60年代から自由な活動貫いたロックバンドに学ぶ、現代の「フリー」

昨年秋に発売されたメタリカとルー・リードのコラボレーションアルバム『LULU』は米チャートで、発売初週に13000枚しか売れなかったそうだ。メタリカがオリジナルアルバムを出せば初週から数十万枚を売りさばき全米1位は確実のバンドなのにもかかわらず、趣向の変わったコラボ作には、その数パーセントしか財布を開かなかった。音楽業界の疲弊の理由を、リスナーがミュージシャンの音源をインスタントに扱えるようになったからとする考えは根強い。今回のような画期的なコラボレーションであっても、実験的な取り組みだしとりあえずいいか、と放っておくように。問題は、こうなる環境を誘発したのが、リスナーでもミュージシャンでもなく疲弊する業界そのものであったということ。本書のタイトルにある「マーケティング」という言葉を借りるならば、レコード会社のマーケティングは、アーティストの情報を絞り、小出しにし、自分たちで統率することでその対象を最大限跳ね上がらせるのだと信じ込むことにあった。その障害となりそうなものは徹底的に規制してきた。んで、現在がある。ミュージシャンの新たな取り組み云々ではなく、自分の身体に合う音楽だけ接種するようになってしまった。常識は、覆されようとしている。

この本は、マーケティング「論」について書かれた本ではない。グレイトフル・デッドのやって来たことが、「気付いたら」マーケティングだった、と明らかにする本だ。65年に結成された彼らはこれまで、ライブの個人録音をいくらでも許容し、ファンの間同士でその音源を流通させた。何千回とこなしてきたライブに同じ内容は皆無。ステージに上がってまず始めるのはチューニング、どこが曲の始まりからすら分からせぬまま延々とインプロヴィゼーションに突入する。この模様を個人でいくらでも録ることが許されているファンはそれだけでは満足しない。名演を求め、高音質を求め、そしてクリアな録音を目指しライブの良い席を求める。ファンはどこまでもどこまでも引っ付いていく。

バンド側は、全ての選択をファンの自由に委ねる。委ねた後で自由に対して建設的な階層を設ける。そしてその階層を、バンドへの熱意と巧妙にリンクさせる。金を積んで良い席をかっさらおうとするダフ屋を排除する為、ファンだけに届けさせる特別な申込方法を作り上げる。何としてでもファンに、とりわけ極めて熱狂的なファンに真っ先に届けるために尽くすのだ。一方、ファンは、何としてでも真っ先にそのチケットを取りにかかる。本書の中でもその書名が出てくるが、デッドの手法は確かにクリス・アンダーソン『フリー』で示されたビジネスモデルを先んじている。ただし、全ての人にひとまずフリーで投げておいてそこからターゲットマーケティングで顧客を奪っていく『フリー』と、デッドの「フリー」は大きく異なる。デッドは、チケット入手方法が顕著なように、コアになればなるほど全てを大っぴらにする。大っぴらにされた側は必死になる。その呼吸を、バンドをゆるやかに包むコミュニティーに昇華させる。

パソコンの無い時代に6万人ものファン名簿を管理したというのだから驚く。彼等はファンに対して何から何まで用意する。最近のツアーではライブ終了から15分後にその日のライブ音源を3枚組のCDで売り始めている。ライブ前半をインターバルの間に作り(1枚目)、後半をアンコールの間に作り(2枚目)、アンコールが終わった後の十数分でもう1枚を作る(3枚目)。後々ネットでフリー公開される音源を何故終演直後に買うのかと問われたファンは、「家に帰るまでの3時間に聴きたいんだ!」と答える。そう、これがグレイトフル・デッドなのだ。

デッドのマーケティングはなんにも新しくない。ただ、彼等のやり方が、いよいよ差し迫ってくる音楽業界の転換期を易々と乗り越えていくことだけは明らかだ。デジタルの時代だからこそ、アナログの手法が問われる。最新の方法を追うことよりも、旧来の手法をいかに忍ばせるかが、持続力の肝になる。デッドのスタンスには、学ぶべきマーケティングが確かに転がっている。ただし、そう真似できまい。揺らいだ日本の世相は、昨年の一文字に「絆」を選んだ。しかし、「絆」というのはインスタントではなく、こうやってじっくりコトコト煮込まれるものだ。「もしも高校野球の女子マネージャーがドラッカーを読んで」ああしてこうしたら確かにああなるかもしれないけれど、グレイトフル・デッドは「もしも」ではない。「自由にやらせてもらいます」と「こちらも自由にやらせてもらいます」という発信者と受容者の自由な呼吸を、豊かで伸びやかな音楽への信頼だけで長年勝ち取ってきた。この本、エンタメ業界のギョーカイ人は1人残らず読んで欲しい。もしかしたら自分の仕事って単なる障壁作りなのかもと、いよいよ気付いてしまうかもしれない。

書籍情報
『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』

2011年12月8日発売
著者:デイヴィッド・ミーアマン・スコット、ブライアン・ハリガン
翻訳:渡辺由佳里
監修:糸井重里
価格:1,785円(税込)
ページ数:274ページ
発行:日経BP社

デイヴィッド・ミーアマン・スコット、ブライアン・ハリガン

©John Marcus III

ブライアン・ハリガン(著)(写真左)

ハブスポット社(HubSpot)の共同創業者でCEO。マサチューセッツ工科大学のアントレプレナー・イン・レジテンスとして学生に起業について教える。余暇には、いくつかの会社の理事を務め、1922年にアメリカのソフトウェア会社PTCの日本支社を創立するために来日し、大きく成長させた。在日中は東京の等々力に住む

デイヴィッド・ミーアマン・スコット(著)(写真右)

ストラテジストでありプロの講演者である。ケニヨン大学卒業で、大学寮で大量のグレイトフル・デッドを聴いた。16才のときに初めて日本を訪問し、京都府宇治で日本人家族と1カ月過ごした楽しい経験が心に深く焼きついた。10年後に再び来日し、ウォール街の経済コンサルティング会社ライトソン・アソシエイツの東京支社を創立する。目的を成功裏に達成した後、米大手新聞ナイトリッダーファイナンシャル部門のアジア地域マーケティング・ディレクターに就任

渡辺由佳里(翻訳)

2001年に『ノーティアーズ』で小説新潮長篇新人賞受賞。小説、短編、現代詩、エッセイ、ルポの執筆に加え、翻訳、洋書の紹介、読書教育プログラムなども手がける

糸井重里(監修)

1948年生まれ。コピーライター。「ほぼ日刊イトイ新聞」主宰。広告、作詞、ゲーム製作など多彩な分野で活躍。1998年にウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」を開設し同サイトの活動に全力を注ぐ



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