小山田圭吾×大野由美子対談 「音に触れる」空間音響がすごい

リットーミュージックが手がける新スペース「御茶ノ水Rittor Base」にて、サウンドインスタレーション展『Touch that Sound!』が3月15日から開催される。ソニーが開発した空間音響技術=Sonic Surf VR(SSVR)を使い、中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)、Cornelius、evala、Hello,Wendy!+zAk、清水靖晃の5組が作品を制作。128chのスピーカーで構成されたSSVRによって、文字通り「音に触れる」ような体験を味わうことができる。

そこで参加者の中から小山田圭吾と大野由美子を招き、お互いのSSVR作品を体験してもらいつつ、立体音響についての話を聞いた。Corneliusはこれまでもバイノーラル録音や5.1chサラウンドにトライし、『Sensurround+B-Sides』では『グラミー賞』の最優秀サラウンド・サウンド・アルバム賞にノミネート。また、大野もBuffalo Daughterで常に革新的な作品を生み出しつつ、Hello,Wendy!としては2017年に360°VR仕様のMVを発表するなどしている。

近年はVRやARなど、映像の最新技術に話題が集まりがちではあるが、YMOの時代から音楽がテクノロジーとともに進化してきたことは言うまでもない。3月15日からの10日間は、それを見つめ直す絶好の機会となるはずだ。

自分が空間を移動して音を探ったりできるのは、新しい体験。(小山田)

—取材前にお互いの楽曲をSSVRで体験していただきましたが、どんな感想をお持ちですか?

小山田:思っていた以上に、音がちゃんと飛び出て聴こえて、定位がはっきりわかりました。曲の間に声が入って曲紹介をするんだけど、センターにいると日本語で、右に行くと中国語、左に行くと英語と、完全にセパレートして聴こえて、空間にちゃんと音が置けることにびっくりしました。前にもスピーカーの立体音響は聴いたことがあったけど、だいぶ進化してますね。

大野:エンジニアさんはもともと立体的に作っているわけだけど、普通のCDをスピーカーで聴くと、どうしても平面に聴こえるじゃないですか? でも、これなら誰でも明確にわかるくらい立体感が出ているから、曲に対するイメージも変わると思います。作る側としては、音に位置情報をつける段階がすごく楽しくて。刺繍をしているみたいな感覚でできるから、面白かったです。

左から:小山田圭吾、大野由美子。製作中の部屋で、互いの曲を聴きあう様子

—確かに、作業中の画面を見せていただいたら、刺繍みたいに見えました(笑)。

小山田:Oculus(VR向け製品メーカー)とか、今VRは結構すごいじゃないですか? 映像に比べると、音はそんなに進化してない気もするけど、ヘッドフォンなしでも定位のポイントがはっきりわかって、自分が空間を移動して音を探ったりできるのは、体験として新しくて、音場が一気に広くなった感じがしました。

—小山田さんは今回“あなたがいるなら”(2017年『Mellow Waves』収録曲)をSSVR用にミックスし直していますね。

小山田:「“あなたがいるなら”でやってください」っていう依頼だったんですけど、もともとSSVRを意図して作ってはいないから、なかなか難しかったです。歌が入っているから、イメージが具体的になっちゃうんですよね。もっと抽象的に、最初から空間を設定してやったら、より面白いと思うんだけど、ポップスはいろんな音が出てくるから、音場を埋めちゃって、定位があんまりわかんなくなっちゃう。Hello, Wendy!の曲は、音数とかちょうどいい感じだったね。

SSVR体験中の様子

—Hello, Wendy!は“Katyusha”(2018年『No.9』収録曲)をエンジニアのzAkさんと一緒にミックスし直していますね。

大野:“Katyusha”はもともと立体的なミックスにしたくて、結構がんばって一緒にミックスしたんですけど、自分としては物足りなくて。それで、今回こういう機会をいただいたので、“Katyusha”でやらせていただきました。今はホッとしています(笑)。

Hello, Wendy!“Katyusha”を聴く(Apple Musicはこちら

—やりたかったことができたと。Hello,Wendy!は2017年に“Moment of Eternity”のMVを360°VR仕様で発表してもいますよね。

大野:その人の側に行くと、その人の出している音が大きくなるって、私たちは演奏してるからそんなの当たり前なんだけど、演奏してない人がそれを体験できるっていうのは面白いと思いました。

小山田:そういえば、Corneliusで去年やったメキシコのライブで、ステージの両脇に360°カメラが置いてあったみたいで、今YouTubeに映像が上がっているんですけど、ステージ上からライブが見られて、動かせるんですよ。カメラ置いてあるの知らなかったんだけど(笑)。

ミックスのときは立体じゃないと気が済まないので、平面的なのは聴きたくなくなっちゃう。(大野)

—小山田さんはこれまでにも立体音響の作品を様々な形で発表されていますが、立体音響に興味を持ったそもそものきっかけはどんな体験だったのでしょうか?

小山田:昔、六本木のWAVEってレコード屋さんの1階に喫茶店があったんだけど、民族楽器とかひょうたんで作ったスピーカーが置いてあって。そこにヒューゴ・ズッカレリっていう立体音響を開発した人のカセットテープがあったんです。試聴してみたら、かなりの衝撃体験で。

ヘッドフォンで聴くと、髪の毛を切っている音とかがするんですけど、どこを切ってるかわかるし、ドライヤーの音も、本当に耳に空気が当たってる感覚で。当時はどうやって録音したのか、技術を明かしてなかったこともあって、それがすごく印象に残っていますね。

—いつ頃の話ですか?

小山田:1986年とか1987年くらい。1980年代はイギリスのサイキックTVってバンドが『テンプルの豫言』っていうアルバムでホログラフィックサウンドをやっていて、あれもたぶんヒューゴ・ズッカレリの技術を使っていたと思う。マイケル・ジャクソンの『BAD』(1987年)にもヒューゴの音が入っていたり、当時流行っていたんだと思うんですよね。それが一般でも買えるようになったのが、1990年代ってことなのかな。

—1997年に発表された『FANTASMA』の1曲目“MIC CHECK”はバイノーラル録音によるもので、付属のイヤフォンで聴くことができたのは個人的にも非常に思い出深いです。

小山田:『ウゴウゴルーガ』(1992~1994年、フジテレビ系)で「おとのはくぶつかん」っていうコーナーをやっていた、藤原和道さんっていう音フェチのサウンドアーティストがいて。木の枝に針みたいなマイクを刺して、ちょっと変態っぽいんだけど(笑)、虫が交尾している音を録音したりしていたんです。その人が作ったハンディのバイノーラルマイクを買って、いろんな音を録音することにハマっていた時期があって、それでできたのが“MIC CHECK”だったんです。

—大野さんにとっての立体音響の原体験は?

大野:1980年代の終わりくらいに、ヤン富田さん、立花ハジメさんの楽曲を譜面にするバイトをしていたんですよ。おふたりがカバーしたい曲を聴いて、ステレオの前に座って、左側にしかない音、右側にしかない音、奥にある音、それを全部聴いて、譜面にしていくという作業でした。

小山田:それすごいね(笑)。ステレオの定位から音を一つひとつ拾っていくってことだよね。

—どんな曲が多かったんですか?

大野:サン・ラとかインド音楽とか……ジャズが多かったかな。彼らの持っている昔の音源をカセットテープにダビングしてもらって譜面にしていました。空間とか立体ってことに関しては、それが一番印象に残っています。だから、私は未だにミックスするときは立体じゃないと気が済まなくて、ベターっとした平面的なのは聴きたくなくなっちゃうんですよね。

立体音響は、音楽療法の面で可能性があるし、サイケデリックな体験もできる。(大野)

—2001年のアルバム『POINT』に続いて、2003年に発表された映像作品『FIVE POINT ONE』は、その名の通り5.1chサラウンド仕様でしたね。

小山田:ロンドンのバービカン・センターで『JAM展』っていうのをやっていて、その展覧会に、5.1chサラウンドと映像の作品を出したのがきっかけです。当時はDVDが普及し始めて、5.1chサラウンドも普及し始めたタイミングだったから。

—“POINT OF VIEW POINT”は当時かなり新鮮な体験でした。サラウンド作品の先駆けだったというか。

小山田:でも、1970年代にも4chサラウンドとかあったんですよね。大阪万博だと(カールハインツ)シュトックハウゼンが24個のスピーカーでマルチサラウンドをやっていたし、1980年代だと、冨田勲さんがピラミッドのステージでヘリコプターにスピーカーを吊って行なったパフォーマンス、あれは狂ってる(笑)。(参考記事:冨田勲の追悼対談 宇川直宏×松山晋也が振り返るその偉大な功績

—かつてはかなりの規模感を必要としていたものが、2000年代に入ると一般でも楽しめるものになったということですよね。

小山田:オーディオ好きな人の家に行くと、それ用のスピーカーあったりするもんね。5.1chサラウンドは、CDやiPodで音楽を聴くとか、ライブで体験するのとは違う、ライブとリスニングの中間的な体験で、そこが新しい。『POINT』はオーディオアルバム、『FIVE POINT ONE』はオーディオビジュアル、それとステージ、それぞれが別の体験っていうイメージでした。

SSVR体験中の様子

—大野さんは5.1chサラウンドに対しては、どんなことが印象に残っていますか?

大野:家で聴いたときは、規模が小さいせいか「別に」って感じだったんですけど、映画館で聴いたときは、効果があるなと思いました。立体音響は人の精神や感情に作用するというのは、今回のミックスをしていても思いましたね。音楽療法とかの面で可能性があると思うし、お酒やドラッグがなくても、サイケデリックな体験ができる。

小山田:ポップスを聴くってことに関しては、そんなに向いてない気がする。サウンドアートだったら可能性があると思うけど、普通のポップスだと空間が広過ぎちゃって、結局2chくらいがちょうどいい気がするんだよね。立体音響で何がすごいかって、物音がリアルに聴こえることだと思うんですよ。「効果がわかる」ってことに関して言うと。

—それこそさっきの大野さんのお話のように、今は映画館がサラウンドシステムを体験する場所になっていますよね。

小山田:映画って音の情報量がめちゃくちゃ多いから、効果音も、台詞も、音楽も……ってなると、広い音場があった方がいいですよね。でも結局、ドルビーサラウンドのロゴがバーッて飛び出す、あれが一番すごい(笑)。

大野:この間クイーンの映画(『ボヘミアン・ラプソディ』)を観て、最後のスタジアムの音がよかった。音が全体から聴こえて、スタジアムの中にいるような臨場感が感じられるのは、やっぱりサラウンドの効果なんだと思いますね。

音もちゃんと進化しているんだけど、その違いが画に比べるとわかりにくいんだよね。(小山田)

—ちなみに、VRやARは体験したことがありますか?

小山田:いくつかやらせてもらったことがあるけど、「Google Earth」が一番ヤバかったかな。あとは空間にお絵描きをするやつ(「Just a Line」)、あれはすごいですね。絵が描けて、さらに動いたり、光ったりする。

—小山田さんも最初におっしゃっていたように、技術の進化に関して、どうしても音より映像に注目が集まりがちではありますよね。本展のキュレーターである國崎さん(國崎晋 / リットーミュージック、元『サウンド&レコーディング・マガジン』編集長)はHPに掲載されているステートメントの中で、今の「ビジュアル偏重」に対し、「サウンドにもっと注目してもらいたい」という趣旨のコメントをされていました。

國崎:音に関する技術はすごく進んでいるのに、それを画と一緒に見せると、音に気づかない。だから、今回の展示では会場をほぼ真っ暗にする予定です。音って、進化すればするほど自然に馴染んでしまうんですよ。それは画以上だから、すごさに気づきにくい。音のすごさを伝えることで、みんなで「すげえ!」って言いたいと思ったんです(笑)。ある意味無理やりにでも、このすごさに気づいてもらいたいなって。VR作品で音がサラウンドになってなかったりすると、やっぱり頭に来るんですよ。

小山田:没入感を目指しているはずなのにね。

國崎:実際ゲームを作っている人に話を聞くと、「音楽に予算が回ってこない」っていう話をよく聞きます。音の重要性を伝えることで、そっちにも予算が回るようにしたいと思っています(笑)。

大野:どうしても視覚の情報の方が強いから、もともと音はおざなりになりがちだったと思うけど、でも平等にはなってもらいたいかな。

小山田:でも、実際あんまり必要ないっていうのはあるかも。「用途としては」という話だけど、音は聴こえればいいし、映像だって見られればいいし。今、テレビの解像度がガンガン上がっていて、オリンピックの頃には8Kだとか言っているけど、実際そんなに必要ないと思うんですよ。

ただ、DVDが出たときはすごくきれいだと思ったけど、今はそう感じないように、一度新しいレイヤーの世界に行くと、戻れない感じはあるんだよね。あの感覚って何なんだろ。特に今、画はすごいスピードで進んでいるけど、音はなかなか進化のしようがないよね。

大野:でも、昔のアナログと、今のデジタルは全然違うじゃない?

小山田:たしかに、無音ができるようになったのは大きい。CDとかレコードだと完全な無音は作れなかったけど、今は完全な無音が作れるようになって、だいぶ音楽が変わって聴こえるようになったと思う。だから、音もちゃんと進化しているんだけど、その違いが画に比べるとわかりにくいんだよね。

—だからこそ、今回の『Touch that Sound!』で技術の進化を体験してもらうことには、とても意味があると言えそうですね。

大野:音が見える感じじゃないですか? そういうのを体験できるのは面白いと思います。

—実際に会場に足を運んだ場合、どう楽しむのがおすすめですか?

小山田:最初はぐるぐる回って、音を探して、ベストポジションを見つけるのがいいんじゃないかな。日本人って「動いていいですよ」って言われても、あんまり動かなかったりすると思うんですけど、これに関しては動いた方がより楽しめると思いますよ。

イベント情報
『Touch that Sound!』

2019年3月15日(金)~3月24日(日)
会場:東京都 御茶ノ水Rittor Base
時間:12:00~20:00(3月24日は18:00閉場、入場は閉場の30分前まで)
料金:無料(要予約)

『トークイベント』

大野由美子(Hello,Wendy!)+zAk
日時:2019年3月15日(金)
会場:東京都 御茶ノ水Rittor Base
料金:2,000円

小山田圭吾(Cornelius)+高山徹
日時:2019年3月17日(日)
会場:東京都 御茶ノ水Rittor Base
料金:2,000円

中野雅之(BOOM BOOM SATELLITES)
日時:2019年3月18日(月)
会場:東京都 御茶ノ水Rittor Base
料金:2,000円

清水靖晃
日時:2019年3月19日(火)
会場:東京都 御茶ノ水Rittor Base
料金:2,000円

evala
日時:2019年3月23日(土)
会場:東京都 御茶ノ水Rittor Base
料金:2,000円

プロフィール
小山田圭吾 (おやまだ けいご)

1989年にフリッパーズギターのメンバーとしてデビューし、1993年よりCorneliusとして活動開始。2003年リリースのDVD『Five Point One』からはサラウンドの制作も行うようになったほか、近年は「デザインあ展」や「AUDIO ARCHITECTURE: のアーキテクチャ展」など、サウンド・インスタレーションも手がける。

幼少よりピアノ、16歳の時にベースを始める。1993年に結成したBuffalo Daughterでは世界を舞台に活動。シンセサイザー・カルテットHello,Wendy!としての活動や、Corneliusをはじめとした多くのアーティストのサポートも務めている。



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