石山雄三×CRZKNY対談 劇場公演やダンスフロアの一体感を疑え

「もう ソレ 飽きた。」公演にこんな意味深なキャッチコピーを掲げるのは、ヨーロッパを中心に活動する石山雄三率いる「Yuzo Ishiyama / A.P.I.」のダンス作品『SHGZR–0dB(シューゲイザー・ゼロ・デシベル)』である。

音楽と身体のかかわりが重要なダンスであるにもかかわらず、本作は「無音」をテーマとしている。さらに不思議なのは、重低音と超高速BPMを特徴とする音楽家のCRZKNY(クレイジーケニー)が、本作のクリエーションに名を連ねていることだ。無音のはずなのに音があるという、本作が発信しようとしている哲学的な問いは、おそらく「もう ソレ 飽きた。」という言葉にも共鳴しているのだろう。

石山とCRZKNYは、いったい何に飽きているのか。また、その停滞を生むものの正体はいったい何なのだろう。ダンス、クラブ、それぞれのシーンに蔓延する空気と、そこからの逸脱の方法について、二人に話を聞いた。

本当に体験ってデジタル化できないものなのか?(石山)

—『SHGZR–0dB』は、音楽面でかなり変わった試みをするそうですね。

石山:ダンスにせよ演劇にせよ、スピーカーから音楽を鳴らして上演するのが一般的ですけど、『SHGZR–0dB』ではダンサーも観客も密閉型のヘッドフォンを装着して、そこから聴こえる音を頼りにダンスを観ることになります。さらに観客のみなさんには、入場時に2種類のトラックから1つを選んでもらいます。

複数人のダンサーもそれぞれ違うトラックを聴きながら踊るので、通常は全員が共有するリズムやグルーヴが、個人個人でバラバラになってしまう、というのが大きなアイデアです。とはいえ、2種類のトラックにアタリとハズレがある、とかではないですよ。

CRZKNY:つまり俺がハズレ曲を作らないようにしないといけないわけだね(笑)。

左から、CRZKNY、石山雄三
左から、CRZKNY、石山雄三

—ヘッドフォンが密閉型ということは、ダンサーのステップや呼吸する音もまったくカットされるのでしょうか?

石山:そこはものすごくこだわった部分です。会場内のいたるところにマイクを仕込んで、ダンサーの身体が発する音もヘッドフォンから聴こえるようにしています。もしも舞台上手(客席から見て右側)でステップを踏んだとしたら、ヘッドフォンから聴こえる音も上手で鳴ったように、立体的に聴こえます。

でも、実際に鳴らされた音なのかはすぐにはわからないはずで、ダンサーのムーブメントと音がきちんと一致するとは限らない。いたるところにバラバラになる仕掛けが仕組まれています。

石山雄三

—そこまでして「バラバラ」であることにこだわる理由はなんでしょうか?

石山:そもそも、ライブ公演に関する批評でよく言われる「体験の共有」に疑問があるんです。CDやレコードが売れなくなったかわりに、ライブの生の体験に注力してマネタイズしよう、って言われてますよね。でも、本当に体験ってデジタル化できないものなのか? シアターで、自分の目と耳で見聴きするってことだけで共有のシンボルになるとは僕には思えない。

『0dB (ver.01)』Photo by Yohta Kataoka
『0dB (ver.01)』Photo by Yohta Kataoka

石山:そこで音と視覚を切り離して、さらに隣にいる人との体験も切り離す実験をしてみる。もしそういったシチュエーションで、グッときたり、感動する瞬間が訪れるのだとしたら、シアターが提供する臨場感や一体感に向けて疑問を投げかけることになると思うんです。それって、いろんなテクノロジーを手軽に使うことができるようになった現代だからこその問いかけでもありますよね。

CRZKNY:なるほどー。俺もやっと今回の狙いがわかった!

石山:メールでめちゃくちゃ説明したじゃないですか(笑)。

右、石山雄三

大人を目指すことで都市の主役になれる、ってセンスに基づくルールが明確にヨーロッパにはある。(石山)

—「もう ソレ 飽きた。」という今作のキャッチコピーですが、なかなか挑発的で、これも今おっしゃったような疑問にかかわるものでしょうか?

石山:そうですね。コンテンポラリーダンスシーン自体が「ダンスってこういうものだ」って思い込みに囚われ過ぎているように感じるんです。思い込みの産物と化したアートには「もう飽きました」ってことです。

石山雄三

—石山さんはヨーロッパで精力的に公演を行っていますが、日本と欧米では、ダンスシーン、アートシーンのあり方も大きく違うのでしょうね。

石山:日本に関して言うと、アーティスト、プロデューサーともに、ある種の「諦め」が蔓延していると思います。20~30代を主な対象にした、共感されやすい作品でないと観客に届かないんじゃないかという諦めです。

最近、現代演劇と比べてコンテンポラリーダンスに活気がないと業界内部からよく聞きますが、カルチャーの流行に乗って、そういう「わかりやすい」作品を、これでもかと認めてきてしまった評論家たちにも責任があるはずです。

『0dB (ver.01)』Photo by Yohta Kataoka
『0dB (ver.01)』Photo by Yohta Kataoka

—「わかりやすさ」の一つの例として、子供と大人の全員にとって親しみやすい作品を求められることが、日本では特に多いですね。

石山:逆にヨーロッパでは、アートと都市の主役は大人である、って意識が強過ぎて、じつはそれにも問題はあるんです(苦笑)。でも少なくとも、子供ががんばって背伸びをして大人を目指すことで都市の主役になれる、という感覚に基づくルールが明確にヨーロッパにはある。その線引きがはっきりしているからこそ、ストリートカルチャーと呼ばれるようなユースカルチャーの意義も鮮明になるわけです。

では、そういった環境に日本のダンサーやコレオグラファーが参入しようとするとどういうことが起きるのか? 極論すると日本でウケたけれど、ヨーロッパではあまり理解されていないという状況です。それであちらのリングに上がれないまま、すごすごと日本に帰ってくる。

石山雄三

—それが日本のダンスシーンの蛸壺化を強めていく?

石山:おおざっぱに言うと、そういうことですね。でもヨーロッパのシステムも先入観に囚われているという意味では似た問題を抱えている感じがします。コンテンポラリーとは「同時代の」という意味ですから、今の時代のさまざまな空気が裏側に見えてこない作品でなければ、やはり「コンテンポラリー◯◯」とは名乗れないと思います。

一人のアーティストとして、「アートやダンスや音楽はこういうもの」という先入観を崩しつつ、可能性を広げていくような作品に取り組んでいきたい。そこで、今回のケニーさん(CRZKNY)との協働がスタートしたんです。

左から、CRZKNY、石山雄三

地獄みたいなパーティーもあっていいと思うんですよね。それも一体感でしょ。(CRZKNY)

—お二人が接点を持つ最初のキッカケはいつだったのでしょう?

CRZKNY:『Theater 1 - fin』(Theater1:CRZKNYとD.J.Fulltonoとのユニット)に、石山さんが反応してくださったのがきっかけだったかな。俺は「ジューク / フットワーク」って呼ばれる音楽(シカゴ発祥地のエレクトロミュージックとダンスムーブメントの総称)をやってるんですが、ミニマルテクノとかとクロスすると面白いかもなー、って思いつきからD.J.Fulltonoと好き勝手にやってみたのが『Theater 1 - fin』。かなり自由な仕上がりになったと自分では思ってるんですけど、そのあたりが石山さんに響いたのかも。

CRZKNY

Theater 1『Theater 1 - fin』
Theater 1『Theater 1 - fin』(Amazonで見る

石山:はじめて音を聴いたときこんな新しいリズムの刻み方があったんだ、って驚いたんですよ。「孤高の人だ……!」って。

腰でノレるってことに特化する傾向がクラブミュージックにはあると思うんですが、「頭でもノレる」感じなんです。2拍と3拍が入り混じっていて、ちょっとつっかかるビート感。そういう音楽って理念が先行して頭でっかちになりがちだけど、ケニーさんの作品は不思議にノレちゃう。冴えた知性が光っているのに、身体的な欲望もあって、両立してるっていうのはなかなかない。

石山雄三

CRZKNY:なるほど。今やっと石山さんの気持ちが理解できました(笑)。

—そんな石山さんからのオファーに、ケニーさんはどう反応したのでしょう?

CRZKNY:今回のプロジェクトのアイデアを聞いて、瞬間的に「面白そう」って感じたんです。普通にフロアーでかかっているようなテクノを大音量で聴かせるノリだけど、ヘッドフォンを使うってことは、会場が静かなままってことでしょう? それって気持ち悪くて最高だぞ、と。

自分が活動する場所ってだいたいクラブで、まさにパーティーの一体感が求められる空間なんですけど、俺自身はその空間がすっごい苦手なんですよね。大きな音で聴いているとしんどいし、知り合いがいないような場所は楽しくないしで、みんなが盛り上がっている場所で一人で疎外感を覚えることが多い。なので、自分が興味があるのはその一体感をいかに分断させるか。だから石山さんの考え方にはとても近いですね。

CRZKNY

石山:だよね。

CRZKNY:3rdアルバムの『MERIDIAN』のリリースパーティーで、ゲスト、エンジニアを含めて、誰よりもギャラが高かったのがサウンドシステムだったんです。会場の狭さに対して、明らかにオーバースペックな低音を響かせることができた結果、ダウンしちゃうお客さんが続出して、すごい楽しかったですね(笑)。「苦しませてやる!」というか、地獄みたいなパーティーもあっていいと思うんですよね。それも一体感でしょ。

CRZKNY『MERIDIAN』
CRZKNY『MERIDIAN』(Amazonで見る

GOODWEATHER presents『MERIDIAN』release party@渋谷Glad(2017年5月)
GOODWEATHER presents『MERIDIAN』release party@渋谷Glad(2017年5月)

石山:だから一体感を否定してるわけじゃないんだよね。

CRZKNY:そうそう、決まったレールに乗って行われるシステマティックな一体感に転ばないぞ、ってこと。最初に石山さんがダンスシーンに対する硬直について話してましたけど、俺は音楽にその硬直を感じてます。

CRZKNY

CRZKNY:ポップミュージックのシーンに対して、俺らのクラブミュージックはアンダーグラウンドだと言われているし、自称してる。でも、それが単なる知り合いの寄り合いでしかないことがとても多いんです。

問われるのはクオリティーであって、主流とは違う小さなシーンでもクオリティーを追求するってことは忘れちゃいけない。自分の作品がクオリティー高いって言い切るつもりはないですけど、少なくとも友だちサークル内の人気総選挙にはなりたくないですね。俺が広島を拠点にし続けている理由も、そこにあります。

左から、CRZKNY、石山雄三

俺は音楽作るのがめちゃくちゃ早いんです。10分で完成することもざらで、「それでいいのかな?」って思うこともある。(CRZKNY)

—お二人の制作についての考えを教えて下さい。

石山:最近は、日本語で「同調圧力」なんて言葉がよく使われてますよね。「君と俺は一緒だろ?」って問いかけに対して「一緒じゃないよ!」ってことはきちんと言ってかないと。

CRZKNY:俺だって、自分が思っていることをみんな共感してくれるなんて思ってないですからね。理解されちゃったとしたら、隙間産業的な自分の食いブチもなくなっちゃう(笑)。でも「違っていてもいいじゃん」ってことは守っていきたい。

左、CRZKNY

石山:うん。そのうえで、自分のなかにあるクオリティーへのこだわりを妥協しない。以前、JOJO広重さん(ノイズバンド非常階段の中心人物)が「ノイズが巧くなってきた」って言ってたんですけど、その技術の向上って他人がパッと聴いてわかるものじゃないかもしれません。でも、そこには間違いなくクオリティーの高まりがあるわけですよ。僕でも、わけのわからない自分のダンスが巧くなっている感覚があったりする(笑)。

CRZKNY:俺は音楽作るのがめちゃくちゃ早いんです。1曲に3時間以上かけたらもうダメだな、っていう個人的なジャッジがある。10分で完成することもざらで、「それでいいのかな?」って思うこともあるんです。でも自分の実感としては、こだわる部分に無駄がなくなって、正解により早く辿り着けるようになった感覚がある。

石山:『SHGZR-0dB』でも、ケニーさんから送られてくる音源のスピードと量に圧倒されてます。

左から、CRZKNY、石山雄三

『0dB (ver.01)』Photo by Yohta Kataoka
『0dB (ver.01)』Photo by Yohta Kataoka

CRZKNY:がんばって曲を作っている人には申し訳ない気持ちだけど、俺の正解はスピードと量しかない。人に聴かせるとか踊ってほしいとかってことが作品作りの動機ではないから、他の人から「(CRZKNYの音源を)DJでかけました!」って言われたりすると、じつは信じられないんです。

「特殊な方がいらっしゃるなあ……」とありがたみを覚えるくらいで、共有のイメージが持てない。自分の活動はただのオナニーなのかも。それでも熱心に聴いてくれる人がいるってことは、いいものにはなってるんだろう、とはこの数年なんとなく思えるようになってきた。

CRZKNY

石山:そういうところもケニーさんの「孤高」なところですね。ダンスの場合、シアターに足を運ぶ人の絶対数が限られているから、油断するとすぐにマスターベーションになってしまう。でも同時に、自分が興奮できるような表現のニーズを持っている、一匹狼的なマインドの観客は世界中に必ずいて、彼らと出会うために音楽やダンスを含めいろんな業界にアクセスしてきました。

CRZKNY:海外の人たちとライブをしていちばん日本と違うと感じるのは、表現に対する反応のフラットさ。日本はどうしてもジャンルごとにムラ社会を作りがちなんだけど、特にイギリスの人なんかは自分の知らないもの、異質なものに素直に反応してくれる。俺の音楽を面白がってくれる人が言うには「オリジナリティーがあるからだ」ってことらしい。そういうの聞くと「ありがとう!」って思っちゃいますよ。お母さんにもそんなこと言われたことないから(笑)。

CRZKNY

石山:アーティストには0を1にする力と、99を100にする力の両方が必要だけど、欧米は0から1を切り拓くためにいばらの道を進むパイオニアをより評価するんだよね。そして99を100にするフィニッシュワークを評価するのが東アジアの傾向としてあるように感じますね。

CRZKNY:俺のなかにはリスペクトしてる先達がたくさんいます。でも彼らへのリスペクトの正しいかたちは同じことをコピーして猿真似することじゃなくて、オリジナルを踏まえてそれを超える、あるいはまったく違うものを作る、というのが念頭にあるんですよね。

個人的な修行として、興味を持った曲を真似て作ってみたりもするんですけど、そのものになることはほとんどない。Aphex Twinを作っているつもりだったのにAutechreになっちゃった、みたいなのがしょっちゅうある。

石山:すばらしい。それがケニーさんの回路なんだ。

CRZKNY:Aphex Twinを食べて排泄したらAutechreになる(笑)。

石山:それは自由とリスペクトの両立があるからだと思います。本来アートにはリミットがなくて自由だったから、魅力を放っていた。『SHGZR-0dB』でケニーさんと組みたいと思ったのは、その自由を作品で体現しているからなんですよ。

左から、CRZKNY、石山雄三

イベント情報
『SHGZR-0dB』

2018年4月21日(土)、4月22日(日)
会場:東京都 表参道 スパイラルホール
料金:前売3,600円 当日4,200円

リリース情報
CRZKNY
『MERIDIAN』

2017年4月1日(土)発売
価格:3,456円(税込)
GW001

プロフィール
CRZKNY
CRZKNY (くれいじーけにー)

日本ジューク・フットワークシーンの代表的トラックメイカーの一人。2012年から現時点までのリリース総数は、170タイトル、650曲以上。ハイペースな楽曲制作、過剰低音且つアグレッシブなLIVE、そしてシカゴJUKEレジェンドTRAXMANからサニーデイ・サービスまでをリミックスしていくその振り幅でファンを魅了し続けている。2017年、三枚組超大作『MERIDIAN』をGOODWEATHERよりリリース。曽我部恵一、EYヨ、KILLER-BONG等々名だたるアーティスト達から絶賛と驚愕の声で迎えられる。その後DOMMUNE初登場五時間ぶち抜き特番では異例の5万5千ビューワーを獲得、宇川直宏から「新たなカルトヒーローの誕生(久々に本物のキチガイを見たとも)」を宣言される。

石山雄三 (いしやま ゆうぞう)

パフォーマンス・メディア・アーティスト/コレオグラファー。アーティスト・コレクティブ "石山雄三/A.P.I." を中心として、コンピューティングやデジタルテクノロジーが「当たり前のこと」となった今の時代にフィットするような、新しい「身体表現言語」の開発を続けている。ダンス作品『QWERTY』は、フランスのデジタルアート・フェスティバル "Bains Numériques" や、南米最大級のダンス・フェスティバル、リオデジャネイロの "Panorama Festival" 等に招聘されている。これまで国内外のプロジェクトに多数参加してきており、新国立劇場バレエ団にもゲスト・コレオグラファーとして招かれている。



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