betcover!!はまだ18歳 大人への恐怖と逃避の音楽は、美しく響く

去年、ロッキングオン社が主宰するアマチュアアーティストコンテスト『RO69JACK』で優勝し、年末の大型フェス『COUNTDOWN JAPAN 16/17』にも出演した1999年生まれの青年、ヤナセジロウのソロプロジェクトbetcover!! が、処女作『high school !! ep.』をリリースする。

この『high school !! ep.』という作品はとても暗く、同時に眩しい作品だ。ここには「今、この瞬間」にしか捉えることのできない18歳の青年の傷だらけのリアルと、そして彼が夢見続ける1960年代的ポップカルチャーの理想主義が、あまりに見事に同居している。宅録ならではのパーソナルでローファイな音響と、ブラックミュージック由来のソウルフルなソングライティング。この青年は近い将来、ダニエル・ジョンストンにも小沢健二にもなり得る……そんなことをこの『high school !! ep.』という作品は感じさせる。

時を超え、マイケル・ジャクソンやEarth, Wind & Fireといった神話の存在を、擦り切れたカセットテープを通して受信した一人の繊細な青年。是非今、彼の夢物語に出会ってほしい。

今のレーベルのスタッフに見つけてもらうまで、僕はただの変人だったので(笑)。

—ヤナセさんは、去年からbetcover!! としての活動を本格的に始められて、去年末の時点で既に『COUNTDOWN JAPAN』に出演されました。すごい速度で活動されていますけど、この点ご自身ではどうですか?

ヤナセ:速度、ですか。めちゃくちゃ速いとは、正直思っていないです。それよりも、自分がいいと思うものって、案外、世間もいいと言ってくれるんだなっていう驚きのほうが強いですね。『RO69JACK』で優勝したのも、自分のやりたいことと、みんなが聴きたいものが一致していたのが意外で。

—そんなに自信なかったんですか?

ヤナセ:今のレーベルのスタッフに見つけてもらうまで、僕はただの変人だったので(笑)。

—変人ですか(笑)。

betcover!! ことヤナセジロウ
betcover!! ことヤナセジロウ

ヤナセ:友達がいないので、ずっと自分のなかで終わっちゃっていたんですよ。曲を作っても、誰に聴かせようとも思っていなかったし、バンドメンバーも集まらない。でも、この1年くらいで、意外と認めてもらえるんだなぁって思いました。

—友達がいないとは言え、YouTubeにはバンドで演奏している映像が上がっているし、今作はMV含め、全て同世代の高校生クリエイターを起用している、という点がトピックになっていますよね。彼らはどういった繋がりなんですか?

ヤナセ:SNSで繋がった人たちと、中学の頃の数少ない友達ですね。最初の頃のMVは、友達と撮っていて。定点カメラを使って、映画っぽい感じで。今回のMVは、Twitterでフォローしてくれた17歳の子に撮ってもらいました。でも基本的に、ネットワークはほんとに少人数です。

—その仲間たちは、感覚として、同じようなものを持っているなって思いますか?

ヤナセ:そうですね。みんな不満を持っている。

—何が不満なんですか?

ヤナセ:全部、じゃないですか(笑)。「何が」っていうか、なんか不満。

—同世代で、仲いいバンドとか、いないですか?

ヤナセ:仲いいバンドっていったら、ニトロデイくらいかな。

—ニトロデイのメンバーは、今、ライブでヤナセさんのサポートを務めていますよね。

ヤナセ:他にあんまりバンド知らないです。お洒落なバンドは苦手だし。

世田谷と宇宙……フィッシュマンズのあの感覚って、僕が多摩っていう場所に感じている感覚に近いものがあると思う。

—お洒落?

ヤナセ:都会のお洒落さ。作られ過ぎている感じ……まぁ、都会の人が怖いだけなんですけど(笑)。僕、多摩の団地育ちなんですよ。ああいう、ニュータウンとか団地の人にしかわからない感覚って、ある気がしていて。

ヤナセジロウ

—それって、どんな感覚ですか?

ヤナセ:なんというか……都会の人は「都会の人」なんですよ。田舎の人も、東京に住むと「よっしゃ、やるぞ!」っていう感じで「都会の人」になるんです。東京をすごくデカいものに感じている人が多いですよね。

—うん、僕も上京組なのでわかります。

ヤナセ:でも、多摩の人はずっと「多摩の人」なんです。東京の都心部には京王線を使って18分で行けるけど、東京ではない。いい感じに都会と田舎の中間なんですよね。

—多摩は、あくまで郊外であって、いわゆる東京とも違うと。

ヤナセ:そうです。つまんないっちゃつまんないけど、スケボーやっても怒られないし、人もそんなにいない。空気感がいい。あと、多摩の人はみんな怯えている感じがします。……怯えているというか、気が弱いというか、怖がりなんです。ちょっと気怠い感じもあるし、別に野望とかないし……あ、これは偏見ですけど(笑)。

—ははは(笑)。

2017年10月の『exPoP!!!!! Volume102』出演時の演奏シーン(撮影:伊藤惇)
2017年10月の『exPoP!!!!! Volume102』出演時の演奏シーン(撮影:伊藤惇)

ヤナセ:多摩って、僕の認識としては日本で唯一ほわっとした場所というか……宇宙に近いものを感じる場所なんです。僕、最近フィッシュマンズがすごく好きなんですけど、彼らも、多摩とか世田谷とか、そっちの方の人たちじゃないですか。『宇宙 日本 世田谷』っていうアルバム、ありますよね?

—たしかに。フィッシュマンズは、彼らの地元である世田谷と宇宙を直結させている感じはありますよね。

betcover!! アーティスト写真
betcover!! アーティスト写真

ヤナセ:世田谷と宇宙……フィッシュマンズのあの感覚って、僕が多摩っていう場所に感じている感覚に近いものがあると思う。佐藤(伸治)さんとはもちろん会えなかったけど、共有しているものがある気がします。僕が“いかれたBABY”を聴いて感じるものって、まさに住んでいる街の情景なんですよ。団地、飛行場、中央道、多摩川、夜の空気……たぶん、感覚が同じだったんじゃないかなぁ。

—フィッシュマンズの存在は、ヤナセさんにとってすごく大きいんですね。

ヤナセ:出会ったのは最近なんです。僕は1999年生まれなんで、ちょうど僕が生まれた頃の音楽ですよね。フィッシュマンズの歌は、日本語も詩的だし優しい感じがします。

自分が、小さい頃のトラウマにあるような大人になってしまうことも怖い。だから、僕は音楽をやっているんです。

—そもそも、ヤナセさんが音楽を作り始めたきっかけはなんだったんですか?

ヤナセ:小学校5~6年生の頃、祖父の家の押し入れを漁っていたら、弦の切れたギターがあったので、それで“さくらさくら”とかを頑張って弾き始めて。遊びですけど、うちにあったタブレットの録音機能を使って曲作りを始めたのが中1くらいですね。

2017年10月の『exPoP!!!!! Volume102』出演時の演奏シーン(撮影:伊藤惇)
2017年10月の『exPoP!!!!! Volume102』出演時の演奏シーン(撮影:伊藤惇)

—早熟ですね。

ヤナセ:元々、小さい頃に親の車のなかで、マイケル・ジャクソンとか、Earth, Wind & Fire(以下、アース)とか、1980年代系のダンスミュージックのカセットがよく流れていて。全部歌えるぐらいずっと聴いていたんですよね。なので、音楽の存在はずっと身近でした。

『high school !! ep.』ジャケット
『high school !! ep.』ジャケット(Amazonで見る

—その車のなかで聴いていた音楽が、ヤナセさんの原体験なんですね。

ヤナセ:土日、家から逃げて、おばあちゃんのうちに行くのが大好きで。その車に乗っているときに、アースを聴きながら中央道を走っていて……その記憶が今でも一番強いんです。小さい頃の、夜の感じ。

—家から逃げる?

ヤナセ:車でアースを聴きながら八王子に向っているときが、一番現実逃避できる瞬間だったというか、宇宙に近いものを感じました。だから、幼稚園の頃、うちにあったアースのカセットが壊れたとき、ずっと泣いていたらしいです。

—「逃げる」とか「現実逃避」という言葉が出てきましたけど、ヤナセさんにとって音楽は何かから逃げる手段だったのでしょうか?

ヤナセ:そうですね。小さい頃が、結構辛かったので。音楽だけじゃなく、工作とか映画とか絵本も好きだったんですけど、そこに「別の世界に行きたい」っていう現実逃避を求めている感じは強かったです。

—今のヤナセさんにとっての音楽は、どうですか?

ヤナセ:今回のEPも、小さい頃のイメージとか、夢とか、現実にはないものを作りたいっていう気持ちがありました。再放送で見た『サンダーバード』に出てきた宇宙のレストランのような……日本でも海外でもない、どこでもない宇宙のような場所。科学的な宇宙ではなくて、1960年代の漫画に出てくるような宇宙。今作の曲の半分くらいは、そのイメージで作りました。

ヤナセジロウ

—ちなみに、好きな映画はありますか?

ヤナセ:めっちゃありますけど……やっぱりSFが一番好きだし、大衆映画が好きです。なにも考えないでいいから。今思いつくのは、『テラビシアにかける橋』っていう映画ですね。

—どんな映画ですか?

ヤナセ:いじめられっ子の主人公が森のなかに妄想の王国を作る話なんですけど、その主人公の感覚が自分と近いなと思って。現実が嫌で、なにか違うものに逃げたいっていう。

—なるほど。

ヤナセ:でも、『テラビシア~』が普通のファンタジーと違うのは、最後は現実に戻るんですよ。最初は、『ナルニア国物語』っぽく始まって、途中まであんな感じなんですけど、途中から一気に現実になるんですよね。でも、そこで主人公は成長する。そこがすごく衝撃的で。初めて映画でボロ泣きしました。小学生の頃か、もっと前に出会ったんですけど、一番精神的に辛かった時期で。現実逃避できたと思ったら、また戻されたっていう。

2017年10月の『exPoP!!!!! Volume102』出演時の演奏シーン(撮影:伊藤惇)
2017年10月の『exPoP!!!!! Volume102』出演時の演奏シーン(撮影:伊藤惇)

—最後に現実に戻った主人公を見て泣いたということは、ヤナセさんの気持ちのどこかには、現実を生きたい、という想いもあったんですかね?

ヤナセ:そうですね。最近、古着屋でバイトを始めたら、生活が楽しいなって思って。案外、怖くないなって。……でも、やっぱり今でも怖いことはあります。

—今は、なにが怖いですか?

ヤナセ:今は、将来のこと。大人にならなきゃいけないこと。大人は怖いです。自分が、小さい頃のトラウマにあるような大人になってしまうことも怖い。だから、僕は音楽をやっているんです。音楽がみんなに認められて、音楽が生活の中心になれば、僕は大人になる必要がなくなる。アーティストって、大人にならなくてもいい存在だと思うから。

マイケルみたいに、出てきただけで人を失神させてしまうような人。そんなスターが、今の時代にもいてほしいと思います。

—ヤナセさんは、どんなアーティストになりたいと思いますか?

ヤナセ:……本当に特別な人。今ってSNSがあるから、誰でも特別になれるじゃないですか。でも、そのせいで、みんなが注目するような本当にすごい人、あり得ないくらい特別な人がいない。それが寂しいです。

—SNSによって特別な人がインフレを起こしていると。

ヤナセ:昔は、本当に特別な人がいたじゃないですか。マイケルみたいに、出てきただけで人を失神させてしまうような人。そんなスターが、今の時代にもいてほしいと思います。簡単なことではないけど、自分ではなくても、現れてほしい。今は、アイドルも複数形で、庶民的な方がいいみたいな風潮がある気がして。

—たしかに、その風潮はありますね。2010年代に入ってからは顕著にカルチャーの細分化が進んで、誰もが認める絶対的なスターが存在することが難しくなってしまった。

ヤナセジロウ

ヤナセ:だからこそ、みんなが同じなにかに熱中することがない時代にスターが現れて、また熱狂が生まれたら、経済だって動くだろうし、世界も変わる。そんな人が現れたら、めっちゃかっこいいなって思う。

—なるほど。

ヤナセ:僕は小学生の頃からずっと、同世代のみんなが好きなこと……ゲームとかアニメとかが苦手で、昭和の時代を生きたかったなって思っていました。スターがいた時代。でも、マイケルも、ジェームス・ブラウンも、モーリス・ホワイトも死んじゃったし……。せめてあと10年、生まれてくるのが早ければよかった。今はもう、新しいものは生まれなくなって、なにかとなにかを合わせて作るリバイバルの時代になっているような気がする。

—1999年生まれのヤナセさんにとって、インターネットの存在は前提だと思うし、アニメ文化やオタク文化が繁栄した世界を生きてきたと思うんですけど、だからこそのカウンター意識があるんですね。

ヤナセジロウ

ヤナセ:ネットワークが発達しなければよかったのにって思います。もちろん、僕はそんなネットワークのおかげで活動できているんですけど……。でも、みんなが特別になれて、いっぱいあるなかから自分の好みを見つける感じは嫌です。たとえば、ストリーミングサービスとか。

—Apple Musicのような?

ヤナセ:はい。めっちゃいいものだとは思うんですけど、でも、音楽がBGMになっちゃっている気がして。僕もレコードで聴いてきたわけではないけど、アースとか、マイケルとか、ポップスターの音楽を、カセットすり減らして聴いてきたから。だから、音楽に対する執着はめちゃくちゃあるし、音楽とか映画とかを手軽にさせるものを、引いて見ちゃうんですよね。

今は、フィッシュマンズみたいに、自分を削って音楽を作る人たちが少ないなって思う。僕は、削って作るタイプなんだと思う。

—たとえば“I wanna be with you”の<ロックかポップかそういうの / 答えパイプに繋ぐよ / 80’sのミュージック好きなガールフレンド / 80’sのパンク好きなバンドフレンド>とか、ヤナセさんが書く歌詞は、音楽のなかで音楽について歌う瞬間が多いですよね。そういう面からも、ヤナセさんの「音楽は特別なものなんだ」という断固たる意志を感じます。

ヤナセ:今は、他のカルチャーと混ぜたり、片手間で音楽をやるのがかっこいいと思われている気がするけど、やっぱり音楽ってそれでは作れないですよ。今は、フィッシュマンズみたいに、自分を削って音楽を作る人たちが少ないなって思う。僕は、削って作るタイプなんだと思うし、みんなが音楽をBGMとして聴いている時代に、BGMにできないような音楽を作りたい。いかに日常に馴染むかとか、いかにお洒落で、それ聴いていたらかっこいいかとか……そんなポイントじゃなくて、マジで向き合わなきゃ聴けないような本気の曲を作っていきたいです。

ヤナセジロウ

—最後に、ヤナセさんにとって最初の作品である『high school !! ep.』は、どんな作品になったと思いますか?

ヤナセ:もっと時間をかけて二十歳を越えてから、ちゃんとした録音環境で作ったほうが完成度が高い作品にはなったと思うんです。でも、ここに入っている曲たちは、僕の今までの小さい頃の恐怖とか、トラウマとかも含めて、今、自分が感じている感覚を詰めたものなんです。なので、これは二十歳以降に作るより、完成されていなくても今作ったほうが意味があるし、伝わる部分はデカいと思う。

—10曲入りで「EP」と名付けられているボリューム感も特殊ですよね。

ヤナセ:音楽的な完成度という点では、この作品を「フルアルバム」とは呼べないな、とは思って。でも、なんかわかんないけど、これを歌っているやつが何かを伝えようとしているんだなっていうことが、わかってもらえればいいかなって思います。ここで表現したものが、自分がこの先、作っていく音楽の原液になると思うので。……この先、どんどん大人への恐怖は薄れていくと思うからこそ、その恐怖感や不安感は、今出さないといけない。なので、betcover!!の曲を作っているのがどういう人間なのかが、この作品ではわかってもらえるんじゃないかと思います。

アプリ情報
『Eggs』

アーティストが自身の楽曲やプロフィール、活動情報、ライブ映像などを自由に登録・公開し、また、リスナーも登録された楽曲を聴き、プレビューや「いいね」等を行うことができる、アーティストとリスナーをつなぐ新しい音楽の無料プラットフォーム。登録アーティストの楽曲視聴や情報は、「Eggsアプリ」(無料)をダウンロードすると、いつでもお手もとでお楽しみいただけます。
料金:無料

リリース情報
betcover!!
『high school !! ep.』(CD)

2017年12月20日(水)発売
価格:2,160円(税込)
SPFC-0013

1. いつかの魔術師
2. I wanna be with you
3. COSMO
4. young berry song
5. ダンスの惑星
6. 夢の熱帯夜
7. 秘密な太陽
8. 台北
9. 海まで行こうぜ
10. ゾンビ

プロフィール
betcover!!
betcover!! (べっとかばー)

betcover!!ことヤナセジロウ(18歳)のプロジェクト。幼い頃からEarth, Wind & Fireなどブラックミュージックを聞いて育ち、小学5年生でギター、中学生のときに作曲を始め2016年夏に本格的に活動を開始。同年ロッキングオン主催の『RO69JACK for COUNT DOWN JAPAN』で優勝し『COUNT DOWN JAPAN 16/17』に出演。今回デビュー作として10曲入りのEP『high school !! ep.』を2017年12月20日に発売。発表に伴いアーティスト写真、ジャケット写真も公開。ミュージックビデオの撮影含め今回のこだわりとして全員高校生クリエイターを起用。



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