2000年生まれ、Ran。変化することへの戸惑いと肯定

2000年生まれのシンガーソングライター、Ranのデビューアルバム『無垢』には、<僕は僕を誇れない><今日も息させてください>など、自己肯定感の低い言葉が数多く並ぶ。しかし、彼女と話している限りは、それほど闇を抱えているようには見えないし、「かわいいアイドルの曲も大好きなんですよ」と笑顔さえ見せる。

彼女は今回のアルバム収録曲“蘇生”の中で<今日も外面は笑っていて心の中では泣いていました>と歌うが、昨今の世の中において、表では明るく振る舞っていても、ひとたびSNSに場を移せば、ネガティブな感情を吐き出している人も少なくないのではないだろうか。SNSは苦手と言う彼女にとっては、きっと発表の場が楽曲というだけで、そうした人たちと似た感情を抱えているのだと思う。

7月のインタビュー当時、19歳のRanが、自身を肯定できない理由、そして曲作りの過程で生まれた変化を語る。

Ran(らん)
2000年8月9日生まれ、福岡県出身。2019年9月にwatabokuのデザインによる“ご飯の食べ方”のMカード付きTシャツを発売し、正式デビュー前から話題に。2020年8月5日に、岩崎慧(セカイイチ)、永井聖一、村田有希生(U-re:x)、Louis&福田智樹をアレンジャーに迎えたデビューミニアルバム『無垢』をリリース。

「他人のいいところって、わかりやすく頭に入ってくると思うんですけど、自分を見たときには、誇れるものが見当たらない」

―デビュー作の『無垢』を聴かせていただいたんですけど、失礼ながら生きづらそうだなと思いまして。

Ran:そうですね(苦笑)。最近は落ち着いてきたと思っているんですけど……。

―Ranさんの書いた歌詞を読んで、ものすごく自己肯定感が低いなと思ったんです。誰かに否定されたとか、そういう体験が基になっているんですか?

Ran:直接言われたことはないんですけど、人と話していると、誰かを貶めるような言葉が嫌でも耳に入ってくるじゃないですか。SNSでも、よくわからない人から心ない言葉が送られてきたり。そういうのって、気にしないようにしても、頭の中には必ず残るもので。もともと自分のここがいいとか、こういうところが私ですとか言えない性格だから、それがわかっているからこそ、「ああ、そうですよね」「言われなくてもわかってるよ」ってなっちゃうんですよね。

―たとえば“黒い息”に<僕は僕を誇れない>という歌詞がありますけど、どうしてこういう言葉が出てきたんですか?

Ran:他人のいいところって、わかりやすく頭に入ってくると思うんですけど、自分を見たときには、誇れるものが見当たらないというか。そういう他人への憧れと自分のギャップ、距離感みたいなものが、誇れなさに繋がっているんだと思います。

Ran“黒い息”を聴くApple Musicはこちら

―自分の音楽は誇れることではない?

Ran:誇れることではないと思います。胸張って自分の曲を聴いてくださいとは言えるけど、自分の思っていること、感じたことを歌にして、吐き出すことで自分が救われるから、音楽活動をしていること自体を誇っているわけじゃないというか。

―“蘇生”では<今日も息させてください>と歌ってますけど、こういうことは日々感じているんですか?

Ran:毎秒のように感じているかと言われたら、そんなことはないんですけど、そういう感情があるから曲を作り始めたというのはあって。マイナスの感情というか、わかりやすく言うと病んでいるときに曲を書きたくなるんです。

Ran“蘇生”MV

―病んでいるときのほうが曲ができる?

Ran:できます(笑)。やっぱり楽しい曲より悲しい曲のほうが共感されやすいなと思うんです。自分もそうやって悲しい音楽を聴いて共感しながら生きてきたので。暗い曲を聴いているときのほうが逆に落ち着くというか、暗い曲を聴くことに心地よさを見出しているのかもしれないです。

島本理生の本を読んでから、いろんなことを遮断するようになった

―Ranさんが生きづらさを感じるようになったのは、何かきっかけがあったんですか?

Ran:小学校くらいまでは活発なほうだったと思うんですけど、本を読むようになってからかもしれないです。中学生のときに島本理生さんの小説『アンダスタンド・メイビー』(中央公論新社)に出会った頃から、ちょっと変わったかなと思います。

―その小説を読んで何が変わったんでしょう?

Ran:すごく行動力のある女の子が主人公なんですが、変な男に騙されたり、犯罪に巻き込まれたり。そこで助けてくれる人が必ずいるんです。でも、その人を自分から捨てなきゃいけない場面もあったりして、そこからまた新しいところに飛び込んでいくというお話です。その当時、人間関係とか友達関係とか、いろんな出来事があって、そういうときに本に助けられていたというか。この時期にいろんなことを遮断するようになっちゃったかもしれないです。

―本から影響を受けつつも、音楽をやりたいと思ったのはどうしてですか?

Ran:もともと歌うことが好きで、カバーとかを歌ってたんです。そしたらギターを持ちたいと思うようになって、そこから自分の抱える想いとか、誰にも教えられない、伝えられないことを書いてみようと思って、歌を作り始めたという感じです。阿部真央さんに憧れていたんですけど、影響という意味ではハルカトミユキさんのCDを聴いたことが大きかったかもしれないです。こういう言葉の使い方をしてもいいんだ、こういう感情を歌にしていいんだと思って。それは「音楽」というより「言葉」という括りのほうが、しっくりくる気がします。

ハルカトミユキ“夜明けの月”を聴く(Apple Musicはこちら

「曲を書いたときって、全部が敵に見えちゃうんですよ。自分に関わるなとか、近づくなとか」

―今は自分を誇れるものがないと言ってましたけど、これからこうなりたいとか、描いているものはありますか?

Ran:特にないんですよね。小さい頃は書道を習っていたので、書道の先生の資格も取りたかったし、歌が好きだったから歌に関する仕事もしたい、服も好きだったから洋服をデザインする人になりたいとか、いろいろ興味はありましたけど。

―逆に上の世代を見て思うことはありますか?

Ran:すごく適応して生きていらっしゃるなと。

―“ご飯の食べ方”で歌っている<他の奴らがやっている美しい術>は、そういう意味ですか?

Ran:そうですね。

Ran“ご飯の食べ方”MV

―何か適応したり迎合したりすることは得意ではない?

Ran:得意じゃなかったです。このアルバム自体が、いろんなものを取り入れることで、作った当時と違うものになっていくのが怖くて。この曲の私からは変わりたくないというか。曲を書いたときって、全部が敵に見えちゃうんですよ。自分に関わるなとか、近づくなとか、そういう感情で。「こういうのをしてみたら?」とか言ってくる人がいるじゃないですか。でも、「私を変えようとしないでくれ」みたいな。

―一方で、“蘇生”には<必要な言葉も耳を塞いでいたから>という歌詞がありますよね。アドバイスに対して必要性を感じるようになったとも受け取れました。

Ran:“蘇生”はターニングポイントだったなと思っていて。<今日も外面は笑っていて心の中では泣いていました>っていうフレーズを書いたときに、自分からこんな言葉が出てくるんだって思ったんです。そこから素直になれたというか、いろんなものを受け入れようとする姿勢が自分の中に生まれてきたなって思います。それまでは人と全然しゃべれなかったんですけど、少しずつしゃべれるようになって。曲にして吐き出したことで、受け入れられるようになったのかもしれないです。

―昔は何か言われても「うるせー、口出すな」みたいな。

Ran:心の中ではそう思ってました。外面では「ああ、そうですね」みたいな感じで認めておいて、心の中では納得していない。でも、そういうのは乗り越えたつもりでいます。

「無垢であることが正しくて美しいと思って生きていた」

―ここまでの話をお聞きして、『無垢』というタイトルには、無垢な状態から変わりたくないという意思も込められているのかなと思いました。

Ran:いろんなものをシャットダウンして、そのときの自分を自分の中で作り上げていって。それって見方によっては悪いことかもしれないけど、それが正しくて美しいものだと思って生きていたので、『無垢』っていうタイトルになりました。

―資料には「“私を醜くさせるもの”“私が変化することが怖いこと”“私自身にまっすぐに向き合って嘘のない唄たち”」と書かれていますよね。その「変化」というのは、適応して丸くなってしまうことですか?

Ran:そうですね。このアルバムの収録曲を作っていた当時は、自分の中から生まれる曲が“黒い息”や“蘇生”みたいな曲ばかりだったんですよ。これから先、きっと違う視点の曲を作るようになるのかもしれないですけど、それが今回の作品に収録されたものを超えられるのかはわからなくて。

―たぶん、あと5年も経てば、『無垢』に入っているような曲は作れなくなると思うんです。

Ran:そうですよね。

―自分でもそういう自覚があるんですか?

Ran:うーん、でも、たぶん作れると思います。これがいちばんの根底にあることだと思うので。当時は7~8割を占めていたものが、今は3~4割になった気はしているんですけど、完全になくなったかと言えば、そうじゃないなと思います。

でも、いい意味で真に受けなくなったというか。悲しいこと、落ち込むことを100%で捉えなくなったかもしれないです。前は悲しいニュースとかを見ると、あたかも自分に起きたことみたいに感じてしまうことが多かったんです。そういうことは少なくなってきた気がします。

「変わることに怖さはあるけど、恐れていたら先に進めないなと思って」

―考え方が変わってきたんですね。さっき「自分を変えようとしないでくれ」ともおっしゃっていましたが、変化をすることで、いい曲が作れなくなるかもという恐怖感もあるわけですよね。

Ran:やっと最近、まわりの意見を認められるようになってきました。自分の中で人の意見を「そういうもの」っていう捉え方もできるようになってきて。変わることが怖い気持ちはずっとあるけど、それを恐れていたら先に進めないなと思って。もったいないことしてるのかなと思い始めたところです。

―この先はどんな活動を思い描いていますか?

Ran:いちばんは自分の歌を歌いたいです。あとは、日々いろんな感情が生まれるので、この感情だったらこの曲とか、パズルを当てはめるように曲を作っていきたいなと思います。

―リスナーに「私もこういう感情になった」と共感してほしい?

Ran:こういう思いが伝わればいいなっていうのは、もちろんその曲を作るときに思うんですけど、“黒い息”を聴いて自分の恋愛関係に通ずるものを感じる人がいるかもしれないし、自由に受け止めてもらえたらなと思いますね。むしろ聴いてくれた人が何を感じたのか知りたいです。

―僕は年をとって若い子が考えていることがわからなくなることが増えてきたんですけど、Ranさんの歌を聴いていると、その理由がなんとなくわかるような気がして。若い子の感覚を勉強するような感じで聴いています。

Ran:ほんとですか? これで勉強するの間違ってると思いますよ(笑)。

リリース情報
Ran
『無垢』(CD)

2020年8月5日(水)発売
価格:1,650円(税込)
EGGS-046

1. 黒い息
2. 蘇生
3. 悲劇ごっこ
4. 靡かない
5. 環
6. ご飯の食べ方

プロフィール
Ran (らん)

2000年8月9日生まれ、福岡県出身。中学3年時にボーカルスクールへ通い始め、同時にギターとソングライティングを始める。2019年9月にwatabokuのデザインによる“ご飯の食べ方”のMカード付きTシャツを発売。正式デビュー前から話題となり、東京・福岡を中心に7大学からオファーを受け学園祭にも出演。2020年2月より音楽配信アプリ「Eggs」にて楽曲をアップロード。8月5日にデビューミニアルバム『無垢』をリリース。tvk『関内デビル』内のレギュラーコーナー「Ranのあなたの思い出、歌にします」、FM福岡『Ran Reflection Radio』にレギュラー出演中。



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