県で音楽イベント『ASYLUM2012 in Fukushima』を開催。タテタカコの呼びかけで多くの人気アーティストが参加し大盛況の結果となった。現在も東日本大震災の被災地に住む人々との繋がりを大切にし、被災地での音楽活動を頻繁に行っている。国立音楽大学音楽教育学科卒。長野県飯田市出身・在住。

野田隆司 (のだ りゅうじ)

長崎県佐世保市出身。ハーベストファーム代表。沖縄屈指のカルチャー発信スポット「桜坂劇場」のプロデューサー。編集・ライティング業務や、高良結香・小林真樹子のマネジメントも行う。



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