インタビュー

七尾旅人が歌い続けてきたこと 名もなき人生を照らす音楽家の20年

七尾旅人が歌い続けてきたこと 名もなき人生を照らす音楽家の20年

インタビュー・テキスト
天野史彬
撮影:タイコウクニヨシ 編集:山元翔一(CINRA.NET編集部)

時代や社会を取り巻く「気分」のようなものよりも、その底にあるものを見つめていたい。

—このアルバムは先ほど旅人さんがおっしゃったように、『リトルメロディ』や『兵士A』のような形で社会的なテーマが入り込んだ作品ではないと思うんですけど、それゆえに、この時代に突き刺さる表現でもあると僕は思いました。このアルバムは、「何が善で何が悪か」というような二元論では片づけられない、「個人がいて、人生がある」という事実をダイレクトに伝えてくる。その一見当たり前のことこそ、今一番感じていたいことなんだと思ったりもするんですよね。

七尾:今は社会的な事象が、一時的なトピックとして消費されやすい。SNSとかで「これは間違っている」って脊髄反射的に憎悪が集まって大炎上して、叩かれまくった誰かの人生が暗転して、それが1週間もすると下火になって、また新しいトピックに関心が移って……そんなちょっとヒステリックな状況に陥ってしまっている感じはあるよね。

そうすると、声の小さい人は何も言えないまま隅っこで、光があたらず忘れられてしまうのかなっていう気もするし……。話題になることや、欲望されることは、ときと共にめまぐるしく移り変わっていくものだから、そればかりを見ていると、自分を見失っていくことにも繋がってしまうと思うんだけど。

—本当にそう思います。

七尾:個々の価値観がせめぎ合うのはいいことだけど、同時に、ひとつのことにアジテーションされかねない怖さ、民意がひとつの方向に振り切ってしまうことの怖さも、そこにはあるから。そういう状況は、少しずつ解毒されなければいけないと思う。

だから、個々の顔がマスキングされたままひとつの大きな声になっていく場より、自分は、一人ひとりの小さな声とか、押し殺した悲しみに、少しずつでも近づいていけるような、そんな場所に身を置いて、創作をしたいと思っていたのかもしれない。

七尾旅人

七尾:『兵士A』や『リトルメロディ』においても、直ちに「これは善で、これは悪だ」っていうことを断罪するような構造にはしてこなかったんだよね。個々の小さな表情の集積として、日本という磁場が歴史的に抱えた業であったりとか、人間が根源的に抱えた喜びや悲しみを描けたらと思っていた。そうやって少しずつ組み立てていった物語の底には、自分自身も含む日本人への懐疑みたいなものがあるけれど、怒りの表明だけがテーマではなかったので。

仮にひとつの考えを持った社会集団があったとしても、それも決して一枚岩ではない、個々人の集まりなわけだから。時代や社会を取り巻く「気分」のようなものよりも、その底にあるものを見つめていたいし、その先にあるものや、その前にあったものを同時に見つめていたい。点ではなく、線で捉えたい。そうすれば面になり、やがて立体になる。世界をどうやって立体として描き出すか、それが音楽であり、芸術全般の役割なのではないかとも思うので。

—世界を立体的に描く……その視点を芸術が持ち得てきたということは、過去を振り返ってみても、とても大きなものだったのだと思います。

七尾:今回のレコーディング中はほとんど人の作品に触れる時間がなかったんだけど、(ウィリアム・)フォークナーとかは、やっぱりすごかった。南北戦争の敗者の側からしか描けない壮絶な立体があって、内戦のあとの歴史のなかでこういう怪物じみた作家が現れ、しかも国民的な支持を得られるアメリカという国は、やっぱり一筋縄ではいかないなと思った。

最近見た実話に基づく映画『ファニア歌いなさい』(1980年公開、監督はダニエル・マン)もよかったな。最初、アウシュビッツ収容所に捕らえられた歌い手が、殺されていくユダヤ同胞を歌で励ます映画だと勘違いしていて。そのとき僕は、末期がんで病床にいた友達に手紙や音声ファイルを送ったりしていたけれど、けっきょく亡くなってしまった直後で、気落ちが大きかったので、自分自身に気合いを入れ直すために見はじめたんだけど、実際のストーリーはナチス高官の慰安に奉仕することによって得られる自分たちオーケストラメンバーの延命のため仕方なく演奏をし続けるという、なんともやりきれない内容で。楽器を演奏できない他の同胞からは憎まれ、罵られもする。人間の醜さや気高さが終始せめぎ合っていて、勧善懲悪的な戦争映画よりも、人の尊厳を立体的に描き出すことに成功していたと思う。

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リリース情報

七尾旅人『Stray Dogs』(CD)
七尾旅人
『Stray Dogs』(CD)

2018年12月12日(水)発売
価格:3,024円(税込)
PECF-1164 / cap-294

1. Leaving Heaven
2. Confused baby
3. 迷子犬を探して
4. スロウ・スロウ・トレイン
5. DAVID BOWIE ON THE MOON
6. Almost Blue
7. 崖の家
8. Across Africa
9. きみはうつくしい
10. 蒼い魚
11. 天まで飛ばそ
12. いつか

イベント情報

七尾旅人
『20周年記念ワンマンツアー「Stray Dogsの冒険」』

2019年3月10日(日)
会場:北海道 ペニーレーン24
ゲスト:瀬尾高志

2019年3月16日(土)
会場:福岡県 電気ビルみらいホール
ゲスト:瀬尾高志

2019年3月17日(日)
会場:広島県 広島CLUB QUATTRO
ゲスト:瀬尾高志

2019年4月7日(日)
会場:大阪府 梅田CLUB QUATTRO
バンドセット:
Shingo Suzuki(Ba)
Kan Sano(Key)
山本達久(Dr)
小川翔(Gt)

2019年4月27日(土)
会場:愛知県 名古屋CLUB QUATTRO
バンドセット:
Shingo Suzuki(Ba)
Kan Sano(Key)
山本達久(Dr)
小川翔(Gt)

2019年4月29日(月・祝)
会場:東京都 恵比寿ガーデンホール
バンドセット:
Shingo Suzuki(Ba)
Kan Sano(Key)
山本達久(Dr)
小川翔(Gt)

2019年5月25日(土)
会場:沖縄県 桜坂劇場ホールB

2019年6月15日(土)
会場:京都府 磔磔

2019年6月22日(土)
会場:高知県 キャラバンサライ

プロフィール

七尾旅人(ななお たびと)

シンガーソングライター。これまで『911fantasia』『リトルメロディ』『兵士A』などの作品をリリースし『Rollin' Rollin'』『サーカスナイト』などがスマッシュヒット。唯一無二のライブパフォーマンスで長く思い出に残るステージを生み出し続けている。即興演奏家としても、全共演者と立て続けに即興対決を行う「百人組手」など特異なオーガナイズを行いアンダーグラウンド即興シーンに地殻変動を与え続ける。その他、ビートボクサー、聖歌隊、動物や昆虫を含むヴォーカリストのみのプロジェクトなど、独創的なアプローチで歌を追求する。2018年12月12日、にニューアルバム『Stray Dogs』をリリース。

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