柴那典×三宅正一 批評の役割は意味付けと新たな視点の提供

CINRA.NET主催の無料トークイベント『KOTODAMA』が11月27日に成人限定のスペース「RETHINK CAFE SHIBUYA」で開催された。本イベントでは「言葉で、魂を伝える」をテーマに、ライターや編集者として活動するゲストを迎えてトークを展開。編集者やライターとして活動している人はもちろん、これから目指す人にも学びや気づきを届けることを目的としたイベントだ。毎回さまざまなトークテーマを据え、タイトルに表記する。

第1回となった今回は『KOTODAMA~音~』と題して、音楽媒体で活躍する音楽ジャーナリストの柴那典とライターの三宅正一が登壇。Podcastやラジオへの出演を重ねている柴と、自身のレーベルを設立しマネジメント業務も担当している三宅。軸足はライター業に置きつつも、多方面に活動の場を広げるふたりが語り合った。

トークは事前にふたりが考えてきた「話してみたいトークテーマ」をもとに進行されていく。柴が用意したテーマは「関わっているカルチャーメディアや文字媒体のイメージ」「もし自分がメディアを立ち上げるなら」「音楽シーンとかカルチャービジネス、若手のアーティストをプッシュアップしていくには」の3つ。それに対して三宅が考えてきたのは「日本の音楽メディアと取材のあり方、音楽メディアの役割」「メジャーレーベルは今の時代にどんな存在意義を果たせるのか」の2つだった。

最初のテーマとして「関わっているカルチャーメディアや文字媒体のイメージ」が選ばれ、『KOTODAMA』はスタートした。

左から:柴那典、三宅正一

音楽から遠い人に、音楽で起きていることを届ける役割

「関わっているカルチャーメディアや文字媒体のイメージ」のテーマの中で柴は、著書『ヒットの崩壊』(講談社)以降、音楽メディア以外で仕事をする機会が増えていると語る。やや意外に感じられるかもしれないが、彼が現在連載を抱えている雑誌や新聞は『日経MJ』(日本経済新聞社)『GOETHE』(幻冬舎)『婦人公論』(中央公論新社)と、どれも音楽メディアではない。こうした媒体をどんな人が読んでいるかイメージすることで、スムーズな執筆に繋がると言う。

たとえば『婦人公論』の主な読者層は60~70歳代の女性なので、「娘世代との会話のネタになるような観点で」最新の音楽を紹介する。「ももいろクローバーZ、でんぱ組.inc、松田聖子」「細野晴臣、Yogee New Waves、never young beach」というふうに。柴は自身の役割を「音楽カルチャーから遠い人に、音楽の分野で起きていることを届ける役割」と言う。

柴那典(しば とものり)
1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、雑誌、ウェブなど各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は『AERA』『ナタリー』『CINRA』『MUSICA』『リアルサウンド』『ミュージック・マガジン』『婦人公論』など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」連載中。CINRAにて大谷ノブ彦(ダイノジ)との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

読者が見えないと書きづらいという感覚には三宅正一も同意で、「誰が、なにを求めてインタビューを読むのか?」と問題提起する。インタビュー記事はカルチャーに詳しい読者だけでなく、それを越えた人々に届けなければいけないのではないか、と。専門媒体で専門分野について語ることと、その専門から遠く離れた人に届けること、両方の大切さについて議論が交わされた。

三宅正一(みやけ しょういち)
1978年東京都生まれ。大学卒業後、カルチャー誌『SWITCH』及び『EYESCREAM』の編集を経て、2004年にフリーライターとして独立。音楽を軸としたカルチャー全般に関するインタビュー及び執筆を担当している。2017年12月、主宰レーベル「Q2 Records」を設立。現在までに踊Foot Works(マネジメント業務も担当)やマテリアルクラブの作品をリリースしている。

ライターや編集で生きていくとは

「もし自分がメディアを立ち上げるとしたら」というテーマでは、三宅が「若い世代の感性には勝てないので、むしろ若手をサポートする側に回りたい」と言えば、柴は「企業がスポンサードしてカルチャーを作ることの大切さを感じる」と言う。企業が枠組みを作らなければ、どんな面白いこともサステナブルな形にはならない。アートに携わる意志のある人と資金力のある企業を繋ぐことは重要であり、それ自体がひとつのメディアになり得る。その意味では本イベントもメディアであり、このようなメディア(イベント)が定着してほしいと両氏は言う。

また、三宅が自身のレーベル「Q2 Records」を設立し、踊Foot Worksやマテリアルクラブなどのマネジメントを手がけようと思った理由が「40歳を前にして、今後10年、20年をフリーライターだけで生きていくことが想像つかなかった」からだとも明かされた。ライターや編集の世界では「フリーでは食っていけない」などとよく言われる。しかし柴と三宅はともに「フリーでも自分たちのように食えている人はいる」ことを強調した上で、ライターや編集だけで無理に食おうとするゼロイチの考え方に縛られなくてもいいのではないか、という提案がなされた。

会場となったRETHINK CAFEは、「CLEAN & HUNGRY」をコンセプトに、カフェとワークスペースが一体となった空間。ヘルシーなサラダ丼やオーガニックコーヒーなどを楽しめるほか、2Fではコピー機や付箋など、ビジネスに欠かせないツールを無料で使用できる。

インタビューはアーティストの知名度を広めるために行うものではない

「若手のアーティストをプッシュアップしていくためには」というテーマでは、三宅がマネジメントする踊Foot Worksの話に。ふたりはともに、踊Foot Worksがまだまだ過小評価されていると感じている。三宅は、King GnuのメンバーがラジオやSNSなどで踊Foot Worksをフックアップしたことに触れ「アーティストは評論家ではなくアーティストにフックアップされた方が健全で説得力がある」と語った。

また、より参加者の興味に近い話題として、「インタビューはアーティストの知名度を広めるためのものか」といった問題提起がなされた。柴はインタビューをする際、「このアーティストの良さを広めたい」ではなく「作品の謎を解き明かしたい」という姿勢で臨んでいると言う。これには三宅も同意し、「提灯記事を書くのではなく、良くないと思ったら素直にそう書いた方がいい」と述べた。

現状、音楽メディアに批判記事が出ることは珍しいが、ライターでありレーベルヘッドでもある三宅からこのような発言が出たことには注目しても良いだろう。踊Foot Worksに対しても「もっと批判を読んでみたい」とのことなので、気骨のあるライター志望者は批判的に踊Foot Worksの音楽や活動を分析してみてはどうだろうか。

踊Foot Works『GOKOH』を聴く(Apple Musicはこちら

文字起こしをめぐるイノベーション

本イベントのメインテーマからはやや逸れるが、「文字起こしの世界でイノベーションが起きている」という話題は、この日来場者にいちばんの驚きを与えたかもしれない。

たとえば、Androidで使用できるGoogleアプリ「音声文字変換」の精度は非常に高いようで、実際に柴はこのアプリを使用するためにAndroidに乗り換えたと言う。また、Amazonが先日リリースした有料文字起こしサービス「Amazon Transcribe」にも注目。300円で1時間分の文字起こしを請け負ってくれるサービスで、しかも所用時間はたった20分。外注なら1万円以上、自分でやれば1日かかるような作業がこれほど簡略化されるなら、作業工程は抜本的に変化する。これはつまり、これからのライターや編集者に求められるスキルが変わる可能性を示唆していると柴は語った(なお、「Amazon Transcribe」を使用して本イベントの文字起こしを試みたが、起こされたテキストはほとんど日本語になっておらず、解読はかなり難しかった。日本語への対応はこれから、といったところだろうか)。

この他にも「メジャーレーベルの存在意義について」といったテーマをはじめ、小沢健二への柴によるインタビューの裏話など、イベントだからこそ聞ける話が盛りだくさんであった。

「音声文字変換」の実演をしてみせる柴。その場で発した言葉が文字に変換されていく様子に三宅も驚きを隠せなかった。

ライターの役割とはいったいなんなのか

最後に設けられた質疑応答も、本編に劣らず興味深いものが多かったように思う。「執筆した文章はまず声に出して読むこと。口がうまく回らない部分は形容詞が重なっているか、言いたいことを絞りきれていない」「他人が書いた記事をたくさん読み、自分なりの視点で質問票を作成する」といった実際的なアドバイスから、「ポップとは分断を乗り越える力であり、遠くの人に届けること」「アーティストがメディアに媚びを売る状況はおかしい」といった本質的な考え方にまでふたりの話は及んだ。

また「批評」はこの日の大きなトピックのひとつだったが、両氏ともにその必要性を強調。なにがそのアーティストの魅力で、その前後にはなにがあり、脇にはなにがいるのか、といった根拠や背景を示すことが重要だと語った。

何事も、絶賛や批判は簡単だ。しかし、それらは単なる飲み屋の会話に過ぎないのであって仕事ではない。ライターの役割のひとつは「起こった現象に意味付けすること」(柴)であり、それによって「新たな視点を提供すること」(三宅)。

そのためには当然知識が必要であり、自分なりの批評軸を持つことも必要だろう。ライターや編集者を目指す人にとって、今後やるべきことのヒントが見えた一夜だった。

イベント情報
『KOTODAMA~音~』

2019年11月27日(水)
会場:東京都 RETHINK CAFE SHIBUYA

出演:
柴那典
三宅正一

※対象年齢:20歳以上

『KOTODAMA~メディア~』

2019年12月23日(月)
会場:東京都 RETHINK CAFE SHIBUYA
出演:
西田善太(BRUTUS編集長)
柏井万作(CINRA.NET編集長)
※対象年齢:20歳以上

施設情報
RETHINK CAFE SHIBUYA

「NO SMOKING, Ploom TECH ONLY」スタイルで、CLEAN&HUNGRYをコンセプトに楽しいも、正しいも叶える場所。美味しいご飯を食べたい。たばこの時間を楽しみたい。でも、周りの人にも自分にも気を使いたい。やりたいことと、やらねばならないこと、どちらもしっかり保てる大人へ。仕事の時間も、息抜きの時間も、楽しく、無理なくすごせるこの場所から、あたらしいスタイルが始まります。

プロフィール
柴那典 (しば とものり)

1976年神奈川県生まれ。音楽ジャーナリスト。ロッキング・オン社を経て独立、雑誌、ウェブなど各方面にて音楽やサブカルチャー分野を中心に幅広くインタビュー、記事執筆を手がける。主な執筆媒体は『AERA』『ナタリー』『CINRA』『MUSICA』『リアルサウンド』『ミュージック・マガジン』『婦人公論』など。日経MJにてコラム「柴那典の新音学」連載中。CINRAにて大谷ノブ彦(ダイノジ)との対談「心のベストテン」連載中。著書に『ヒットの崩壊』(講談社)『初音ミクはなぜ世界を変えたのか?』(太田出版)、共著に『渋谷音楽図鑑』(太田出版)がある。

三宅正一 (みやけ しょういち)

1978年東京都生まれ。大学卒業後、カルチャー誌「SWITCH」及び「EYESCREAM」の編集を経て、2004年にフリーライターとして独立。音楽を軸としたカルチャー全般に関するインタビュー及び執筆を担当している。2017年12月、主宰レーベル「Q2 Records」を設立。現在までに踊Foot Works(マネジメント業務も担当)やマテリアルクラブの作品をリリースしている。



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