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日本文学の名作、三島由紀夫『金閣寺』。その「骨太さ」を楽しむ

神奈川県民ホール オペラ『金閣寺』
テキスト
萩原雄太
撮影:神奈川県民ホール
日本文学の名作、三島由紀夫『金閣寺』。その「骨太さ」を楽しむ

人生から「物語」を取り除いたら、ひどく味気ない「現実」しか残らない。

「物語」は人間が生きていくにあたって欠かせないもの。小説や漫画、映画はもとより、「死んだら天国に行く」といった死生観も1つの物語だし、「農家が心をこめてつくった野菜」にも物語がこめられている。われわれの人生から物語を取り除いたら、そこにはひどく味気ない「現実」しか残らないだろう。

三島由紀夫の『金閣寺』は、日本文学が誇る不朽の名作と言われている。主人公である青年僧・溝口が、自己のアイデンティティーに苦悩し、葛藤の末に金閣寺を放火するまでを描いたこの作品。その思考の道筋は、1956年の執筆から60年あまりの時を経ても、いまだに人々を惹きつけてやまない。小説のみならず、近年は宮本亜門が演出、森田剛(2011年初演)や柳楽優弥(2014年再演)主演で続けて舞台化されており、ニューヨーク公演(2011年)も盛況のうちに幕を閉じた。

今年12月、神奈川県民ホールで上演される『金閣寺』は、1976年に黛敏郎が作曲したオペラ作品だ。日本を代表する作曲家として、“涅槃交響曲”“曼荼羅交響曲”などの管弦楽作品、映画音楽では、今村昌平監督『にっぽん昆虫記』(1963年)、浦山桐郎監督『キューポラのある街』(1962年)、小津安二郎監督『お早よう』(1959年)などを手がけた黛。そんな彼が、ドイツの歌劇場、ベルリン・ドイツ・オペラから委嘱を受けて、生前から親交の深かった三島由紀夫の『金閣寺』を原作として創作、同歌劇場で1976年に初演された。

ロジックが明晰で、絢爛豪華な表現とされる、三島文学の傑作

日本では1991年の全幕初演以降、97年、99年に上演。今回16年ぶりの新制作公演で演出を務める田尾下哲は、「日本に限らずいちばん好きな作家」と三島由紀夫を褒め称え、そのエッセンスを豊かな言語表現に見ている。

田尾下:三島作品はレトリックや比喩が豊かで、「現実を超える想像」を引き起こしてくれます。僕自身、そんな彼の言葉の能力に魅せられていたんです。

田尾下哲
田尾下哲

「夜空の月のように、金閣は暗黒時代の象徴として作られたのだった。そこで私の夢想の金閣は、その周囲に押し寄せている闇の背景を必要とした」

「明日こそは金閣が焼けるだろう。空間を満たしていたあの形態が失われるだろう。……そのとき頂きの鳳凰は不死鳥のようによみがえり飛び翔つだろう」(三島由紀夫『金閣寺』新潮文庫、2003年)

三島の壮麗な文体に影響を受けた作家は数多く、たとえば、芥川賞作家の平野啓一郎も『金閣寺』に文学の洗礼を受けた一人。「絢爛豪華で、今まで自分が読んでいた日本語とまったく違っていました。また、ロジックが明晰な上に、表現も華麗なんです。『こんな言い回しがあるのか!』とページをめくるたびに感動がありました」(cakes 2014年8月5日掲載のインタビューより)と、リスペクトを惜しまない。

『金閣寺』稽古場風景
『金閣寺』稽古場風景

そして、三島が言葉によって「現実を超える想像」を引き起こしたように、田尾下は、演技や音楽を用いて観客の脳裏に現実を超える想像を引き起こし、深い感動を与えることを目論んでいる。そんな舞台の中心に置かれるのが、『金閣寺』の持つ物語性だ。出演者が俳優ではなく歌手と呼ばれ、台詞ではなく歌が歌われるオペラでは、表現における音楽の重要性が強くなり、言葉や物語の強度が弱まってしまいがち。しかし、これまでオペラのみならず、演劇やミュージカル作品の数々を手がけてきた田尾下は、演出家の仕事を「物語を物語ること」と定義しており、今回のオペラでも「三島の書いた骨太の物語を物語る」というシンプルかつ大胆なコンセプトをこの作品の中心に据えているのだ。

『金閣寺』稽古場風景
『金閣寺』稽古場風景

『金閣寺』稽古場風景
『金閣寺』稽古場風景

オペラが生み出す圧倒的な「音」と「言葉」のエネルギー

そして、物語は言葉だけのものではない。オペラの指揮を担当する下野竜也もまた、音楽で「物語ること」を熟考し、言葉と音楽とを一体化させようとしている。

下野:活字を読んでいると、頭のなかにさまざまな情景が浮かび上がってきて、ファンタジーが生まれますよね。そんなファンタジーを強く具体化させるのが音楽の力なんです。テキストだけでも物語は生まれます。しかし、言葉が歌われ、音楽が演奏されることで、より強いエネルギーで『金閣寺』を物語ることができるんです。

下野竜也
下野竜也

下野の語る「強いエネルギー」とはどのようなものだろうか? 取材のために稽古場を見学すると、その舞台は、まるで歌手の語る物語と、音楽が生み出す物語とがせめぎあい、渾然一体となっているかのような不思議な感覚に襲われた。俳優が言葉を歌い、オーケストラによる演奏は、シーンの風景、登場人物の心情の機微、そして物語の展開を予感させる。オーケストラの演奏と歌が織りなす『金閣寺』は、活字で読むのとはまた別の味わいを観客に与えてくれることだろう。そして、オペラが生み出す圧倒的な「音」と「言葉」のエネルギーによって、観客たちはより深く青年僧・溝口の苦悩に肉薄し、金閣寺に火をつける葛藤を体感することができるのではないだろうか。

イベント情報

{作品名など}
オペラ『金閣寺』
『第22回神奈川国際芸術フェスティバル』
神奈川県民ホール開館40周年記念

2015年12月5日(土)、12月6日(日)OPEN 14:15 / START 15:00
会場:神奈川県 日本大通り 神奈川県民ホール 大ホール
指揮:下野竜也
演出:田尾下哲
出演:
小森輝彦(12月5日のみ)
宮本益光(12月6日のみ)
黒田博
飯田みち代
高田正人
三戸大久
与那城敬
吉原圭子
鈴木准
谷口睦美
嘉目真木子
作曲:黛敏郎
原作:三島由紀夫
台本:クラウス・H・ヘンネベルク
料金:S席10,000円(Sペア19,000円) A席8,000円 B席6,000円 C席4,000円 学生(24歳以下)2,000円
※5日、6日とも、14:30からプレトークを開催

文学講座 三島由紀夫と「金閣寺」

2015年11月29日(日)13:00~
会場:神奈川県 山手 神奈川近代文学館
講師:松本徹(三島由紀夫文学館館長)
料金:一般800円 学生600円

日本語による朗読劇「金閣寺」
2015年11月29日(日)16:00~
会場:神奈川県 日本大通り 神奈川県民ホール 大ホール
演出:田尾下哲、田丸一宏
台本:長屋晃一
出演:
山﨑将平
岸田研二
白木原しのぶ
安藤幹純
小林裕
今村洋一
武田優子
岩崎雄大
黒木佳奈
藤村はるか
料金:500円(予約不要)
※小学生~高校生無料(入場の際、要学生証提示)、オペラ公演チケット購入者無料(チケット要提示)

プロフィール

三島由紀夫(みしま ゆきお)

1925年、東京生まれ。本名、平岡公威(きみたけ)。1947年東京大学法学部を卒業後、大蔵省に入省するも9か月で退職、執筆生活に入る。1949年、最初の書き下ろし長編『仮面の告白』を刊行、作家としての地位を確立。主な著書に、1954年『潮騒』(新潮社文学賞)、1956年『金閣寺』(読売文学賞)、1965年『サド侯爵夫人』(芸術祭賞)等。1970年11月25日、『豊饒の海』第4巻「天人五衰」の最終回原稿を書き上げた後、自衛隊市ヶ谷駐屯地で自決。

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