デンマークKAOSPILOTにはなぜ多くの起業家が学びに来るのか?

「You can make a difference」——デンマークのビジネスデザインスクール「KAOSPILOT(カオスパイロット)」の校長、クリスター・ヴィンダルリッツシリウスが取材中、何度も語っていたフレーズだ。「だれでも違いを生み出すことができる」。開校してから25年貫いてきたその信念が、このスクールから輩出された多くの人々を起業家にし、世界にインパクトを与えてきた。

KAOSPILOTは、デンマークの首都コペンハーゲンから列車で3時間ほどの都市、オーフスに拠点を構える。米『Ode Magazine』誌が「世界で最も刺激的なビジネスデザインスクール」と評したこのスクールは、アメリカを中心としたMBAを提供するビジネススクールとは一線を画す、クリエイティビティを軸にしたビジネススクールだ。3年制という、けして短くないカリキュラムに魅了され、世界中から「変化を求めている人、何か変化を起こしたい人」がここデンマークに集まってくる。

今回、KAOSPILOT校長のクリスターと、同校を卒業した日本人で、現在東京を拠点にKAOSPILOTと共にカリキュラム開発などを行う株式会社レアの共同代表・大本綾に話を聞くことができた。

クリエイティブアウトサイダーを、クリエイティブリーダーに変える手伝いをしているんです。(クリスター)

—まず、KAOSPILOTが大切にしている教育ポリシーを教えてください。

クリスター:KAOSPILOTでは、3つの精神を大事にしています。まず、「自己効力感(Self-Efficacy)」です。自分はこの世界に違いを生み出すことができるという自覚です。次に、「回復力(Resilience)」。困難や挫折があったときに、すぐに立ちもどれるしなやかさです。最後に、「不屈の精神(Mental Toughness)」。どんなことがあっても乗り越えられる強さです。これら3つがあれば、世界に変化を生み出すリーダーになれると思っています。

KAOSPILOT校長のクリスター・ヴィンダルリッツシリウス

—起業家に限らず、なにかアクションを起こす人に必要な精神性ですね。KAOSPILOTのクリエイティブリーダーシッププログラムの構成がとても印象的でした。まず、「It starts with you(自分からはじめよう)」。次に「From me to we(チームを巻き込もう)」、そして、「From ordinary to extraordinary(卓越した成果を生み出そう)」。とても実践的なプログラムステップだと思います。このはじめの「It starts with you」について、具体的にどのような形で学生の主体性を引き出しているのでしょうか?

クリスター:KAOSPILOTのプログラムは、通常のビジネススクールとは真逆の形をとっています。どういうことかと言うと、まずプロジェクトを行います。そしてリフレクション、つまりそのプロジェクトを検証します。最後に、そこから学びとったことを抽象化して自分なりのセオリーを新しく創ったり、すでにあるセオリーと照らし合わせながら学びます。プロジェクト、リフレクション、セオリーという順です。通常はその逆で、まずセオリーを教えます。それにそって、プロジェクトを行う。これが普通の大学やビジネススクールで行われている順番です。

—なぜ、KAOSPILOTはその逆をいくのでしょう?

クリスター:違いを生み出す人を育てるためです。セオリーがわからない状態でプロジェクトを進めると、まずは自分なりに考えて、やってみるしかない。すると、一人ひとり全く違うアプローチになります。ルールやセオリーがないので当然ですよね。つまり、自分だけの思考が生まれる。これが、自分が世界に変化(違い)を生み出せるんだという、自分のユニークネスへの気づきの第一歩になるのです。すべてはまず、自分から。それが、「It starts with you」に込めた想いです。

—先生たちは、どういう形で学生のリーダーシップを引き出しているのでしょうか?

クリスター:2つあります。まずは入学したタイミングに、学生のギアを入れることです。メッセージはとてもシンプル。「あなたはここに、変化を生み出したいから来た。そうだよね?」という問いかけです。当然、リーダーになりたいという意志がなければKAOSPILOTに来ようとは思わないわけですが、まずは前提としてこの気持ちを確認する、それが私たちがはじめにすべきことです。

—はじめにブレない軸を作る、と。2つめは?

クリスター:彼らの学びの旅をデザインしてあげることです。個人を理解し、その個性に合わせて最適な学び方を引き出すのが教育者の役割です。900日の旅を、どのようにデザインするか。その人がどんなスキルや経験を身につければ、よりその人らしさを発揮できるかを考えていきます。いわば、クリエイティブアウトサイダーを、クリエイティブリーダーに変える手伝いをしているのです。

—先生の役割は「手伝い」であると。「教える」ではないわけですね。

クリスター:はい。我々は場を作ることが役割です。学生のこうしてみたい、こんなことを試してみたいということをできるようにするための手助けとして、場を提供することに徹しているのです。

デンマーク・オーフスにある、KAOSPILOTが入居するビル

アインシュタインになれとは言いません。今までとは違う考え方をしろ、とだけ言っています。(クリスター)

—アメリカを中心とした一般的なビジネススクールは、マーケティングやファイナンスなどのアプローチが多いですが、KAOSPILOTはクリエイティビティを中心に据えています。そうする理由と、彼らとの違いはなんでしょうか?

クリスター:一般的なMBAスクールは、ケーススタディで教えていきますよね。一方で私たちは、ケーススタディはひとつもありません。すべて、実際のクライアントや行政などの組織の課題と向き合うプロジェクト、いわばリアルスタディなんです。リアルスタディですから、正解がないんです。正解がないことに立ち向かうためには、クリエイティビティが必要だし、そういう環境こそクリエイティビティを育むと思っています。

—さきほどの、セオリーからスタートしない学び、という話につながりますね。

クリスター:はい。まず、どうやって解けばいいのかわからない問いを投げかけます。通常は解き方を先に教えて、さぁやってみようということになるわけですが、私たちはそうしません。解き方を知らない状態になることで、クリエイティブになることを強制することができるんです。

たとえばコップを作るとしましょう。作り方を先に教えてしまっては、それと同じやり方を繰り返すだけです。しかし、もしコップの作り方がわからないとなると、大変です(笑)。これはもう、いろんなことを試していかなければならない。しかし、そこで生まれてきたなにかが、自分だけに生まれた「違い」なのです。

—言い方を換えれば、クリエイティビティは誰しもにある、ということですね。

クリスター:はい。私は、学生全員にアインシュタインになれとは言いません。今までとは違う考え方をしろ、とだけ言っています。これまでと違うように考え続けると、人はクリエイティビティを獲得していくことができます。そして、何回もそれを繰り返すと、自分なりのクリエイティブウェイができるんです。自分だけの違いを生み出すための思考パターンのようなものができあがってくる。KAOSPILOTは、そういったクリエイティブな実践者(Creative Doer)を生み出しています。

日本人以外の世界の人々は、日本をとてもクリエイティブだと認識していますよ。(クリスター)

—日本ではイノベーションが起きづらいと語られることが多いです。クリスターさんは、それはなぜだと思いますか?

クリスター:そもそも、日本はイノベーションの宝庫ですよね。たとえばトヨタやホンダなど、工業の世界で最もイノベーティブな国が日本だと思います。そして、どうして彼らがイノベーティブだったかと言えば、どうやったらいい車が作れるかではなく、どうやったらより素晴らしい価値を生み出せるかということを常に考えていたからじゃないかと思うんです。それってとてもクリエイティブだし、きっとCINRAだってそういうクリエイティブな会社なわけでしょ?

—そうありたいと思っています(笑)。

クリスター:その意味で言えば、そもそも日本がイノベーティブじゃない、クリエイティブじゃないっていう考え方自体が間違っているんじゃないでしょうか? マインドセットを変えたらいいんだと思います。日本の人は自分たちをクリエイティブだと思っていないかもしれないけど、日本人以外の世界の人々は、日本をとてもクリエイティブだと認識していますからね。

—まさに自己効力感(Self-Efficacy)ですね(笑)。

クリスター:そうですよ(笑)。KAOSPILOTにも、日本の学生がいますが、彼らはあまり話さないんです。私たちがよく日本人に対して混乱するのは、その沈黙です。デンマーク人は、ともかくよく話します。議論も好きです。日本人は、謙虚で、静かで、よく考えてから話すんだけど、それが彼らのクリエイティブなやり方なんだろうと思います。なにもプレゼンテーションが上手なことがイノベーティブなわけではないですからね。

—たしかに、デンマークの人たちはどこでもよくしゃべっていますね。

クリスター:デンマークでは、参加することや、自分が意見を出すことがいいことであるという空気感があるので、クリエイティブな環境を作り出しやすいのは事実だと思います。ルールを壊すことが簡単なんですね。日本は、最初に意見するのが難しいと聞きます。システム自体が、もっとルールブレイカーを受け入れられるようになったらよいかもしれないですね。

学びの場を創造する責任は、先生だけでなく、生徒にも委ねられている。(大本)

クリスターを取材した後、KAOSPILOTを卒業し、現在東京を拠点にKAOSPILOTのメソッドやプログラムを日本で展開する事業を行っている株式会社レアの共同代表、大本綾にも話を聞くことができた。

—KAOSPILOTに入学してみて、驚いたこと、新鮮だったことを教えてください。

大本:まず、受験のときに卒業生たちにどんな準備をしたら合格できるか聞いたところ、「Be who you are(自分に素直であること)」とだけアドバイスを受けました。日本の入学試験のように「傾向と対策」が通用しない学校であることに驚きました。

株式会社レア 共同代表・大本綾

—自分に素直であることが受験対策……。どうしたらいいかわからないです(笑)。入学後はいかがでしたか?

大本:ほぼ毎日違う講師が国内外から教えに来るので、毎日違う学校に通っているような感覚でした。第一線で活躍している講師がそれぞれのアプローチでクリエイティブなビジネスの創り方を教えてくれるので、異なる状況や相手や自分のニーズに合った形で知識を得ることができたし、時代の変化が激しく混沌とした状況でも、自分はどんなことに価値を置いていて、どんな人とどのように協働しながらどんな未来を創りたいのか、自由に考えられるようになったことがとてもいい経験になりましたね。

—日本の教育にはなかった、KAOSPILOTはじめ、デンマークの教育の魅力はなんだと思いますか?

大本:デンマークの教育の魅力は、教える立場にいる先生がファシリテーターの資質を持っていて、教科書に書かれた正解を教えるのではなく、実践的なプロジェクトを通して納得解を導き出せるように生徒を支援してくれることだと思います。プロジェクトの中で生徒は自分たちが探求したいテーマや内容を自由に考えることができるため、学びの場を創造する責任は、先生だけでなく、生徒にも委ねられています。教育とは得るものではなく、自ら創るものであるという考え方に、KAOSPILOTやデンマークの教育の最大の魅力を感じています。

—デンマークしかり、海外で学ぶということに対してはどうお考えですか?

大本:KAOSPILOTで3年間共に過ごした35人のチームメイトたちは、国籍やバックグラウンド、性格、スキル、価値観も多種多様でしたが、お互いなにがあっても助け合うような深い信頼関係や愛情、共感性を持つことができました。

島国の日本で暮らしていると、どうしても国内と海外という視点で物事を分けて考えてしまいがちですが、同じ地球を共有している人間であるという視点が、これからも地球規模の課題を解決する上で不可欠であると考えています。そういった視点をより多くの人が育むには、自分が生まれ育った国の教育を受けるだけで実現することは難しく、時にはそれ以外の国で異なる背景を持った人々と向き合い対話を深めながら、互いの理解を深めて協働しなければなりません。

—現在、日本にKAOSPILOTのプログラムなどを持ち込まれていらっしゃるようですね。

大本:KAOSPILOTが対外的に提供しているプログラムでもある、クリエイティブリーダーシップコースの日本での開催や企業の次世代リーダー育成などを行っています。具体的なところですと、産総研デザインスクールではKAOSPILOTの講師を呼んで一部の授業を担当してもらっています。

目指していることは、チームの一部の人の知識や経験、技術だけを頼るのではなく、チーム全員がクリエイティブだと自覚して、複雑で不確実な状況でも自分とチームと成果をリードすることができる人材の育成や組織開発をすることです。今後もその流れを加速させて、持続可能な未来を創るために、国内外で産官学民でセクターを越えた協働プロジェクトがたくさん生み出せる状況を創り出していきたいと考えています。

KAOSPILOTの校舎に足を踏み入れると、すれ違う誰もがニコっと笑ってくれる。それがただの社交辞令ではないことは一目でわかる。「私はあなたを受け入れている」という暖かさが伝わってくるからだ。つまりここは、誰かと競うための場ではない。自分自身ととことん向き合い、自分は違いを生み出すことができると信じ、お互いを支え合おうとする人たちが集まるコミュニティだ。クリエイティビティは誰しもが持っているもので、それによって世界は変えられるのだと、ここにいるみんなが信じている。

サイト情報
KAOSPILOT
株式会社レア


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