青木彬×宮本武典 入場料は野菜? アートと経済的価値を考える

現代アートのフェア『3331 ART FAIR』が今年もアーツ千代田 3331でまもなく開催される。一般的にアートフェアとは、美術作品を売買するアートギャラリーが集まり、コレクターに向けて販売するマーケットの場。しかし『3331 ART FAIR』は従来の作品販売にとどまらず、「芸術」と「経済・社会的価値」のあり方をあらためて問い、美術マーケットのさらなる拡充を目指すオルタナティブなアートフェアとして、他にはない実践を重ねてきた。

第9回目となる今回も、会場の屋上で「アーティストたちの暮らしと経済活動」を再考するというインディペンデントキュレーター青木彬のプロジェクトや、ファッションデザイナー、モデル、ドキュメンタリー映画監督の個人的なクリエイションをアートフェアという場に持ち込んだクリエイティブディレクター宮本武典など、「アートフェア」らしからぬ挑戦的な見どころが満載。アートフェアの作家推薦者である2人に、アートと経済活動の関係性について、自身の経験も含めた率直な話を聞かせてもらった。

※名称や内容は全て取材当時のものです

入場料は野菜でもOK? アートフェアでアートと経済価値の関係を問う

―まず今回の『3331 ART FAIR』で、お2人が手掛ける企画について伺えますか?

青木:ぼくは元中学校の校舎だった会場の屋上(校庭)に展示する「Selection-ROOFTOP」という、6人の若手アーティストによるセクションを担当します。

大型作品やインスタレーション、パフォーマンスなど、さまざまな表現が組み合わさった展示になる予定で、さらにこの6人のアーティストがこれからも経済的に持続して活動できるような仕組みが作れたらと。そのために来場者からいただく入場料を活かせないかと模索しています。

青木彬
インディペンデントキュレーター。1989年東京生まれ。首都大学東京インダストリアルアートコース卒業。アートプロジェクトやオルタナティブスペースを作る実践を通し、日常生活でアートの思考や作品がいかに創造的な場を生み出せるかを模索している。

―作品を「売る」わけではないのですか?

青木:ほぼ「売らない」かもしれません。入場料もお金ではなく野菜でいただこうかという相談もしているくらい(笑)。

―ん、野菜?

青木:そう、野菜。どういうことかというと、アーティストが作品によって社会に価値を生み、それで生活をしていくという視点で考えれば、貨幣を介せず野菜をいただいて1週間の食材にするのもありだと思うんです。

また、人がアートに抱く欲求は「所有したい」「体験したい」だけでなく、「(作品制作に)関わりたい」というのもあると思います。たとえば近年はクラウドファンディングなども活発ですよね。アートフェアにおける「購入」という行為が、そもそも「所有」だけに還元されるものではないのでは? という問いかけが今回の企画背景にあります。

左から:青木彬、宮本武典。青木がキュレーションする会場である屋上にて

ファッションデザイナーの飛田正浩、モデルの前田エマ、映画監督の小田香らがアート作品を出展

―とても興味深い取り組みです。そして宮本さんはこのフェアにどのように関わる予定でしょうか?

宮本:ぼくは2階の体育館。複数のキュレーターが推薦した約50名の作家による「Selection-GYM」という展示セクションに、ファッションデザイナーの飛田正浩さん、モデル・エッセイストの前田エマさん、ドキュメンタリー映画監督の小田香さんの3人を作家として推薦させていただきました。

宮本武典
キュレーター / クリエイティブディレクター。1974年、奈良生まれ。原美術館学芸部を経て、2019年3月まで東北芸術工科大学教授・主任学芸員を務め、東北各地でアートプロジェクトや東日本大震災の復興支援事業を展開。2014年に『山形ビエンナーレ』を創設し、プログラムディレクションを3期にわたって手がける(~2018年)。2019年4月より角川武蔵野ミュージアム(隈研吾氏設計)の立ち上げに参画。

宮本:飛田正浩さんは、原田郁子さん(クラムボン)、永積タカシさん(ハナレグミ)、BIKKEさん(TOKYO No.1 SOUL SET)などのミュージシャンの衣装も手がけるファッションブランド『spoken words project』のデザイナー。今回はお客さんが持ち込んだ衣服に、彼がシルクスクリーンでグラフィックを、対話しながらその場でライブで刷るというパフォーマンスを「出展」します。

飛田正浩
ファッションブランド『spoken words project』主宰 手作業を活かした染やプリントを施した服作りに定評がある。他ブランドとのコラボレーションや、芸術祭など独自のアパレル観にて爆走中。

―アートとは異なるジャンルの表現者を招いて、ふだんとは違う個人的なクリエイションを展示してもらう、というのがユニークですね。

宮本:その点は他の作家にも共通しています。前田エマさんはモデル、エッセイストのほか、写真、朗読などさまざまな活動をしている人。今回はペインティングを展示しますが、彼女にとっては多様な表現手法のひとつと言えるかもしれません。

前田エマ
オーストリア ウィーン芸術アカデミーに留学経験を持ち、在学中からペインティング、写真、朗読など、その分野にとらわれない活動が注目を集める。数々の芸術祭やファッションイベント、様々な企業とのコラボレーションも積極的に行う。現在はファッションやアートについてのエッセイを雑誌やウェブサイトにて多数執筆中。

宮本:小田香さんは、ボスニア・ヘルツェゴビナの地下鉱山で働く人々を撮影した『鉱 ARAGANE』(2017年)、古代マヤ文明で生贄が捧げられたという泉にダイビングして撮影した『セノーテ』(2019年)などの作品で知られる気鋭のドキュメンタリー映画監督。『セノーテ』はタイムリーなことに先日、第1回大島渚賞を受賞しました。

今回は映画の編集過程で小田さんが自室でダイアリーのように毎日描いていたペインティングを展示します。販売目的で描かれた作品ではありませんが、映画の副産物として生まれたアートが、ドキュメンタリー映画のマネタイズにつながるような仕組みの手がかりが作れたら面白いなと思いました。

小田香
2017年の年始にリュミエール兄弟についての映画の中で「蛇のダンス」を観た。そのショットに心奪われ、ダンサーの絵を描きはじめると、己がとりくんでいるメキシコ水中洞窟の映画と絵が関係をもつようになった。雨乞いのため生贄として洞窟の泉に投げ込まれた少女たちに思いを馳せながら彼女たちの顔を描いた。現地では多くの人と出会い、お話を伺い、未知の水中空間に潜った。過剰なインプットの後、日本に帰り撮影素材をまとめつつ、絵を毎日描くというアウトプットをすることで、心身が経験したものを反芻しようしていた気がする。

青木:今回この3人の作家を推薦したのはどんな狙いがあったのですか?

宮本:今回はファッションや映画ですが、もっと多様なシーンのクリエイターが参加することで、アートフェアの裾野が広がればいいなと。ぼくはキュレーターとしての入口が原美術館だったので、もともと現代美術の啓蒙的な展示ばかり企画していたんです。

けど、『みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ』で地域の人々とアートの接点を作ったり、東日本大震災後の東北で2人の娘を育てていくなかで、生活のなかにあるアートの作用や効果について考えるようになって、キュレーションの方向性が180度変化しました。今回はアートフェアですけど、コレクターの方はもちろん、仕事と家庭を往復する市井の生活空間のなかにどうやったら「アートを届けられるか」「関係を結べるか」ということを意識しました。

アーティストが生きていく視点で考えると、マーケットだけがアートの経済圏ではない

宮本:先ほどの青木さんの展示の話を聞いて、「アート」と「経済的価値」の現状に対する、青木さんなりのアンサーだと感じました。これまでの「美術作品が売買されるマーケット」以外にもアートの経済圏が開かれる可能性を示そうとされているのかなと。

青木:既存の美術マーケットだけで「アートの経済圏」を考えると、基本的にアーティストがギャラリストを介してコレクターに作品を販売するだけ。でも、アーティストがどうやって生きていくかという視点で「アートの経済圏」を考えると、決して「美術作品のマーケット」だけではないと思うんです。

屋上の企画に参加するアーティストでいえば、佐藤健吾くんは福島県の大玉村に生活拠点を移して、「地域おこし協力隊」の事業として教育委員会で働きながら、建築家としても活動しています。

佐藤健吾
建築家。インドにてデザインワークショップ「荒地のなかスタジオ / In-Field Studio」を主宰。福島県大玉村で藍染めをきっかけにしたものづくりをおこなう「歓藍社」に所属。東京都墨田区の「喫茶 野ざらし」共同ディレクター。インド、福島、東京という複数の拠点を行き来しながら、創作活動に取り組んでいる。

青木:光岡幸一くんは多摩川沿いのホームレスが多く暮らすエリアで自前のアートセンターを運営していて、今井さつきさんは東南アジアと日本を行き来しながら創作活動を続けている。それぞれ異なる経済活動があると思うんです。

光岡幸一
僕はいつも、美術という小さな村の外側から、面白いものやきれいなものを見つけてきます。そして僕は、それをみんなと共有したいと思っています。
今井さつき
鑑賞者が作品に関与することのできる「体験型」の作品を制作する作家。これまでに鑑賞者と共に巨大な海苔巻きを作る体験を生む「人間ノリ巻き」や、鑑賞者の持ち物を美しい万華鏡に変換する「Raybox」、鑑賞者の個々の記憶を巡って作る花たちで空間を埋め尽くす「はじまりのだいち」等、作品は常に「鑑賞者」と共にある。

宮本:ギャラリーと契約して、展覧会やアートフェアで作品を売って、という生き方もあるし、それとはまた別の新しい経済圏を小さくても作ろうとする動きもある。インディペンデントキュレーターとして活躍されている青木さんも美術館やギャラリーという場にこだわらず、ご自身なりの「経済圏」を作っていると感じます。

青木:創造力の必然性というか、その人が作っているもののリアリティーがどこに立脚しているのか。それが美術マーケットや現代美術シーンだけでなく、もっと多様になっているのだと思います。

それこそ宮本さんのキュレーションのように、アートフェアという現場でファッションなどのカルチャーも含めて、より広い射程で経済圏を作っていけるのであれば、そこにも大きな可能性がある気がします。

光岡幸一『あっちとこっち』

宮本:たしかに、お客さんが持ち込んだ衣服にシルクスクリーンでグラフィックデザインするという飛田正浩さんの作品は、いまの青木さんのお話につながると思いました。

アートフェアというのは、既存の美術マーケットのシンボルみたいな場所ですが、それゆえにアーティストと買い手の接点をどうデザインするのかに自覚的になれるし、その面白さというのも確実にありそうです。

ぼくは長い間、非営利でアートと関わってきたこともあって、正直に言うとアートマーケットにはそこまで興味を持っていませんでした。でも、いまの話でいえば、アートフェアのような現場に対してこそ、われわれがどう答えられるかがいままさに問われている気がします。

宮本の推薦作家、飛田正浩の作品イメージ

「アーティストの未来に加担する」ための方法はたくさんある

宮本:マーケットから少し話を移して、これまでぼくが関わってきたような社会包括的なアートプロジェクトでは、プロセスを重視するだけに、作家や主催側だけではなくて、参加する地域の側の人的・経済的な負担も大きく、継続する難しさがあると感じています。

活動を続けていると参加してくれる方々もだいたい固定化してくるので、いま現在も全国各地で国際芸術祭や地域密着型のアートプロジェクトが動いてますが、このまま同じサバイブを続けていくのは無理があるのではと。

だから、アクションを起こす人や地域それぞれが、川の上流から多様な「アートの経済圏」もセットで作る意識をもつことは、資金の大小にかかわらず、今後のアートプロジェクトにおいてすごく大事な意識変革になりますよね。

宮本:クラウドファンディングの他にも、お金を介した人とアートとの接点には、もっと多様な創造の余地が残されてると思いますし、電子マネーによって人々のお金に対する価値観や手触りは変わってくるだろうから、アートをめぐる経済的なコミュニケーションの幅は今後広がるでしょう。逆に言うと、これまで行政主導が多かったアートプロジェクトも、これからは多様な人々のニーズやパートナーとつながる仕組みを考えないと、現在のフレームを維持できなくなってくると思います。

青木:ぼくも学生の頃からわりと近いことを考えていました。行政からの助成金を活用したアートプロジェクトに関わってきましたが、やはりそれだけで活動を持続していくのは難しさを感じることが多かったからです。

仕事としても不安定だったり、経済的に厳しかったりする部分もたしかにあります。学生時代から数えるとアートの仕事に関わりはじめてまだ10年くらいですが、この状況に少し責任を感じるというか、変えていかなきゃなって思います。

宮本:わかります。ぼくも大学の教え子たちが、いろんな地方の芸術祭事務局やアート系NPOでマネジメント職を渡り歩いているのですが、生活面ではなかなか安定しない。それはそれで重要な仕事だと感じつつ、これからの世代のために、もうひとつの仕組みを立ち上げていく必要があるなと。

今日お話ししていて、いままでのように地方自治体が何億円もかける芸術祭とはまた別の、マイクロ経済的に継続できるアートプロジェクトのつなぎ方を探れたらいいなと思いました。コアな現代アートシーンとはまた違う営みになるかもしれませんが、既存のマーケットにアートやアーティストをはめ込んでいくのはなく、「お金」の持つイメージや機能を変えていくというキュレーションにチャレンジしていきたいですね。

―最後に、今回の『3331 ART FAIR』が来場者にとってどんな場になればいいと考えているか、教えていただけますか。

青木:今日のお話に通底していたのは、アートフェアなどの既存の中心的な文化や枠組みは尊重しつつも、そこにどうやって自分らしいオルタナティブなやり方を接続できるのか、ということだったと思います。

それは「アーティストの未来に加担する」ための方法はひとつではないということ。「Selection-ROOFTOP」はまさにその実践の場になるので、来場者にとってなにか得られるものがあればいいなと思っています。

宮本:そう考えると『3331 ART FAIR』自体が、来場者それぞれが自分で稼いだお金とアーティストとの関係を主体的にキュレーションしていくような場になれば面白い。オルタナティブというのは、見出されていない可能性を探る、それぞれのアンサーだと思うんです。

イベント情報
『3331 ART FAIR 2020』

2020年3月18日(水)~3月22日(日)
会場:東京都 秋葉原 3331 Arts Chiyoda
※最新の実施情報については、ウェブサイトをご確認ください

プロフィール
青木彬 (あおき あきら)

インディペンデントキュレーター。1989年東京生まれ。首都大学東京インダストリアルアートコース卒業。アートプロジェクトやオルタナティブスペースを作る実践を通し、日常生活でアートの思考や作品がいかに創造的な場を生み出せるかを模索している。社会的擁護下にある子どもたちとアーティストをつなぐ「dear Me」企画・制作。まちを学びの場に見立てる「ファンタジア!ファンタジア!─生き方がかたちになったまち─」ディレクター。KAC Curatorial Research Program vol.01『逡巡のための風景』(2019,京都芸術センター)ゲストキュレーター。「喫茶 野ざらし」共同ディレクター。

宮本武典 (みやもと たけのり)

キュレーター / クリエイティブディレクター。1974年、奈良生まれ。海外子女教育振興財団の派遣プログラムでバンコク赴任、武蔵野美術大学パリ賞受賞により渡仏、原美術館学芸部を経て2005年に東北芸術工科大学へ。2019年3月まで同大学教授・主任学芸員を務め、東北各地でアートプロジェクトや東日本大震災の復興支援事業を展開。2014年に『山形ビエンナーレ』を創設し、プログラムディレクションを3期にわたって手がける(~2018年)。国内外を巡回した主な展覧会として『石川直樹:異人 / the stranger』、『向井山朋子:夜想曲』、『曺徳鉉:Flashback』など。2019年4月より角川武蔵野ミュージアム(隈研吾氏設計)の立ち上げに参画。



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