Ginza Sony Parkでオープンカレッジ。変化する東京の街と建築

銀座・ソニービル跡地に「Ginza Sony Park(銀座ソニーパーク)」が誕生したのは、2018年8月のことだった。公共スペースの再解釈から生まれたこの新しいブランドコミュニケーションの場は、瞬く間に注目を集め、多くの人の憩いの場に。

ソニーは、この地を「変わり続ける公園」と位置付け、2022年の新ソニービル完成までの時間を利用し、さまざまな実験的な試みに挑んでいる。そのひとつとして新たにスタートしたのが、各界の著名人や専門家を講師・ゲストとして招いて開催するオープンカレッジだ。建築・アート・都市開発・ファッション・テクノロジーといったテーマのもと、これから議論を繰り広げていくという。

その『Park College』の第1回目が3月4日に開催された。テーマは「Ginza Sony Parkから考える、未来の都市と建築」。建築史家の倉方俊輔をモデレーターに、藤村龍至(建築家)、門脇耕三(建築家)、和田隆介(編集者)、三井祐介(日建設計)の4名が登壇し、Ginza Sony Parkの在り方について、さらにはこれからの都市と建築の在り方について真摯に語り合った。

Ginza Sony Parkは時間の隙間を利用した実験の場

そもそも、なぜこの日にこのメンバーが集まったのかというと、2018年末にGinza Sony Parkが私設の建築賞のひとつである『WADAA』(Wonders in Annual Development and Architecture Award、通称『WADA賞』)を受賞したからだ。

イベント中の様子

同賞の創設に尽力した編集者の和田隆介は、『WADA賞』を以下のように説明した。

和田:『WADA賞』は、建築家による当事者同士のピアレビューの場として2014年に設立されたもの。毎年末にその年の建築専門誌などで発表された建築作品・プロジェクトを対象に3点程度を選抜し、将来につながる議論をその都度、記録・発信することを目指しています。

和田隆介

ちなみに、この日に登壇した藤村龍至と門脇耕三も創設メンバーだ。

なぜGinza Sony Parkは評価されたのだろうか。それは、この空間が対立しがちな「資本(企業)と公共」が組み合わさったものであり、さらに建て替えという時間的な隙間の中で実験的に取り組まれているからだ。

三井:ソニーという企業が新ソニービルを建てるまでの暫定として公共空間を作ることを試みたということが面白いですよね。しかも、空間がとにかくかっこいい。

門脇:これだけ話題になっている空間なのに、個人の建築家の名前が見えてこないのが不思議ですよね。とはいえ、ソニーというブランドがまったく新しいことをしているという感じは伝わる。しかもいつもの「らしさ」がない。

ソニーって完璧に作り込んでいるイメージがあるのですが、Ginza Sony Parkは空間にあえて余白を残すことで、多くの人の手が加えられることが奨励されています。つまり、変化していくことが前提となっている。その不完全さも魅力のひとつなのかなと思います。

門脇耕三

東京の近過去と新しい均質化

Ginza Sony Parkの成り立ちは世界の都市で進む「都市再生」という大きなパラダイムの中に位置付けられるという。だが2000年代に始まった東京の都市再生は今、新たな均質化に向かっている。都市再生特別措置法のもとにビルの建て替えが盛んに行われているが、その中身が似てきているのだ。

藤村:たとえば、ニューヨークの都市再生では都市計画の大幅な見直しできめ細かな規制緩和を行い、各エリアの特色を引き出しました。しかし、都市再生特別措置法のもとで行われる日本の都市再生では、地域を限定した容積率緩和が行われ、個々の公共貢献の内容は民間に任されています。その結果、最近では地下鉄駅直結の商業施設、中間階にコワーキングスペースと役所の窓口が入り、その上にオフィスを載せた高容積のタワーというのが新しい典型になっています。これは最近20年くらい続いている都市再生というパラダイムが生んだ、新たな均質化と言えます。

藤村龍至

では、なぜ東京の都市再生はニューヨークに比べて均質化しているのだろうか。その前提として東京都における都市開発の近過去を紐解いていくと、ルーツは1996年に開催されるはずだった『世界都市博覧会』中止の頃にあるという。

藤村:それまで東京の都市開発は「多心型都市構造」という東京都による大きな方針のもとで進められていました。その目玉のひとつが臨海副都心であり、そこを舞台に準備されていたのが『世界都市博覧会』でした。ところがバブル崩壊の大打撃により民間の投資が冷え込み、『都市博』の開催中止が決定。行政主導で打ち出されていた大きなビジョンは宙に浮くことになりました。

2000年代に入り当時の政府は、動きを作るために「都市再生特別措置法」を作り、大胆な規制緩和を打ち出す。その結果、民間の動きが再び活性化し、丸の内は丸の内、六本木は六本木、渋谷は渋谷、銀座は銀座という形で独自に都市開発が進んだ。ただ丸ビルや東京ミッドタウンなど都市再生特別措置法の適用を受けた成功例が一度示されると、だんだんと似た手法の例が増えていく。その結果、どの街でも同じような景色が広がるようになってしまうわけだ。

Ginza Sony Parkは「公園」か「パーク」か

倉方:多くの人がGinza Sony Parkに惹かれるのは、均質的な都市再生の形ではなかったからではないか。

そんな言葉があったように、Ginza Sony Parkは東京の都市再生のパラダイムのなかにあって新たな実験のあり方を打ち出している。ビルを取り壊したあと、すぐにビルを新たに建てるのではなく減築(建物を減らすこと)し、さらに地上部分を公開してしまったからだ。

三井:企業のブランド価値を高めるブランディングのための空間であるということがGinza Sony Parkのポイントだと思います。空間やその中のコンテンツだけでなく、暫定利用するスタンスそれ自体もそうです。それだけに、この空間を「公園」としてプロモーションすることに対しては違和感があります。そのイメージの良い面のみを利用しているのではないかと。

三井祐介

そう三井が話すように、Ginza Sony Parkの存在は銀座の街中においても異質だ。公園とはいうものの、いわゆる一般的なイメージにおける公園とは程遠い。コンビニがあり、コーヒーショップがあり、さらには地下鉄や駐車場なども。人だけなく、さまざまなものが交差することで、街にリズムを生み出しているのだ。

Ginza Sony Parkの俯瞰写真

倉方:「パーク」という言葉は、ヨーロッパで貴族が領地を囲ったときに使っていたもの。私的な場が、次第に公的な性格を帯びていった歴史的な経過が、今もこの言葉が持つ意味の幅になっています。ところが、それを日本語の「公園」にすると途端に公的なものとして定義づけられ、頭が固くなってしまう。だから、パークと公園は分けて考えた方がいいと思います。

藤村:1969年に「PARCO」が登場したときにも公園がアナロジーになり、渋谷では通りの名前になりました。他方で今は渋谷の宮下公園や池袋西口公園など新しいタイプの公的な公園も出てきて、PARCOやSonyなど企業という私的主体がつくる開かれた「パーク」と、自治体という公的な主体がつくる商業的な「公園」の差が見えにくくなり、議論を呼んでいるのだと思います。

倉方俊輔

均質化とは違う方向へ舵を切ったGinza Sony Park

今ある形でのGinza Sony Parkは2020年秋で終わりを迎える。そして、解体が再開し、2022年には「パーク」のコンセプトはそのままに「新ソニービル」がオープンする予定だ。

「Ginza Sony Parkの真の評価は、この暫定利活用の期間に実施したさまざまな試みが、その後の開発にどれだけフィードバックされたかで決まります」と藤村は期待を言葉にする。

藤村:さいたま市で道路予定区域を暫定利活用する「おおみやストリートテラス」に取り組んでいますが、そうした取り組みをしていると、街にどんな人がいるのかが見えてくるんです。そこから新しいプレイヤーを引き出し、開発の中に取り込んでいくのが理想だと思います。私たちはそうした動きを「ストリート・インキュベーション」と呼んでいます。

こうした取り組みが都市の均質化の枠組みから外れると同時に、同調圧力からも解放されているのもGinza Sony Parkを稀有な空間にしている要因になっているかもしれない。

門脇:僕の友人がパリに住んでいるのですが、みんなが街中すべてをパリ色に染めようとして、牢獄のように感じると言っているんです。これって中目黒などの日本の都市にも似たようなところがあって。つまり、街の個性に建物やインテリアを合わせようとするあまり、そこから逸脱することができず、息苦しさを感じることがあるわけです。中目黒には、いかにも中目黒らしい建物がどんどん増えていますよね(笑)。

景観作りを大切にしようとする動きは、一歩間違えると都市のテーマパーク化という問題へと続いている。都市の均質化と規範的な景観作りの狭間で、絶妙なバランスで成り立っているのがGinza Sony Parkなのだ。

銀座は、歴史深い日本橋エリアとは異なり、新しいものを積極的に受け入れてきた背景もある。まずは2020年秋までの「パーク」を楽しみながら、その後、どのような新ソニービルがつくられていくかを見守っていくことになりそうだ。

そして、このGinza Sony Parkでのオープンカレッジ「Park College」はこの先も続く。次はどのようなテーマで、どのようなゲストが濃厚な議論を交すのだろうか。続報はすぐにやってくるはずだ。

イベント情報
Park College #01「Ginza Sony Parkから考える、未来の都市と建築」

2019年3月3日(日)
会場:Ginza Sony Park 地下4階

出演:藤村龍至、門脇耕三、和田隆介、三井祐介
モデレーター:倉方俊輔

プロフィール
藤村龍至 (ふじむら りゅうじ)

建築家。1976年東京生まれ。東京藝術大学准教授。RFA(藤村龍至建築設計事務所)主宰。公共施設、福祉施設、住宅などの設計を手がけるほか、都市再生のデザインコーディネーターやニュータウン活性化、公共施設の管理運営、景観まちづくりなど全国各地での公共プロジェクトにも数多く携わる。著書に『ちのかたち』(TOTO出版 2018)ほか。

門脇耕三 (かどわき こうぞう)

建築家。1977年生まれ。明治大学理工学部建築学科専任講師 。アソシエイツ株式会社・一級建築士事務所パートナー。建築構法・構法計画・建築設計を専門とする立場から、活発な研究・言論活動を展開中。著書に『「シェア」の思想/または愛と制度と空間の関係』(LIXIL出版,2015)ほか。

和田隆介 (わだ りゅうすけ)

編集者。1984年生まれ。2010-13年新建築社。現在は明治大学博士課程で建築メディア・ジャーナリズム史を研究。主な仕事に「LOG/OUT magazine」(RAD、2016-)の編集・出版など。建築家による当事者同士のピア・レビューの場として2014年に設立されたWADAA(Wonders in Annual Development and Architecture Award)オブザーバーを務める。

三井祐介 (みつい ゆうすけ)

株式会社日建設計勤務。1977年生まれ。都市開発、大規模複合施設、商業施設、オフィスビル、学校施設等の設計やコンサルティングを担当。近年では「東京スカイツリータウン」、「灘中学校・高等学校」、「赤坂センタービル」など。現在は都内の公園プロジェクトや商業施設が進行中。

倉方俊輔 (くらかた しゅんすけ)

建築史家。1971年生まれ。大阪市立大学准教授、Ginza Sony Park Projectメンバー。編著書に『建築の日本展』、『東京モダン建築さんぽ』、『吉阪隆正とル・コルビュジエ』、『伊東忠太建築資料集』ほか。イケフェス大阪実行委員、東京建築アクセスポイント理事などを務める。



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